未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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55 出かけよう!

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 翌朝、「あら」と、古着を選ばず普段のスーツに袖を通した冬次にソノちゃんは少しがっかりした顔をした。

「最近のお楽しみだったのに残念。もう終わりなのね」
「ごめんなさい。今までお世話になりました」

 行ってきますを言って出かける。素顔で出勤した冬次に座間がギョッとした。

「なんのつもりだよ」

 玄関の防犯カメラから冬次の顔を隠すようにして捲し立てる。

「お前から電話を受けて考えたんだ」

 今朝は座間から緊急事態のコールを受けたのだ。

「今日は来るなと言っておいたじゃないか」

 ついにというか思ってたより遅かったが、七草に新しい家庭教師が見つかり、詳細を追及されているらしい。昨夜のソノちゃんの話とそんな電話を受けた後では勇み足が馬鹿ばかしいと思う。勝負に出ろと啓示されてるみたいだろ。

「たった一日休んで切り抜けられると思ったのか?」
「なんとかするさ」
「しなくていい。チャンスだ」
「酔ってるんじゃないよな」
「いつもよりシャキッとしてる」
 
 たっぷり睡眠をとった甲斐もあり冬次の脳みそは朝からフル回転だ。余計な方向へポジティブな思考が働いて、何に足を突っ込んだとしても怖くない。
 座間が冬次をリビングに引っ張りこみ声をひそめる。

「七草主任にお前を紹介しろって言うのか?」

 いつ七草が到着するかわからない焦りのせいで座間は落ち着きを欠いていた。冬次の肩を掴む手のひらに汗が滲んでいる。

「俺は涼くんを外へ連れ出したい」
「事態をややこしくしてどうする!」
「状況が変わったんだよ。研究をぶっ壊したい。俺なりにもう無知ってわけでもないしね。敵になる相手ってのが完全なのっぺらぼうじゃなくなってきてる」
「本当に?」
「座間は自分が監視役に選ばれた理由を知ってるんだろ」

 笑い飛ばそうとした座間の顔がこわばった。冬次は訊ねる。

「な? 最初からわかってた? それとも勘か」
「異動の話を受けた時になんとなく察したんだ。で、蓋開けてみりゃ軟禁状態の少年だよ。関係ないわけない」
「だな。そろそろ、色々、覚悟を決めた方がいいんじゃない?」
「色々って涼くんを連れ出す責任の他にあるのかよ」
「いや別に」

 そりゃあるだろう。素直な自分の気持ちに対する覚悟とか。
 座間の頭の中でどんな想像がされたのか目がすがめられる。

「あの子は研究をやめないよ」
「どうかな。まだ知らないことが多いだけかもよ」

 冬次は頷かず、親友の心変わりを粘り強く待った。

「なぁ俺たちは大人だ。個人的な事情を優先してちゃいけないんだよ」
「うん。でもたまにはそういうことをしてもいいだろ?」
「駄目だ。・・・・・・いや全てに駄目とは言わないけど、この件に関しては絶対にしない」

 冬次に視線を据えたまま、座間が答えた。揺るぎない責任感と忠誠心にあっぱれだ。

「会社員の鑑だね。わかったよ」

 冬次はくるりと背を向け、肩ごしに手を振る。悲壮感漂う背中に見えることを期待した。行き先は地下室。

「俺ひとりでやる」

 すると座間が追いかけてきた。

「ぜひそうしてくれ。冒険は奈良林に任せるよ」
冒険は・・・?」

 冬次は足を止める。

「ああ。行きたいなら行け。忘れないでほしいが見逃すってだけで共犯になるんだからな」
「いいやつだよ、お前は」
「ほっとけ。友達か保身かみたいな二択にしやがって。完全に断ったら俺が薄情な人間になるじゃねぇか」
「そのとおり。ありがと」

