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54 カクテルを飲みながら
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藤井家にやってきた冬次は藤井の部屋へ行き、言われたとおりに棚を探した。南雲のスマホは保存袋に入れられて綺麗なまま見つかる。外に放置されていた時のものと思われる多少の傷がついているが、本当にギリギリまで持ち歩いていたのだろう、思っていたより当時のままの状態で保存され、南雲のスマホだけがタイムスリップして冬次の手の中に戻ってきたようだった。
冬次は電源ボタンを試してみた。つかない。次に充電を試してみる。この時のために古い型の充電ケーブルを用意してきたのだ。差し込み口に繋いでしばらく待つと、画面に充電中のマークがついた。
上手くいきホッとしたが、一時間後に見にきてみると、一桁台の充電量からパーセンテージが増えていなかった。充電機能がイカれてしまっているらしい。短時間でも電源が入ってくれることを期待したけれど画面は真っ暗だった。
「駄目か」
じゃあ次の手だ。車を走らせ谷峨のマンションを訪ねる。
「こんにちは先輩」
にっこりしてモニターに手を振った。
「嫌な予感だよ。冬次くんってそんな怖いもの知らずな感じだったっけ」
冬次は部屋に招き入れられる。普段は無茶ぶりは谷峨の役目だが、今日の彼はくたびれて見えた。目の下のクマすら色気になる恐ろしい美形ぷり。ヴァンパイア映画に出てきそうな。こういうやつれ方をする時を見たことがある。
「仕事期間でした?」
「そうだよ。先に連絡がほしかった」
「しても出ないじゃないですか。むしろしないで来て正解でしたよ」
「むぅ」
「急ぎなんです」
できるだけと言い添え、冬次は南雲のスマホを渡した。
「中のデータが見たいんです」
「これいつの? てか誰のだよ」
谷峨が電源がつくかを試した。アッと一瞬息を呑むように画面が明るくなり暗くなった。
「充電できないみたいで電源つかないっす」
冬次は肩をすくめる。
「お兄さんからの依頼?」
「いえ全く。俺個人の頼みなんですけど、無理なら他あたりますよ。では、もう行きます。あまり長居できないんです。座間の手伝いに戻らなきゃいけないので」
これを言って断られるなら大人しく退散しよう。わずかも手が空いてないのだ。
「んー。あー、わかった」
「よっしゃ。助かります」
「本業が片づいてからになるから少し時間をちょうだいよ。いいね?」
「もちろん」
冬次はスマホを預けてマンションを出た。多忙なアピールは嘘だが谷峨に仕事に取り掛かる時間をたっぷりあげないと。
さて、今日中にやりたいことは終わった。久しぶりに空いた時間をソノちゃんの店で過ごすことにした。疲労回復、寝不足解消のために寝るという選択肢もあったがその前に一杯飲みたい。ソノちゃんの作るカクテルは美味いし、話したいこともあった。
夕方早くまだ客のまばらな店内。冬次が座るカウンターに背の高いグラスが置かれた。
「今夜は素顔の冬次くんね。素敵」
店に立つソノちゃんは女装しない。初対面で話しかけづらい強面が夜の治安上いいらしい。
今日は特に日に焼いた肌にマゼランブルーのマニキュアが際立つ。
ケバケバしいベールを塗りたくってないこの人もまた、隠せない育ちのよさが要所要所のふるまいから漂っている。
「座間から連絡は?」
「ないわね」
「そうっすか」
冬次はため息のかわりに目配せする。
「でも元気なんでしょう?」
「ひとりで抱えこんでた時に比べたらマシな顔色してますね」
「だったらよかった。あたしにできることはなんでも言ってね。お礼がしたいわ」
「お礼と言ってはなんですが、座間の家のことを教えてくれませんか」
ソノちゃんはゆったりとカウンターから出て回り込むと、冬次の隣席へ腰かけた。やや親密すぎる距離だが、店内に気にしている客はいない。
「具体的に何を知りたいのかしら」
そしてウィンク。
「俺と座間が高校生になる前から別の学校で同級生だったのは聞いてます?」
「ええ。あたしもOBだもの」
「俺たちが通ってた学校って入学に条件があったと思うけど」
「厳しく親が審査される」
「うん。通ってた事実だけで座間の家がうちと同じなんだなってわかるよ」
