31 / 109
第一章『放り込まれてきた堕天使』
31 内緒話
しおりを挟む
「愉しそうですね。混ぜていただけませんか」
にっこりと姿を見せたのは望んでいたハワードだった。
「助かった・・・・・・」
ジョエルは脱力する。すんでのところで琥太郎が椅子を後ろに移動させてくれ、尻から床に崩れ落ちずに済んだ。
くったりと腰掛けた椅子は思っていた禍々しいものではなかった。教室で見かける椅子と同一だ。
ハワードが持ち込んだランタンを床に置き、重たく分厚いドアを閉める。わずか小さな蝋燭しかなかった懲罰房の石壁をランタンの灯火が明るく照らした。
「ここは内緒話をするにはもってこいの場所なのですよ」
ハワードの声は童心をくすぐるような口調。
琥太郎がハハッと笑った。
「シスター・・・・ハワード様、誰から僕たちのことをお聞きになったのでしょうか」
背筋を伸ばし、ジョエルは問う。
「ヘリオス寮のジェイコブ・グルーバーさんが伝えに来てくださいました」
「ジェイコブが? そうですか。彼が・・・・・・」
中庭で会話をした時に無礼な別れ方をしてしまったのに、なかなかどうして非常に気立てのいい男なのだろう。琥太郎を疑っていたのだからなおのこと、彼と一緒にいるジョエルの窮地を救ってくれるとは思わなかった。
「グルーバーさんは大変頭が切れるようですね。監督生ですから一般学園生では知り得ない内部事情に精通していて勘も鼻もいい」
ハワードは目を細める。
「はい、おかげで助かりました」
「感謝しないといけませんね。ところで、私が請われて助けに来たのには、あなたがたの友情に感動したからではないのです。れっきとした理由が存在します」
柔らかかったハワードの声がスッと研ぎ澄まされる。
「・・・・・・存じております」
耳が痛くなる話だった。
ジョエルがどの学園生にも区別なく接していたように、シスターがひとりを別格に贔屓することは風紀上よろしくない。
監督生だったからこそ、思い入れの深い学園生だったからこそ厳しく。
もし悪さをしていたのが立証されたなら、ジョエルと琥太郎を罰する権利をファビアンから取り上げることもできないのだ。でたらめな罪でもだ。
(しかしこうして出向いてくれたということは、無実を証明する手立てがある? 信じるに値する密事を知っている?)
ハワードに表情の変化が見えたのではないが、琥太郎は尋常じゃない空気を感じ取ったらしく先ほどから大人しい。ジョエルの横の椅子で口を閉ざしていた。
「アルトリアさん、実は私は昨夜遅くに学園に戻ってきたばかりで、あまり状況が掴めていません。あなたのテストの結果に衝撃を受けていた時にこの事件が起きました。グルーバーさんがあなたに謝りたいと言っていましたが、思い違いにちゃんと気づいたとはなんでしょう。説明していただけますか?」
ジョエルは目を丸くする。
「何も知らずに信じてくださったんですか?」
「意外でしたか。私はぼやっと学園内を見まわっているのではありませんよ。いつも可愛い子どもたちを見守っています。アルトリアさんが起こすはずもないことが二度も続けて起きたのなら、疑問を感じます」
「嬉しいです、見てもらえていたと聞いて・・・とても」
ジョエルは散々なテストの結果が操作されたものではないかということ、シスターから監督生の仕事への参加を遠慮するよう指示されたこと、ジェイコブが示唆していたこと、琥太郎が密偵だと怪しまれていることなどを洗いざらい伝えた。
「涙ぐむのは後にしましょう。大切なことをお伝えしますね。私はセラス寮監督生、並びにシスターたちの最高責任者です。全決定権は私が持ちますが、アルトリアさんを監督生から外した覚えはありません」
ジョエルが息を呑むと同時に、琥太郎が膝を叩いた。
「裏切り者は近くにいたのか」
ハワードの表情が曇る。
「ええ、あなたに話をしたセラス寮のシスターを教えてください。何かしらの事情を知っているでしょうね。シスター長である私がいない間に好き勝手されては私の面目も立ちません。アルトリアさんのテスト結果に関しては責任を持って調査いたします」
「はいっ、よろしくお願いします・・・・・・!」
良かったなと、琥太郎がジョエルの肩に手を乗せる。
「これでひとまず安心だな」
「うん」
ジョエルは声を弾ませるが、ハワードがパンッと手を打った。
「そうでした。雰囲気を壊すようで申しありませんが、コタローさんは夜のお散歩は控えてくださいね」
瞬時に琥太郎は顔を伏せ、小さな声ですみませんでしたと呟いた。
数日後ジョエルのもとに内密に知らせが届いた。寮室の机に置かれた二つ折りの手紙にはハワードのサインがあった。
ベッドに三角座りをして手紙を開く。わざわざ直筆でしたためられた内容を読み、美しく整頓された文字列の上に仄暗い影が落ちる。
———あなたが信頼できる人間だけに一件について打ち明けるのを許します。その者たちに協力を頼むといいでしょう、くれぐれも周囲にお気をつけて。
と、最後の一文に記されている。
ジョエルの教科書に悪戯をした学園生と、ここでテスト結果の話をしたシスター、ファビアンがそれぞれ白状した。
この日、ジョエルを狙っている人間が外部にいることが判明したのだ。
にっこりと姿を見せたのは望んでいたハワードだった。
「助かった・・・・・・」
