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第二章
組長の頼み
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竜善丈太郎の自宅は有刺鉄線で囲まれている。閑静な住宅街では明らかに異質で、近所の住民は怖がって近づかない。
立派な門構えをぶち壊すような外観だが、実際に小型の爆発物を積んだ数機のドローンが投げ込まれたことがある。
近所の子どもによる悪戯だったものの、顔馴染みの警察官が介入して事なきを得た。主に子どものための介入だ。組長を嫉む誰かからの贈り物が紛れ込んでいるかもしれないと側近が騒いだ。
ただの悪戯だったと納得させなければ、子どもの将来はなかった。
本堂は門をくぐると踏み石が敷かれた和モダンな敷地を踏む。玄関までのアプローチの間に差し掛かると、昔自分が草毟りをさせられた庭が見え、屋敷の二階を見上げた。
あの窓の一つから、伊津は虚ろな顔で外を眺めていた。
伊津が本堂を見つけるよりも先に、本堂は伊津を見つけていた。
話をしたくて、臨時の世話係を買って出たのは本堂からだった。
けれど、居なくなった。忽然と竜善組から消えてしまった。
あの頃すぐに追っていれば手掛かりを掴めたのかもしれない。
でも当時の自分には探す手立てがなく、力も無かった。
やっと組の内部を見れるようになった頃には伊津はさらに霞の向こうに行ってしまっていた。
伊津を想ってがむしゃらになって得た地位なのに、やるせなさだけが募るばかりだ。
その時、本堂の足元に吸い殻と唾が飛んできた。
「本堂、てめぇ何しに来た」
竜善清景がこちらを睨んでいる。
「組長に呼ばれました」
面倒なので、本堂は清景を刺激しないように答えた。
若頭の座をめぐり、彼からは一方的に恨まれている。
本堂は相手にしていないが、過去に伊津の身体を傷付けた者は例外なく大嫌いだった。恨まれようが痛くも痒くもない。
本堂が組長に目をかけられる決め手になった一件は、清景が生意気な本堂を袋叩きにしようとしたこと。本堂は逆に返り討ちにし、完膚なきまで清景をのした。以来、上下関係が逆転したのである。
とっくに組長は清景の素質に限界を感じていたという噂が通説となっており、本堂がちょうどいい具合に後釜に収まった流れだった。
ボスとしての頭角を兆し始めていた本堂に、清景がちょっかいを出したのも苛立っていたせいだろう。
「急ぐので」
と本堂は睨みつけてくる清景の横を素通りする。
組長は居間ではなく、自室にいるそうだ。
「組長、本堂です」
襖の前で声をかける。入れと許可があり、襖を開けて入室した。
「座れ」
「はい、失礼します」
畳張りの室内で本堂は正座をする。
組長である竜善丈太郎は白髪まじりの髪を粋に後ろへ流し、藍色の着物を着こなしていた。若い頃に比べれば頬の肉づきが落ちたが、それでも同年代と並べば若々しさに満ち溢れていることだろう。
組長は本堂の前に腰を下ろし、おもむろに身を乗り出すと本堂の胸ぐらを鷲掴みにした。
「本堂、永木という組員を調べているらしいな」
「はい・・・っ、勝手な行動を取り申し訳ありません。お耳に入れておくべきでした」
多少の恐喝ごときには動じない。本堂は目を逸らさずに言う。
「しかし組長はすでにご存知であると思いましたので」
「正しい判断だ、本堂」
組長の手が緩んだ。
本堂は乱れた襟を直し、組長の次の一言を待つ。
自分がどうして呼ばれたのか聞かなければならない。
「なに、怒ってねぇさ」
組長が煙草に手を伸ばすのを察知し、本堂は動いた。
習慣づけられた動きだ。流れるように咥えられた煙草に火を点ける。
「悪りぃな」
組長は煙を一息吐くと、ニヤリと笑った。
「頼みたいことがある」
「はい」
本堂は姿勢を正して耳を傾ける。
「伊津向葵を覚えてるか」
「はい」
背中に汗が伝ったが、必死に平静を装った。
「お前は今でも随分と入れ込んでいるみてぇだが、会いたいか?」
「は?」
「俺は久しぶりに会いたくなってなぁ。あいつを迎えに行って俺のところまで連れてこい。頼みはそれだけだ」
「あ、あの」
「おっと、理由は訊くなよ。ただ迎えに行って、連れて戻ってくればいい。それができたら正式にお前に竜善組を継がせてやる」
本堂は喉元まで差し掛かっていた質問を全て呑み込む。
「伊津向葵の住所だ。覚えたら燃やせ」
組長は二つ折りの紙切れを差し出した。
「すいません、永木については・・・?」
「教えるとは言ってない」
「え」
「本堂、お前は見込みがある男だ。俺をがっかりさせないでくれよ? 行け」
本堂はふらりと立ち上がる。拳を固く握っていた。しかし言い返すことなく一礼し、組長の屋敷を出た直後に電柱を蹴り上げた。
憤りのままに電柱に当たり散らす男を道行く人々は怯えながら通り過ぎる。
「くそっ、くそっ! 舐めやがって・・・・・・っ」
謀られたのだ。
竜善丈太郎は人の感情を弄んでいる。
伊津を探し続けていたことは知られていて驚かない。
放任されていたのは、見つけられないと自信があったからだろう。
「ちっ、伊津さんを差し出させて忠誠を示させようとしてんだろうな。どうせ、組長の考えそうなことだ」
加えて伊津をそばに置いておけば、本堂の手綱を握ることができる。組長の座を退いた後も、次期組長になる本堂の弱みを握り続けられる。
「永木については曖昧にされちまったし、・・・最悪だ」
でも、どうして今なのか。
本堂は気持ちを落ち着けるために煙草を咥えた。
