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第一章『放り込まれてきた堕天使』
9 怒らせた!
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一触即発になったらどうしよう。
琥太郎関連の問題行動はもれなく全部ジョエルの責任になる。
(止めなきゃ!)
ジョエルは席を立ち、琥太郎とジーンの間にすっと腕を挟んだ。
「コ・・・コタローは、猫族の血を引いているんだよ!」
まずい。嘘をついてしまった。これしか思いつかなかったのだ。
「は?」
琥太郎が両目をひん剥いている。
ジーンは片眉をつり上げた。
「猫族って南方の砂漠地帯で生息してるっていう半獣民族の?」
「そう! 遠い遠い祖先なんだって。目つきが悪いのは猫の習性なの、許してあげて。数の少ない猫族は保護対象だから大切にしなきゃいけないって『世界史と種族』の授業で習ったばかりでしょ?」
「けどコタローには牙も尻尾も獣耳もないけど」
「えっと」
言いわけが苦しくなってきた。早くそれっぽいことを言わなくちゃ虚言を吐いたのだとバレてしまう。
フィルが「もうやめよう、行こうよ」とジーンを宥めてくれたが、半信半疑のまま行かせてしまったら琥太郎とジーンの仲にわだかまりが生まれてしまうかもしれない。
「見た目は人間に近い・・・んだけど、体つきが違うって」
ジョエルは頭をフル回転させて言いわけをふり絞った。
「オメガだけど体つきが僕らと微妙に違うみたい。骨や体格が野生的なんだ。それとこれは内緒にしてほしいって言われてたんだけどこんな機会だから言っちゃってもいい?」
冷や汗をかきながら嘘をベラベラと並べたて、琥太郎に視線を投げる。
「なにが?」
琥太郎は眉をひそめる。
「またまた~、恥ずかしいからって隠さなくていいよ。可愛いんだから」
「可愛い?」
「そうそう。たまにうっかり猫の鳴き声が出ちゃうんだって教えてくれたじゃん」
「ぶっ、ごほっ」
琥太郎が唾に咽せて咳きこんだ。苦しそうに顔を歪め、頭がおかしいんじゃないかというような目でジョエルは見られた。だが負けずに彼に囁く。
「・・・・・・証拠、見せてあげて?」
睨みつけられる視線が痛い。
「お願い、今だけ。今だけ」
お願いを何度もくり返すと、琥太郎は悩むようにうなじを掻いた。
「ったく、・・・・・・にゃ、にゃあ」
躊躇いがちに言い、耳が赤くなっている。
「ほら、どう?」
ジョエルがジーンの顔を見ると、驚いた後に哀れんだ目をした。
「コタロー、俺が悪かったわ、なんかごめんな。信じるよ」
「信じるのかよ」
琥太郎はテーブルに顔を伏せて悪態をつく。
「アルトリア様はほどほどにしてやれよ」
「ははは・・・ジョエルは真面目だからね」
ジーンとフィルは苦笑いして去っていったが、ジョエルは喧嘩を阻止できて満足した。
さらに、奇しくも琥太郎を猫族に仕立てたことは良い影響をもたらした。
教室棟に移動すると、すれ違う学園生たちが微笑ましい表情になる。しかしそのたびに琥太郎が嫌そうな顔をする。
「あいつらに言いふらされた」
とショックを受けたように唇を噛む。
あいつらとはジーンとフィルのことだろう。ジョエルは琥太郎に友人を侮辱された気分だった。気持ちがいい感情じゃない。
あの二人は琥太郎が周りに溶け込めない原因を、琥太郎のためを思って教えてまわってくれただけ。
どうしてそんなふうにネガティブに捉えてしまうのか不思議で悲しかった。
「ねぇ、コタロー・・・君は僕らを名前で呼んでくれないよね?」
「にゃー」
琥太郎がツンっとそっぽを向き、呼びたくないからとばかりに猫の鳴き真似をする。
ジョエルはやっと、琥太郎を相当怒らせたと気がつく。
それからだ。何を話しかけても、琥太郎は「にゃー」としか喋ってくれなくなったのだ。
