未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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34 兄貴の訪問

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 初夏を迎えた頃、異常気象で真夏日の気温を記録した。うっすら汗ばみながら外出先から帰社すると、冬次に客が来ていた。

「よう、ご苦労さんだな」
「うわっ。兄貴」

 事務所の社員がいる前で露骨に嫌がってしまい、嗜めるように兄貴の眉があがる。仕方なく奥に通し、兄貴に詰め寄った。

「連絡してよ」
「仮病なり嘘の予定なりで逃げるだろ」
「んもぉ、そうだけど・・・・・・」
「兄の顔が見たくないなら別に結構だが、今日は大事な話をしにきた」

 冬次は眉をひそめる。この兄貴は十七年のあいだに妻だった美世と離婚した。父親の言いなりとなって政治家の娘と再婚し、四人の子供たちとも離れて暮らしている。兄貴の離婚と再婚を耳にした時にも同じ部屋の空気すら吸いたくないくらい幻滅させられたが、現在進行形で最低最悪を更新中だ。顔を合わせるたび嫌いになれる自信がある。

「話ってなんだよ」
「来週、見合いをすることになった」
「は、まだ嫁をとるつもりかよ。アルファでもさすがに無理なんじゃねぇの」
「私じゃないお前の話だ。冬次が見合いするんだ」

 冬次の肌が怒りで粟立った。

「ふざけんな」
「文句があるなら父さんに自分で申し立てろ。私は見合いに賛成している。散々自由にさせてもらってきたんだから、そろそろ身を固めるくらいしろ。今の仕事を辞めろと言ってるんじゃないだろ」

 家族や部下に権力をふりかざす父が藤井家の訃報を聞いて情けをかけてくれたことは、兄貴のとりなしがあってこそだが、ある意味で猛獣を説き伏せるかごときの奇跡だったのだ。
 閉口すると、兄貴は短く息を吐いた。

「俺は事前に相手の顔を見てきたが、冬次の好みそうなオメガの男だったぞ」

 冬次はわずかに動揺する。

「男なの? いくつ?」
「お前の二つか三つ下だったかな。まずはとりあえず会ってみて、縁談を受けるか返事はそれからでいいから」
「・・・・・・わかったよ」

 こちらに決定権があるような思わせぶりだが、いざ、無かった話にしてほしいと冬次が言おうものならあの手この手で首を縦に振らせようとしてくるのだろうな。
 ここで拒否しても取りつけた見合いの約束をキャンセルしてくれるとは考えにくいし、当日ばっくれるのは相手がいる席なので社会人として非難される行いはしたくない。
 オメガの男と聞いてもしや・・・と疑った。
 南雲だったらよかったのにと思わずにはいられなかった。
 兄貴は見合いの話を伝え終えると長居しないで帰宅した。残りの業務時間は冬次は心ここに在らず、ミスを連発して仕事どころでなくなっていた。しまいに社員から早退を促され、早めに藤井家に向かうことになる。

「大丈夫なのか冬次、具合でも悪いんじゃないのか?」

 晩酌中、冬次は酒をこぼした。

「うー、ごめん」
「もう今晩は飲むのをやめろ。悩みごとか?」

 水を注ぎ直してくれながら、訊ねられる。

「んんー。いやぁ、ね」
「なんだ、はっきり言え」
「うーん」

 藤井は兄貴から見合いの話を聞いているのかもしれない。聞いていないのかもしれない。どちらもありえて、どちらでも相談に対するアドバイスは同じな気がした。

「最近ゆっくり寝れてなかったから疲れてんのかもね。このまま泊まってっていい?」
「そうする腹づもりで飲んでたんだろうが。ったく、運転して帰る気だったのか。危ないな」
「よくおわかりで」

 結局、言えず。藤井の酒を失敬して口をつけた。

「なぁ、冬次・・・・・・ああ、おい、飲むなって」
「酔いたい時もあるじゃんか」

 先に藤井が何か言おうとしたようだが、余計な助言は聞きたくない。いつまでももう存在しない男を追いかけてないで現実を見ろだの、アルファとして幸せになれだの、冬次に白黒つけられないことを言うのはやめてほしかった。
 この日は珍しく記憶をなくすまで飲み、夢の中で南雲に会った。会ったというか、脳みそに蓄えられた思い出をもとに創り出された南雲を遠くから見ていた。見ていただけ。
 夢ってなんでいつもこうなんだろうか。近づこうとしても近づけない。手を伸ばしても永遠に距離は縮まらない。名前を呼んでも届かない。いっこうに速くならない足と頭蓋骨の内側でこだまするだけの声に、夢が覚めるまで逆らい続ける。
 解決策が出ないまま見合い当日がやってきた。快晴のよい日だった。
 ぐしゃぐしゃの頭と顔で出向くわけにはいかないため——それも面白いかと思ったが——仕事用のスーツより高級な一張羅を着てネクタイを締める。ひとり住まい用に借りた部屋は窓の真下にマンション専用の駐車場があり、準備を済ませコーヒー片手にぼんやりしていると、入居者のものじゃない黒塗りの車が入ってくる。

