未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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32 あれから

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 十七年後。

 うららかな春の訪れ。今年は雪が降らずに終わった。季節は幾度も巡り、冬次の心の寒空をよそにこの街には必ず春がやってくる。
 南雲が出て行ったあの日から当然なんの音沙汰もない。南雲涼という人間がこの世に誕生したのかどうか冬次が探せる範囲で調べているけれど、手がかりは掴めず、もし生まれていれば今年であの頃の冬次の年齢を越えている。
 一般的な教育システムに則って生活しているならの話だが、早生まれの南雲が来年の春に高校を卒業してしまうと、居場所を追う手立てが少なくなり、より探し出すのは難しくなるだろう。保育所からこれまで教育機関を中心に探し続けて見つけられない時点で、すでに詰んでいるのかもしれないが。学校に通ったことがないという南雲のあの言葉を、掘り下げて訊いておくんだったと後悔しない日はなかった。
 あなたは今、どこにいますか。
 あなたがいない間に俺はすっかりオッサンになっちゃったよ。
 大人になり、相棒だったチャリは乗用車に乗りかえた。ハンドルを握り、アクセルを踏みこむ。汗をかきながらペダルを漕いで何度も通った道を走った。運転席の窓から見える景色は毎日のように通っていても懐かしさをもたらしてくれる。不動産事務所の駐車場に車を停めると、降りた直後に弾むようなヒールの音を鳴らして事務員の金子かねこが駆け寄ってくる。

「おはようございます社長。今日は藤井さんのお宅行かれますか?」
「行くけど」
「これを。祖父から酒を持ってけと言われまして」

 渡された紙袋には有名どころの酒造所の日本酒が入っていた。彼女の実家と事務所の付き合いは長い。
 
「ありがとう。預かるよ。いつも申しわけないね」
「いえいえ。祖父は前社長にはお世話になりっぱなしだったって言ってますから。そうだ。それと、キャベツ」
「キャベツ?」
「はい。近所のおばあちゃんの畑からたくさんキャベツいただいたので、ついでにお裾分けお願いできますか?」
「あー、ははっ、三丁目のセキさんでしょ」
「そうですそうです。ついさっき柴犬ちゃんの散歩の途中で寄ってくださって。こーんなに袋いっぱいに」
「ははは、ありがたいね」

 おじさんとおばさんが亡くなり冬次が社長を継いでからも、事務所を贔屓してくれる地元の人たちの温情に感謝は計りしれない。
 できる限りおじさんがいた頃のままに、気兼ねなく気軽に立ち寄っていける店作りをしていくことが今の冬次の仕事だ。

「俺コンビニでコーヒー買ってくけど、どうする? お礼にお菓子買ってあげるよ」
「じゃあ高いやつにしまーす」
「いいよ」

 半年前に斜め向かいのビルに新しくできたコンビニに入り、まっすぐレジでコーヒー用の紙カップを買う。淹れたてのコーヒーを冷ましつつ、マシンの横で待っていると、レジ台の空いたスペースにチョコレートの箱がスッと滑るように置かれた。

「えっ?」

 自分に向けられたものだと初めは思わず、首を傾げ左右に目線をやる。

「新商品なんです。よかったらどうぞ」
「俺に言ってる?」

 コンビニ店員が冬次に対して頷いた。前髪で目が隠れた小柄な青年は店員と客として初対面じゃないはずだけど印象が薄い。躊躇っていると、箱を再度差し出される。

「いやぁ、でも」

 驚いたのと明らかな下心がダダ漏れしていたため、受け取るには少々勇気がいった。しかし他の客が見ている前で断るのは、もっと勇気がいる。この店員に恥をかかせてしまうのと、下心を受け取った後のいざこざを考え、どちらが面倒か判断がつきかねた。

「ごめんなさい。お待たせしてしまいました」
「ああ、決まった?」

 いいところに金子が来てくれた。彼女はチョコレートの箱に気づき、店員と冬次を順番に見る。そんな彼女にだけ見えるように、冬次は手を合わせお願い・・・のポーズを取った。

「そのチョコレート美味しいですよね、私がもらってもいいですか?」
「構わないよ」

 冬次はホッと息を吐き、店員に「ありがとう」と囁く。店員は微妙な表情から頬を赤らめた。

「——助かった。変な頼みしてごめん」

 コンビニを出た途端、肩の力が抜ける。目線よりわずかに下の方で新商品だというチョコレートの赤いパッケージがチラチラ揺れた。

「気にしないでください。本当に食べてみたいって思ってたのでラッキーでした。それより完全に狙われてますね、社長。あの子オメガで、常連のお客さんから職場前で待ち伏せられて告白されたりしてるって。どうするんです?」
「俺は性別にこだわりはないんだよ」

 というか、未だに南雲以外に恋愛感情を抱いた経験がない。

「社長アルファですよね。アルファはオメガと結ばれるのがいいってみんな言ってますよ?」
「今どきの若い子は昔の人みたいなこと言うんだね」
「太古の運命論が再燃してるんですよ。ブームなんです。ほら、今話題の谷峨くらげ先生の恋愛小説の影響らしいです」
「太古・・・・・・ねぇ。谷峨先輩が・・・・・・」
「もしかして谷峨くらげ先生とお知り合いですか?」
「ちょっとね」

 見かけたことがあるくらいだと、嘘をつく。興味津々に訊ねてくる金子を笑顔で交わした。
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