1 / 69
◇序章◇
§・改プロローグ・§【1】
しおりを挟む
夢を見ていた。優しく笑いかけてくる男の顔と、肌を撫でる抒情的な指使いが瞼の裏で交差する。
「ねえ、ねえ、ギル」
夢の中で子どもの自分が喋る。木立を見上げて、ジャレッドは男の軍服の袖を引いた。自分は王子で、男の名前はギル。ギルは専属の護衛騎士だ。「何でしょう?」とギルが子どもの目線に合わせて片膝をつくと、ジャレッドは口を開いた。
「お星様が取りたい」
とたん、ギルは眉尻を下げた顔で固まる。
「それはさすがに無理です」
「無理じゃないの! ギルが肩車してくれたら何でも取れるんだもん!」
ジャレッドは足を交互に踏み鳴らし、地団駄を踏んだ。その顔が見たいときもあるけれど、今は困らせたいわけじゃない。ドンドンドンと地面を鳴らし、「のーせーてー」と我儘を言う。
「仕方がないですね」
ギルはしぶしぶとこちらに手を伸ばし、ジャレッドの脇腹を抱き上げた。
「———はうっ」
ヒクンとジャレッドの喉が鳴った。めまぐるしく場面が変わり、脇から腹にかけて指先が身体を伝っている。濡れた唇が胸の蕾に到達し、尖りをキュッと吸い上げられた。
「・・・・・・んああ」
極上の果実を口にしているかのように、乳首をねぶられ、貪られる。
「んううう・・・・・・」
ジャレッドはたまらず口の端から涎を溢した。「ぽとと———」と垂れた雫を・・・・・・指でぬぐい、啜り上げると、ほろ苦さと甘みが口の中に広がり、小首を傾げる。
「・・・・・・確か、皮をすって焼き菓子に入れると美味いと聞きました」
———あ、また変わる。ギルが、何か言っている。
「ほんと? じゃあたくさん摘んで料理長のところに持っていこうよ!」
ジャレッドの口は勝手に動く。
「いい考えですね、もいだ実は私が持ちましょう」
言葉のあとに、下からギルの手が伸びてきた。
大きな手だ。ギルの手ならジャレッドの倍の倍は持てそうだ。
けど、持てるって何を? そのときジャレッドは手に掴んでいた黄色い柑橘の実に気が付いた。
これは、ボタンの実。
中に入っている大きなタネが、庶民の間ではボタンのかわりになるんだって。ギルがそう言っていた。夢の中の幼いジャレッドは、絹の襟付きブラウスの銀のくるみボタンを指でつつく。
「ジャレッド様? お星さまをはやく」
ギルは急かしてくるが、「お星さま」とは何だっけ? そう思い、手のひらで包んでいた丸い実に目を落とす。
これのことだ。このときの自分は、手のひらの中にある黄色い柑橘の実に夢中だったのだ。
ジャレッドは手に持っていたそれをギルに手渡し、またひとつの実に右手を伸ばす。
すると———視線の先に触れたのはギルの首筋だ。逞しい筋肉を撫であげ、首の後ろに腕を回す。
身体を引き寄せて、ねだるように腰を揺らし、ジャレッドは吐息を漏らした。すかさず大きな手のひらに頭の後ろを絡めとられると、唇は塞がれ、舌がジャレッドの口腔内を甘く浸食する。
今日の夢はどっちに転ぶだろう。心地よさの中でぼんやりとジャレッドは考えた。
波に揺られているような感覚に包まれながら、耳元で、下で、ギルが囁く。
『ジャレッド様だったら、いつか本当にお空の星も取れるかもしれないですね———』
徐々に遠く、視界がかすれてゆく。砂嵐に覆われた暗闇の中で、二つのギルの声がかぶって聴こえる。
「・・・・・・ギル、ギル、まって。俺はギルがいないと」
口を開いた瞬間、ぱちんと指が弾かれ、ジャレッドは「ハッ」と目を覚ました。
また続きを見損ねた。
いいところだったのにと、気だるく溜息をつき、左手で前髪を掻き回す。そして身体を起こすと、シクシクとした痛みが癒えない右の二の腕をさする。
眠っていたのは、狭い箱部屋の一室だ。
道端で拾ってきた安物マットレスの上は最悪の寝心地、ゴツゴツした骨組みのせいで背中が痛む。これならば床で寝た方が断然マシだった。
「痛むのか?」
振り返るとドアが開き、青年が一人部屋に入ってくる。
「いや・・・・・・すこし、でももうクセみたいなもんだから」
「そうか、そろそろだけど行けるか?」
青年はコートを羽織り、壁に立てかけられていた剣をジャレッドに向かって投げてよこした。
ジャレッドはそれを受け取り、窓の外を見やる。
今度こそ、この景色も見納めになるだろうか。時刻はまだ明け方前。どんなに目を凝らしても、薄暗い地平線に陽の光は見えそうもなかった。
「ジャレッド?」
「・・・・・・ああ、今行くよ」
ジャレッドは立ち上がると、黒いマントのフードを目深く被った・・・・・・。
「ねえ、ねえ、ギル」