「冬次くんの家ほど手広くないわ。でもそうね、座間家は今も一部の筋の人にとっては大きな影響をもってる。昔は金貸しや闇市を仕切る極道まがいの家業をしてたのよ」
そう昔の話でなく、戦中戦後奪われた人々の暮らしを陰で支えたのが座間家。極道といえば任侠の頃の話であるが恩を受けて救われた家は数多ある。
「現在は廃業を?」
「もうやってないわ。ただ啓のお祖父様の顔がとても広くて、お祖父様の口利きで決まることも多いわね。あの方がノーといえばなんでもノー、イエスといえばイエスよ」
「座間は後継予定だったんですか」
ソノちゃんが物憂げな表情で目を伏せる。
「お祖父様は啓を気に入ってた。生まれてまもなくからきっとアルファに違いないって可愛がられて・・・・・・。中等部のバース性検査でベータだとわかった時のお祖父様の落胆ようといったらなかったわ。啓が不憫で見ていられなかった。一番ショックなのは啓だってのに」
相当つらい思いをしたのだろう。悔しい思いも。よく道を外さず立ち直ったものだが、ひとりではなかったからだろうか。
「ソノちゃんと谷峨先輩が支えになったのでしょうね」
これこそ訊ねたい関係だ。
「どうかしらね。あたしみたいな分家の子は気楽な立場だけど」
その言い方が引っかかり、冬次は首をかしいだ。
「冬次くんも知ってのように二人はとっても面倒なの。お互いに気があるのにね」
ウィンクされ、冬次の口がニヤリと歪む。
「ははは、うん」
「面倒になってしまった理由がちゃんとあるのよ。啓にかわって後継に立てられそうになったのが帯人。帯人はお祖父様が囲ってた愛人の連れ子だったの」
「谷峨先輩は拒否した?」
「したわ。周到に縁を切って座間の苗字を名乗らなくて済むようにした」
「座間家の後継はどうなってるんですか」
「すぐ後釜が埋まったわよ。どこから連れてきたアルファか知らないけど勝手よね。あれだけ啓を傷つけておいてもう何もなかったみたいに忘れてる」
二人にとっては家から離れたからって終わりじゃない。過去は未来に繋がり価値観を制限する。そう簡単に生き方は変えられない。
「訊きたいことは全部?」
冬次は頷いた。
「ありがとうございました」
「おかわりは?」
断ると、ソノちゃんも頷いた。冬次は席を立つと、微笑みの横を通り過ぎて、即席の簡易ベッドに直進した。考えたいことはまだあったが、さすがに眠くて眠くて仕方がなかった。続きはまた明日にしよう。
冬次は電源ボタンを試してみた。つかない。次に充電を試してみる。この時のために古い型の充電ケーブルを用意してきたのだ。差し込み口に繋いでしばらく待つと、画面に充電中のマークがついた。
上手くいきホッとしたが、一時間後に見にきてみると、一桁台の充電量からパーセンテージが増えていなかった。充電機能がイカれてしまっているらしい。短時間でも電源が入ってくれることを期待したけれど画面は真っ暗だった。
「駄目か」
じゃあ次の手だ。車を走らせ谷峨のマンションを訪ねる。
「こんにちは先輩」
にっこりしてモニターに手を振った。
「嫌な予感だよ。冬次くんってそんな怖いもの知らずな感じだったっけ」
冬次は部屋に招き入れられる。普段は無茶ぶりは谷峨の役目だが、今日の彼はくたびれて見えた。目の下のクマすら色気になる恐ろしい美形ぷり。ヴァンパイア映画に出てきそうな。こういうやつれ方をする時を見たことがある。
「仕事期間でした?」
「そうだよ。先に連絡がほしかった」
「しても出ないじゃないですか。むしろしないで来て正解でしたよ」
「むぅ」
「急ぎなんです」
できるだけと言い添え、冬次は南雲のスマホを渡した。
「中のデータが見たいんです」
「これいつの? てか誰のだよ」
谷峨が電源がつくかを試した。アッと一瞬息を呑むように画面が明るくなり暗くなった。
「充電できないみたいで電源つかないっす」
冬次は肩をすくめる。
「お兄さんからの依頼?」
「いえ全く。俺個人の頼みなんですけど、無理なら他あたりますよ。では、もう行きます。あまり長居できないんです。座間の手伝いに戻らなきゃいけないので」
これを言って断られるなら大人しく退散しよう。わずかも手が空いてないのだ。
「んー。あー、わかった」
「よっしゃ。助かります」
「本業が片づいてからになるから少し時間をちょうだいよ。いいね?」
