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長靴を履いた猫たち
ダルタニャン物語 前編
しおりを挟むプロローグ
一匹の猫が居た。名をダルタニャンと言う。なお、この世界の猫は直立し、服を着て言葉も喋る。馬にも乗れば詩も興じる。風流な猫なのである。
さて、当のダルタニャンは、黄色い小馬に乗っていた。猫が喋れる世界だから、馬が喋っても良さそうだが、ヒヒーンといな鳴くだけだった。十七世紀のフランス、ダルタニャンはパリを目指していた。
旅の途中、マンと言う宿場町に着いた。マンよりニャンの方が猫だけにしっくり来るが、マンなのだから仕方がない。マンの町で宿を取る。宿屋の外にはテーブルが置いてあり、数匹の騎士が酒宴を開いていた。美味そうな匂いがする。
さて、ダルタニャンが馬の手綱を杭に繋げて駐車ならぬ駐馬をしていると、騎士の会話が聞こえて来た。
「まったく、珍しい馬が居たもんだ。あの色は果物には有るが、馬の色じゃないね。ピレネー山脈の方には変わった動物が多いのだな。猫も醜いチャトラだしな」
冷酷な青い目をしたシャム猫が言う。ダルタニャンが生まれたピレネー地方はチャトラ猫の産地で、チャトラである事に誇りと自信を持っている。つまり、聞き捨てならない台詞だった。
「ニャンか言ったか!」
シャム猫は、仲間からダルタニャンに視線を移す。ゴミでも見る様な目だった。
「何を言おうが当方の勝手にして貰いたい。田舎者は引っ込んでおれ」
シャム猫は、上から目線で言う。そして話は終わりとばかりに無視した。
こうなっては黙って居られぬ。ダルタニャンは興奮してシャーッと威嚇する。これは、紳士が決闘を挑むに相応しく無い態度だが、興奮したチャトラは手がつけられない。
「小僧、俺に刃向かうか?」
「おうよ、ニャンコ魂に着火したぜ」
シャム猫はダルタニャンの挑発に乗り、重い腰を上げた。
町の広場は騒ぎになる。二匹の騎士を野次馬が取り囲み、簡易コロシアムを作った。
ダルタニャンはサーベルを抜く。細身でしなる長剣は、軽くて片手で扱える。
シャム猫は、フード付きマントを従者に預けると、剣を抜いた。
「おい小僧、死ぬ前に名乗っておけ。変な名前なら覚えるかも知れん」
「ダルタニャンだ!」
「なんだ、平凡な名前だな。俺はロシュホール伯爵だ」
「なんだ、ケーキみたいな名前だな」
「ほほぉ、ピレネーにもケーキがあるのか。芋しかないかと思ったぞ」
「ニャニィ!」
ダルタニャンは、髭が針みたいに立ち、瞳孔が開く。鋭い牙を見せ、威嚇した。
「おい、田舎者」
「ダルタニャンだ!」
「おい、田舎者ダルタニャン、決闘の作法も知らんのか? まずはお辞儀だろう」
ロシュホールはつば広帽子を手に取り、優雅にお辞儀した。
そう、紳士たる者は礼儀が大事になる。ダルタニャンもつば広帽子を取り、深々と頭を下げる。
さて、礼儀を済ませれば遠慮は要らない。野蛮な戦いの始まりだった。剣先を合わせ、激しい攻防が始まる。剣はしなやかに曲がり、手を包む形状の鍔を引っ掻いて逸れた。軽やかに舞う様に戦う。ダルタニャンがロシュホールと攻守を変えて剣技を競っていると、目の前に黒い物が飛び込んで来た。思わずビックリした所で、肩を突かれてしまう。ダルタニャンは、堪らず倒れてしまう。
「どうだ、尻尾の目潰しは?」
ロシュホールは、ニヤニヤしながら見下ろしていた。しなやかな黒い尻尾がバカにする様に踊っている。
「くそ! 尻尾癖の悪い卑怯者」
ダルタニャンの負け惜しみを気にせず、ロシュホールは背を向けて立ち去る。尻尾がバイバイしている。
ダルタニャンは、倒れたまま悔しがっていた。だが、持ち前の負けん気で立ち上がると、ロシュホールを追った。
ロシュホールは、数匹の仲間と一緒に馬車の前に居た。馬車は二頭立てで、御者が睨んでいる。ダルタニャンを不審者だと思ったのだろう。ピストルを構えた。近づく者を殺そうと判断する所から、御者は只者ではないし、馬車の中の人物も要人なのだろう。
一方のダルタニャンは、狙撃されては堪らない。四つ足で加速すると、建物の壁面を走る。ピストルが鳴り、鉛玉が窓を打ち破る。ダルタニャンは、クルリと回転しながら着地した。
「ロシュホール、決着はまだだぞ!」
威勢のいい事を言うが、目眩がしていた。負傷したままで飛び回ればそうなる。
ロシュホールと御者は苦笑した。どちらも同じシャム猫だった。
「おい、田舎者ダルタニャン、そんなに死にたいか?」