夢の中で子どもの自分が喋る。木立を見上げて、ジャレッドは男の軍服の袖を引いた。自分は王子で、男の名前はギル。ギルは専属の護衛騎士だ。「何でしょう?」とギルが子どもの目線に合わせて片膝をつくと、ジャレッドは口を開いた。
「お星様が取りたい」
とたん、ギルは眉尻を下げた顔で固まる。
「それはさすがに無理です」
「無理じゃないの! ギルが肩車してくれたら何でも取れるんだもん!」
ジャレッドは足を交互に踏み鳴らし、地団駄を踏んだ。その顔が見たいときもあるけれど、今は困らせたいわけじゃない。ドンドンドンと地面を鳴らし、「のーせーてー」と我儘を言う。
「仕方がないですね」
ギルはしぶしぶとこちらに手を伸ばし、ジャレッドの脇腹を抱き上げた。
「———はうっ」
ヒクンとジャレッドの喉が鳴った。めまぐるしく場面が変わり、脇から腹にかけて指先が身体を伝っている。濡れた唇が胸の蕾に到達し、尖りをキュッと吸い上げられた。
「・・・・・・んああ」
極上の果実を口にしているかのように、乳首をねぶられ、貪られる。
「んううう・・・・・・」
ジャレッドはたまらず口の端から涎を溢した。「ぽとと———」と垂れた雫を・・・・・・指でぬぐい、啜り上げると、ほろ苦さと甘みが口の中に広がり、小首を傾げる。
「・・・・・・確か、皮をすって焼き菓子に入れると美味いと聞きました」
———あ、また変わる。ギルが、何か言っている。
「ほんと? じゃあたくさん摘んで料理長のところに持っていこうよ!」
ジャレッドの口は勝手に動く。
「いい考えですね、もいだ実は私が持ちましょう」
言葉のあとに、下からギルの手が伸びてきた。
大きな手だ。ギルの手ならジャレッドの倍の倍は持てそうだ。
けど、持てるって何を? そのときジャレッドは手に掴んでいた黄色い柑橘の実に気が付いた。
これは、ボタンの実。
中に入っている大きなタネが、庶民の間ではボタンのかわりになるんだって。ギルがそう言っていた。夢の中の幼いジャレッドは、絹の襟付きブラウスの銀のくるみボタンを指でつつく。
「ジャレッド様? お星さまをはやく」
ギルは急かしてくるが、「お星さま」とは何だっけ? そう思い、手のひらで包んでいた丸い実に目を落とす。
これのことだ。このときの自分は、手のひらの中にある黄色い柑橘の実に夢中だったのだ。
ジャレッドは手に持っていたそれをギルに手渡し、またひとつの実に右手を伸ばす。
すると———視線の先に触れたのはギルの首筋だ。逞しい筋肉を撫であげ、首の後ろに腕を回す。
身体を引き寄せて、ねだるように腰を揺らし、ジャレッドは吐息を漏らした。すかさず大きな手のひらに頭の後ろを絡めとられると、唇は塞がれ、舌がジャレッドの口腔内を甘く浸食する。
今日の夢はどっちに転ぶだろう。心地よさの中でぼんやりとジャレッドは考えた。
波に揺られているような感覚に包まれながら、耳元で、下で、ギルが囁く。
『ジャレッド様だったら、いつか本当にお空の星も取れるかもしれないですね———』
徐々に遠く、視界がかすれてゆく。砂嵐に覆われた暗闇の中で、二つのギルの声がかぶって聴こえる。
「・・・・・・ギル、ギル、まって。俺はギルがいないと」
口を開いた瞬間、ぱちんと指が弾かれ、ジャレッドは「ハッ」と目を覚ました。
また続きを見損ねた。
いいところだったのにと、気だるく溜息をつき、左手で前髪を掻き回す。そして身体を起こすと、シクシクとした痛みが癒えない右の二の腕をさする。
眠っていたのは、狭い箱部屋の一室だ。
道端で拾ってきた安物マットレスの上は最悪の寝心地、ゴツゴツした骨組みのせいで背中が痛む。これならば床で寝た方が断然マシだった。
「痛むのか?」
振り返るとドアが開き、青年が一人部屋に入ってくる。
「いや・・・・・・すこし、でももうクセみたいなもんだから」
「そうか、そろそろだけど行けるか?」
青年はコートを羽織り、壁に立てかけられていた剣をジャレッドに向かって投げてよこした。
ジャレッドはそれを受け取り、窓の外を見やる。
今度こそ、この景色も見納めになるだろうか。時刻はまだ明け方前。どんなに目を凝らしても、薄暗い地平線に陽の光は見えそうもなかった。
「ジャレッド?」
「・・・・・・ああ、今行くよ」
ジャレッドは立ち上がると、黒いマントのフードを目深く被った・・・・・・。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
28
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる