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35 お見合い相手
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——ナナクサ製薬・・・・・・?
冬次の思考は彼の口にした会社名に集中した。
七草が小首を傾げる。
「ごめん。ちょっと、知り合いが勤めてるとこだから偶然で驚いた」
ナナクサ製薬は座間の勤務先だ。
少し前のこと。座間と会う約束をして酒を飲んだ。適当にネット予約した串焼き屋の居酒屋チェーンで、先についた冬次が可もなく不可もない鶏もも串をつまんでいると、これから向かうという連絡から大幅に遅刻して座間は現れた。待っているあいだに最初に頼んだビールのジョッキはずいぶん前に空になり、結露によってできた水滴がジョッキの下で水たまりを作るのに充分な時間だった。
しかし汗でシャツを張りつかせ走ってきた座間を責めるつもりは毛頭ない。
「よう、おつかれ」
とおしぼりを差し出してやる。座間は手を伸ばしたが受け取るためでなく、いらないという意思表示だった。
「あれ、ないな」
「何が」
「ハンカチ」
持ち歩いてるハンカチがあるらしく、ジャケット、スラックス、鞄、全部のポケットをガサゴソやり肩を落とす。
「そっか、忘れてた。おしぼりもらっていいかな」
「もちろんだけど落ち着けよ」
「落ち着いてるさ」
襟元を緩め、席に腰掛ける座間。冬次は座間と自分の分のビールを頼み、片肘をつき頭を傾ける。それほど酔っていないがきわどい質問が滑らかに舌にのった。
「ソノちゃんと喧嘩したんだ?」
ハンカチを洗ってアイロンをかけて待たせてくれる人といえばだ。座間は首を横に振り、運ばれてきたビールで乾杯する。
「汚れたから会社で捨てたんだったわ」
ジョッキをコツンとぶつけ返し、ふぅんと相槌を打つ。
「災難だな。仕事大変そうじゃん」
「部署が変わったばっかなんだよ。業務内容がこれまでとまるで違うっつーか、ちょっと手を焼いてる」
「座間が苦戦するんなんか余程だ」
「まぁ、詳しくは言えないんだけど」
「いーよ。よその会社の事情をあれこれ訊いたりしないって」
「・・・・・・おう」
後から同棲解除を聞かされた時に、どうして相談してくれなかったんだろうかと心寂しく感じた。この時の一瞬の間が実は重大だったのかもと、今では思っている。
「僕も社員として籍を置いています。知ってる人かもしれないですね」
どの社員かを気にする七草の声に、意識が逸れた。
「ええと」
本人のいないところで話題にしてよいものか躊躇していると、七草が眉尻を下げてうつむいた。
「ごめんなさい、初対面なのに」
「いや。こちらこそ気を悪くさせてすみません」
上手く会話を盛り上げられないことを詫びる。
「あとは、あー、そうだ敬語やめようよ。俺もやめる。ほとんど歳変わらないって聞いてるから」
「えっ、う、うん。冬次さんが言うなら僕は合わせられる」
「そっか。ありがと」
気まずくなり、ええっとと額を掻き話題を考える。しどろもどろな冬次に、七草は呆気に取られてまばたきした。
きっと、可愛い顔した頭ではやりづらいと思っているのだろう。横柄なアルファの態度も別の言い方をすれば決断力があり頼もしいものだ。下にみられることに目をつぶりさえすれば、大人しく頷くだけでいいので楽といえば楽で、優柔不断な印象を与えっぱなしの冬次をうんざり感じても仕方ない。
でも、これでいいのかもしれない。いずれ断る縁談なら、嫌ってくれた方が冬次としては結果オーライではあるが。
「ぜひまた冬次さんに会いたい、な」
「え」
「・・・・・・から、断らないでほしい。駄目ですか?」
七草が正座した膝の上で両拳を握っている。
