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第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』
57 楽しい研究
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「先生! すごいです!」
ジョエルは温室の中路を走り抜ける。ジョエルのフェロモンにそよそよとつられて蝶が舞う。調整して放出しているのは興奮を促す発情のフェロモンじゃない、自然界の動植物にとって心地よい栄養素になる。
魔力と呼ばれるのは、利便性を加味した言い方なのだろう。
琥太郎といる時間が減り、研究室にいる時間が増えてしまったのは仕方がない。これで正しいのだ。ジョエルはジョエルの生き方を、琥太郎は琥太郎の生き方をすべきなのである。ジョエルは新しい居場所を見つけた。ここで学んでいる魔法術は琥太郎のためになるのだから、頑張らなくてはと言い聞かせている。
「おお、また咲いたか」
ふらりとギュンターが椅子から立ち上がる。
「うるさくしてすみません・・・おつかれでしたか?」
「いいやいい。君がいると薬草栽培が捗るね、助かるよ。私だと」
「火で相性が悪い、ですよね?」
「くくく、そのとおり」
ギュンターはニヤリとして軽口を叩くが、腰と眉間を押さえて座り直す姿は年齢以上に年老いて見える。
「先生、疲労と目と腰に効く薬湯を入れます」
「すまんな」
「いいえ」
ジョエルは白紙の上に並べて干してある薬草から使えるものを選び、すりこぎで潰し始めた。
こういった作業は人力で行い、基本は魔法術は使えない。
正直に白状すると、ジョエルは魔力を用いれば一瞬でできあがることを想像していたが、魔法術はそれほど便利な代物じゃないのだ。
何もないところから、物質を作り出すことは不可能だ。
材料を用意しておいたとしても作業は省略できない。
自分の手のかわりに、別の手を貸してもらう方法は取れるが。フェロモン=魔力はその代価として支払うものとされる。主にオメガのジョエルのフェロモンを好むのは植物、水、蟲とヒトを含む動物。これを属性と呼んでいた。
人力の代替になってくれそうなのは動物だが、薬湯を入れるのはジョエル自身の手で十分やれるし、その方が効率的だ。他力に頼りきることなく自分でやれることはやる。魔法術は万能の力にあらずだ。
「先生、どうぞ」
ジョエルは湯呑みをギュンターの机に置く。返事はなく、椅子に腰掛けたギュンターは目を閉じている。
だが眠ってはいないだろう。指遊びのように指先に火を灯していた。思考している時のクセ。マッチより小さな優しい火は指の動きに合わせて点いたり消えたりを繰り返す。
(先生は火の精とよほど仲がいいんだな)
ふふふと、ジョエルは微笑んだ。
アルファのフェロモンを好むのは火風雷など、使い方いかんによっては凶暴性の高い自然現象たち。
ギュンターいわくだ、自然界のあらゆるものに命があり、姿形がなく心の臓を持たないものにも意思と感情が宿っている。風は『風の精』の吐息、火は『火の精』の吐息、雷は『雷の精』の吐息だという。この分野においてはまだまだ解明できていないことも多いが、ギュンターが得意として操れるこれら三つの精霊は、ギュンターのアルファフェロモンを好み、喜んで力を貸してくれるらしい。
ジョエルはギュンターの机を離れると、お気に入りのひなたの席で分厚い書物を開いた。
遠い昔、人間・・・ヒトが、自然界の精霊たちを認知できていた時代があったそうだ。共存していた時代があった。それが、時が流れ人々は彼等を見る目を捨て、信じる心を閉ざした。自発的にそうなったわけではないのかもしれない。紐解かれていない長い歴史、現在のヒトの暮らしにいたるまでに、この力は必ずしも必要ではなくなってしまったのだろう。
(でも先生は曇りなく彼等を信じているから精霊から好かれるんだろうな)
