ラブドール

倉藤

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ロイシア国の公爵《プリンス》のこと

63 引き金を

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 頭が冴えてしまって眠れない。
 窓の外ではとっくに空が白んでおり明け方を知らせている。
 譲が天井を見つめていると、コンコンと窓が叩かれた。
 まさかと焦って外を覗いたが、そこにいたのは番犬のうちの一匹だ。
 窓を叩いた人物が他にいる。譲は周囲に警戒をした。
 けれど逃げ足が素早い。目視では探すのに限界がある。
 仕方なく、窓の外でお利口に座っている番犬に視線を落とした。

「お前は、どうしたんだ」

 よく見ると番犬が紙袋を咥えている。
 見覚えがある菓子店の袋。
 譲はイザークからの贈り物であると確信した。
 彼もいい粘着質っぷりだ。
 ロマンに次はないと通告をされたのに、恐れ知らずにも程があるだろう。
 万が一にも大切な譲が奪われるとなれば、ヴィクトルは手段を選ばない。せっかくの特権階級を棒に振るようなものなのに、元隊長はめちゃくちゃ危険で洒落た真似をしてくれる。

「ありがとう。さ、見つかる前に早く戻りな」

 譲は紙袋を受け取り、番犬に礼を言う。
 もしかしたらこの贈り物は忍び込んでいるというイザークの間者が手配してくれたのかもしれない。
 譲は生唾を飲み込んでベッドの上で紙袋の中身を見た。

「・・・・・・隊長は本気なんだ」

 紙袋の中にあったのは拳銃だった。それとメッセージが入っている。

『護身用に使ってくれ。追伸~銃声が救出の合図になる。必要に迫った時には二度続けて打て』

 これは追伸の方が本題だとみて間違いない。

「譲様? 起きていらっしゃいますか?」

 ロマンの声だ。譲は拳銃を袋に押し込んで枕の下に隠した。

「入りますね」

 声と同時にドアが開けられる。

「おはようございます。入浴の準備を整えたのですがいかがされますか。先に朝食になさいますか?」
「公爵は?」
「まだ休まれています。こちらのお部屋から物音がしましたので譲様は起きていらっしゃるかと思いまして」
「ぁ、そう・・・だね。起きてた」

 はっきりしない返事をしたので、寝ぼけていると思われたようだ。

「どちらも不要でしたら下がらせて頂きますが」

 ロマンが問いかけてくる。

「どうするかな・・・着替えを」

 一瞬、譲の触れたシャツにロマンの視線が移った。
 目を逸らされたその瞬間だった、譲はシャツを羽織っただけの格好で拳銃を構えていた。
 そうしてしまってから正気に戻る。

「譲様・・・?!」

 手と頭が生き別れてしまったみたいだ。
 逡巡する間もなく二発、引き金を引いた。ロマンの頬を掠めて、壁に銃弾が打ち込まれる。

「ごめん、ごめんなさい」
「譲様、落ち着いて下さい。銃をこちらに」
「来るな! 駄目なんだよ・・・もう・・・駄目だった」

 譲は震える手でロマンに銃口を向けた。

「エルマー様の仕業ですね。譲様は彼を選ぶのですか」

 ロマンは冷静だった。拳銃を所持していようが、ベッドに拘束された譲は相手にならないと思っているのかもしれない。
 ならばと譲は拳銃で鎖を撃った。
 
「来るなと言ったぞ」

 ばちんっばちんっと、鉄の鎖が弾けるたびに神経が荒ぶる。おっかなびっくりだった指先に、一発ごとに力が込められ確かに引き金を引いていた。
 鎖を完全に断裂させた後、ロマンに銃口を向けたのは今度こそ譲の意思だった。

「譲様、お願いします」

 ロマンが両手を上げて後ろに下がる。

「話をしましょう」
「散々何も教えてくれなかったくせに調子がいいな」
「・・・そうでしたね。でもこれだけは言わせて下さい。僕は昨日ヴィクトル様が何も持たない人間であると生意気にも口にしましたが、今は譲様がいらっしゃる。今は譲様がヴィクトル様の全てなのです。だからどうか」
「うるさいっ」

 譲は叫んだ。

「頼むよ、もう何も言わないでくれ」

 これ以上ロマンに暴言を吐きたくない。身体がバラバラになりそうだ。
 途端、窓の外で犬が騒ぎ始めた。

「手が離せない時に何事だ」

 ロマンが眉を顰める。

「来た」
「えっ」
「来たんだ」

 二度の銃声は救出の合図。
 譲は迷わずに窓を開けて顔を出す。
 庭では頭から黒頭巾を被った五名の男達が番犬と格闘していた。

「こっちだ譲」

 顔の見えない一人が譲に手を伸ばす。
 誰だか知らないが、イザークから譲のことを聞いているのだろう。
 譲は近づいてこようとするロマンに銃口を向けたまま、助けの手を借りて窓を飛び越えた。

「譲様!!」

 ロマンが駆け寄ってくる。

「ちっ、さっさとずらかるぞ」
「うわああ」

 譲は地面に着地してすぐに男に肩に担がれた。
 助けてくれたこの男も職業軍人なのだろうか、筋肉質で身体がデカい。
 最後に、譲の視界にロマンの後ろに駆けつけたヴィクトルの透き通った金髪が映り込んだ・・・ような気がした。
 
(ごめんなさい。さよなら公爵)

 譲は見ないふりをして目をギュッと閉じて、番犬をいなしながら退散していく男達に身を預けた。
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