ジョエル以外に対してもそうで、授業中も例外じゃなく。
琥太郎が授業に出るようになってから六日経った、休日の前日。
「次の設問を、コタローさん答えられますか?」
「にゃー」
「・・・・・・もうよろしいです。アルトリアさん、通訳をお願いします」
「はい、モーリッツ先生。申しわけありません」
教師のモーリッツが放った皮肉にジョエルは立ち上がり、琥太郎のかわりに問題を解いて答えた。この時間は『魔術史学』のクラスだ。
実は世界にはわずかながら魔法が使える者がおり、魔法で術式を組んで未来を占ったり、幸運のまじないを施すことを生業としている魔術師なる職業がある。これは学術的にその魔法術の成り立ちと歴史を学ぶ選択制の授業で、ジョエルが楽しみにしていたクラスだ。九年生の勉強内容の中では比較的楽しいものなのに、琥太郎の態度のせいで心が冷えていく。
「よろしいですよ、ありがとう。アルトリアさん、授業が終わったらお話があります」
ジョエルは「ひっ」と小さく震え、席に座り直した。
琥太郎は教室棟でも寮でも浮きに浮きまくり、教員への態度も最悪。このままではジョエルの内申が危うかった。
そろそろ糾弾してやりたいところだが、ジョエル自身が蒔いた種のせい、彼を責めるのはお門違いなのだ。
授業後、琥太郎を先に寮に返し、魔術史学の教師と面と向かう。モーリッツは白髪の物静かな老翁。ベータだが、優秀な研究者に授与される博士号を若い年齢でもらった傑物だと聞いている。
「申しわけありません」
ジョエルは詰問を受ける前に頭を下げた。
「頭を上げてください」
「しかし」
「安心なさい、コタローさんのことで咎めようと思って残ってもらったのではありません。彼の態度は頭を抱える部分も多いですが、温かい目で見守っていこうという判断でいます」
「では、他に要件が?」
「咎めるつもりはないですが、彼について訊ねたいことがあります」
ジョエルが顔を上げると、モーリッツは難しい顔で古めかしい書物をめくっていた。
琥太郎関連の問題行動はもれなく全部ジョエルの責任になる。
(止めなきゃ!)
ジョエルは席を立ち、琥太郎とジーンの間にすっと腕を挟んだ。
「コ・・・コタローは、猫族の血を引いているんだよ!」
まずい。嘘をついてしまった。これしか思いつかなかったのだ。
「は?」
琥太郎が両目をひん剥いている。
ジーンは片眉をつり上げた。
「猫族って南方の砂漠地帯で生息してるっていう半獣民族の?」
「そう! 遠い遠い祖先なんだって。目つきが悪いのは猫の習性なの、許してあげて。数の少ない猫族は保護対象だから大切にしなきゃいけないって『世界史と種族』の授業で習ったばかりでしょ?」
「けどコタローには牙も尻尾も獣耳もないけど」
「えっと」
言いわけが苦しくなってきた。早くそれっぽいことを言わなくちゃ虚言を吐いたのだとバレてしまう。
フィルが「もうやめよう、行こうよ」とジーンを宥めてくれたが、半信半疑のまま行かせてしまったら琥太郎とジーンの仲にわだかまりが生まれてしまうかもしれない。
「見た目は人間に近い・・・んだけど、体つきが違うって」
ジョエルは頭をフル回転させて言いわけをふり絞った。
「オメガだけど体つきが僕らと微妙に違うみたい。骨や体格が野生的なんだ。それとこれは内緒にしてほしいって言われてたんだけどこんな機会だから言っちゃってもいい?」
冷や汗をかきながら嘘をベラベラと並べたて、琥太郎に視線を投げる。
「なにが?」
琥太郎は眉をひそめる。
「またまた~、恥ずかしいからって隠さなくていいよ。可愛いんだから」
「可愛い?」
「そうそう。たまにうっかり猫の鳴き声が出ちゃうんだって教えてくれたじゃん」
「ぶっ、ごほっ」
琥太郎が唾に咽せて咳きこんだ。苦しそうに顔を歪め、頭がおかしいんじゃないかというような目でジョエルは見られた。だが負けずに彼に囁く。
