ラブドール

倉藤

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来たる日の再会

90 友への疑惑

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 連れられて行った女性を慮るが、そちらを心配している暇はない。
 セレモニーの準備が整い、開始のファンファーレが鳴らされた。
 譲とナガトの二人は一兵卒の乗組員扱いなので、席の用意はされていない。されていたとしても、のんびり座って話を聞いていることもできないのでむしろ好都合だ。
 会場の最後方をくぐりのけ、ステージ脇の席で待機しているヴィクトルを早く見つけねばならない。
 それも目立たぬよう。隠れる場所も確保しなければ。
 気がはやり、焦る。先程からずっと、落ち着こうと意識しているが、思うように集中できない。こんな時でも傭兵のナガトなら、上手く気を鎮めるすべを心得ているのだろうか。
 何か重大なミスを犯してしまいそうで及び腰になる。
 急がなければと思うのに、余計に時間がかかった。

「譲、譲! あっちだ。いい場所がある」

 ナガトが指差した方向を見て、譲は訝しんだ。そちらには高い絶壁の崖しかない。

「何故? 遠く離れてしまう」
「この崖の上なら、声は上手く聞き取れないだろうが会場全体を見下ろせる」

 崖はステージの真正面に位置する。セレモニー会場を海風から守る壁になっており、下を覗けば全体を監視できる。
 吹き抜けのステージも主賓席もしっかり視界に映った。

「でも今から登るのか」

 そうなると一時的にこの場を離れなくてはならない。その間に何か起きないとも限らない。心配だ。

「それに上から見ているだけじゃ駆けつけられない」
「駆けつける必要はない。登る時は交互に行こう。俺が先に登るから俺が顔を出したら譲も来い」
「どういうことだ?」
「俺の専門はこれさ」

 ナガトがかついでいるバッグを下ろし、隙間からライフル小銃を見せた。

「スナイパーだったのか」
「そーゆうこと、隠れて敵を狙い撃つなら俺に任せな。んじゃ先登るから」

 すたすたと行ってしまった大きな背中を見送りながら、譲は首を傾げた。譲のターゲットを仄めかしはしたが、直接口では伝えていないのに、あの自信満々な態度は何処から来るのだろうか。譲が仄めかす前から完全に知っていたような雰囲気さえ漂う。
 知っていたことは今さら別に良いのだが、引っかかり出すと、胸にわだかまりが溜まる。
 譲の客室に忍び込んでいたナガト。しかし乗船中も、イェスプーンの宿舎にも、ヴィクトルの名前を記したようなものは置いていないし持ち歩いてもない。
 ヴィクトルと譲の関係を知った上でたどり着いた結論にしても、推測の域を出ないだろうに。
 やはり色仕掛けという言い訳は厳しかったか。あれで確信を持ったのだろう。

「あっ、マズイ」

 サッと譲は青ざめる。すんなりと行かせてしまったけれど、ヴィクトルにとってナガトが今一番の危険人物じゃないか。

「マズイ・・・マズイっっ!」

 譲はがむしゃらにナガトを追いかける。
 何もかも考えるのは後だ。ナガトが崖の上に辿り着く前に追いついて、認識を改めさせないと。彼が考えている譲のターゲットを別の人物にすり替えないと、ヴィクトルが撃たれてしまう。

「ナガトっ、俺のターゲットをお前がどうして」

 知られても構わないと思っていたことは撤回する。
 人のターゲットに手を出すなんて。そうなるなら話は別だ。不慣れなバディを手伝ってやろうくらいの気持ちだとしても大迷惑この上ない。

(くそっ、ナガトは何処だ)

 身体能力の差が浮き彫りにされる。
 譲はやっと義足で走れるようになったばかり。岩場の崖を登るには遠回りするしかない。だが戦場に慣れたナガトは断崖絶壁をよじ登って行ったかもしれなかった。
 大幅にショートカットどころじゃない。
 既に地に伏せてライフルを構えているナガトの姿が脳裏に浮かんだ。

「そうか。なら」

 譲は立ち止まり、登ってきた方向に駆け戻った。
 ヴィクトルを射程の外に出す方が早い。
 最中でステージ上に動きが見られた。混沌とした空気、例の司会役に悪事を暴露させる計画が始まったようだ。
 お行儀良く出席していた賓客の顔つきがみるみるうちに変わって行く。主催者側の双方の政府は目も当てられない程に顔を硬直させ動揺している。
 このまま騒動が加熱して乱闘騒ぎになってくれたら、その隙にヴィクトルを会場から引き離せる。

「アゴール公爵閣下!」

 譲が客席に戻ると、ヴィクトルは何事かという怯えた顔をしたキリルを庇うように立ち、難しい顔をしてステージを見据えていた。譲の呼びかけにちらりと視線を寄越し、笑みを見せる。
 ステージ上では叫び続ける男をべコックの要人らが押さえつけていた。
 思っていたより混乱が起きていないのは、話された内容が集められた人間には周知の事実だったから。
 顔色を変えているのは記者と、雇われの掃除夫。
 まるで見えない糸が引かれているように、譲の間には明確に区別されて見えた。
 まさに寝耳に水という表情をしている無関係の民以外に革命軍の鉄槌が振り下ろされる。
 ヴィクトルは線の向こう側にいる。
 譲はそちらに行こうと脚を踏み出したが、その時ヴィクトルが声を張り上げる。
 低く落ち着いた声で、聞いて欲しいと、会場の客人に語りかけた。
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