「晴れてんじゃねぇよ」

 快晴の空に片目をすがめながら呟いた。
 どしゃぶりくらい降ってくれたら気も紛れただろうに、縁談のたぐいで晴れとくれば幸先がいいだとかなんとか、耐えなければならないおべっかを思い浮かべると気が重かった。お行儀よく笑える気がしない。あれから悩みすぎて柄になく胃痛をこしらえてしまい、筋肉の下できりきりとナイーブな内臓が悲鳴をあげている。

「おはよう冬次、孫にも衣装だな」
「うるせ。別に逃げねぇのに」

 わさわざ迎えをよこして、父親の卑しさに反吐が出た。

「悪態ついてないでさっさと乗れ」

 助手席側のドアを開けてくれたが、後部座席を自分で開けて乗り込んだ。兄貴は怒りも苦笑もしないで車を発進させる。相手にされていない感じが胃のむかつきをひどくした。
 悪コンディションのせいで朝食のコーヒーが迫り上がる。人の運転する車は酔いやすいというのを痛感していると、会場の料亭に滑るように停車した。店の仲居が門のところで待ち構えて立っている。

「車を停めてくるから冬次は先に入っていろ。失礼のないようにな」

 指図するなというふうに兄貴を睨み、後部座席を降りた。車が走り去ると、仲居が料亭内に案内してくれる。

「すでにみなさまお揃いでございます」

 返事はしない。天然木の床にするすると仲居の立てる足袋の音が響いた。うつむいてついていく。仲居が振り向いて膝を折ったので、そこの襖の奥に父母と見合い相手がいるのだとわかった。

「失礼いたします。奈良林冬次様をお連れしました」

 名の知れた料亭らしく美しい所作で襖が引かれる。複数回にわけて少しずつ開かれた視界。御座敷にいる先客のほとんどに気を留めず、冬次は見合い相手を目で探した。
 ぐるりと室内を見やり、ばちんと視線が噛み合った青年がいた。直後、恥じるように下を向いてしまったので確定だろう。自己主張せず常に一歩引いた姿勢でいることが美徳とされる良家のオメガっぽい反応だ。
 冬次は会釈し、彼の前に座った。そうしないと見合いが始まらない。よくよく観察すると、全体的に小づくりな造形の中で目が大きく、愛らしい顔立ちをしていた。髪や指先は手入れされ艶があり、どことなく献上品を思わせる第一印象だった。
 無遠慮に眺めまわしたせいで怯えさせてしまっただろうか、ただでさえ小柄な肩をさらに小さくした。現代社会におけるオメガという大きな括りでは多種多様な活動が可能になった彼らも、個々でみればヒエラルキーの底辺に縛られている人がたくさんいる。
 しかしそれは当然ながら縛っている人がいるからなのだが。まじでごめんなさいって感じ。オメガを見下す父と空気の母。彼の親は恐縮するばかりで居心地が悪いに違いない。
 主役であるはずの冬次たちは座っているだけで見合いは進んで、懐石料理をつつきながら相手家族が奈良林一族にゴマをする会と化す。大半を聞き流していた冬次は兄貴が戻ってきていたことにも気づかなかった。

「二人にしてあげましょう」

 と兄貴が出席者全員に声をかけるまで。

「ささ、別室にお食事を新しく用意してありますから」

 仲居に案内され両者の家族が部屋を移ると、二人きりになった途端に見合い相手がクスッと微笑んだ。

「えっと、俺はどこかおかしかっただろうか」
「いえ。すみません。会食中ずーっとさっさと始めてさっさと帰りたいって気持ちがダダ漏れだったので」
「あー、はは・・・・・・ぶっちゃけるとあなたの名前も聞いてませんでした」
「やっぱり。でもわかりますよ。僕もあまり会話を聞いてませんでした」
「媚を売るための道具にされて、オメガのあなたには特に気持ちのいい話じゃなかったですよね」

 すると、正面に座った彼がきょとんとした。

「ふふ、僕は冬次さんに見惚れていたからですよ」

 不意打ちだったせいで、不覚にも顔が紅潮する。

「冗談が上手いなぁ。俺の機嫌なら取らなくていいんですよ?」
「まさか。本心です。僕を見た時のあなたの目がアルファと思えないほど優しかった。だからです」

 そうして座卓の正面から横へ移動し、畳に三つ指をついた。

「改めてご挨拶させていただきますね。僕は、七草善光ななくさ よしみつと申します。父はナナクサ製薬の代表取締役社長。バース性はご存知のとおりオメガでございます。ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
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