御者は次弾を装填し、ロシュホールはサーベルの柄に手を掛ける。
「あらあら、殿方は暴れるのがお好きな事。でも、任務があるのを忘れちゃいませんか?」
馬車の窓から顔を出したのは、見目麗しい雌だった。種族はスコティッシュフォールドで、高貴な眼差しは女王様を思わせる。トパーズ色の目がダルタニャンを品定めする。
「そうだった、ミレディの言う通りだ。小僧の相手などしている場合じゃない。お前たち、バカなチャトラの相手をしてやれ」
ロシュホールの手下がダルタニャンを取り囲む。その間に、馬車はロシュホールを乗せて行ってしまった。
ダルタニャンは後を追おうとするが、雄猫たちに棒や椅子で叩かれ、気絶してしまう。財布やサーベルも盗られてしまった。
トレヴィル殿と三銃士
数十日後、ダルタニャンはパリに来ていた。マンでロシュホールから酷い仕打ちを受けた時に無一文になったが、親切なマダムに助けられ、手当と住居を提供された。幸いな事に、マダムはチャトラだった。同郷の絆は頼りになる。サーベルと小銭も提供される。
さて、同郷のマダムに助けられたダルタニャンだったが、パリで当てにするのも同郷のコネだった。ピレネー地方ガスコーニュ出身の有名人がパリには居た。その名はトレヴィル公爵で、国王ルイ十三世の親衛隊を率いている。その名も銃士隊。王直属の精鋭部隊だった。
王宮に近い邸宅が銃士隊の屯所で、黒い隊服を着た銃士たちが大勢いた。そこへ黄色い小馬で乗り込んだダルタニャンは、どうにも萎縮してしまう。それでも何とか取り継ぎを頼み、トレヴィルに面会できる運びとなった。
トレヴィルは、出務室の机で書類の山に目を通していた。ダルタニャンとは同じチャトラだが、額の所がダイヤの模様になっている。ダルタニャンはハートの模様だった。
「同郷だそうだね。シャルルの息子とか?」
トレヴィルがダルタニャンに質問する。
「はい、父を覚えておりますか?」
「ああ、ガスコン青年隊として一緒に従軍した仲さ。君とは面識がないがね」
トレヴィルは昔馴染みの名前だけで相手を信用するようなお人好しではなかった。陰謀渦巻く宮廷の中で銃士隊長まで上り詰める雄だから、用心深くもある。
「実は、父からの紹介状を盗られてしまったのです」
ダルタニャンがマンの宿場町での出来事を話そうとすると、トレヴィルが遮った。
「すまないが後にしてくれ、ちょっと用があってな」
「退席しましょうか?」
「いや、ここに居ていい」
トレヴィルは取り次ぎ役に命令した。
「アトス、ポルトス、アラミスを呼んでくれ」
取り次ぎ役が出て行って暫くすると、三匹の銃士が入ってくる。それぞれ、精悍で豹の様なベンガル種、大柄なメイン・クーン種、スタイルの良いロシアンブルー種が揃う。
三匹の銃士が揃うと、トレヴィルは開口一番で怒鳴った。
「諸君は、わしが陛下にどんな言葉を賜ったか知っているか? いや、知らんだろう。その場に諸君らは居なかったからな。この言葉を聞いて惨めな思いをしたのはわしだけだったわけだ。幸せな連中だな。近衞銃士隊は人気がある訳だ」
三匹は、小さく震えていた。それは怒りの為か、恐怖の為か、恥辱の為か、ダルタニャンには判断できなかった。ただ、尻尾が完全に停止していたので、緊張している事は解っていた。
トレヴィルの話が続く。
「国王陛下が何と言ったか知りたいか?」
「いいえ」
アトスが間髪入れずに答えた。
「いや、言わせて貰うぞ。陛下は、『銃士隊では安心して身を任せられないから、これからは枢機卿の護衛士に守って貰う事にする』と仰ったのだ。わしは顔から火が出るほど恥ずかしかったぞ。その原因を聞けば、銃士が酒場で騒いでいる所を、枢機卿の護衛士に取り押さえられたそうじゃないか。そして、三匹の銃士が逃走したと言う。調べたらお前たちだと判明したぞ。卑怯者どもめ」
トレヴィルの叱責に反論したのは、アトスだった。豹の様な野性味溢れる眼差しを、銃士隊長に向ける。
「お言葉を返すようですが、その報告はいささか間違っています。確かに酒場で護衛士に襲撃されましたが、店に迷惑をかけていたからではありません。護衛士は何の予告もなしに我々を不意打ちしたのです。私が早々に肩を負傷したので、ポルトスとアラミスも後退せざるを得ない状況でした。私の一本しか無い尻尾に誓って、これが真実です」
トレヴィルは、アトスの言葉に嘘が無いと判断した。誠実な性格なのは、これまでの付き合いで知っている。
「ふむ、どうやら枢機卿は国王に不正確な報告をしたようだ。だが、悔しい事に陛下は嘘を信じている。名誉回復の機会を待つしかないな」
