未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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49 急展開

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 食事を楽しんだ後、冬次は七草を自宅まで送り届け、車内でハグをして別れた。今夜は次の段階に誘うべきだったのかもしれない。別れ際の七草の瞳が寂しげで残念そうだった。
ソノちゃんの店で借りた寝床の上でタオルケットに包まり、タブレットを操作する。
 留守中に兎沢がソノちゃん経由で置いていったものだ。
 今日のデートで確信した。七草のふるまい、会話の内容、何よりあの何気ない一言。
 立ち上がった画面を読んでいると、横に置いたスマホが震え、兄貴からの着信が見えた。

「よう。話したいと思ってたとこ」
「嬉しいね。だが電話じゃ伝えきれそうにないんでね、今から会えないか」
「何時だと思ってんだよ」
「この時間しか無理なんだ」

 冬次は承諾するしかないわけだが、兄貴の言い方は面白がっているふうですらある。大真面目な話をしに行くにしてはやや不満を覚える雰囲気だ。わかったと返事して通話を切る前に、思いきり舌打ちしてやった。
 一時間もしないうちに兄貴が寄越した車に揺られ、ナナクサ製薬の地下駐車場で降ろされた。建物内に繋がる裏口の前で兄貴が待っており、ギョッとした。
 連れてこられた場所には驚かないが、兎沢がガードマンに取り押さえられていた。

「あんた何やってんすか」
「欲求が抑えられなくてさ」

 冬次はため息をつき、兄貴を見やる。

「ここでコソコソしてるのを捕まえたんだよ」
「兎沢さんをどうするつもりだ」
「悪いようにはしないよ。ひとつ取引をね」

 確認の意を込めて視線を投げると兎沢は頷いた。

「どんな取引だよ」

 兄貴に訊ねる。

「いずれ独占記事を書かせてあげるかわりにこれから見せることをまだ出さないでおいてくれないかとお願いしたんだ」

「脅迫ですよね」と兎沢が口を挟んだ。

 兄貴は悪役並に動じない笑みをみせる。

「あなたの後ろにいる人物にも伝えておくといいよ。ハッキングがあなたのパソコンから行われていないことくらいわかっている。大事な人がナナクサ製薬の社員でいるということを忘れないように」

 兎沢は大人しくなり口を継ぐんだ。結局は取引を受け入れたのだ。
 三人は裏口から社内に入った。すんなり兎沢を放したガードマンは見るからに兄貴の息がかかっている。
 社員は全員帰宅して社内は無人のはずだが、廊下は歩くのに不自由ないくらいに明るかった。

「兄貴はナナクサ製薬に言われてやってんの?」

 兄貴は首を横に振る。

「ナナクサ製薬のサーバーをこちらも独自に監視しているんだ。たまたま我々が先に侵入を感知して対処したので、ナナクサ製薬のお偉いさんは誰もまだ知らないよ」
「じゃあ、兄貴が独断で俺たちを入れてるってこと?」
「そうなる」

 兎沢が驚いて立ち止まった。冬次は止まらなかった。

「ちゃんとついて来てくださいね」

 兄貴が兎沢を一瞥する。

「まもなくですから」

 社内通路のどのあたりを歩いているのか、すでに方向を見失っていた。異例の状況がそう感じさせるのか昼間に案内された時と違う建物に見える。だが同じ場所のはずだ。違和感の正体は、部外者の冬次らには意図的に隠された区画だからか。

「さて待望の大スクープだ。これがナナクサ製薬が秘密裏に金を注ぎ込んでいるラボだよ」

 兄貴がガラス張りになった壁を手の甲でコンコンと鳴らした。
 冬次と兎沢は青ざめて体を低くする。ラボは稼働中だ。デカい男がおしくらまんじゅうよろしく並び、ガラスになっていない部分にギリギリ隠れられるかどうか・・・・・・ギリ見えちゃってる。

