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第三章『悪魔と天使のはざま』
86 sideハワード 見えてきた企み
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ねずみの一件を聞いたのはその二日後か・・・五日後か・・・ハワードの疲労困憊の脳みそは記憶が曖昧だ。もっと日が経っていますよとセスが眉間に皺を寄せる。なんと奇妙にも図書棟にねずみの大群が押し寄せたらしい。ねずみは特定の生徒一名の持ち物にだけ群がり、教科書やらを食い尽くしたそうである。
「ははは・・・はぁ、面白いですが笑えませんね」
ねずみですって? 馬鹿馬鹿しい。貴族の子も暮らしているシーレハウス学園にねずみ?
貴族でなくとも、オメガの学園生たちが快適に生活できるよう、身のまわりの設備は万全に整えてある。
「自分の目で詳細を確かめてきます」
しかし椅子から立ち上がった肩を押し戻された。
「殿下は休まれたらよろしいかと」
「私が出向かないわけには」
「そう言いますが、ここが何処だかわかってますか?」
「当たり前ですよ、あ・・・・・・」
よくよく考えたら、ハワードは馬車の中にいる。なので椅子ではなく、腰掛けていたのは向かい合わせの座席。勢いよく立ち上がっていたら狭いキャビン内で頭をぶつけていたかもしれない。
ねずみが出たという知らせを持ってきてくれたのは特別緊急の時だけ使用する伝書つばめだ。
「いる者で対応するよう返事をします」
セスは返事をつばめの足にくくりつけ空に放った。
「ありがとう」
「顔と言葉が合っていませんね?」
「私は自分が情けない」
「そう言わないでください、殿下」
「けれど、近くにいるのに、まるで私の横をすり抜けていくように事態が悪化している。私は口だけで何も防げていないじゃないか。・・・すみませんやめます、弱音なんて」
ハワードは途中で我にかえって口を閉ざした。
「いいえ。たまには、というか俺には言ってくださいよ」
俺と自分を呼んだセスに懐かしかった時を重ねる。
「今は二人だけです」
「・・・・・・ありがとう」
「はい」
セスは頷いて笑った。
「気を取り直そう」
セスのおかげで頭がすっきりした。体は重たいが心から陰鬱な靄がとれたのだろう。
「今しがたの会談を率直にどう感じた?」
「知られたくない疾しい何かを隠している、と」
「私もですよ」
この馬車はジョエルの実家からの帰りだ。フローレス侯オスカー・アルトリアに面会を願い出てきたのである。
「何を訊いても存じ上げぬ存じ上げぬと白々しいことこの上ない。息子のアルトリアさんを気にかける言葉すらありませんでした」
ハワードの声音に憤怒が混ざる。
その時、馬車を追いかけるように別の馬のいななきと、短く甲高い笛の音がした。
「殿下、黒兎です」
「馬の足をゆるめてやりなさい」
「は」
ハワードが窓を開けると、使用人用のお仕着せに黒い頭巾を被ったセスの部下が素晴らしい馬捌きで追いつき、頭を垂れた。
「並走したままで話せ」
とセスが命じる。
「御意。お調べになっていた件でございますが、モーリッツなる男は現在もアルトリア家に停留中であることがわかりました。モーリッツ氏は、大切な話がある当主に会わせろと、ある日突然に現れたのだといいます」
「どんな話だ」
セスが問うと、黒兎は首を傾げながら続けた。
「それが・・・奇妙なことなのですが、モーリッツ氏が知っているかぎりのこちら側の人間の動きを全て伝えたというのです。今後の王弟殿下様とセス様の行動も見越されているやもしれません。どうかお気をつけて」
言葉を失ったハワードの様子を見て、セスも気難しい顔になり黒兎に「そうか」と頷いた。
「もう一個、お伝えせねばならないことが」
セスは目で許可する。
「ジョエル・アルトリア様が襲われた件ですが、首謀者は父親でした。使用人の聞くところには、ご子息に子を身ごもらせて侯爵家にとって都合のいい言いなりの家へ嫁がせ、厄介払いしたいと話していたそうです」
ハワードは驚き呆れ、同時に雷に撃たれたような考えに至った。
「待て、その話をしていたのはいつのことだろうか」
そう訊ねたハワードに、黒兎は頭を垂れて返答する。
「モーリッツと会った直後のことでございます」
ハワードの目が見開かれる。
「わかりました・・・ありがとう。またよろしくお願いしますね」
「かしこまりました。わたくし、しばらく潜伏しておりますのでなんなりとお申し付けを」
胸に手を当てた黒兎はハワードの次にセスへ向かって目礼し、馬を方向転換させて戻った。
「アルトリアさんが我々の手のうちにいるとマズいことがあるのでしょうか」
ハワードは頭にあった言葉を呟いた。
「さっぱりです」
セスはかぶりを振る。
「ここで考えていても仕方ありません。強姦未遂の犯人に尋問しに行きましょう。悪魔の仕業ならば阻止しなければなりません」
「は。仰せのとおりに」
馬車の行き先が変更され、ぐらりとキャビンが大きく揺れた。
拘束した身柄はシーレハウス学園の管轄下に置かれず王宮の罪人を収容する独房に移されている。
性急に引き渡しを求められたので何故かと思っていたが蓋を開けてみればフローレス侯爵というカラクリがあったのだ。
これじゃ馬車の移動時間さえもゆっくり休めたものじゃない。
はたして円滑に取り次いでもらえるのか、頭痛の種は増えるばかりだった。
「ははは・・・はぁ、面白いですが笑えませんね」
ねずみですって? 馬鹿馬鹿しい。貴族の子も暮らしているシーレハウス学園にねずみ?