震えながら精一杯気持ちを伝えてくる姿は率直に胸を打ち、冬次はお断りの算段を封じられ、「友達からゆっくり付き合っていこう」とありきたりな返事をするのだった。
見合いは明るい時間のうちにお開きとなったが、この夜から七草から献身的なメッセージがスマホへ届くように。
返事のいらない、重くならない内容を心得ており邪険にできず・・・・・・ため息。
「はぁ」
「社長~、スマホ眺めてどうしたんです?」
不動産事務所にて、金子に覗かれる前に画面を下向きにして置く。
「お悩み相談ならいつでものりますよ」
「ははは、違うよ、猫の動画で癒されてただけだから」
「猫ちゃん? 見せてくださいよ~」
「保存はしてないんだ。ごめんね」
パッと目に入った猫のキャラクターを見てでっちあげた。ゆるキャラぽい白衣を着た猫が金子の持っているペンに描かれている。
「それ、どこで」
「ペンのことなら駅前で配ってたんですよ。新商品の試供品と一緒に。あっ、私いらないので試供品の方はあげます」
彼女が思い出したようにデスクに置いたのは栄養ドリンクの瓶だ。
「疲れてらっしゃるならピッタリじゃないですか」
「ありがたく頂くよ」
冬次は金子に笑いかけると、ラベルのナナクサ製薬に視線を落とした。ひと思いに蓋をねじり開栓し、喉に流し込む。
「いい飲みっぷりです」
金子が面白おかしそうに声を立てて自身のデスクに戻っていく。
口に残った甘ったるさと薬品臭い味を緩和させたく、コーヒーを買いにコンビニに行くことにした。だがレジに以前アプローチしてきたオメガ店員がいたため方向転換する。今は余裕のある対応ができそうになかった。
仕方なく車に避難した。カフェインを摂取したおかげか頭は幾分冴えている。次に起こすべき行動が決まった。
スマホで兄貴の番号を選んで悩み、座間の番号に変えコールする。平日の日中だ、時間を考慮するのを失念していたので出ないだろうか。
「はい。座間のスマホですが」
出た。が、違和感がある。
「あなたはどちら様ですか」
「んー?」
冬次の思考は彼の口にした会社名に集中した。
七草が小首を傾げる。
「ごめん。ちょっと、知り合いが勤めてるとこだから偶然で驚いた」
ナナクサ製薬は座間の勤務先だ。
少し前のこと。座間と会う約束をして酒を飲んだ。適当にネット予約した串焼き屋の居酒屋チェーンで、先についた冬次が可もなく不可もない鶏もも串をつまんでいると、これから向かうという連絡から大幅に遅刻して座間は現れた。待っているあいだに最初に頼んだビールのジョッキはずいぶん前に空になり、結露によってできた水滴がジョッキの下で水たまりを作るのに充分な時間だった。
しかし汗でシャツを張りつかせ走ってきた座間を責めるつもりは毛頭ない。
「よう、おつかれ」
とおしぼりを差し出してやる。座間は手を伸ばしたが受け取るためでなく、いらないという意思表示だった。
「あれ、ないな」
「何が」
「ハンカチ」
持ち歩いてるハンカチがあるらしく、ジャケット、スラックス、鞄、全部のポケットをガサゴソやり肩を落とす。
「そっか、忘れてた。おしぼりもらっていいかな」
「もちろんだけど落ち着けよ」
「落ち着いてるさ」
襟元を緩め、席に腰掛ける座間。冬次は座間と自分の分のビールを頼み、片肘をつき頭を傾ける。それほど酔っていないがきわどい質問が滑らかに舌にのった。
「ソノちゃんと喧嘩したんだ?」
ハンカチを洗ってアイロンをかけて待たせてくれる人といえばだ。座間は首を横に振り、運ばれてきたビールで乾杯する。
「汚れたから会社で捨てたんだったわ」
ジョッキをコツンとぶつけ返し、ふぅんと相槌を打つ。
「災難だな。仕事大変そうじゃん」
「部署が変わったばっかなんだよ。業務内容がこれまでとまるで違うっつーか、ちょっと手を焼いてる」
「座間が苦戦するんなんか余程だ」
