雨の日に再会した歳下わんこ若頭と恋に落ちるマゾヒズム

豆ぱんダ

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第三章

一時間前

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 本堂は伊津の手を握り、覚悟を決める。
 最後は竜善組長と対峙するのみとなった。
 これより一時間前、本堂と谷渕は丹野と合流し、ある場所に急いだ。
 向かった先は竜善丈太郎の屋敷を凌ぐ大豪邸だ。高級旅館と称しても相違ない外観は品位があり、とても裏社会の第一人者が住まっているとは思えない。

「ここが、清琳会の会長の住まい。ヤバいっすね。世界が違う感じが」

 丹野が目新しいものを見つけた幼稚園児のように目を輝かせて、だらしなく口を開けてしまうのも仕方がないことだった。
 本堂らは清琳会会長として名を馳せる 玄場敏実げんじょう としみちにお目通しを願いに来た。
 指定暴力団清琳会のトップに君臨する会長は、傘下に組織される組全体から多数決で選出されている。もとは玄場組という、竜善組と変わらない一つの組でしかなかった組織が、玄場敏実が会長に立ったことで、前代が築き上げた清琳会に組み込まれ現在の形となっていた。
 会長が代替わりする際、丸ごと構成員が入れ替わる場合と、現在の清琳会のように全員が居残って新しい会長の下につく場合があり、それは新しい会長の人柄による影響が大きい。
 玄場会長は先代から構成員を引き継いで、そこに己れのを合併させ、組織を巨大化させた。付き従える構成員の数と、そこに伴う収入は増大し、他に引きを取らない一大勢力となったのだ。

「確証はどれくらいですか、谷渕さん」
「なんとも言えないね」

 会長の家まで道案内をしてくれたのは谷渕だ。

「谷渕さんが玄場会長と面識があって助かりましたよ」
「一応、闇医者っつう便利な職に就いてたもんでね。ここんとこの会長にも呼んでもらってた。でも俺のこと覚えてくれてるかなんてわかんないよ?」
「覚えていると思います。義理堅い人と聞きますから」
「だといいけどな」

 谷渕と玄場会長の仲を見抜いた鍵は、伊津が書いていたネット小説。
 伊津宅の居間で交わされた会話はこうだ。

「———伊津さんって・・・馬鹿ですよね?」

 この本堂の一言を聞き、谷渕は苦笑した。

「何その突然の暴言。びっくりしたよ。君が向葵ちゃんを侮辱すると思わなかった」

 本堂は直ぐにかぶりを振る。

「あ・・・すみません。違うんです、ヤクザ者である俺らの中じゃ、満足に学校に通えてたやつって稀だと思うんですよ」

 何が言いたいかと言うと、大人しく机に向かえるような輩の集まりじゃないということだ。
 そもそも文字を見るのが苦手で拒絶反応を示したりとか、本や小説に無縁なやつが多い。猥褻なエロ小説は読むとしても、頭を使うミステリー小説は、暴走族上がりの伊津とはちょっと結びつき辛い。
 であるのに伊津のミステリー小説は中々に本格的だった。事件のトリックなどは、普段から好きで嗜んでいる人間じゃないと思いつかないのではと本堂は思ったのだ。

「ああ、ね。なるほど」

 谷渕は顎をさする。

「谷渕さんみたいな頭脳を持ってる人間もいますが、大半は俺も含めて馬鹿です。頭を使うより手が先に出ます。読むと書くでは雲泥の違いですし、伊津さんは子どもの頃からそれほどミステリー小説が好きでしたか?」
「いんや、まさに本堂くんの指摘どおりさ」
「じゃあ伊津さんはどこでミステリー小説に触れていたのか。軟禁されていた伊津さんに差し入れしてたのは、あなたじゃないですか谷渕さん」

 谷渕は虚をつかれたように口をつぐんだ。

「・・・本堂くんこそ名探偵になれそうだね」
「冗談は無事に伊津さんを見つけた後にしましょう」

 本堂は的のど真ん中を得てみせた。次に取るべき行動が頭に浮かぶ。
 谷渕は玄場会長がミステリー小説を好むと風の噂で耳にし、話題作りのために本を持ち歩いていた。たまたま本を目にした伊津が興味を持った。それが最初のきっかけだった。
 部屋から自由に出られず、時間を持て余していた伊津はのめり込むようにしてミステリー小説にハマった。
 傘下の竜善組若頭であろうと、約束も無しに来るのは失礼にあたる。幹部本人でなければ敷地に足を踏み入れる前に文字通り門前払いされる。谷渕が当時の付き合いでどれだけ玄場会長に気に入られていたかが作戦の要だった。
 権力者にぺこぺこ頭を下げずに裏社会を闊歩できる、闇医者の独立した立場を信じるしかない。
 しかし他にアテにできるツテがない本堂にとっては、これ以上ない力強い味方だ。正面突破でやるしかない。

「ピンポーンて俺が押しますね」
「いいぞ」
 
 本堂は頷いた。
 門の前で丹野がワクワクしている。すると丹野の指がボタンに触れる直前に「お待ちしておりました」とスピーカーから女性の声がした。お手伝いか姐さんの声だろう。

「お待ちしておりましたか・・・・・・」

 本堂はニヤリとしてしまった。
 こちらの動向を見張られていた。近くで探られていたのだ。それでいい。竜善組の不穏な動きが危険視されているということだ。
 リビングに通された本堂は玄場会長と対面し、その威圧感に圧倒されながらも堂々と見据えた。竜善組長より若干歳上の翁は仙人のような佇まいで本堂ら三人を出迎える。

「久しぶりになるね、先生。あとの二人は初めましてだ」

 谷渕がわかりやすく表情を和らげる。倒れる寸前まで緊張で張り詰めていたのが伝わる。
 本堂は上体を屈めて頭を下げ、丹野に真似をするよう促した。

「ああー、今はそういったのはいい。急を要するんだろう?」
「やはり全てご存じでいらっしゃるんですね」
「もちろんだ。竜善組には助けられているもんで放っておいたが、しかし少しばかりやり過ぎだな。どうしたもんかと考えている。画期的な案があれば聞こう」

 玄場会長が試すような視線を向けてくる。本堂は唾を呑み込み、一つの提案をした。
 ・・・そしてその結果を握り締め、伊津のもとに駆けつけたのである。
 清景の差し金は清琳会の尽力もあって、すでに炙り出されていた。
 彼らは竜善組を束ねる親玉組織に目をつけられたとわかると恐れ慄き、ありていのままに全ての命令内容を吐いたのだった。
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