「永木の名前が浮上し始めた、今・・・・・・」
その時、本堂のスマホが鳴る。
立派な門構えをぶち壊すような外観だが、実際に小型の爆発物を積んだ数機のドローンが投げ込まれたことがある。
近所の子どもによる悪戯だったものの、顔馴染みの警察官が介入して事なきを得た。主に子どものための介入だ。組長を嫉む誰かからの贈り物が紛れ込んでいるかもしれないと側近が騒いだ。
ただの悪戯だったと納得させなければ、子どもの将来はなかった。
本堂は門をくぐると踏み石が敷かれた和モダンな敷地を踏む。玄関までのアプローチの間に差し掛かると、昔自分が草毟りをさせられた庭が見え、屋敷の二階を見上げた。
あの窓の一つから、伊津は虚ろな顔で外を眺めていた。
伊津が本堂を見つけるよりも先に、本堂は伊津を見つけていた。
話をしたくて、臨時の世話係を買って出たのは本堂からだった。
けれど、居なくなった。忽然と竜善組から消えてしまった。
あの頃すぐに追っていれば手掛かりを掴めたのかもしれない。
でも当時の自分には探す手立てがなく、力も無かった。
やっと組の内部を見れるようになった頃には伊津はさらに霞の向こうに行ってしまっていた。
伊津を想ってがむしゃらになって得た地位なのに、やるせなさだけが募るばかりだ。
その時、本堂の足元に吸い殻と唾が飛んできた。
「本堂、てめぇ何しに来た」
竜善清景がこちらを睨んでいる。
「組長に呼ばれました」
面倒なので、本堂は清景を刺激しないように答えた。
若頭の座をめぐり、彼からは一方的に恨まれている。
本堂は相手にしていないが、過去に伊津の身体を傷付けた者は例外なく大嫌いだった。恨まれようが痛くも痒くもない。
本堂が組長に目をかけられる決め手になった一件は、清景が生意気な本堂を袋叩きにしようとしたこと。本堂は逆に返り討ちにし、完膚なきまで清景をのした。以来、上下関係が逆転したのである。
とっくに組長は清景の素質に限界を感じていたという噂が通説となっており、本堂がちょうどいい具合に後釜に収まった流れだった。
ボスとしての頭角を兆し始めていた本堂に、清景がちょっかいを出したのも苛立っていたせいだろう。
「急ぐので」
と本堂は睨みつけてくる清景の横を素通りする。
組長は居間ではなく、自室にいるそうだ。
「組長、本堂です」
襖の前で声をかける。入れと許可があり、襖を開けて入室した。
「座れ」
「はい、失礼します」
畳張りの室内で本堂は正座をする。
組長である竜善丈太郎は白髪まじりの髪を粋に後ろへ流し、藍色の着物を着こなしていた。若い頃に比べれば頬の肉づきが落ちたが、それでも同年代と並べば若々しさに満ち溢れていることだろう。
組長は本堂の前に腰を下ろし、おもむろに身を乗り出すと本堂の胸ぐらを鷲掴みにした。
「本堂、永木という組員を調べているらしいな」
「はい・・・っ、勝手な行動を取り申し訳ありません。お耳に入れておくべきでした」
多少の恐喝ごときには動じない。本堂は目を逸らさずに言う。
「しかし組長はすでにご存知であると思いましたので」
「正しい判断だ、本堂」
組長の手が緩んだ。
本堂は乱れた襟を直し、組長の次の一言を待つ。
自分がどうして呼ばれたのか聞かなければならない。
「なに、怒ってねぇさ」
組長が煙草に手を伸ばすのを察知し、本堂は動いた。
習慣づけられた動きだ。流れるように咥えられた煙草に火を点ける。
「悪りぃな」
組長は煙を一息吐くと、ニヤリと笑った。
「頼みたいことがある」
「はい」
本堂は姿勢を正して耳を傾ける。
「伊津向葵を覚えてるか」
「はい」
背中に汗が伝ったが、必死に平静を装った。
「お前は今でも随分と入れ込んでいるみてぇだが、会いたいか?」
「は?」
「俺は久しぶりに会いたくなってなぁ。あいつを迎えに行って俺のところまで連れてこい。頼みはそれだけだ」
「あ、あの」
「おっと、理由は訊くなよ。ただ迎えに行って、連れて戻ってくればいい。それができたら正式にお前に竜善組を継がせてやる」
本堂は喉元まで差し掛かっていた質問を全て呑み込む。
「伊津向葵の住所だ。覚えたら燃やせ」
組長は二つ折りの紙切れを差し出した。
「すいません、永木については・・・?」
「教えるとは言ってない」
「え」
「本堂、お前は見込みがある男だ。俺をがっかりさせないでくれよ? 行け」
本堂はふらりと立ち上がる。拳を固く握っていた。しかし言い返すことなく一礼し、組長の屋敷を出た直後に電柱を蹴り上げた。
憤りのままに電柱に当たり散らす男を道行く人々は怯えながら通り過ぎる。
「くそっ、くそっ! 舐めやがって・・・・・・っ」
謀られたのだ。
竜善丈太郎は人の感情を弄んでいる。
伊津を探し続けていたことは知られていて驚かない。
放任されていたのは、見つけられないと自信があったからだろう。
「ちっ、伊津さんを差し出させて忠誠を示させようとしてんだろうな。どうせ、組長の考えそうなことだ」
加えて伊津をそばに置いておけば、本堂の手綱を握ることができる。組長の座を退いた後も、次期組長になる本堂の弱みを握り続けられる。
「永木については曖昧にされちまったし、・・・最悪だ」
でも、どうして今なのか。
本堂は気持ちを落ち着けるために煙草を咥えた。
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その時、本堂のスマホが鳴る。
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