トレヴィルがこう言った時、アトスが膝を付いた。胴衣の色が濃くなる。ちょうど肩の部分だった。
「これはいかん。傷が開いたか?」
トレヴィルの声に反応して、ポルトスとアラミスが両側から支える。
「アトス、大丈夫か」
アトスは、友の呼びかけに応えなかった。
「医者だ。医者を呼べ!」
トレヴィルが叫んだ。ダルタニャンは、縦長の瞳孔が丸くなる。その時、アラミスと目が合ったが、明らかに睨んでいた。おそらく、非常にプライドが高いので、若くて身分も低そうなダルタニャンの前で叱責された事を怒っているのだろう。
三銃士が退場すると、今度はトレヴィルとダルタニャンだけになる。やっとマンでの出来事を話す機会を得た。
話を聞いたトレヴィルは、暫く考えていた。
「ロシュホールにミレディか……」
「ご存知なんですか?」
ダルタニャンの問いに、トレヴィルは曖昧に答えた。
「どちらもリシュリュー枢機卿の腹心の部下だよ。関わらない方がいい」
ダルタニャンも、リシュリュー枢機卿の権勢は知っている。フランス国王以上の力を持つ実力者だった。
「いや、絶対に許しません」
「おいおい、君は枢機卿と喧嘩をする気か?」
「とんでもない。でもロシュホールは許しません」
「ロシュホールに挑むのは、枢機卿に挑むのと同じ事だよ」
「へぇ? 違う人物じゃないですか」
トレヴィルは、ダルタニャンの間抜けな応えに耳を疑った。真顔なので揶揄っている訳では無いと判断する。変わった子だと思いつつ、憎めない気がした。
「まぁいい、パリは広いし猫も多いから、巡り会う事もなかろう。ところで君の処遇だが、すぐに銃士隊に入れる訳ではない。暫くは下位の部隊に所属して実績を上げてからだな。従兄弟のトレビアンが護衛士を持っている。そこへの紹介状を書いてあげよう。近頃は威勢の良いチャトラが入って来ないと嘆いていたから、喜ぶだろう」
トレヴィルが紹介状を書く間、ダルタニャンは窓の外を見ていた。石畳を馬の蹄が叩く音が規則正しく響く。様々な猫が行き交う。その中で、背の高いシャム猫が通った。ダルタニャンは、様子からロシュホールだと判断した。
「おい、にゃんコロ! いや、コロニャン、待て尻尾野郎の卑怯者、逃げるな。猫魂に着火ニャン!」
ダルタニャンは、慌ててトレヴィルの執務室から飛び出した。後に残ったトレヴィルは、まん丸お目目になった。
三銃士
執務室から飛び出したダルタニャンは、三段飛ばしに階段を駆け降りる。大慌ての猫まっしぐらなので、前方不注意だった。当然の結果として、誰かに衝突する。
「痛タタ、気を付けたまえ」
精悍なベンガルの顔が苦痛に歪む。相手はアトスだった。
ダルタニャンは、驚くやら申し訳ないやらで冷や汗をかく。よりによって負傷している肩に体当たりした。
「ごめんなさい。ただ、今は急いでいるのでご無礼をお許しください」
ダルタニャンはそのまま階段を降りようとした。
アトスは掴んでいた服の裾を離すと、捨て台詞を残す。
「礼儀知らずの野良猫め」
ダルタニャンは立ち止まる。耳がピクピク動いた。
「なんかムカつく台詞だな」
ダルタニャンは、振り返ってアトスに詰め寄る。
「すまんな、野良猫を侮辱してしまった。お前ほど礼儀知らずは居ないだろうからな」
「ニャニャッ、チャトラ種を侮辱するか?」
「チャトラを侮辱するつもりはない。マンチカンもスコティッシュもペルシャも礼儀正しい者も居れば、無礼な者も居る。お前を侮辱しているのさ」
アトスは、威圧的な野性の目でダルタニャンを見た。大抵はこれで平謝りの展開になるが、ダルタニャンは怯まなかった。
「ニャー、こんなに急いでいなければ、追う相手さえ居なければ、サーベルで勇気の程を見せるのに。お前なんか敷物にして便所の出入り口に置いてやる」
アトスは、ダルタニャンがムキになって言うから笑ってしまう。
「お急ぎの小僧、後で待ち合わせするか?」
ダルタニャンは、これが決闘の誘いだと察知した。
「どこで?」
「カルムデ修道院の裏に正午」
「いいだろう」
ダルタニャンは短く答えると駆け出した。
ダルタニャンは、再び走り出した。ロシュホールは歩きだから、バカみたいに走れば追いつく筈だった。出口では、二三匹の銃士が談笑している。その内の一匹は、メイン・クーン種のポルトスだった。大型で有名なメイン・クーン種だが、ポルトスは特に大きかった。
「通りますよ」
