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38 確執
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うやむやにされる前に必ず兄貴に文句を言ってやろうと思っていた冬次だが、出向く前に向こうから接触があった。ひとり暮らしのマンション下に黒塗りの車が待っている。冬次が自身の駐車スペースに車庫入れして通り過ぎようとすると、後部座席の窓が下がり、兄貴が鷹揚に顔を出す。偉そうに運転手つきのご身分かよ。
「夜中に家に帰らずほっつき歩いて、新しい奥さんをほったらかしといていいのかよ」
憎たらしさを込めた口調で罵る。
「善光くんとデートは楽しかったかい?」
無視かよ。つーか、なんでもかんでも知っててやがってムカつくな。マジで張り倒したい。
こちらを馬鹿にしているのか、直立姿勢で不貞腐れる冬次に目を細めながら兄貴が車を降りてくる。降りてくんじゃねーよ。とっとと帰れ。
「善光くんがお前のこと優しくてシャイで可愛い人だってさ、上手く気に入られたな」
「ついてくんな。運転手が待たされて可哀想だろうが」
帰れ、帰れ、と手を払う。
「運転手の心配は無用だ。たまには電話以外で冬次と話したい」
「俺は電話で充分だけど?」
「そう言うなよ。部屋に入れてくれ」
「ふざけんな」
追い返したいが簡単に引き下がってくれるわけもなく、エレベーターに一緒に乗り込まれ、冬次が借りている部屋があるフロアまで昇ってきてしまった。抗議を続けようにも夜中に外で会話するには限界がある。近所迷惑になることを懸念して口をつぐみ、のろのろと部屋の錠をまわした。
「入れば」
心の底から不本意だが、入室を許す。
まったく悪いと思っていない「悪いね」の声と共に兄貴は玄関にあがった。
「勝手にうろうろして部屋のもんに触るなよ」
「わかったわかった、兄貴に対して冷たいな」
「強引に上がり込んでおきながら当然だろ」
そうは言いつつ、水くらいは出してやろうかと、冷蔵庫のミネラルウォーターを兄貴に向かって投げる。長居されてはたまらないので、立ったまま会話を続けた。
「で、くっちゃべるために来たわけ?」
「そうだよ。兄弟水いらずでたまにはな」
「はぁ? 気持ちわりぃ」
そして兄貴の微笑みの裏を勘ぐる。
「あのな」
と兄貴がペットボトルの蓋を緩めたり締めたりしながらため息をついた。
「なん、なんだよ」
この歳になっても兄貴と冬次の力の上下関係は変わらない。だから面と向かって喋りたくなかった。連絡は電話にして避けていたのに、ここでは完全に二人きり。仕事場の事務所の時みたいに緩衝材になってくれる社員もいない。空気が張り詰めて震えているように感じるのは冬次自身の苦手意識のせい。いつになったら克服できるのだろう。威嚇されてるようで息が詰まりそうだ。
「そこ座るぞ」
兄貴がソファに腰かけたことで兄貴の視線から自分が外れ、空気が軽くなった。長居されてたくなかったが黙認する。
「冬次、お前、このまま縁談を進めていいのか?」
「兄貴のせいでそうせざるえなくなってるんだけど」
カチンときて言い返すと、幼児の冗談を聞いたかのように白々しく笑い声を立てられた。
「これまで同様に得意の我儘で突っぱねればいいじゃないか」
「簡単にできないんだよ。相手がいるんだから」
「周りがこうむる迷惑を考えられるようになったのか。実は案外乗り気なんじゃないのか?」
「そんなんじゃねぇよ」
「ふっ、馬鹿正直に答えやがって。そこは嘘でもハイそうですって頷いて喜ばせるもんだ」
「兄貴を喜ばせて何になんだよ。そもそも父さんの差金なんだから兄貴が喜ぶとこじゃないだろ」
しかし兄貴は意味深な目つきで間を作る。
「えっ、まじで?」
「ああ、私の立案だ。この結婚が上手くいかないと困るのは私になるな」
冬次は目を丸くした。
「そう驚くことか。表じゃ大きな顔をしているが父さんだって若くないんだ。私だっていつまでも父さんの影に甘んじているつもりなんてないさ」
「知らなかった」
「お前はもうちょっと自分の家族をよく見たらどうだ?」
目を伏せた冬次は脳裏であることが首をもたげ、唇を噛んだ。兄貴の行動全部が父親の指示じゃなかったなら。
「・・・・・・なぁ、だとしたら美世さんと別れたのはどっちの意思だったの」
父親か、兄貴か。頼むから父親に命令されたんだと言ってくれ。
「さぁな」
「おい!」
「冬次は知らなくていい」
「んだよ、それ」
兄貴自身の意思じゃないと否定しないということは、もはや認めたのと同じだ。
「結局父さんと思考回路は一緒じゃねぇか。愛した妻と子供より権力が大事かよ」
「私の心には成し遂げると決めたことがある。大事にしているのはそれだ。じゃあ、邪魔したな」