「もちろん」
冬次はスマホを預けてマンションを出た。多忙なアピールは嘘だが谷峨に仕事に取り掛かる時間をたっぷりあげないと。
さて、今日中にやりたいことは終わった。久しぶりに空いた時間をソノちゃんの店で過ごすことにした。疲労回復、寝不足解消のために寝るという選択肢もあったがその前に一杯飲みたい。ソノちゃんの作るカクテルは美味いし、話したいこともあった。
夕方早くまだ客のまばらな店内。冬次が座るカウンターに背の高いグラスが置かれた。
「今夜は素顔の冬次くんね。素敵」
店に立つソノちゃんは女装しない。初対面で話しかけづらい強面が夜の治安上いいらしい。
今日は特に日に焼いた肌にマゼランブルーのマニキュアが際立つ。
ケバケバしいベールを塗りたくってないこの人もまた、隠せない育ちのよさが要所要所のふるまいから漂っている。
「座間から連絡は?」
「ないわね」
「そうっすか」
冬次はため息のかわりに目配せする。
「でも元気なんでしょう?」
「ひとりで抱えこんでた時に比べたらマシな顔色してますね」
「だったらよかった。あたしにできることはなんでも言ってね。お礼がしたいわ」
「お礼と言ってはなんですが、座間の家のことを教えてくれませんか」
ソノちゃんはゆったりとカウンターから出て回り込むと、冬次の隣席へ腰かけた。やや親密すぎる距離だが、店内に気にしている客はいない。
「具体的に何を知りたいのかしら」
そしてウィンク。
「俺と座間が高校生になる前から別の学校で同級生だったのは聞いてます?」
「ええ。あたしもOBだもの」
「俺たちが通ってた学校って入学に条件があったと思うけど」
「厳しく親が審査される」
「うん。通ってた事実だけで座間の家がうちと同じなんだなってわかるよ」
「冬次くんの家ほど手広くないわ。でもそうね、座間家は今も一部の筋の人にとっては大きな影響をもってる。昔は金貸しや闇市を仕切る極道まがいの家業をしてたのよ」
そう昔の話でなく、戦中戦後奪われた人々の暮らしを陰で支えたのが座間家。極道といえば任侠の頃の話であるが恩を受けて救われた家は数多ある。
「現在は廃業を?」
「もうやってないわ。ただ啓のお祖父様の顔がとても広くて、お祖父様の口利きで決まることも多いわね。あの方がノーといえばなんでもノー、イエスといえばイエスよ」
「座間は後継予定だったんですか」
ソノちゃんが物憂げな表情で目を伏せる。
「お祖父様は啓を気に入ってた。生まれてまもなくからきっとアルファに違いないって可愛がられて・・・・・・。中等部のバース性検査でベータだとわかった時のお祖父様の落胆ようといったらなかったわ。啓が不憫で見ていられなかった。一番ショックなのは啓だってのに」
相当つらい思いをしたのだろう。悔しい思いも。よく道を外さず立ち直ったものだが、ひとりではなかったからだろうか。
「ソノちゃんと谷峨先輩が支えになったのでしょうね」
これこそ訊ねたい関係だ。
「どうかしらね。あたしみたいな分家の子は気楽な立場だけど」
その言い方が引っかかり、冬次は首をかしいだ。
「冬次くんも知ってのように二人はとっても面倒なの。お互いに気があるのにね」
ウィンクされ、冬次の口がニヤリと歪む。
「ははは、うん」
「面倒になってしまった理由がちゃんとあるのよ。啓にかわって後継に立てられそうになったのが帯人。帯人はお祖父様が囲ってた愛人の連れ子だったの」
「谷峨先輩は拒否した?」
「したわ。周到に縁を切って座間の苗字を名乗らなくて済むようにした」
「座間家の後継はどうなってるんですか」
「すぐ後釜が埋まったわよ。どこから連れてきたアルファか知らないけど勝手よね。あれだけ啓を傷つけておいてもう何もなかったみたいに忘れてる」
二人にとっては家から離れたからって終わりじゃない。過去は未来に繋がり価値観を制限する。そう簡単に生き方は変えられない。
「訊きたいことは全部?」
冬次は頷いた。
「ありがとうございました」
「おかわりは?」
断ると、ソノちゃんも頷いた。冬次は席を立つと、微笑みの横を通り過ぎて、即席の簡易ベッドに直進した。考えたいことはまだあったが、さすがに眠くて眠くて仕方がなかった。続きはまた明日にしよう。
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