ダルタニャンが駆け抜けようとした時、一陣の風が吹き、ポルトスのマントを膨らませた。ダルタニャンは、まるで蜘蛛の巣に飛び込む虫の様にマントに取り込まれ、ポルトスの背中でもがいていた。
「小僧、隠れんぼしているつもりか?」
ポルトスが動くので、余計にダルタニャンの脱出の邪魔をしている。やっとマントから出られると、ポルトスは怒っていた。髭がビシビシ立っている。
ダルタニャンには、ポルトスの怒る理由が解っていた。もちろん、見知らぬ相手に無作法をされたら怒るのは当然だが、それだけじゃない。実は、ポルトスは立派な金飾りの剣帯をしていたが、背中の方はただの革だった。マントで隠しているのは見栄だろう。そう考えると可笑しくもある。
「おい、何処に目を付けている」
ポルトスに怒鳴られ、ダルタニャンは笑い出す。ツボにはまっていた。
「シャー!」
ポルトスが威嚇した。メイン・クーン種は長毛で、ジェントルジャイアント(穏やかな巨人)と呼ばれるくらいおっとりしているのだが、怒らせると怖い。ダルタニャンは真顔になった。
「失礼しました。申し訳ありません。目は良い方なのですが、見なくちゃいけない物が見えずに見ちゃいけない物を見たようです」
ダルタニャンが揶揄うと、他の銃士たちが察して苦笑する。ポルトスの怒りは炎上した。
「小僧、決闘だ!」
ダルタニャンは、ポルトスの宣言に応じた。もう、一匹が二匹になっても同じ事だと自棄だった。場所も、既に先約が有る所で済ませる。
「カルムデ修道院の裏、午後一時」
言い捨てて走り去った。
さて、ダルタニャンは後悔していた。まだパリに来て午前中だと言うのに二件の決闘を抱えている。しかも、相手は国内の精鋭を集めた銃士隊で、勝ち目は薄かった。そんな危険を冒してまで追いかけたロシュホールは、見失っていた。セーヌ川まで出て、川の流れを眺める。ますます気が滅入っていた。
そんな時、ふと気がつくと近くに銃士がいた。数匹で談笑している。その内の一匹は、アラミスだった。アラミスはロシアンブルー種で、ご存知のように広角が上がるロシアンスマイルを絶やさない。トレヴィルの執務室では睨まれた気がしていたが、今はとても優しそうに見える。ダルタニャンは、よせばいいのに彼らに近づいた。
「こんにちは」
会話が途切れ、ダルタニャンに注目が集まる。返しとしては会釈程度だった。
これは、非常に気不味い。ダルタニャンは、何とかその場を取り繕う必要を感じた。すると、アラミスの足元にハンカチが落ちている事に気付く。拾い上げ、持ち主に差し出した。
「無くしたらお困りでしょう。とても素敵なハンカチですよ」
アラミスの仲間は、ハンカチの刺繍を目ざとく見つけて指摘した。
「アラミス、お前はやっぱりあの貴婦人と会っているんだな。ハンカチのイニシャルがあの方と一緒じゃないか」
アラミスの表情が強張る。同時に、ダルタニャンも自分の失敗に気づいて、尻尾をメトロノームみたいに揺らした。
「いや、このハンカチは僕のじゃないよ」
アラミスが惚ける。
「だが、その若者がお前のだと渡したんだぞ?」
「何故、彼が僕にハンカチを渡したかは解らないなぁ」
アラミスがダルタニャンに回答権を渡す。ここは汚名返上のチャンスだった。
「実は、実際にはハンカチが落ちた所を見た訳じゃないんです。誰が落とした物かは解りません」
アラミスは、得意気に言う。
「そらみたまえ、これは君のかも知れん」
アラミスは正面の銃士に言う。
「違う。俺のじゃない」
「じゃあ、君のかい?」
右隣の銃士に聞く。
「元々、ハンカチなんぞ持ち歩かない」
二匹に否定され、アラミスは結論を出した。
「それならば、風の妖精の悪戯だな。風に返そう」
アラミスは、ハンカチを投げる。白いハンカチは生き物の様に舞い、セーヌ川へ落ちて行った。碧い目が、一瞬だけ憂いを帯びた。
さて、アラミスは仲間の銃士と別れて歩き出した。ダルタニャンは、先程の失態を謝りたくて後ろから呼び止めた。
「アラミスさん」
アラミスは立ち止まり、不機嫌そうに振り向く。
「何か僕に用ですか?」
「どうも余計な事をしたようで、申し訳ありません」
ダルタニャンが下手に出ると、高慢そうな碧い目が輝く。
「君は本当に無神経な事をしてくれた。危うくある貴婦人に醜聞が立つ所だった。それに、あの方からの贈り物を捨てさせた。しかも僕自身の手でだ。実際、君の顔を見るだけでムカつくよ!」
ダルタニャンは、アラミスに捲し立てられて腹が立って来た。我慢の限界を超える。猫魂に着火する。
