長靴を履いた猫たち

雨川 海(旧 つくね)

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長靴を履いた猫たち

ダルタニャン物語 中編

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 さて、フリンス様一行は、王宮裏に来ていた。裏の門の鍵はコンスタンスが用意していた。コンスタンスの先導で、王宮の洗濯場へ入る。

 洗濯場では、大勢の猫が働いていた。中央には洗剤が入ったプールが在り、そこへ大量の衣類が放り込まれる。陽気な猫たちは、裸足で洗濯物を踏み踏みし、汚れを叩き出していた。
 バッキンガムは、コンスタンスとダルタニャンから離れ、柱の影に移動する。そこに、想い猫が来ているのだ。

 さて、ダルタニャンが洗濯猫のおみ足に見惚れていると、コンスタンスが制裁を加える。
「ニャン! 痛いなぁ」
「だって、私以外の猫を見てる」
「いやいや、他を見て君の美しさを再認識しているんだよ。嫉妬するなんて、可愛いね」
 今にも毛繕いしそうな雰囲気だったが、王宮の警備兵を見て顔色が変わる。
「こんな所を見廻るなんて、珍しいわ」
 コンスタンスが驚く。
「何か通報が有ったのかな?」
 ダルタニャンは呑気に言うが、もし、王妃とバッキンガムの密会が発覚すれば大事になるし、関与した者は処罰を受けるだろう。
「ねぇ、ここを何とか切り抜けないと、私たち皆んながお終いよ」
 ダルタニャンは、コンスタンスに警告されて、やっと事の重大さに気づく。
「よし、俺が注意を引き付けるから、コンスタンスは王妃様とバッキンガム公を逃してくれ」

 ダルタニャンは、羽付き帽子を目深に被り、スカーフで口を隠した。これでチャトラだと気付かれないだろう。
 見廻りは、三匹の雄猫だった。武装はサーベルだけで、槍や鉄砲は持っていない。ダルタニャンは、不意打ちを喰らわす。濡れた洗濯物を顔面にぶつけた。一匹が視界を失い、倒れる。残りの二匹は、ダルタニャンに対して臨戦態勢に入った。
 
 洗濯場は、悲鳴と混乱で騒然となった。ダルタニャンは、右手にサーベルを持ち、左手には洗濯物を持って戦った。洗濯物は、相手のサーベルに絡んで動きを止めた。ダルタニャンは、相手に手傷を負わせて降参させる。

 洗濯猫たちは慌てて逃げ出すが、代わりに警備兵が入って来る。数が五、六匹に増えると、一匹では手が回らない。何度か洗濯物シールドで突きを防いだ。そして、二匹の顔面に洗濯物を直撃させる。そのまま部屋の端まで移動して、ロープを切る。すると、天井に吊るされていたシャンデリアが落下し、ダルタニャンが握っていたロープを上へ引っ張る。シャンデリアの落下速度と、ダルタニャンが天井へ向かう速度が正比例する。
 ダルタニャンは、天窓に飛びつくと、そのまま屋根に脱出する。サーベルを収め、四つ足でスレート屋根を駆け抜けた。屋根から木へと飛び移り、中庭へ降り立った。
 
 ダルタニャンは、ここは追われる猫より追う猫を演じた方が得策だろうと感じた。スカーフを取り、マントを裏返しに着る。幸いな事に、ダルタニャンのマントは色違いのリバーシブルになっていた。帽子の羽飾りも、偶然落ちていた物に付け替えた。そして、大声で叫ぶ。
「おお~い、こっちで怪しい猫を見たぞ!」
 ダルタニャンの声に、王宮警護の一団が応えた。
「よし、そっちへ行くぞ!」
 ダルタニャンは、その声に聞き覚えがあった。案の定、近づいて来たのはベンガル種のアトスだった。大きな体のメイン・クーンはポルトスだし、ロシアンブルーのアラミスも居る。

「何だ、ダルタニャンじゃないか? トレビアン中隊の君が、なぜ王宮に?」
 こうなったら、王妃のロマンスの為に、嘘に嘘を重ねるしかない。
「実は、コンスタンスに会いたくて、彼女と逢い引きしていたのさ。それでこの騒ぎに巻き込まれたんだよ」
 ダルタニャンは、事実に近い嘘を披露する。この話の真偽を検討する前に、ポルトスが言う。
「おい、怪しい賊を追わなければ、逃げられてしまうぞ」
 ポルトスの意見に、アラミスも同意する。
「そうだな、まずは不審猫を追うのが先さ。ダルタニャンの繁殖期の話は後だね」
 三銃士の意見が纏まると、ダルタニャンを先頭に幻の猫を追う。
 四匹は、四つ足の全力疾走で移動する。すると、猫が居た。アラミスが、口に咥えたランタンを手に持ち替え、相手を照らす。それは、レディだった。

「おいおい、淑女じゃないか。しかも貴族のようだ。今晩は、お嬢さん」
 アラミスは、慣れた感じで話しかける。
 彼女は、暗い色のドレスを着て中庭を歩いていた。トパーズ色の瞳のスコティッシュフォールド種で、高慢とも思える高貴さが有った。兵隊に囲まれても動じない。手には螺鈿の小箱を持っていた。
「今晩は、色っぽい雄猫さん」
 アラミスが喜ぶような事を言う。
「いや失礼します。私は近衞銃士隊のアラミスと申します。こんな夜更けに何の御用でしょうか?」
「私はミレディ・ドゥ・ウインター。枢機卿に呼ばれて参りましたの。不審が有れば枢機卿に聞いてちょうだい」
 リシュリュー枢機卿の名を出されては、引き留める事はできない。むしろ、警護が必要だろう。
「レディが夜道を行くのは危ない。警護しましょうか?」
 アラミスの提案を、ミレディは断った。
「心配要りませんわ」
 ミレディは、素早くピストルを取り出す。ドレスに武器を隠しているようだ。銃口はアラミスに向いている。銃の扱いには慣れている感じだった。
「しっかりしたお嬢さんだ」
 アラミスは、やや動揺して言う。
 ミレディは、澄まして挨拶した。
「それでは元気な雄猫ちゃん、また会いましょう」
 ミレディは、去って行った。

 その後、犯人の案内で庭園内を探し回ったが、不審猫が見つかるはずもなく、捜索を諦めた。コンスタンスとバッキンガムも上手く逃げたようで、それ以上の騒動は無かった。



 数日後、ダルタニャンは従者を雇う事になった。アトスにはグリモー、ポルトスにはムースクトン、アラミスにはバザンと言う従者がいる。ダルタニャンにはプランシェと言う名の従者が付いた。
 さて、パリでの生活に慣れた頃、ダルタニャンはコンスタンスから相談を受けた。

「ダルタニャンさま、困った事になりました」
「どうしたの、俺で力になれるかい?」
 ダルタニャンの返事は、コンスタンスの期待通りだった。
「王妃様の大切なダイヤの首飾りが紛失したんですの」
 ダルタニャンは、宝飾品の紛失と聞いて拍子抜けした。王妃なら、宝石など幾らでも持っているだろう。
「買い直せばいいのでは?」
「それがそうも行かないのです。紛失した首飾りは、国王陛下が王妃様の誕生日に贈った特別な物で、毎年の誕生日の舞踏会には必ず身に付ける宝物なんです。舞踏会は一ヵ月後に迫ってますのよ」
 こうなると、確かに大事になる予感がした。
「これは、紛失ではなく盗難の可能性が高いな」
「ええ、王妃様もそう思っています。首飾りは螺鈿の小箱に入れて、厳重な保管場所に置いていたのですが」
 ダルタニャンは、コンスタンスの言葉を遮って発言する。
「螺鈿の小箱だって! 俺はそれを見たぞ。バッキンガム公と王妃様が密会した夜に、ミレディが持っていた。あの雌猫が犯人だにゃ」
 コンスタンスは、ダルタニャンの証言から最悪なシナリオを想像する。
「ミレディはフランスの猫ですが、イギリスのウインター家に嫁いでいます。確か、今は未亡人です。つまり、イギリス王室に伝手があります。もし、あの首飾りをバッキンガム公爵にプレゼントでもされたら、そして、公爵が身に付けたら、公式の場で不倫を宣言する様な物です。まぁ大変、スキャンダルです」
 ダルタニャンは、コンスタンスの読みが正しい気がしていた。首飾りはイギリスに渡っているだろう。
「ダルタニャンさま、私は今から王宮に戻り、王妃様から公爵への書状と路銀を貰って参ります。それを持ってイギリスへ行って貰えませんか? 信頼できるお仲間が居れば、助太刀を頼むのも良いと思います」
 ダルタニャンは、この冒険に乗った。幸い、トレビアン中隊からは休暇を貰っていた。これは天の采配に感じていた。
 
 さて、コンスタンスは王宮に急ぎ、ダルタニャンは銃士隊の屯所に急ぐ。銃士隊長のトレヴィルに願い事があった。

「トレヴィル様、ご無沙汰しています」
「久しぶりだね、ダルタニャンくん。元気でやっているようだね」
 トレヴィルは、若い同郷猫を歓迎した。
「早速ですが、トレヴィル様にお願いが有って来ました」
「何だね?」
「アトス、アラミス、ポルトスに休暇を与えて欲しいのです。実は、王妃様から極秘」
 ダルタニャンは、トレヴィルに言葉を遮られた。
「ダルタニャン、極秘を他人に漏らしてはいかんぞ」
「ですが、説明しなければ納得して貰えないでしょう」
「いやいや、極秘の内容を納得して貰う必要はない。極秘とはそう言う物だ。特に王族に関わる事ならな。王の御用命と言えばよい」
「しかし、王妃様の事なのですが?」
「同じ事だよ。国王一家の安泰が国の為だ」
 ダルタニャンは素直に納得したが、トレヴィルには別の思惑が有った。極秘は陰謀と密接で、一番の保身法は関わらない事だった。極秘内容を知れば、敵味方関係なく危険視される。トレヴィルは、長く宮廷に仕える内に自然と処世術を学んでいた。

 さて、秘密を話さずに事が進む。
「それでは、三匹には一ヵ月の休暇を与えよう。これがそれぞれへの許可証だ。アトスは湯治、アラミスとポルトスは付き添いにしよう。それでは気をつけてな」
 ダルタニャンは、トレヴィルにあっさり追い払われた後、今度は王宮から戻ったコンスタンスから書状と路銀を受け取る。そして、三銃士を探した。

 三銃士は、何時もの酒場に居た。ダルタニャンは、銃士隊長から長期休暇の許可が出ている事を説明した。

「おやおや、銃士隊は、いつから頼みもしない休みをくれるようになったんだ?」
 アトスが呆れて言うと、ダルタニャンが応じた。
「友の助けが必要になってからさ」
 三銃士は、突然の休暇に戸惑っていた。
「とにかく、王の御用命なのさ」
「ほう、戦争と一緒だな。戦地は何処だ?」
「イギリス」
「よし、良いだろう」
 アトスは納得するが、ポルトスとアラミスは不服そうだった。
「せめて訳を聞かせてくれよ。危険な任務なんだろ?」
 ダルタニャンは、アラミスに答えた。
「高貴なレディの名誉を守る仕事さ」
「それなら仕方がないな」
 アラミスも納得する。
「おいおい、旅をするには金が必要なんだぜ」
 ダルタニャンは、ポルトスの疑問に金貨の入った袋を振って答える。
「よし、俺も同意した」
 ダルタニャンは、三銃士の協力に感謝する。
「皆んな、ありがとう」
 アトスは、銃士隊の決め台詞を披露する。
「『一人は皆んなの為に、皆んなは一人の為に』これが銃士さ」

 ダルタニャンと三銃士は、港町のカレーを目指して出発した。主従合わせてハ騎の集団だった。途中、妨害がある事は予想されていた。最初の宿場町では、ポルトスが喧嘩を売られた。ポルトスと同じメイン・クーン種の大柄な猫で、巨猫同士の対決になった。この場をポルトス主従に任せ、六騎で先を急ぐ。ところが、街道で待ち伏せを受けた。敵の一斉射撃を浴び、アラミスが負傷する。次の宿場町で限界を迎えたアラミスは、バザンと共にリタイアした。残ったのは、アトスとダルタニャンの主従四騎になった。四匹は、更に進んだ先の宿場町で一息ついた。

