Ω×Ω/弱虫だったオメガが異世界からきた後天性オメガに恋して好きな人のために世界を変えちゃうかもしれないっていう話。

豆ぱんダ

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第一章『放り込まれてきた堕天使』

40 何者でもない自分がしたいこと

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 思えばジョエルと琥太郎は一緒にいても、本音を言う時はいつも罵り合って言い合いをしていた。
 なんでこうなっちゃうんだろう。邪険な仲になりたいわけじゃないのに。
 歩きながら少しずつ怒りの熱が冷めてくると、今度はどう関係を修復しようか悩ましくなった。

(ジェイコブは話を聞くべきだって言ったけど、聞いて受け入れられる答えは出ないと最初からわかっている)

 いっぱい、いっぱい、琥太郎の望みを否定しなくちゃいけなくなる。

「コタローはわがままだ。間違ってる」

 言葉は選んでいられなかった。寮室に戻って、真っ先にそう告げた。

「大人しくしててよ。この世界でコタローが辛い思いをしなくて済むよう僕が力を尽くすから」

 ジョエルが手を離さなかったので、琥太郎は掴まれた手首を胡乱げに見下ろす。

「まるで俺の恐怖心を全て理解している言い方だな」
「理解してるもの。僕は長い間この世界でオメガとして生きてきたんだよ?」
「・・・・・・はぁ、とにかくドアをしっかり閉めろ。窓は開いてないな」

 琥太郎は長いため息の後、部屋の中を見まわした。見つめるジョエルの視線に、これから話す内容を聞かれたくないんだよと声をひそめる。

「逃げないから手を離してくんない? そんなに信用できないんだったらドアの前に張りついてれば?」

 カチンとくる言い方だがジョエルは従った。慎重に腕を解放し、じりじりとドアに背をつけた。

「僕は学園の外に出るのは認めないよ。コタローを守る」
「あのなぁ、守る守るって、ジョエルだってこっち側だろ」

 琥太郎が、かりかりとうなじを掻く。
 弱いのに無理だと断言されているようでジョエルはムキになった。

「でも君よりずっとこの世界を知ってる。勉強も頑張ってきた。生きるのに邪魔だと思ってきたけど、使える血筋もある。僕は・・・無力じゃないっ」
「ったく、なーに、カッコつけてんだよ」

 琥太郎は腰に手を当てて唸る。

「俺はお前のそうやって必死になってくれるとこ嫌いじゃない」

 ジョエルは黙った。

「その上で、ジョエルに頼みたい。俺と一緒に行かないか」
「・・・・・・行くって、シーレハウス学園から出て行く? 僕が?」

 息を呑み、頭を回転させる。思考がまとまらず、手が震える。
 ジョエルが頭を悩ませている間、琥太郎は真剣な顔でジョエルの返事を待っていた。

「無理だ。ごめんなさい・・・僕は行けない」

 すると予想外に琥太郎がへにゃと笑った。

「だよな。そー言われると思ってた。でもちゃんと訊いてから行きたかった。ありがとう」
「ありがとう?」

 わからない。自分は感謝されることを言っていない。

「俺のために冷や汗かいて真っ青になって考えてくれてありがとってこと」

 ハッとさせられる。

(コタローは、さっきの質問に想いの丈を全部載せてくれた?)

 返事がわかっていてもジョエルと向き合い、そうして彼の気持ちもジョエルの気持ちも尊重して折り合いをつけたのだ。
 でもジョエルはどうだったか。自分の考えを彼に押しつけただけだった。

(僕は最低だ。恥ずかしい)
 
 情けなくて消えてなくなりたい。
 ジョエルは体の横に下ろした拳を握りしめた。だが弱気になって終わりにしていいのか。「頭が固いから」と、駄目な自分の中で終わらせていいのか。今度こそ、向き合い方を教えてくれた琥太郎に真っ直ぐでありたいと思う。
 ぶつかってきてくれた琥太郎にできることは何だろう。誰でもない自分がしてあげたいと望むことは何だろう。

「一緒・・・には行けないけど、手伝う」

 琥太郎が目を見開く。ジョエルはもう一度自分の決意を声に出した。

「それしかできないけど手伝いたい。僕に琥太郎の背中を押させて」
「お前が危なくなるんじゃないのか」
「いいの。こっちのことはこっちで何とかする。琥太郎は自分の心配をしなくちゃ。塀の外の世界について、君は無知なんだから」

「あー、そこに関してはモーリッツとジェイコブから情報を仕入れ済み。さすがに無策で出て行こうとは思わねぇわ。モーリッツの調べてくれたことが、あ」

 目をぱちくりさせたジョエルに、琥太郎が小首を傾けた。

「モーリッツのとこに聞きに行くか?」
「うん」

 翌日、ジョエルと琥太郎は授業後に揃ってモーリッツの研究室を訪ねる。

「やぁ、昨日ぶりだ。今日はゆっくりしていけるといいですね」
「連日すみません」

 ジョエルは赤面して声を小さくする。

「私はいつでも歓迎しますよ、さぁ入って」

 案内された研究室の奥のテーブルには椅子にまで古い書物が積み重ねられていた。モーリッツはヨイショと手で退かし、場所を開けてくれる。

「ごめんねセンセ」

 琥太郎がさりげなく本を持ち上げるのを手助けする。本人の前ではきちんと敬意を払っているようで安堵した。
 綺麗になったテーブルを囲んで全員でひと息つくと、モーリッツが一冊を引き寄せた。ジョエルは昨日見損ねた本であると気がつく。この時初めて表紙を見た。ほとんどかすれた文字は名前だろうか・・・目を細めるとなんとかサンチェスと読めた。

「知りたいのはコタローさんが召喚されたと思われる国のことでしたよね」
「えっ」

 ジョエルは身を乗り出して開かれた本の中身を覗いた。

「スヴェア王国じゃなかったんですか?」
「ええ、調査によるとコタローさんの目撃情報がいち早く出されたのは国境近くの村からでした」
「だとしたらコタローは何らかの魔術で呼び寄せられた後、彷徨いながら国境を越え、スヴェア王国で保護されたとなりますね」

 琥太郎が「ちげぇ」と顔をしかめ、ベェと舌を出す。

「捕獲な、あの時の憲兵たちは一生許さん」
「まぁまぁ、そのおかげでこうして出逢えたじゃない」

 ジョエルは苦笑し、「あれ」とページに目を走らせた。

「これは最初に見せていただいた書物の続きでしょうか」
「そのとおりです。あれはどうやら研究経過を散り散りに記した未完成の書物だったらしいのです。なので、ところどころ掻い摘んだ形でかつてのウエスギノシローなる渡来者が登場しています。書面によると、ウエスギノシローは呼び寄せられて間もなくオメガのヒートを起こし、後に自死して最期を迎えたと記されている。発情期中の自らの行いを『下賎な売女のような悍ましい』と述べて恥入って悔やんだそうだ」

 壮絶な人生だと、琥太郎がわけ知り顔で頷き、腕を組む。

「その男は多分、偉い家の武士だったんだろうな。時代が違えば俺もそうしてたかもしれない」

 ジョエルは琥太郎の口から飛び出した単語をおうむ返しした。

「ブシ?」
「えーと」

 説明をしようと難しい顔をした琥太郎を、しかしモーリッツが制止する。

「ウエスギノシローに関しても興味がありますが、注目すべきはここです。この書物は後ろの数項がないのです」

 指差された箇所にジョエルは目をやった。

「意図的にちぎり取られたのか劣悪な保管環境の中で破れてしまったのか定かではありませんが、後方のページはある国の人間に持ち出されたことがわかりました」
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