一般的にアルファよりオメガの方が魔法術に優れているのは、アルファであるがゆえの頭の固さが原因? アルファは堅物の印象が強いから。
そういえば、獣人族たちのフェロモンも気になる。ヒト以外の生物と交わっている種族は我々よりも自然界の近くで生きている。人間が知らないだけで、また違った付き合い方をしているのかもしれない。あとで先生に質問してみなくては・・・・・・。
「アルトリアくん、とても効きそうな薬湯ありがとう」
「あ、先生、ご自身の研究はもうよろしいのですか?」
没頭していた書物の中身から意識を引きずり出し、顔を上げる。
「あれは研究ではなかったからね。何と言うのか、ちょっと面倒なやつだ」
ジョエルはきょとんと首を傾げたが、すぐに理解した。ギュンターにとっては魔法術に関わらないことは全て面倒の部類になる。
「僕がお手伝いできたらいいんですけど」
「いやぁ、ありがとう、まぁ、でも片付いた」
ギュンターが社交辞令に肩をすくめる。ジョエルには詳細を話せなくて当然なのだ。ギュンターは研究熱心な魔術師の顔と、国王陛下の側近としての立場があり、哀しいかな何事においても後者の方が重要で優先すべき案件なのである。
忙しさに手が回らなくなったギュンターは慣れてきた頃に替わりの迎えを寄越すようになり、研究室に来るための外出であれば見張りの護衛をつければ可になった。
「・・・あの、僕、しばらく研究室に来るのは控えましょうか?」
「華宮にいる用事でもあるかね?」
「ありませんよ」
事実、華宮を離れてギュンターを手伝うようになってから少しの間は琥太郎が不安だった。
いつ国王陛下の指名があるのかとびくびくしていたのだが、何故か国王陛下は足を運んで来ず、洋ですら寝所の相手に呼ばれていない。見かけるたびに不貞腐れているので一目瞭然だった。国の中枢は多忙であると窺い知れる。
「僕の相手をしている時間に休まれてはいかがかと思って」
「眠るより君と問答している時間の方が貴重だよ」
思いがけず嬉しい返事だ。
「それならお言葉に甘えます」
「ぜひそうしなさい。ところでアルトリアくんあの課題はどうなったかな?」
「ああ、はいっ」
ジョエルはタンッと勢いよく椅子を降りた。
ジョエルは温室の中路を走り抜ける。ジョエルのフェロモンにそよそよとつられて蝶が舞う。調整して放出しているのは興奮を促す発情のフェロモンじゃない、自然界の動植物にとって心地よい栄養素になる。
魔力と呼ばれるのは、利便性を加味した言い方なのだろう。
琥太郎といる時間が減り、研究室にいる時間が増えてしまったのは仕方がない。これで正しいのだ。ジョエルはジョエルの生き方を、琥太郎は琥太郎の生き方をすべきなのである。ジョエルは新しい居場所を見つけた。ここで学んでいる魔法術は琥太郎のためになるのだから、頑張らなくてはと言い聞かせている。
「おお、また咲いたか」
ふらりとギュンターが椅子から立ち上がる。
「うるさくしてすみません・・・おつかれでしたか?」
「いいやいい。君がいると薬草栽培が捗るね、助かるよ。私だと」
「火で相性が悪い、ですよね?」
「くくく、そのとおり」
ギュンターはニヤリとして軽口を叩くが、腰と眉間を押さえて座り直す姿は年齢以上に年老いて見える。
「先生、疲労と目と腰に効く薬湯を入れます」
「すまんな」
「いいえ」
ジョエルは白紙の上に並べて干してある薬草から使えるものを選び、すりこぎで潰し始めた。
こういった作業は人力で行い、基本は魔法術は使えない。
正直に白状すると、ジョエルは魔力を用いれば一瞬でできあがることを想像していたが、魔法術はそれほど便利な代物じゃないのだ。
何もないところから、物質を作り出すことは不可能だ。
材料を用意しておいたとしても作業は省略できない。
自分の手のかわりに、別の手を貸してもらう方法は取れるが。フェロモン=魔力はその代価として支払うものとされる。主にオメガのジョエルのフェロモンを好むのは植物、水、蟲とヒトを含む動物。これを属性と呼んでいた。