 冬次は階段を駆けおりた。

「奈良林を信じてるからな」
「わかってる」

 地下室のドアを開けた。

「おっさんノックしろよ!」

 ハッと、南雲の顔が凍りつく。

「誰だよ、あんた」
「出かけるよ」

 構わず南雲の手を掴んだ。

「えっ、その声」

 愕然とする南雲をドアの外に引っ張りだす。一段目に足をかけた。足を置いた瞬間に階段が今にも崩れ、谷底に変わるのではないかと心配しているような青ざめた頬。南雲はひるんだ顔を見せみせまいと口をかたく結び、両目を眩しそうに地上に向ける。
 窓の日差しが爽やかに照らした廊下に、南雲がするどく息を吸い込んだ。
 冬次は、外は危険じゃないよと、そう言ってやりたくなった。

「あの人はいないの?」
「座間かな。七草主任かな。大丈夫だよ」

 南雲は迷っていたが、従順に冬次の手に引かれた。ただ外の空気に圧倒され、いつもの生意気っぷりを封印し、研究とは関係ない純粋な好奇心を彼の瞳に芽生えさせはじめた。

「どこに行くの」
「どこへでも。どこへ行きたい?」

 南雲は外の空気に飢えている。今より大人の南雲ですら外に興味しんしんだった。その証拠にすでに人の話を聞かないで、散歩する犬に混じってうろちょろする。

「なぁ、おっ」

 ・・・・・・さんとまで言わなかったな、偉いぞ。
 冬次は自分を呼ぶ目線に応えた。

「おっさんでいいよ」

 これまでどおりで。いずれ訪れる痛みを増やすためだけに本名で呼ばれたくない。

「あっそ。じゃあさ、おっさんあれ買ってよ」

 南雲が自販機のジュースを指差した。

「わかった」

 支払いをするため自販機にスマホを近づけようとして、小銭を入れる穴が視界に映る。近頃あまり見かけなくなった旧タイプの自販機だ。今日ほど非常時用の小銭を持ち歩いていてよかったと思うことはない。

「好きなのを買いなよ」

 金額分の小銭を南雲に渡した。
 そして南雲が一枚いちまい小銭を穴へ落とし、乳酸菌飲料を購入するところを眺める。

「へぇ」

 ジュースの缶を取り出す南雲の声が嬉しそうだ。

「おっさんはどれにする?」
「んじゃコーヒーを。ブラックの」

 俺のお金なんだがと思いながら、コインケースごと渡してやる。南雲は得意げに必要な小銭を選び、種類の多さに慄きながらも無事ブラックコーヒーを買い求めた。もしかして彼にとって金を使うこともはじめてだったのかも。
 しかし飲み物ばかりたくさんはいらないので、取り出し口に商品が吐き出されたタイミングで移動しようと誘った。めちゃくちゃ大興奮してくれているのだがまだ屋敷のど近所ゆえに人の目が気になる。

「車があるからドライブしよう」

 冬次は駐車場に足を向けた。

「歩く」

 我関せずスタスタと歩いていってしまう南雲を追う。

「行き先があるのか?」
「ないよ。こっちに行きたいから行くだけ」
「あー、そう」

 好きにさせていると、不健康な体つきのわりに小一時間ほど散歩に付き合うことになった。閑静な高級住宅街を歩いて過ぎ、隣の地区と境の河原に出る。橋を渡る南雲が不意に立ち止まり、下を覗きこんだかと思った次の瞬間に身を乗り出した。
 まさか。そんな・・・・・・。冬次は大慌てで痩せぎすな南雲の腰を抱きすくめる。

「はやまるなっ!」

 南雲がじろっとふり返った。

「違うんだけど。僕が研究を完成させず死ぬと思う?」
「だといいんだが」
「馬鹿にするなよ」

 離せと言うように、腰を掴んだ冬次の手が殴られる。
 冬次が手を離すと、南雲は橋の手すりに背中をもたれながら視線を橋の下の方向へ一度だけ動かした。

「おっさんも覗いてみなよ」

 冬次はおそるおそる手すりに肘をのせ、上半身を少し乗り出させるように下を覗く。

「ん?」

 おかしな点はどこにも見当たらない。いったい何を見ていたのだろう。

「何もないよ」

 上半身を起こした。ふり返る。

「涼くん?」

 やられた。
 いない——。
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