ジョエルは脱力する。すんでのところで琥太郎が椅子を後ろに移動させてくれ、尻から床に崩れ落ちずに済んだ。
くったりと腰掛けた椅子は思っていた禍々しいものではなかった。教室で見かける椅子と同一だ。
ハワードが持ち込んだランタンを床に置き、重たく分厚いドアを閉める。わずか小さな蝋燭しかなかった懲罰房の石壁をランタンの灯火が明るく照らした。
「ここは内緒話をするにはもってこいの場所なのですよ」
ハワードの声は童心をくすぐるような口調。
琥太郎がハハッと笑った。
「シスター・・・・ハワード様、誰から僕たちのことをお聞きになったのでしょうか」
背筋を伸ばし、ジョエルは問う。
「ヘリオス寮のジェイコブ・グルーバーさんが伝えに来てくださいました」
「ジェイコブが? そうですか。彼が・・・・・・」
中庭で会話をした時に無礼な別れ方をしてしまったのに、なかなかどうして非常に気立てのいい男なのだろう。琥太郎を疑っていたのだからなおのこと、彼と一緒にいるジョエルの窮地を救ってくれるとは思わなかった。
「グルーバーさんは大変頭が切れるようですね。監督生ですから一般学園生では知り得ない内部事情に精通していて勘も鼻もいい」
ハワードは目を細める。
「はい、おかげで助かりました」
「感謝しないといけませんね。ところで、私が請われて助けに来たのには、あなたがたの友情に感動したからではないのです。れっきとした理由が存在します」
柔らかかったハワードの声がスッと研ぎ澄まされる。
「・・・・・・存じております」
耳が痛くなる話だった。
ジョエルがどの学園生にも区別なく接していたように、シスターがひとりを別格に贔屓することは風紀上よろしくない。
監督生だったからこそ、思い入れの深い学園生だったからこそ厳しく。
もし悪さをしていたのが立証されたなら、ジョエルと琥太郎を罰する権利をファビアンから取り上げることもできないのだ。でたらめな罪でもだ。
(しかしこうして出向いてくれたということは、無実を証明する手立てがある? 信じるに値する密事を知っている?)
ハワードに表情の変化が見えたのではないが、琥太郎は尋常じゃない空気を感じ取ったらしく先ほどから大人しい。ジョエルの横の椅子で口を閉ざしていた。
「アルトリアさん、実は私は昨夜遅くに学園に戻ってきたばかりで、あまり状況が掴めていません。あなたのテストの結果に衝撃を受けていた時にこの事件が起きました。グルーバーさんがあなたに謝りたいと言っていましたが、思い違いにちゃんと気づいたとはなんでしょう。説明していただけますか?」
ジョエルは目を丸くする。
「何も知らずに信じてくださったんですか?」
「意外でしたか。私はぼやっと学園内を見まわっているのではありませんよ。いつも可愛い子どもたちを見守っています。アルトリアさんが起こすはずもないことが二度も続けて起きたのなら、疑問を感じます」
「嬉しいです、見てもらえていたと聞いて・・・とても」
ジョエルは散々なテストの結果が操作されたものではないかということ、シスターから監督生の仕事への参加を遠慮するよう指示されたこと、ジェイコブが示唆していたこと、琥太郎が密偵だと怪しまれていることなどを洗いざらい伝えた。
「涙ぐむのは後にしましょう。大切なことをお伝えしますね。私はセラス寮監督生、並びにシスターたちの最高責任者です。全決定権は私が持ちますが、アルトリアさんを監督生から外した覚えはありません」
ジョエルが息を呑むと同時に、琥太郎が膝を叩いた。
「裏切り者は近くにいたのか」
ハワードの表情が曇る。
「ええ、あなたに話をしたセラス寮のシスターを教えてください。何かしらの事情を知っているでしょうね。シスター長である私がいない間に好き勝手されては私の面目も立ちません。アルトリアさんのテスト結果に関しては責任を持って調査いたします」
「はいっ、よろしくお願いします・・・・・・!」
良かったなと、琥太郎がジョエルの肩に手を乗せる。
「これでひとまず安心だな」
「うん」
ジョエルは声を弾ませるが、ハワードがパンッと手を打った。
「そうでした。雰囲気を壊すようで申しありませんが、コタローさんは夜のお散歩は控えてくださいね」
瞬時に琥太郎は顔を伏せ、小さな声ですみませんでしたと呟いた。
数日後ジョエルのもとに内密に知らせが届いた。寮室の机に置かれた二つ折りの手紙にはハワードのサインがあった。
ベッドに三角座りをして手紙を開く。わざわざ直筆でしたためられた内容を読み、美しく整頓された文字列の上に仄暗い影が落ちる。
———あなたが信頼できる人間だけに一件について打ち明けるのを許します。その者たちに協力を頼むといいでしょう、くれぐれも周囲にお気をつけて。
と、最後の一文に記されている。
ジョエルの教科書に悪戯をした学園生と、ここでテスト結果の話をしたシスター、ファビアンがそれぞれ白状した。
この日、ジョエルを狙っている人間が外部にいることが判明したのだ。
5
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結】100回生まれ変わっても心のないオレの心を奪ったのは黒い竜
MINORI
BL