兄貴が唐突に腰を上げ、あれだけ強引に押し入っておいて用は済んだとばかりにすたすた玄関へ歩いていく。
「待てって」
「俺のやることに興味があるなら、自分で私のところに来い」
「興味があるんじゃなくて気に食わねーの!」
耳に届いていたのかどうなのか、兄貴の背中はドアの向こうにあっという間に消えて見えなくなった。
「夜中に家に帰らずほっつき歩いて、新しい奥さんをほったらかしといていいのかよ」
憎たらしさを込めた口調で罵る。
「善光くんとデートは楽しかったかい?」
無視かよ。つーか、なんでもかんでも知っててやがってムカつくな。マジで張り倒したい。
こちらを馬鹿にしているのか、直立姿勢で不貞腐れる冬次に目を細めながら兄貴が車を降りてくる。降りてくんじゃねーよ。とっとと帰れ。
「善光くんがお前のこと優しくてシャイで可愛い人だってさ、上手く気に入られたな」
「ついてくんな。運転手が待たされて可哀想だろうが」
帰れ、帰れ、と手を払う。
「運転手の心配は無用だ。たまには電話以外で冬次と話したい」
「俺は電話で充分だけど?」
「そう言うなよ。部屋に入れてくれ」
「ふざけんな」
追い返したいが簡単に引き下がってくれるわけもなく、エレベーターに一緒に乗り込まれ、冬次が借りている部屋があるフロアまで昇ってきてしまった。抗議を続けようにも夜中に外で会話するには限界がある。近所迷惑になることを懸念して口をつぐみ、のろのろと部屋の錠をまわした。
「入れば」
心の底から不本意だが、入室を許す。
まったく悪いと思っていない「悪いね」の声と共に兄貴は玄関にあがった。
「勝手にうろうろして部屋のもんに触るなよ」
「わかったわかった、兄貴に対して冷たいな」
「強引に上がり込んでおきながら当然だろ」
そうは言いつつ、水くらいは出してやろうかと、冷蔵庫のミネラルウォーターを兄貴に向かって投げる。長居されてはたまらないので、立ったまま会話を続けた。
「で、くっちゃべるために来たわけ?」
「そうだよ。兄弟水いらずでたまにはな」
「はぁ? 気持ちわりぃ」
そして兄貴の微笑みの裏を勘ぐる。
「あのな」
と兄貴がペットボトルの蓋を緩めたり締めたりしながらため息をついた。
「なん、なんだよ」
この歳になっても兄貴と冬次の力の上下関係は変わらない。だから面と向かって喋りたくなかった。連絡は電話にして避けていたのに、ここでは完全に二人きり。仕事場の事務所の時みたいに緩衝材になってくれる社員もいない。空気が張り詰めて震えているように感じるのは冬次自身の苦手意識のせい。いつになったら克服できるのだろう。威嚇されてるようで息が詰まりそうだ。
「そこ座るぞ」
兄貴がソファに腰かけたことで兄貴の視線から自分が外れ、空気が軽くなった。長居されてたくなかったが黙認する。
「冬次、お前、このまま縁談を進めていいのか?」
「兄貴のせいでそうせざるえなくなってるんだけど」
カチンときて言い返すと、幼児の冗談を聞いたかのように白々しく笑い声を立てられた。
「これまで同様に得意の我儘で突っぱねればいいじゃないか」
「簡単にできないんだよ。相手がいるんだから」
「周りがこうむる迷惑を考えられるようになったのか。実は案外乗り気なんじゃないのか?」
「そんなんじゃねぇよ」
「ふっ、馬鹿正直に答えやがって。そこは嘘でもハイそうですって頷いて喜ばせるもんだ」
「兄貴を喜ばせて何になんだよ。そもそも父さんの差金なんだから兄貴が喜ぶとこじゃないだろ」
しかし兄貴は意味深な目つきで間を作る。
「えっ、まじで?」
「ああ、私の立案だ。この結婚が上手くいかないと困るのは私になるな」
冬次は目を丸くした。
「そう驚くことか。表じゃ大きな顔をしているが父さんだって若くないんだ。私だっていつまでも父さんの影に甘んじているつもりなんてないさ」
「知らなかった」
「お前はもうちょっと自分の家族をよく見たらどうだ?」
目を伏せた冬次は脳裏であることが首をもたげ、唇を噛んだ。兄貴の行動全部が父親の指示じゃなかったなら。
「・・・・・・なぁ、だとしたら美世さんと別れたのはどっちの意思だったの」
父親か、兄貴か。頼むから父親に命令されたんだと言ってくれ。
「さぁな」
「おい!」
「冬次は知らなくていい」
「んだよ、それ」
兄貴自身の意思じゃないと否定しないということは、もはや認めたのと同じだ。
「結局父さんと思考回路は一緒じゃねぇか。愛した妻と子供より権力が大事かよ」
「私の心には成し遂げると決めたことがある。大事にしているのはそれだ。じゃあ、邪魔したな」
兄貴が唐突に腰を上げ、あれだけ強引に押し入っておいて用は済んだとばかりにすたすた玄関へ歩いていく。
「待てって」
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