「そもそも、そんな大切な物を何だって落としたんだ? 無神経なのはそっちだろ。俺の村じゃ、『拾ってくれてありがとう』と言うのが礼儀さ。自分で落として自分で捨てたのを、自業自得と言うのさ」
ダルタニャンが一気に言い返す。
「ほっほう、礼儀知らずの田舎者が都会の流儀を捻じ曲げるのかい? ならば、教えて上げようじゃないか。カルムデ修道院に来れるか」
「さっきから行きたくてウズウズしている。午後二時なら好都合だ」
「よかろう」
ダルタニャンは、アラミスと別れるとカルムデ修道院へ急いだ。もう正午が迫っていた。
カルムデ修道院の裏手は、小さな広場になっていて、猫通りも少なかった。密かに決闘をするには適した場所だと言える。ダルタニャンが現地に着くと、アトスは先に来ていた。井戸の縁に腰掛けて休んでいる。傷の影響があるのは、遠目でも解った。
ダルタニャンは、アトスにズンズン近づく。一方、アトスはダルタニャンに気がつくと、立ち上がって帽子を取り、深くお辞儀をした。逃げずに決闘の場に姿を現した勇気に敬意を表したのだろう。
ダルタニャンは感銘を受け、お辞儀を返す。誠に紳士らしい態度だった。
「お若いの、名は何と言う? 私の名はアトスだ」
「俺はダルタニャン、ガスコーニュ村出身です」
「さてダルタニャン、介添人が来るまで待って欲しい。そちらも介添人がまだだろう?」
アトスの問いに、ダルタニャンが答える。
「俺には介添人が居ないんです。パリに着いたのが今日なので、知り合いと言えばトレヴィル殿だけです。そこで一つ頼みたいのですが、俺が死体になったら後始末を宜しくお願いします」
「よかろう。怪我で動けなくなった場合でも、治療等の対処をしよう」
ダルタニャンは、アトスに後の事を頼めてスッキリした。覚悟は決まっていたが、それだけが心残りだった。
そうする内に、アトスの介添人が現れた。大型の猫は、メイン・クーン種のポルトスだった。隣にはロシアンブルー種のアラミスが居る。アトスを除く三匹は、三者三様に驚く。
「おいおい、アトスの決闘相手はこの小僧なのか?」
ポルトスが目を丸くする。
「そうだが、それがどうかしたか?」
「いや、俺もそいつと決闘する約束なんだ」
ダルタニャンは、ポルトスの説明に付け加える。
「ご予約は一時ですな」
「待ってくれ、僕も決闘をする事になっている」
「二時のご予約です」
ダルタニャンが、アラミスに澄まして答える。
「何だって、パリに来た初日で決闘を三件も受けたのか? いやはや」
アトスは呆れ返った。
四匹は愉快な気分になっていた。ダルタニャンの無茶苦茶な喧嘩の爆買は、豪快過ぎて笑うしかない。
とは言え、約束は約束なので、アトスは真顔になってダルタニャンに告げた。
「ダルタニャン、君は良いやつだが決闘の約束を違える訳にはいかん。そろそろ宜しいかな?」
アトスは、ベンガル特有の野生の凄味を出す。この種は、猫族の中でも原種に近い雰囲気がある。豹を小型にしただけに見える。だが、ダルタニャンはアトスの圧に負けなかった。
「ええ、望む所です」
二匹は間合いを空け、サーベルを抜く。
「おい、サーベルを戻せ!」
アラミスが慌てて忠告する。見ると、赤い制服の一団が向かって来ていた。正体は、枢機卿配下の護衛士だった。天敵の出現に、銃士たちは舌打ちする。
「これはこれは銃士の皆様お揃いですな。何か良からぬ事でもする所ですかな? 例えば決闘とか? 決闘は禁止令が出ておりますぞ」
枢機卿の護衛士は、嫌味たっぷりに言って来た。サイベリアン種の雄猫で、名前をジュザックと言う。護衛士で隊長を務め、剣術にも長けている。
「これはジュザック殿、そう硬い事は言いなさんな。決闘は貴族の嗜み、そちらの場合も見逃しますから、こちらも多目に見ていただきたい」
アトスが下手に出ると、ジュザックは高慢な態度で言う。瞳孔が縦長に怪しく光る。
「そうは参らん。前の酒場での逃げっぷりは見事だったが、今日は連行しますぞ」
アトスは痛い所を突かれ、牙を剥き出して威嚇する。
「そちらがその気なら、こちらこそお相手いたしますぞ。先日の不意打ちの借りがありますからな」
アトスが強気な事を言うが、アラミスとポルトスは不安だった。アラミスがアトスに耳打ちする。
「アトス、相手は六匹でこっちは三匹、しかも君は怪我人じゃないか」
アラミスの忠告でアトスは冷静になるが、もう後には退けない。
「アラミス、それでもやらなきゃならない。貴族の意地と誇りが掛かっているからな。それは命に勝るのさ」
ダルタニャンは、アトスとアラミスの会話を聞いていた。そして、瞬時に決意する。
「アラミスさん、先程は三対六だと言いましたが、四対六の間違いでは?」
三銃士は、初めてその存在に気が付いた様にダルタニャンを見た。
「あなたは銃士ではないだろう?」
「ええ、でも、心は銃士の一員です。トレヴィル隊長と同じチャトラですからね。一歩も退きませんよ!」
三銃士に取っても、加勢があるのは助かる事だった。
「ジュザック殿、貴公の命は貰いうけるぞ」
十匹の雄猫どもは、両派に分かれてサーベルを抜く。
ダルタニャンは、パリでの真剣勝負に興奮していた。体のバネを生かし、剣先を生き物の様に舞わせた。そして、サーベルを相手の視界から消す。慌てた敵は不用意に突きを入れる。ダルタニャンは、相手の攻撃を半身になって躱すと、自身の帽子の鍔を突き通して攻撃した。サーベルは敵の肩を突き通す。
ダルタニャンは肩の関節が柔らかいので、こんなトリッキーな技を披露できた。
さて、辺りを見回すと、それぞれがそれぞれの相手を倒していた。アトスはジュザックの息の根を止めている。アラミスとポルトスはそれぞれ二匹づつ倒していた。
三銃士とダルタニャンは、枢機卿の護衛士との戦いに満足していた。もう暴れる必要は無いだろう。既に決闘の事は頭になく、同士と認め合っていた。敵の敵は友になるが、一緒に戦えば親友に昇格する。
王妃のお針子
ダルタニャンと三銃士は旧知の仲の様に打ち解けていた。決闘の興奮の為か、テンション上げ上げで、何が起きても面白い。マタタビ酒の勢いもあり、肩を組んで大合唱する。その日は、楽し過ぎて酒場で夜通し呑んだ。
次の日、酒場でアトスを起こしたのは、トレヴィル隊長の使いの者だった。
「皆さま、陛下の呼び出しですぞ。三銃士とダルタニャンに招集が掛かっています」
この声に反応したのは、年長者のアトスだった。これは皆を正気に戻さねばならない。しからば御免とばかりに桶に水を汲んで来る。アトスは、テーブルに突っ伏す三匹に冷水を掛ける。
「にゃにするにゃ、心臓麻痺起こすにゃぁ」
ダルタニャンが我を忘れて叫んだ。
「おう、誰だ、俺様を起こすのは?」
ポルトスは、呑気に目を開けた。
「水も滴る良いニャンコ、う~ん、詩にならないな」
アラミスも目を覚ます。
アトスが三匹に告げる。
「お~い、目を覚ませ。国王陛下のお呼びだぞ」
それぞれが身支度を整え、王宮に集まる。ダルタニャンはアトスの屋敷で支度させて貰った。ダルタニャンとアトスは背格好が似ているので、服のサイズは合っていた。
さて、控えの間でトレヴィルと合流したダルタニャンと三銃士は、国王陛下への謁見を許される。
「トレヴィル、世の可愛い暴れん坊を連れて来たのか?」
玉座には、王と王妃が居た。国王、ルイ十三世と、王妃、アンヌだった。猫種はシャルトリュー種になる。ロシアンブルー種に似た猫種だが、体型や顔立ち、目の色が違う。体毛は、王族ブルーと呼ばれる濃い青灰色をしており、気品に溢れている。
「陛下、銃士が暴れるのは、全てフランスの為でございます」
ルイは、トレヴィルの返答に満足した。
「つまり、世のためと申すのだな」
「その通りでございます」
「しかしな、トレヴィル、枢機卿から苦情が来たぞ。枢機卿の護衛士が、世の銃士に乱暴された。と言ってな。護衛士は決闘の仲裁に入って巻き添えを食ったと聞くぞ?」
トレヴィルは、ルイに説明する。
「陛下、私は当人から事情を聞いております。それは、枢機卿の護衛士の勘違いでございます。話は、昨日の朝の事でございます。私の同郷の友人の息子が、パリに上京したのでございます」
「トレヴィルの同郷と言うと、ガスコーニュだな」
「その通りでございます。なにぶんにもガスコーニュは田舎、花の都パリは不慣れな為、私の部下の銃士、アトス、ポルトス、アラミスが街を案内する約束をしていたのです。そこへ、六匹の護衛士がやって来て、まぁ、勘違いも有ったのでしょう。四匹に斬りかかったのです。その結果、護衛士は六匹の精鋭を失ったのです。陛下からお悔やみ申し上げてください」
ルイは、トレヴィルの報告を聞いて愉快な気持ちになっていた。普段から枢機卿に子供扱いされているので、この小さな勝利が小気味良い。
「では、枢機卿側の言いがかりだと言うのかね?」
「いえ、言いがかりではなく勘違いでしょう」
「それにしても、四匹で六匹に勝つとは、しかも、一匹は銃士にも満たない半人前ではないか。いやはや、やはり銃士隊は強いね。褒美を上げよう」
上機嫌のルイは、ダルタニャンと三銃士に褒美の金貨を与えた。ダルタニャンは、王への謁見で有頂天になっていた。その後、三銃士と一緒に王宮の庭を散策する。花壇と噴水と彫刻が散りばめられた楽園に、うっとり夢見心地になる。
さて、ダルタニャンは、垣根の迷路を進む内、仲間とはぐれてしまった事に気が付いた。すっかり困っていると、近くで猫の気配を感じた。しかも、独特な匂いを感じた。見ると、貴婦人が木陰でうっとりとした顔で立っていた。ダルタニャンは、田舎の噂話で聞いた事があった。王宮の淑女は大層なドレスを身にまとい、着るのも脱ぐのも一人ではできないくらい大変らしい。そこで、ドレスの裾を広げた物を着ている。その理由は、ドレスを着たまま用を済ませる為と言うのだ。噂が本当だと知って、驚いてしまう。しかも、相手は上品な顔立ちのマンチカン種で、ギャップが大きかった。
ダルタニャンは、今は声を掛けるべきではないと判断した。暫く後をつけ、頃合いを見計らう。
「お嬢さん、王宮の出口を知りませんか?」
ダルタニャンが声を掛けると、マンチカンは振り向いた。まん丸お目目が大きくなる。驚いたようだ。クリーム色の毛並みに薄っすら虎模様がある。瞳はヘーゼルで、お茶目な雌だった。
マンチカンは、澄まして答えた。
「入った所から出れば宜しいでしょ?」
可愛い顔に似合わず嫌味を言ってくれる。草むらで放尿したとは思えぬお澄ましさんだった。
「それが、王宮に不慣れなものでして」
ダルタニャンは、マンチカンの発言にカチンと来たが、淑女と争っても仕方がない。平静を装おって聞いた。
「そう、田舎からいらしたの?」
「ガスコーニュから来たダルタニャンです」
帽子を取り、お辞儀する。
「王妃様に使える侍女、コンスタンスです」
マンチカンがドレスの裾を摘んでお辞儀する。
「ではガスコーニュのお方、付いていらっしゃって」
ダルタニャンは、コンスタンスの後を追った。
迷子の仔猫ちゃんを待っていたのは、三銃士だった。喧嘩の特売セールをやらかす田舎者を心配していた。
「おい、王宮で決闘でもしているのかと心配したぞ」
アトスが真顔で言う。
アラミスは、空かさず付け加える。
「アトス、心配して損したな。ダルタニャンは決闘より楽しい事をしていたようだ。すまん、不粋だったな」
ダルタニャンは、アラミスにクールに言われて困ってしまう。まだまだ純粋なので、誤解を正そうと焦った。
すると、コンスタンスが口を挟む。
「アラミス様、私がこんな初心な坊やを相手にするもんですか。アラミス様ならお慕いしても宜しいですが、先約がございますものね」
ダルタニャンは、コンスタンスに言われ放題な上、三銃士には笑われた。
「俺も捨てたもんじゃないんだぞ」
必死に自己アピールするが、あっさり返されてしまう。
「だから拾ってあげたでしょ」
三銃士は、ダルタニャンとコンスタンスの会話を聞いて笑い転げる。ダルタニャンは、尻尾の動きが完全停止した。
さて、ダルタニャンと三銃士は、国王の謁見を済ませ、迷子の問題を解決し、王宮を出た。三銃士は、気ままな上に金もあるので、遊びに行かない訳がない。呑む、打つ、買う、の三つが堪能できる場所も知っている。国王からの褒賞金が尽きるまで遊び呆けた。ダルタニャンはと言うと、トレヴィルに紹介された護衛士の務めを果たし、剣術の修行もする。遊びはほどほどだったので、三銃士に代わりに使って貰う事になる。住居は、アトスの屋敷に間借りしていた。アトスの所にはグリモーと言う従者が居て、ダルタニャンと親しくなっていた。グリモーは無口な雑種で、アトスに堅実に仕えていた。
ある日、バザンと言う雑種がダルタニャンを訪ねて来た。黒い地味な服を着た平べったい顔をした雄で、耳が短い。
「ダルタニャン様、主人のアラミスから言われて来ました。宿泊先を見つけました」
ダルタニャンは、何時迄もアトスの家に居候する訳にも行かず、アラミスに貸家を探して貰っていた。
「それはありがたい。アトスに世話に成りっぱなしじゃ居られにゃいからな」
ダルタニャンの言葉に、アトスは反応した。
「おいおい、俺は構わないぜ。グリモーと違って、君には口があるからな」
「ありがたいけど、俺も自立したいのさ」
「ふむ、それもそうだな。アラミスの紹介なら問題ないだろうが、物件を見て来なよ」
ダルタニャンは、バザンの案内で貸家へ向かう。
向かった先は、セーヌ川の側のアパルトマンだった。大家はボナシューと言うエキゾチックショートヘアー種で、バザンと同じように平たい顔をしている。短い耳が頭の天辺でこんにちわしている。
ダルタニャンは、すぐにこの物件が気に入った。間取りも日当たりも関係ない。何故なら、ボナシューには年下の若い女房が居るのだが、それがマンチカン種で、しかも、王宮で会ったコンスタンスだったのだ。
コンスタンスは、王宮で会った時のように豪華なドレスは着ていなかった。町に戻れば庶民モードに切り替えるらしく、質素で動きやすいドレスを着ていた。話し方も変わり、新しい店子に優しく接していた。
「先日はお世話になりました」
ダルタニャンが挨拶すれば、コンスタンスも可愛らしくお辞儀する。
「いいえ、あの時は失礼しました。ムッシュ、ダルタニャン」
ダルタニャンは、美しい声を聞いて有頂天になる。すぐに入居を決め、アトスの家に戻ると、手荷物と唯一の財産の黄色い馬を連れて引っ越しした。
「会えるにゃん、会えにゃん、会いたいにゃん、会うにゃん」
ダルタニャンは、窓辺で意味不明な花占いをしていた。コンスタンスの宿下がりを待ち侘びていた。そうする内に、セーヌ川沿いの道を歩いて来るコンスタンスを見つけた。ダルタニャンは、花弁が数枚残った花を放り出し、階下へ降りる。
玄関で待ち受けると、コンスタンスに抱きついた。
「お帰り、愛しの君よ。ボナシューは留守だよ」
コンスタンスは、ダルタニャンの言葉で安心する。すぐにお互いの毛繕いを始めた。ダルタニャンとコンスタンスは、そういう仲になっていた。
ボナシューは、町内会で旅行に行っていた。暫くは帰って来ない。二匹は、楽しい夕食を過ごす。
さて、食後の至福に浸っていると、コンスタンスが席を立ち、用があると言う。一緒に行こうかと提案するが、コンスタンスは頑なに拒否した。ダルタニャンは、取り敢えず引き下がったが、こっそり後をつける。
コンスタンスは、マントに身を包み、フードを被って歩く。方向は王宮だった。途中の街角で待ち合わせをする。様子から騎士だと判断した。つまり、他の雄と会っている。
二匹は、周りを気にしながら歩いて行く。ダルタニャンは、この時点で正気を失っていた。飛び出すと、二匹に声を掛ける。
「コンスタンス、夫が居る身で不倫は許さないにゃ」
ダルタニャンは、ガスコーニュ訛りを丸出しで興奮した。どの口が言う? と突っ込みたくなる言い草だった。
コンスタンスは、ランタンを掲げて相手を確かめる。
「ダルタニャン、私を尾行したの?」
ダルタニャンは、コンスタンスに鋭く詰問され、興奮が冷めて来た。
「いや、その、散歩してて偶然だよ……」
「私を信用していないのね」
「いや、現に密会しているじゃないか」
ダルタニャンの問いに答えたのは、コンスタンスと待ち合わせした猫だった。
「君は誤解をしているようだね。私はこの猫が仕えている方に逢いに来たんだよ。誰だか解るかな?」
謎の猫は、ダルタニャンに近づいて言う。猫種はブリティッシュ・ショートヘアーだった。毛色は王族カラーの青灰色で、命令する事に慣れている雰囲気を持っていた。服装は質素な感じだが、サーベルの柄は銀の装飾がピカピカしていた。ダルタニャンは、相手が英国紳士だと予想した。
雄猫の正体はともかく、コンスタンスが仕えている相手と言えば、王妃になる。そうなると、目の前の猫にも心当たりがある。
「あなたは、バッキンガム公爵!?」
ダルタニャンがまん丸お目目になる。
雄猫は、人差し指を口に当てる。
「声が大きい。お忍びだ」
バッキンガム公爵は、口角を上げて微笑んだ。冒険好きの悪戯猫みたいだった。
バッキンガム公爵は、イギリス国王に仕える大貴族だった。この丸顔の猫が、イギリスの内政も外交も取り仕切っている。そして、フランス王妃、アンヌ・ドートリッシュとの恋仲が噂される雄でもあった。
「ダルタニャンと言ったかな? いかにも、私はバッキンガムだ。だが、今日は一匹の雄としてフランスに来た。ある方に会う為にね。恋する気持ちは、君なら解るだろう」
ダルタニャンは、バッキンガムの真剣な眼差しに感銘を受けた。まだまだ若い純真さが健在な年頃だった。
「公爵様、解りますとも、恋する気持ちは万国共通です。私も協力します」
ダルタニャンは、安請け合いする。王族の不倫の片棒を担ぐ事の重大性に気付いていなかった。まぁ、身分が違うとはいえ、自身も同じ境遇だから、フリンスとフリンセスのスキャンダルが気にならないのだろう。
ダルタニャンは、バッキンガムとコンスタンスの護衛役として同行する事になった。
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