100回生まれ変わり、98回黒い竜に殺され、99回の人生の記憶を持つ、心と感情を持たない主人公が、唯一の記憶がない初回人生をすごした6体の竜が統べる異世界に、自分の魂を確実に消し去る方法を探す旅に出るお話。
竜が主人公を取り合い、BLになる・・・はず・・・ですが、大分遠いかもしれません・・・。
※このお話は、ムーンライトノベルズ様の方で先行投稿しております。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
【完結】あなたのいない、この異世界で。
Mhiro
BL
「……僕、大人になったよ。だから……もう、───いいよね?」
最愛の人に先立たれて3年。今だ悲しみから立ち直れず、耐えられなくなった結(ゆい)はその生涯を終えようとする。しかし、次に目が覚めたのは、生命を見守る大樹がそびえ立つ異世界だった。
そこで亡き恋人の面影を持つ青年・ルークと出会う。
亡き恋人への想いを抱えながらも、優しく寄り添ってくれるルークに少しずつ惹かれていく結。そんなある日、ある出来事をきっかけに、彼から想いを告げられる。
「忘れる必要なんてない。誰かを想うユイを、俺はまるごと受け止めたい」
ルークの告白を受け入れ、幸せな日々を送る結だったが、それは突然終わりを迎える。
彼が成人を迎えたら一緒に村を出ようと約束を交わし、旅立つ準備を進めていた矢先、結は別の女性と口づけを交わすルークの姿を目撃してしまう。
悲しみの中で立ち止まっていた心が、異世界での出会いをきっかけに再び動き出す、救済の物語。
※センシティブな表現のある回は「*」が付いてますので、閲覧にはご注意ください。
ストーリーはゆっくり展開していきます。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。
異世界唯一のオメガ、恋を選ぶまでの90日
秋月真鳥
BL
――異世界に「神子」として召喚されたのは、28歳の元高校球児、瀬尾夏輝。
男性でありながらオメガである彼は、オメガの存在すら知られていない異世界において、唯一無二の「神に選ばれし存在」として迎えられる。
番(つがい)を持たず、抑制剤もないまま、夏輝は神殿で生活を共にする五人のアルファ候補たちの中から、90日以内に「番」となる相手を選ばなければならない。
だがその日々は決して穏やかではなく、隣国の陰謀や偽の神子の襲撃、そして己の体に起きる変化――“ヒート”と呼ばれる本能の波に翻弄されていく。
無口で寡黙な軍人アルファ・ファウスト。
年下でまっすぐな王太子・ジェラルド。
優しく理知的な年上宰相・オルランド。
彼らが見せる愛情と執着に、心を揺らしながら、夏輝は己の運命と向き合っていく。
――90日後、夏輝が選ぶのは、誰の「番」としての未来か。
神の奇跡と恋が交錯する異世界で、運命の愛が始まる――。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
オメガだと隠して地味なベータとして生きてきた俺が、なぜか学園最強で傲慢な次期公爵様と『運命の番』になって、強制的にペアを組まされる羽目に
水凪しおん
BL
この世界では、性は三つに分かたれる。支配者たるアルファ、それに庇護されるオメガ、そして大多数を占めるベータ。
誇り高き魔法使いユキは、オメガという性を隠し、ベータとして魔法学園の門をくぐった。誰にも見下されず、己の力だけで認められるために。
しかし彼の平穏は、一人の男との最悪の出会いによって打ち砕かれる。
学園の頂点に君臨する、傲慢不遜なアルファ――カイ・フォン・エーレンベルク。
反発しあう二人が模擬戦で激突したその瞬間、伝説の証『運命の印』が彼らの首筋に発現する。
それは、決して抗うことのできない魂の繋がり、『運命の番』の証だった。
「お前は俺の所有物だ」
傲慢に告げるカイと、それに激しく反発するユキ。
強制的にペアを組まされた学園対抗トーナメント『双星杯』を舞台に、二人の歯車は軋みを上げながらも回り出す。
孤独を隠す最強のアルファと、運命に抗う気高きオメガ。
これは、反発しあう二つの魂がやがて唯一無二のパートナーとなり、世界の理をも変える絆を結ぶまでの、愛と戦いの物語。
【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。
キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。
しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。
迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。
手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。
これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。
──運命なんて、信じていなかった。
けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。
全8話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる