未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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52 お見舞い

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 少し仮眠をとり、冬次は病院に見舞いにきた。入院中の藤井は元気そうでベッドでパソコンを開いている。寝てなくていいのかと呆れた。

「寝て——」
「昼寝も疲れるんだ。医者に許可はとってる」

 さようで。冬次は丸椅子を寄せて座った。

「出直してきた方がいい?」
「構わないよ。用事があるんだろ」
「そういうんじゃないんだけど。顔見たくなっただけ」
「・・・・・・怖いな」

 藤井が微笑した。

「ひどくない?」
「嬉しいさ、歓迎するよ。この前は早々に追い返してしまって悪かった」

 冬次は首を振る。

「兄貴は頻繁に来てんの?」
「あいつは実にやかましいね」

 藤井が眉を寄せた。
 もしや、藤井は兄貴に入院を伝えるつもりがなかったのかもしれない。

「もしかして、ごめん」

 冬次が小さめの声で謝ると、藤井の顔がパッと明るくなり、声を出して笑った。

「まぁ色々助かってる。来るたび女房のように世話を焼いてくれるよ。議員ってのは暇なのか」

 冬次も笑い返す。

「兄貴、俺が話した時すごい顔だったよ。俺も兄貴も克己さんに健康でいてほしいんだよ」

 藤井は表情を消した。

「お前たち兄弟は他にやることがあるだろう。俺なんかを気にかけないで身近な人を大切にしろ」

 言い返そうと口を開いて、閉じる。

「検査どうだって?」

 藤井が言いたくなさそうに唇をさすってから答える。

「少し入院すれば平気だって」

 しかし事実ではないだろう。

「そうか。無理しないでくれよ」

 冬次にとって藤井はどんな時も実の兄貴より信頼できる兄であり父親であり、心許せる家族。突き放されようができることをしてやりたい。

「冬次こそ最近はどうなんだ」

 話題の矛先がすり替えられる。

「変わりないよ。仕事は忙しいけどやりがいがあって、従業員もみんなよく働いてくれるしね。楽しいよ」
「本当か? 俺に相談があるんじゃないのか」
「なんで」

 顔を指でさされ、冬次は頬を触る。

「えっ、俺って聞いてほしそうな顔してた?」
「珍しく長い休みを取ったのは現実逃避するためなんだろ。お前が父さんの大切にしてた会社を継いで残してくれて感謝してる。でも他にやりたいことができたんじゃないのか。俺はいいと思うぞ。新しいことに向かっていこうとやっと思ってくれたんだよな」
「克己さん」
「見合いの相手とちゃんと続いてるんだってな。いい傾向じゃないか。きっと幸せになれるよ」

 兄貴から聞いたのだ。冬次はため息をついた。

「うん、まぁ・・・・・・、でも今の仕事は楽しいんだよ。本当に」

 盛大な勘違いの前半部分だけを訂正して、七草との関係については否定できなかった。祝福してくれている藤井に心労をかけられないし、がっかりさせたくない。
「冬次が過去に折り合いをつけられたなら俺が気をまわす必要ももうないよな」

 どくんと心臓が震えた。

「過去?」

 南雲のこと?

「俺の机の引き出しに南雲の置き土産がしまってある」

 肩の荷がおりた藤井の告白は清々しく聞こえた。

「何を残していったか教えて」
「俺が買い与えたスマホだよ。南雲のやつ俺の連絡先をメモに貼りつけて捨てたらしい。拾い主から連絡がきて戻ってきたんだ。俺もどうしてかそれまで解約してなくてな。解約した後も処分できないでいる」
「それっていつのことだ」