「まぁ、詳しくは言えないんだけど」
「いーよ。よその会社の事情をあれこれ訊いたりしないって」
「・・・・・・おう」
後から同棲解除を聞かされた時に、どうして相談してくれなかったんだろうかと心寂しく感じた。この時の一瞬の間が実は重大だったのかもと、今では思っている。
「僕も社員として籍を置いています。知ってる人かもしれないですね」
どの社員かを気にする七草の声に、意識が逸れた。
「ええと」
本人のいないところで話題にしてよいものか躊躇していると、七草が眉尻を下げてうつむいた。
「ごめんなさい、初対面なのに」
「いや。こちらこそ気を悪くさせてすみません」
上手く会話を盛り上げられないことを詫びる。
「あとは、あー、そうだ敬語やめようよ。俺もやめる。ほとんど歳変わらないって聞いてるから」
「えっ、う、うん。冬次さんが言うなら僕は合わせられる」
「そっか。ありがと」
気まずくなり、ええっとと額を掻き話題を考える。しどろもどろな冬次に、七草は呆気に取られてまばたきした。
きっと、可愛い顔した頭ではやりづらいと思っているのだろう。横柄なアルファの態度も別の言い方をすれば決断力があり頼もしいものだ。下にみられることに目をつぶりさえすれば、大人しく頷くだけでいいので楽といえば楽で、優柔不断な印象を与えっぱなしの冬次をうんざり感じても仕方ない。
でも、これでいいのかもしれない。いずれ断る縁談なら、嫌ってくれた方が冬次としては結果オーライではあるが。
「ぜひまた冬次さんに会いたい、な」
「え」
「・・・・・・から、断らないでほしい。駄目ですか?」
七草が正座した膝の上で両拳を握っている。
震えながら精一杯気持ちを伝えてくる姿は率直に胸を打ち、冬次はお断りの算段を封じられ、「友達からゆっくり付き合っていこう」とありきたりな返事をするのだった。
見合いは明るい時間のうちにお開きとなったが、この夜から七草から献身的なメッセージがスマホへ届くように。
返事のいらない、重くならない内容を心得ており邪険にできず・・・・・・ため息。
「はぁ」
「社長~、スマホ眺めてどうしたんです?」
不動産事務所にて、金子に覗かれる前に画面を下向きにして置く。
「お悩み相談ならいつでものりますよ」
「ははは、違うよ、猫の動画で癒されてただけだから」
「猫ちゃん? 見せてくださいよ~」
「保存はしてないんだ。ごめんね」
パッと目に入った猫のキャラクターを見てでっちあげた。ゆるキャラぽい白衣を着た猫が金子の持っているペンに描かれている。
「それ、どこで」
「ペンのことなら駅前で配ってたんですよ。新商品の試供品と一緒に。あっ、私いらないので試供品の方はあげます」
彼女が思い出したようにデスクに置いたのは栄養ドリンクの瓶だ。
「疲れてらっしゃるならピッタリじゃないですか」
「ありがたく頂くよ」
冬次は金子に笑いかけると、ラベルのナナクサ製薬に視線を落とした。ひと思いに蓋をねじり開栓し、喉に流し込む。
「いい飲みっぷりです」
金子が面白おかしそうに声を立てて自身のデスクに戻っていく。
口に残った甘ったるさと薬品臭い味を緩和させたく、コーヒーを買いにコンビニに行くことにした。だがレジに以前アプローチしてきたオメガ店員がいたため方向転換する。今は余裕のある対応ができそうになかった。
仕方なく車に避難した。カフェインを摂取したおかげか頭は幾分冴えている。次に起こすべき行動が決まった。
スマホで兄貴の番号を選んで悩み、座間の番号に変えコールする。平日の日中だ、時間を考慮するのを失念していたので出ないだろうか。
「はい。座間のスマホですが」
出た。が、違和感がある。
「あなたはどちら様ですか」
「んー?」
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