貴族でなくとも、オメガの学園生たちが快適に生活できるよう、身のまわりの設備は万全に整えてある。
「自分の目で詳細を確かめてきます」
しかし椅子から立ち上がった肩を押し戻された。
「殿下は休まれたらよろしいかと」
「私が出向かないわけには」
「そう言いますが、ここが何処だかわかってますか?」
「当たり前ですよ、あ・・・・・・」
よくよく考えたら、ハワードは馬車の中にいる。なので椅子ではなく、腰掛けていたのは向かい合わせの座席。勢いよく立ち上がっていたら狭いキャビン内で頭をぶつけていたかもしれない。
ねずみが出たという知らせを持ってきてくれたのは特別緊急の時だけ使用する伝書つばめだ。
「いる者で対応するよう返事をします」
セスは返事をつばめの足にくくりつけ空に放った。
「ありがとう」
「顔と言葉が合っていませんね?」
「私は自分が情けない」
「そう言わないでください、殿下」
「けれど、近くにいるのに、まるで私の横をすり抜けていくように事態が悪化している。私は口だけで何も防げていないじゃないか。・・・すみませんやめます、弱音なんて」
ハワードは途中で我にかえって口を閉ざした。
「いいえ。たまには、というか俺には言ってくださいよ」
俺と自分を呼んだセスに懐かしかった時を重ねる。
「今は二人だけです」
「・・・・・・ありがとう」
「はい」
セスは頷いて笑った。
「気を取り直そう」
セスのおかげで頭がすっきりした。体は重たいが心から陰鬱な靄がとれたのだろう。
「今しがたの会談を率直にどう感じた?」
「知られたくない疾しい何かを隠している、と」
「私もですよ」
この馬車はジョエルの実家からの帰りだ。フローレス侯オスカー・アルトリアに面会を願い出てきたのである。
「何を訊いても存じ上げぬ存じ上げぬと白々しいことこの上ない。息子のアルトリアさんを気にかける言葉すらありませんでした」
ハワードの声音に憤怒が混ざる。
その時、馬車を追いかけるように別の馬のいななきと、短く甲高い笛の音がした。
「殿下、黒兎です」
「馬の足をゆるめてやりなさい」
「は」
ハワードが窓を開けると、使用人用のお仕着せに黒い頭巾を被ったセスの部下が素晴らしい馬捌きで追いつき、頭を垂れた。
「並走したままで話せ」
とセスが命じる。
「御意。お調べになっていた件でございますが、モーリッツなる男は現在もアルトリア家に停留中であることがわかりました。モーリッツ氏は、大切な話がある当主に会わせろと、ある日突然に現れたのだといいます」
「どんな話だ」
セスが問うと、黒兎は首を傾げながら続けた。
「それが・・・奇妙なことなのですが、モーリッツ氏が知っているかぎりのこちら側の人間の動きを全て伝えたというのです。今後の王弟殿下様とセス様の行動も見越されているやもしれません。どうかお気をつけて」
言葉を失ったハワードの様子を見て、セスも気難しい顔になり黒兎に「そうか」と頷いた。
「もう一個、お伝えせねばならないことが」
セスは目で許可する。
「ジョエル・アルトリア様が襲われた件ですが、首謀者は父親でした。使用人の聞くところには、ご子息に子を身ごもらせて侯爵家にとって都合のいい言いなりの家へ嫁がせ、厄介払いしたいと話していたそうです」
ハワードは驚き呆れ、同時に雷に撃たれたような考えに至った。
「待て、その話をしていたのはいつのことだろうか」
そう訊ねたハワードに、黒兎は頭を垂れて返答する。
「モーリッツと会った直後のことでございます」
ハワードの目が見開かれる。
「わかりました・・・ありがとう。またよろしくお願いしますね」
「かしこまりました。わたくし、しばらく潜伏しておりますのでなんなりとお申し付けを」
胸に手を当てた黒兎はハワードの次にセスへ向かって目礼し、馬を方向転換させて戻った。
「アルトリアさんが我々の手のうちにいるとマズいことがあるのでしょうか」
ハワードは頭にあった言葉を呟いた。
「さっぱりです」
セスはかぶりを振る。
「ここで考えていても仕方ありません。強姦未遂の犯人に尋問しに行きましょう。悪魔の仕業ならば阻止しなければなりません」
「は。仰せのとおりに」
馬車の行き先が変更され、ぐらりとキャビンが大きく揺れた。
拘束した身柄はシーレハウス学園の管轄下に置かれず王宮の罪人を収容する独房に移されている。
性急に引き渡しを求められたので何故かと思っていたが蓋を開けてみればフローレス侯爵というカラクリがあったのだ。
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