未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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50 少しずつ明かされること

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 南雲との遠隔会議が終わると兄貴はラボを出てきた。冬次は拳を握りしめて待っていた。

「顔色が悪そうだぞ。どうした」
「別に」

 全く〝別に〟じゃない言い方で返す。目を逸らしたら負けだと思って対峙する。

「奈良林くんのお兄さん、映ってたあれは誰なんですか」

 兎沢が空気を無視して斬り込む。結構なことだ。

「研究に関する優秀なアドバイザーですよ。素性は明かせない」

 兄貴は目線を冬次からあっさり外した。そして答える。

「ナナクサ製薬が誰と繋がっていて、ラボで何を作っているのか、よく理解していただけたでしょう」
「ああ。俺たちがハッキングで得た、研究データや莫大な金の流れがばっちり裏づけられた。とんでもないスクープだぜ。あらゆる手段を講じて世間に公表すべきだ。国民が騒がないはずない」

 兎沢がお宝同然の情報で埋まったメモ帳を開き、突きつけた。

「バース性を操作、アルファを独占、オメガ層の増殖計画。あなたの口からも説明してもらえますかねぇ?」
「もちろん話そうとも」

 冬次は快諾した兄貴を見つめ、兄貴の口が過ちを犯さないかを監視した。警戒すべきは横道に逸らされないかどうかだ。兄貴の得意技。
 兄貴はスマホを取り出した。

「その前に、場所を変えようか」

 兄貴がどこかへ電話をかけると、怪しまれない場所に待機していた迎えの車が颯爽と現れ、冬次たちは車に乗り込んだ。
 窓の外に見える空は静まりかえった夜の色をしている。冬次はまだ終わらない長い夜を覚悟した。ピリッと緊張感が背筋を流れていく。ほぼ揺れを感じない滑らかな走行は冬次を睡眠に誘いはしなかった。走行中はそわそわと手を揉み、後部座席でひたすら背筋を伸ばし座っていた。
 けれど横では兎沢が大股びらきで大欠伸をする。ほんと笑える。どこに連れて行かれるのかもわからないのに梅雨ほども動じていない。この人だったらもしサバンナに放り出されても大の字で昼寝できてしまいそうだ。オンオフを上手に飼い慣らした器用さと頑丈な心臓が羨ましい。
 兄貴が選んだ場所は冬次が初めて見る雑居ビルだった。狭い隙間にギュッと押し込まれて建っているビルの一階には床屋、二階の窓にはかすれた文字で教室とだけ読める。
 しかし待て。冬次の頭に物件資料が浮かぶ。仕事柄目にしたことはあったかもしれない。床屋の爺さんの持ち物件だったはずだ。印字の大半が消えた二階フロアの何とか教室は使われていない、五階建てでエレベーターはなし、数年前にネイルサロンが入って潰れてから入居者もなし。ないない尽くしでビルの老朽化が進み、はっきり言って条件は厳しいのにオーナーの希望家賃が高いせいで決まらない。頑固爺いはびた一文家賃を下げる気がなく、トラブルを防ぐために同業者の間では紹介を控える動向がある。
 入居者が出たなら面白半分に噂に聞きそうだったが、兄貴は直接オーナーと契約したのだと、階段を上りはじめた兄貴の背中を見て悟った。

「兄貴、ここ何? 借りてんの?」
「そうだよ。不動産さん屋のお前ならもしかしたら知っているかもと思ったが、その顔は驚いてるな?」

 日々追加されていく新着物件に埋もれ、この雑居ビルの物件資料は長らく更新されていない。不動産屋全体に爪弾きにされていただけあり、最新情報を更新しようと思う営業はいなかったのだ。社長として怠慢であったことは否定しない。兄貴の前では絶対言いたくないことだけど。

「うちで取り扱った契約じゃないのに知ってるはずないだろ。つーか、まだなの。足が痛いよ」
「最上階なんだ」
「はぁ? エレベーターないのに馬鹿じゃん」

 下の階が空いてるというのにいい趣味してる。

「一番上が好きなんだよ。俺より若いくせに体力がない奴だ」

 兄貴がくだけた笑い方をした。その口調のまま、彼自身の楽園に冬次らを招待する。

「借りてから誰にも教えてない。ひとりの時間を過ごしたい時に来るんだ」

 綺麗に改装された空間だった。温かみのある木目のフローリングに大きな葉っぱが個性的な観葉植物の鉢植えが飾られ、棚にはとりとめのない雑貨たちで溢れていた。まるで見知らぬ国のバザールで適当に手に取った物を買い集めたような、よくわからないオブジェやガラクタのような物もあった。

「兄貴にこんな収集癖があるなんて知らなかった」
「だろうね」

 冬次は兄貴をプライベートは極力物を持たないミニマリストだと思っていた。生活の全てを成功と出世にかけており、身につける物、そばに置く人、結婚相手すら使い捨てる軽薄野郎なのかと。
 別の棚には模型船があり、思わず見入る。緻密な帆船を瓶に閉じ込めたあれだ。部屋で一人で小さな船をちまちま作っている兄貴の姿は想像できない。大勢の人間に指示して大型客船を作らせる方が似合いそうなもんだが。でも居心地がいいのは認めよう。全ての雑貨たちがとても大切に並べられているのが伝わる。

「兄貴の心がサイボーグじゃなくて安堵してるよ」

 もちろん冗談だが割とその可能性はありだと思っていた。

「へぇ、いいっすねぇ。大人の隠れ家って感じ」

 階段を上がりきるまで大人しく、やっとオフから目覚めた兎沢がヘンテコな置物の横で渋さを放っている年代酒コレクションに舌舐めずりする。

「せっかくだからどれか飲もうか」

 途端に兎沢の目が輝く。

「駄目に決まってんでしょ。早くはじめよう」

 冬次は断固拒否すると、さっさと全員をソファに座らせる。兄貴の持ち物だが自由に使わせてもらう。

「お酒は好きなのを差し上げますよ。家でどうぞ」
「いいんですか。では後ほど」

 兄貴が兎沢に酒を選ばせる約束をしたところで冬次は苛々と咳払いした。
 大幅に脇道に逸れたが本題に戻る。
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