 喉がへばりつくようで、声が出にくい。

「クリスマスのあの日から二ヶ月後くらいだった」

 南雲が生まれる予定日に重なる。南雲はギリギリまでスマホを持ち歩いていたのだ。

「南雲さんはスマホを使ってたのかな。履歴を確認したんだろ?」
「忘れたよ。引き出しに入れてから一度も見てない」

 藤井が窓の外に視線を移す。

「話してくれたってことは俺が見てもいいんだな?」
「ああ。お前が捨てておいてくれ」
「わかった」

 南雲が確かに存在していたことの形ある証拠。藤井が南雲の行方にこだわる冬次に言えないでいたのは、藤井にとっても同じように大きな意味をもつものだからだ。

「いいんだね。俺が処分して」

 繰り返し問うと、藤井はベッド用テーブルに肘をつく。窓の外が急に面白くなったかのように、熱心に外を見つめている。

「もうあれはゴミだよ」

 藤井が答えた。

「あのさ克己さん」

 切実に似た響きが声に出てしまった。
 藤井が仕方ない顔をしながら冬次に向き直った。
 冬次は切羽詰まった喉の乾きに耐えながら、やっとの思いで絞りだす。

「・・・・・・お大事に」
「ありがとう」

 お互いに、ホッとした顔をしていた。


 ◆


 病院からソノチャンの店に戻り、おじさんの化けの皮を被ってから出勤した。

「午前中に七草主任が来たよ」

 挨拶した次に座間がそう報告した。

「またしばらく来ないと思う」

 苦笑い。

「涼くんとどんな会話を?」
「見るか?」

 座間の指がタブレットをいじる。
 録画映像の再生画面を見せられた。映像の中で二人が言い争っている。南雲が椅子に座ってふんぞり返り、七草は立ったまま両手を体の横で握りしめていた。
 音声のボリュームを上げる。

『これで何度目だ。過剰に抑制剤を摂取するのはやめなさい』
『うるさいな。発情期明けだからってヒステリックに怒鳴らないでよ』
『発情期じゃなくヒートって言いなさい』
『発情期だよ。動物みたいにみっともなく盛るんだ。主任さんはお気に入りのアルファに抱いてもらったの?』

 斜め上からのアングルで、七草の片足が前に出た。掴みかかりそうな剣幕だが、七草は屈辱に耐えて部屋を出て行く。
 映像は想像以上にひどく七草に同情せざるえない。幼い南雲のひねくれ具合を理解していたつもりだったが思っていたより歪んでいて手強そうだ。

「誰でもキレるよね。抑制剤の過剰摂取って?」
「キッチンにストックが置いてあるんだけど、涼くんが欲しがると家政婦さんがあげちゃうんだよ。薬を管理してるのは主任で、在庫チェックするたびいつも異常に減ってるから注意しに行ったら結果これよ。行っても無駄だって止めたんだぜ」
「涼くんは平気なのか。体に影響とか」
「もともと自身の体に無頓着なとこあるけどあの子は自分で量をしっかり見極めてんじゃない?」

 冬次は呆気に取られた。

「座間が無頓着だってことがよくわかったよ」

 ベータに理解しづらい事柄なのは承知だ。しかし抑制剤の副作用はオメガにとって死活問題だ。

「おっと、怒るなよ」
「君たちは涼くんを何だと思ってるんだ。天才だろうとまだ大人が見守らなきゃいけない年齢だろ。善光くんが正しいよ」

 憤怒の声を上げ、冬次は歩き出す。

「どこへ」
「地下さ。俺が説教する」

 座間が変人を見る目つきで、お好きにどうぞというポーズをとった。
 礼儀正しく地下のドアをノックすると、無視されるだろうと思ったのに気安く応答があった。

「待ってた」
「機嫌が良さそうだね」

 昨日の帰り際のことは水に流してくれらしい。待ってたと迎えられて鼻の下が伸びた。説教するなんて言わなきゃよかった。今日こそは叶いそうな楽しいお喋りの予感が台無し。

「おっさんに頼みがあるんだよね」
「うん?」
「これをさ」

 南雲が珍しく近寄ってきたかと思うと、冬次の腕にするっと触れる。
 その瞬間チクっと痛みが走った。病院で馴染みのある痛みは注射か・・・・・・!

「何をした?」

 南雲は素早く離れたところからこちらを観察している。

「即効性のラット誘発剤」

 よーいドンッ。冬次は外へ出るため走った。
 出られない。鍵をかけられている。

「馬鹿な真似してないで開けて。もしくは解毒剤を」
「実験の途中だよ」
「涼くんが危険だ」

 座間が開けてくれるはずだと信じて力一杯ドアを叩いた。
 けれど救助の声が届く前に視界が歪んでくる。冬次の頭の中で優先順位が入れ替わろうとしていた。よだれを垂らして欲するほど魅力的なものが、すぐ後ろにあるのに、背中を向けてていいのか?
 ドアなんか叩いてたってしょうがない。助けは呼ぶべきじゃないのだ。
 ズボンの前がきつく張りつめ、頭に問いかける。オメガのフェロモンが呼んでいるぞ。お前のそれをぶち込まれたいと誘っているオメガだ。さぁ組み敷いてものにしろ。行け。早くするんだ。

「逃げてくれ」

 ドアに両手をつき、振り向くまいとする。

「観察がまだだから」

 呑気な声に、額の血管が破裂しそうに浮き上がりぴくぴくと痙攣した。

「もういいだろ。結果は充分だった・・・・・・っ」

 呼吸が唸るように荒くなる。押さえ込もうとしても無駄で、力が入りすぎた手が震えた。

「ねぇ」
「少し黙っててくれないか!」

 冬次は苛立った声を上げた。

「ねぇってば」

 南雲がニヤニヤ笑っている。

「プラセボ効果って聞いたことある?」
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