「やべぇよ兄貴、馬鹿じゃないの?」

 ひそめた声で抗議したが、兄貴は楽しんでやがる。

「完全防音だ。どちらの声も聞こえやしないさ。それに外からは透明ガラス張りだが、中の人間には外は見えない。こういうのを何ガラスって言うんだっけ、不動産屋さん?」
「ちっ、スモークガラスな」
「そうそれね。スイッチを押すと、通路側からも見えなくなるよ」

 ガラスが曇り通路の壁と見分けがつかなくなった。

「わかったよ」

 苛々と冬次は手を振る。

「中が見えないから透明に戻してよ」

 兄貴は壁のどこかのボタンを押し込んだ。
 するとものの見事に壁がガラス張りに早替わりして再び目の前にラボが現れた。魔法みたいに。

「ですが特に変わったところは見られないようですが」

 兎沢がスモークガラスの性能にまだ信用ならないというふうに腰をかがめながら首をひねる。冬次も真面目くさった顔で頷いた。真夜中に稼働している点は差し置いてだが。

「ふむ。見ていたまえ」

 そう話すと兄貴はジャケットのたわみを手でピシッと直し、胸を張ってラボの中に入っていく。入り口に視線が集まりひやりとさせられた。研究員たちの視線は兄貴にくっついて入り口から逸れた。

「お前の兄は何を喋ってんだろうな」
「さぁね」

 会話は聞こえないが、冬次は兄貴が研究員たちに軽く挨拶をし、指や手でジェスチャを交え、気にせず作業を続けるよう指示を出した様子をじっと見ていた。
 兄貴は腕を後ろに組んでラボ内を歩きまわり、時折、研究員に話しかけられてはにこやかに頷きながら応える。
 いつまで悠長に過ごすつもりだ?
 兄貴の鉄面皮を見せつけるために呼び出したわけじゃないだろう。
 兎沢が焦れて爪を噛む。冬次はガラスを叩きたい——気分的には殴りたい衝動に苦しみつつ待った。両手はポケットに突っ込んでおく。
 その時、兄貴に耳打ちをされた研究員が手元の機械を操作した。壁にいくつか取りつけられたスクリーンの一つがオンになり、テレビ会議の待機画面が映し出される。ラボ中の研究員が共有できるサイズの大画面は、当然映像はガラス越しに中を覗いていた冬次にも見えていた。
 待機中の四角い枠がパッと明るくなった。
 衝撃の映像なのかある程度は予想していた映像なのか、自分でもわからない。冬次は心臓が潰れそうだった。
 カメラの前に座った少年は口にマスクをしていた。だが後ろに映り込んだ室内の様子を見違えるはずもない。あれは地下室だ。この子は南雲。全体の雰囲気からして本人に間違いない。

「なんだありゃあ」

 兎沢が腰を抜かしたような声を出し、ピクッと眉を上げた。

「おい、誰だか知らんけどいちいち文字打って会話してんのか」
「おかげで俺たちまで読めるんだからいいじゃないですか」
「気がきく兄ちゃんだな」

 嫌そうにため息をついた兎沢に同意してやり、文字に起こされた会話内容に目を凝らす。
 テロップは一方的に南雲の言葉だけを伝えていた。
 多分、今日だけの指示ではなく、通信のたびこのやり方で会話しているのだ。
 ナナクサ製薬のサーバーから得た情報の全文に南雲涼という名前は存在しない。顔を隠し、正体を隠し、声のデータすら残さないための処置。

「悪いこと考える奴はいるもんだな、やっぱ」

 兎沢の目がぎらつき、一言も漏らすまいとばかりに大画面の文字を手帳に書き留める。

「・・・・・・にしてもずいぶんと若そうに見えるよな?」
「えっ」
「画面に映ってる人物だよ」
「ええ、そっすね」

 兎沢は獲物を品定めするような目をする。南雲を悪の手先だと思っているなら、今すぐ正してやりたい。
 実際に、南雲は若い。まだ子供だ。同じ世代の仲間と馬鹿やって、大人に叱られても笑ってるくらいがちょうどいい、子供なのだ。
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