未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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37 黙っていられないから

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 翌朝、座間はまだ調子の悪そうな顔して律儀に礼を言って出勤した。駅まで送るといってもきかず、冬次は納得できず玄関に座り込んだまま不平を洩らす。

「契約書って何なんだよ。普通に仕事してて書くもんじゃないだろ」

 やばい仕事に手を染めさせられているわけじゃないよな?
 しばらくして立ち上がると、背後に藤井が佇んでいた。

「うおっ、びっくりした」
「朝メシ食べてけよ」

 それだけ冬次に伝え、ふいと部屋の奥に姿を消す。
 純粋な驚きで心臓がバクバクいってる。少し遅れて藤井の行動の違和感に眉をひそめた。声をかけてくれればよかったのにと。声をかけにくいほど冬次が暗い顔をしていたなら申しわけなかった。
 食卓に並んでいたのは一人分の朝食だけ。藤井はすでに済ませたらしい。綺麗に腹におさめ、仕事に行く。藤井家から職場の不動産事務所は徒歩でも近い。天気もよく、朝の散歩がてら考えを整理するのに最適だ。
 座間のことが頭に引っかかっていたが、昨日に引き続いて迷惑はかけられない。勤務時間は職務に集中し、昼間に兄貴から着信がある。出たくないけどこの時は取った。

「雹でも降るかもな」

 季節外れの気候を引き合いに出し、兄貴は通話口越しに苦笑する。

「雹でも槍でも降ろうがどうでもいい。兄貴はナナクサ製薬の内情に詳しいの?」
「ほう、冬次が家族の事業に興味を持つなんてことがあるんだな」

 冬次は苦々しく鼻梁に皺を寄せた。職場のみんなに顔を見られない場所で電話していて助かった。

「やっぱり。うちが噛んでるんだな」
「・・・・・・冬次、何を聞いた?」

 兄貴の声が威嚇するものに極端に変わり、冬次の喉がヒュッと鳴る。

「何も知らねぇよ」
「なるほど。カマかけたな」
「勝手に兄貴が勘違いしたんだろーが」
「まぁいい。お前が奈良林家に貢献する気になってくれて嬉しいよ。実はな」
「あー! 言うな」

 キィンと高音がつんざいた。耳元でひどい音割れがしたので、兄貴はさらにひどい雑音を聞いたに違いない。

「悪りぃ、兄貴」

 一方的に通話を切った。冬次は少し考え、のらりくらりと避けてきた七草に自分から「会えるか」とメッセージを送信する。七草の返事は夜にあり、週の途中で会う約束を取りつけた。
 一応、デートということになるんだろう。夜の遊園地に行く。初めてのデートにうってつけだ。冬次は鏡の中の自分に何度もいちゃもんをつけながら、なんとかしっくりくるコーディネートを選んだ。
 遊園地はナイトタイムとあってか客の出入りは落ち着いている。
 七草を待っている間、入場門に向かっていく客の背中を目で追ってみると、夏祭りの季節にあわせた浴衣のカップルが多い。手を絡ませて歩く姿に、冬次は一瞬ここにいていいのかという居心地の悪さを感じた。

「浴衣で来ると入場料が割引されるんだって」

 すぐ近くで話しかけられ、無意識だった人間観察をやめる。

「ごめんなさい、遅くなっちゃったかな」

 到着した七草がそう洩らして腕時計を見た。

「時間ぴったりだよ。今日は予定あけてくれてありがとう」
「お礼なんて言うのやめてください。僕は冬次さんから連絡もらってうれしかった」
「ははは、うん」

 返答に困るのだけど、照れていることにしておこう。自分がピュアな青年を騙す極悪人に思える。

「入ろうか。チケット買っといたから」

 ゲートを通過すると、遊園地の中は縁日風の飾りつけがなされていた。敷地全体に吊り下げられた橙色の提灯が遊園地の各施設を照らしており、紅色の金魚やカラフルな風車の飾りが目にも鮮やかだった。その奥にはライトアップされた観覧車がまみえて壮観だ。

「善光くんは遊園地が好きなんだね。アトラクション乗る?」

 意外ってわけじゃないんだけど、デートの代表格といったロマンチックなムードに気圧される。近所のスーパーやショッピングモールで南雲を追いかけていた経験しかない冬次には少々高度なデートコースかもしれない。

「遊園地併設の商業施設に仕事で来ていて。本当はあまりアトラクションには乗ったことなくて。冬次さんは楽しめるかなって思ったんだけど好きじゃなかった?」
「そっか。俺のためにここにしてくれたんだ」
「けど裏目にでちゃったかな。そうだ。昼間施設内でレストランを見つけたので、そっちに行くのはどう?」
「行ってみようか」