人力の代替になってくれそうなのは動物だが、薬湯を入れるのはジョエル自身の手で十分やれるし、その方が効率的だ。他力に頼りきることなく自分でやれることはやる。魔法術は万能の力にあらずだ。
「先生、どうぞ」
ジョエルは湯呑みをギュンターの机に置く。返事はなく、椅子に腰掛けたギュンターは目を閉じている。
だが眠ってはいないだろう。指遊びのように指先に火を灯していた。思考している時のクセ。マッチより小さな優しい火は指の動きに合わせて点いたり消えたりを繰り返す。
(先生は火の精とよほど仲がいいんだな)
ふふふと、ジョエルは微笑んだ。
アルファのフェロモンを好むのは火風雷など、使い方いかんによっては凶暴性の高い自然現象たち。
ギュンターいわくだ、自然界のあらゆるものに命があり、姿形がなく心の臓を持たないものにも意思と感情が宿っている。風は『風の精』の吐息、火は『火の精』の吐息、雷は『雷の精』の吐息だという。この分野においてはまだまだ解明できていないことも多いが、ギュンターが得意として操れるこれら三つの精霊は、ギュンターのアルファフェロモンを好み、喜んで力を貸してくれるらしい。
ジョエルはギュンターの机を離れると、お気に入りのひなたの席で分厚い書物を開いた。
遠い昔、人間・・・ヒトが、自然界の精霊たちを認知できていた時代があったそうだ。共存していた時代があった。それが、時が流れ人々は彼等を見る目を捨て、信じる心を閉ざした。自発的にそうなったわけではないのかもしれない。紐解かれていない長い歴史、現在のヒトの暮らしにいたるまでに、この力は必ずしも必要ではなくなってしまったのだろう。
(でも先生は曇りなく彼等を信じているから精霊から好かれるんだろうな)
一般的にアルファよりオメガの方が魔法術に優れているのは、アルファであるがゆえの頭の固さが原因? アルファは堅物の印象が強いから。
そういえば、獣人族たちのフェロモンも気になる。ヒト以外の生物と交わっている種族は我々よりも自然界の近くで生きている。人間が知らないだけで、また違った付き合い方をしているのかもしれない。あとで先生に質問してみなくては・・・・・・。
「アルトリアくん、とても効きそうな薬湯ありがとう」
「あ、先生、ご自身の研究はもうよろしいのですか?」
没頭していた書物の中身から意識を引きずり出し、顔を上げる。
「あれは研究ではなかったからね。何と言うのか、ちょっと面倒なやつだ」
ジョエルはきょとんと首を傾げたが、すぐに理解した。ギュンターにとっては魔法術に関わらないことは全て面倒の部類になる。
「僕がお手伝いできたらいいんですけど」
「いやぁ、ありがとう、まぁ、でも片付いた」
ギュンターが社交辞令に肩をすくめる。ジョエルには詳細を話せなくて当然なのだ。ギュンターは研究熱心な魔術師の顔と、国王陛下の側近としての立場があり、哀しいかな何事においても後者の方が重要で優先すべき案件なのである。
忙しさに手が回らなくなったギュンターは慣れてきた頃に替わりの迎えを寄越すようになり、研究室に来るための外出であれば見張りの護衛をつければ可になった。
「・・・あの、僕、しばらく研究室に来るのは控えましょうか?」
「華宮にいる用事でもあるかね?」
「ありませんよ」
事実、華宮を離れてギュンターを手伝うようになってから少しの間は琥太郎が不安だった。
いつ国王陛下の指名があるのかとびくびくしていたのだが、何故か国王陛下は足を運んで来ず、洋ですら寝所の相手に呼ばれていない。見かけるたびに不貞腐れているので一目瞭然だった。国の中枢は多忙であると窺い知れる。
「僕の相手をしている時間に休まれてはいかがかと思って」
「眠るより君と問答している時間の方が貴重だよ」
思いがけず嬉しい返事だ。
「それならお言葉に甘えます」
「ぜひそうしなさい。ところでアルトリアくんあの課題はどうなったかな?」
「ああ、はいっ」
ジョエルはタンッと勢いよく椅子を降りた。
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