「・・・・・・証拠、見せてあげて?」
睨みつけられる視線が痛い。
「お願い、今だけ。今だけ」
お願いを何度もくり返すと、琥太郎は悩むようにうなじを掻いた。
「ったく、・・・・・・にゃ、にゃあ」
躊躇いがちに言い、耳が赤くなっている。
「ほら、どう?」
ジョエルがジーンの顔を見ると、驚いた後に哀れんだ目をした。
「コタロー、俺が悪かったわ、なんかごめんな。信じるよ」
「信じるのかよ」
琥太郎はテーブルに顔を伏せて悪態をつく。
「アルトリア様はほどほどにしてやれよ」
「ははは・・・ジョエルは真面目だからね」
ジーンとフィルは苦笑いして去っていったが、ジョエルは喧嘩を阻止できて満足した。
さらに、奇しくも琥太郎を猫族に仕立てたことは良い影響をもたらした。
教室棟に移動すると、すれ違う学園生たちが微笑ましい表情になる。しかしそのたびに琥太郎が嫌そうな顔をする。
「あいつらに言いふらされた」
とショックを受けたように唇を噛む。
あいつらとはジーンとフィルのことだろう。ジョエルは琥太郎に友人を侮辱された気分だった。気持ちがいい感情じゃない。
あの二人は琥太郎が周りに溶け込めない原因を、琥太郎のためを思って教えてまわってくれただけ。
どうしてそんなふうにネガティブに捉えてしまうのか不思議で悲しかった。
「ねぇ、コタロー・・・君は僕らを名前で呼んでくれないよね?」
「にゃー」
琥太郎がツンっとそっぽを向き、呼びたくないからとばかりに猫の鳴き真似をする。
ジョエルはやっと、琥太郎を相当怒らせたと気がつく。
それからだ。何を話しかけても、琥太郎は「にゃー」としか喋ってくれなくなったのだ。
ジョエル以外に対してもそうで、授業中も例外じゃなく。
琥太郎が授業に出るようになってから六日経った、休日の前日。
「次の設問を、コタローさん答えられますか?」
「にゃー」
「・・・・・・もうよろしいです。アルトリアさん、通訳をお願いします」
「はい、モーリッツ先生。申しわけありません」
教師のモーリッツが放った皮肉にジョエルは立ち上がり、琥太郎のかわりに問題を解いて答えた。この時間は『魔術史学』のクラスだ。
実は世界にはわずかながら魔法が使える者がおり、魔法で術式を組んで未来を占ったり、幸運のまじないを施すことを生業としている魔術師なる職業がある。これは学術的にその魔法術の成り立ちと歴史を学ぶ選択制の授業で、ジョエルが楽しみにしていたクラスだ。九年生の勉強内容の中では比較的楽しいものなのに、琥太郎の態度のせいで心が冷えていく。
「よろしいですよ、ありがとう。アルトリアさん、授業が終わったらお話があります」
ジョエルは「ひっ」と小さく震え、席に座り直した。
琥太郎は教室棟でも寮でも浮きに浮きまくり、教員への態度も最悪。このままではジョエルの内申が危うかった。
そろそろ糾弾してやりたいところだが、ジョエル自身が蒔いた種のせい、彼を責めるのはお門違いなのだ。
授業後、琥太郎を先に寮に返し、魔術史学の教師と面と向かう。モーリッツは白髪の物静かな老翁。ベータだが、優秀な研究者に授与される博士号を若い年齢でもらった傑物だと聞いている。
「申しわけありません」
ジョエルは詰問を受ける前に頭を下げた。
「頭を上げてください」
「しかし」
「安心なさい、コタローさんのことで咎めようと思って残ってもらったのではありません。彼の態度は頭を抱える部分も多いですが、温かい目で見守っていこうという判断でいます」
「では、他に要件が?」
「咎めるつもりはないですが、彼について訊ねたいことがあります」
ジョエルが顔を上げると、モーリッツは難しい顔で古めかしい書物をめくっていた。
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