雨の日に再会した歳下わんこ若頭と恋に落ちるマゾヒズム

豆ぱんダ

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第二章

ほころび

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 話の発端は二ヶ月前に遡った。
 晩夏の夜。本堂は竜善組の親組織となる清琳会の会合に竜善組長を出席させるため、会場となる日本料理屋を訪れていた。
 店を丸ごと貸し切っているので、御座敷の外の通路は髭面で強面の輩ばかりで埋められている。
 若頭の本堂は組長の護衛を兼ね、数名の舎弟を引き連れて、清琳会に派生する各組の組員らの中に混じっていた。

「おうよ、本堂。元気か」

 話しかけて来たのは矢戸やと組の波瀬はぜ。矢戸組の組長は竜善組長と兄弟盃を交わしている仲だ。

「波瀬さん。お久しぶりです」

 本堂は頭を下げる。
 波瀬は本堂よりも三十歳上、この業界じゃベテランの面倒見のいい男だ。模様を入れて剃り上げた頭のせいで、悪役レスラーのような巨漢に見える。スーツはいつも小さくてパツパツだが、懐は大きく、仔猫や仔犬を見れば優しい顔で笑う。

「紹介したい奴がいてな、今いいか」
「ええ、もちろんです」

 頷くと、近づいて来た波瀬の巨大な影から、まだ幼い面影を残した童顔の少年がひょっこりと現れた。

「どうも」

 少年が一言だけ口にすると、波瀬は派手に背中を叩く。

「こら、きちんと挨拶せんかいっ!」
「すいませんっ」

 少年はすっかり恐縮した様子だ。

「いいですよ。新しい子ですか? うちの丹野と同じくらいに見えますね」

 緊張しているというのもあるだろうか、本当はもっと下に見える。
 ガチガチに震えて怯えた鹿みたいな有り様だ。

「それがなぁ」

 波瀬は声をひそめた。

「最近になって、清琳会傘下のちっさい組が軒並み潰れてるのを知ってるか」
「えっ」

 本堂は慌てて口を塞ぐ。

「初耳です」
「そうか。どれも末端の組らしい。こいつのとこも細々と頑張ってたんだが、つい先日解散しちまって、向こうさんの組長の頼みでうちが引き取ることになったわけよ。若いんだから俺らよりもやり直しが効くだろうに、こいつもこう見えて頑固で困ったもんよ」
「へぇ、しかしどういうことですか?」

 波瀬が連れている少年は、突然慣れない場所に引っ張り出されてびびっているのだろう。それは仕方がないとして、軒並み潰れているとは何故なのか。

「ここだけの話。こいつが教えてくれた情報なんだけどな。どうにも竜善組の永木ながきって男が解散に絡んでるそうだ。永木って知ってるか」

 本堂は黙る。考えてもすぐに出てこない。

「いえ、聞いたことがないです。組員全員を調べれば、何処かにいるのかもしれませんが」
「だよなぁ。俺も聞いたことないんだよ。竜善組とはそれなりの付き合いをしてるんだ、把握してねぇはずないと思って不思議なんだよ」
「ええ、波瀬さんがご存知ないのは引っ掛かりますね」

 若頭とはいえ若造の本堂よりも、波瀬はヤクザとして長く生きており裏社会に精通する。
 本堂は「永木」と名乗る謎の人物を頭に留めておくことにした。


 ◇◆


 会合から一カ月ほどが経った頃、本堂のスマホに波瀬から連絡が入った。

「本堂、この間話したことを覚えているか。絶対に匂う」

 波瀬は確信を持った口調で言う。

「何があったんです?」
「昨日シマを彷徨いていた見ない顔の男を捕まえたんだがな、なんとそいつは麻取の人間だった」
「組対五課ではなく麻取ですか」

 麻取は麻薬取締官の略称だ。
 彼らが暴力団組織を監視するのは珍しいことでは無いが、違法薬物を専門に取り締まる麻取というのがどうも気になる。

「一応、矢戸組を洗ったんだが、怪しい動きをしてる奴はいなかった。んで、さっき仕入れた情報で、相楽島さがらじま会に大掛かりなガサ入れが入るそうだ。そっちは警察が動いている。もしかしたら警察と麻取は合同で何かを調べているのかもしれん」
「・・・余程、大きなヤマを追っていると考えられますね」

 本堂は頭を捻った。
 相楽島会は清琳会と肩を並べる指定暴力団組織だ。
 ナワバリが隣り合っている傘下の組同士は睨み合いを行う機会も多い。小競り合いは日常茶飯事だが、小さな喧嘩を抜かせば表立った抗争もなく静か。
 二つの暴力団を繋げているものは何だ。
 警察と麻取は、どんなブツを追っている。
 正直な話、どちらの組においても違法薬物は密かに出回っている。しのぎとして稼ぎが大きく、さらに依存性が高い故に、御法度に手を出す組員はいなくならない。
 叩けばいくらでも埃は出ると思うが、警察と麻取が探しているのはそのようなちんけな埃じゃないだろう。もっと大きい何か。

「相楽島会から何かが出るでしょうか」
「さぁなぁ。警察や麻取がどの程度の情報を掴んでいるのかわからない。内も外もしっかり目を光らせておけよ」
「ええ、ご忠告ありがとうございます」

 本堂は通話を切り、すぐさま組長に伝えに行くべく動いたが、はたして必要あるだろうか。組長ならご存知のはずだろうと思い、一旦自分のもとで留めておこうと考え直した。
 その翌日、波瀬の遺体が発見された。
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