 気づかいもできて本当にいい子だ。同じ好意を返せないのにと躊躇いが足を重くしてしまう前に、場所を移動した。後ほど再入場できるようスタッフにスタンプを押してもらってから屋根つきの連絡通路を渡って併設施設内に入る。大型アミューズメントパークと子供向けの遊具がある展示会場、レストランがメインの建物のようで、当施設を目的にきた客に加えて遊園地を満喫した人たちが遊びに興じていた。
 なかでも展示会場は営業時間がとっくに過ぎており閑散としているかと思えば若い層の姿が多くあり、それぞれ単独でなくカップルやグループで来ている客たちが目立つ。空気で膨らませる滑り台やボールプールなどがある区画は照明が落とされスタッフもいないが、彼らが集まっている一画に目を凝らしてみると、また別のイベントか何かの企画展示がされているようだ。

「興味ある?」

 七草が覗き込んでくる。

「人が集まっているから気になっただけだけど」

 興味というほどでもないが、冬次は顎をさすった。

「僕が仕事で足を運んだのはあれの宣伝のためだったんだよ」
「へぇ、ナナクサ製薬が提供してるんだ」
「見てみる?」
「じゃあ」

 せっかくなので頷くと、七草が笑顔を弾けさせて腕を絡め、冬次を引っ張っていく。
 人だかりに混ざり、展示物に近づいた。そこには〝運命を離さないで〟と大々的に書かれたポスターと、奇妙な機器が設置してある。大きなスクリーンの前に二個の小さなステージがあり、モニター式の検温計のような機械と腕を入れる血圧計のような機械がそれぞれについていた。ちょうどステージに乗っていた若者の二人分の顔がスクリーンに映されている。
 するとスクリーン上の若者二人の顔がポップなメロディに合わせてぐっと接近し、ハート模様で囲まれる。チープだが趣旨の伝わりやすい演出だ。そしてテレビで聞いたことがある声でナレーションが入る。
〝運命数値は八十六パーセント! 二人の相性は抜群! 大事に愛を育めば育むほど誰にも切れない運命になるはず!〟
 運命数値化マシーン。うわぁと、冬次は声にならない嘆息が洩れる。はたして運命数値などと何をもって判断しているのか。真偽のほどは怪しすぎる。しかし結果を聞いた若者たちが満足げに頬を染めてステージを降りていくので、きっと耳にしたことが彼らにとっての真実になるに違いない。結果を信じるかどうかは自由、幸せそうな顔を壊すのは野暮ってもんだ。

「運命を離さないでっていう、運命の番をテーマにした映画が近々上映予定なんだって。これは映画に先駆けて、流行りにのっかった企画。くだらないでしょ」

 七草がつまらなさそうに肩をすくめる。

「古臭い運命論が流行してるって話はよく聞くよ。でもこういう企画をナナクサ製薬の社員が直々に手がけるんだ。外部に委託するもんだと思ってた」
「社内でも特例扱いのプロジェクトなの。これはベータでも体感できるように設計されてるおもちゃなんだけど、アルファとオメガのお客様が参加してくれた時には別個でサンプル集めに協力をお願いしてるんだ」
「本命はそっちのサンプル集めってわけか」
「うん。・・・・・・冬次さん?」

 また新しくステージにカップルが乗り、計測が始まった。冬次はスクリーンを睨むようにして黙りこむ。
 今自分がどういう感情なのか冬次自身にもよくわからなかった。あからさまに流行りにのっかった企画を下品だなと感じる一方で、やっと会えたという気がする。全身をざわめかせる予感。懐かしい。あの時と同じ感動が心を揺らした。脳裏によぎるのは、こんな突飛なマシーンを開発できる人の心当たり。
 スクリーンを見つめる冬次の腕を、七草がきゅっと抱く。

「冬次さんは他に好きな人がいるんだ」

 冬次はまつ毛を伏せる七草を見下ろした。
 叶わない相手がずっと心にいると、答えたくても答えられない。

「だったらごめんなさい。僕なんかとお見合いさせられて嫌だったよね。でもこれからは僕が冬次さんを幸せにするから」
「善光くん。俺たちはもっとゆっくりやっていこう」
「怖がらなくて大丈夫。僕が背中を押してあげる」
「なんの話をしてるのかな」
「春真さんが、弟が結婚を決めたようだってこっそり教えてくれて。僕は早とちりじゃないかなって思ったんだけど、こういうことには勢いも必要だから」

 くそ兄貴の野郎め。だが頭の片隅に引っかかったままの座間の言葉と兄貴とした会話が、取り繕おうとした口を閉ざさせた。
 自分が気づきかけた奇跡の尻尾を逃さないためには、七草と深い関係を結ぶことこそが唯一の道なのかもしれなかった。
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