「ダルタニャン、酷い行軍になってしまったな」
 赤ワインをペチャペチャ舐めながら、アトスが言う。ダルタニャンとアトスは、宿屋の近くの酒場で食事を摂っていた。
「変な事に巻き込んで澄まない。俺は他に頼る猫が居ないんだよ。ポルトスとアラミス、無事だといいけどな」
 ダルタニャンが沈んだ様子で言うと、アトスが励ました。
「あの二匹が簡単に死ぬもんか。心配は要らないさ」
 暫く、二匹は沈黙した。沈黙を破ったのは、アトスだった。
「ダルタニャン、実は、隠していた事があるんだ。ミレディなんだが、あれは俺の妻だった猫なんだ」
「にゃにゃにゃ!」
 ダルタニャンは、思わずガスコーニュ訛りが出てしまった。アトスは、言いにくそうに続ける。
「ミレディとの間には子猫まで居たんだが、身持ちの悪い猫でね。浮気された怒りで叩き出してしまった。今から思えば、子猫は側に残すべきだったかも知れん。もっとも、ミレディは今度はイギリスの猫に嫁いだらしいから、親子ともども上手くやっているのだろう」
 ダルタニャンは、王宮の庭でミレディに会った時の事を思い出していた。アトスは、ポルトスの後ろに隠れていた。今の任務がミレディを追いかける事だと知ったら、アトスはどんな顔をするだろう。とても話せない。


 さて、次の日、宿屋で会計を済まそうとすると、宿の亭主が叫んだ。
「偽金だぁ!」
 手回しよく、すぐに猫が集まって来る。
 アトスは、ダルタニャンを逃すべく行動する。体を張って盾になった。
「罠だ! 俺に構わず先に行け」
「アトス、澄まない」
 ダルタニャンとプランシェは、馬で敵の包囲網を突破した。振り返ると、両手にピストルを持つグリモーと、サーベルを振り回すアトスが見えた。

 さて、ダルタニャンは、三銃士の助けで何とかカレーの町に辿り着いた。これから、ドーバー海峡を渡る船に乗ってイギリスへ行く。ところが、港に検閲場ができていて、許可証の無い猫の渡航が禁じられていた。ダルタニャンは、リシュリュー枢機卿の力を見せつけられた。今度こそ、打つ手がない。
 ダルタニャンは、自分の無力さに腹が立った。アトス、アラミス、ポルトスの犠牲も、コンスタンスの期待も、王妃の願いも、全て裏切ってしまった。
 酒場でやけ酒を舐めていると、見知った顔が入って来る。ダルタニャンは、小さな額の奥で、過去の記憶を辿っていた。すると、郷里からパリへ向かう途中のマンの町が思い浮かんだ。ここで、シャム猫のロシュホールに敗北した。その後、ロシュホールを追い、馬車に行き着く。馬車にはスコティッシュフォールドのミレディが居た。いや、その前に御者が居た。ロシュホールと同じシャム猫で、ダルタニャンにピストルを向けた猫だった。それが目の前に居る猫だと気がついた。
「これは、運が良いかも知れないぞ」
 ダルタニャンは呟く。何故なら、シャム猫はミレディの手伝いをしていると思われた。予想では、ミレディに許可証を渡す役目なのだろう。枢機卿の渡航制限はダルタニャンたちへの対策だとすると、先にイギリスへ渡ったミレディは許可証を持っていない事になる。ダルタニャンは、シャム猫の代わりにイギリスへ行くつもりだった。
 流石に酒場で騒ぎを起こす訳にも行かず、シャム猫が店を出るのを待つ。シャム猫は、雑種を二匹連れていた。武装は、三匹ともサーベルなので、ダルタニャンに部が悪い。

 暫くして、三匹は席を立った。丁度いい事に、往来の無い寂しい路地を歩く。ダルタニャンは、早足にシャム猫を追い抜くと、振り返った。
「あんた、俺を忘れたかい?」
 シャム猫は、ダルタニャンの顔を凝視する。
「誰だ?」
「ほら、マンの町で、馬車に乗るあんたに飛び掛かったチャトラだよ」
 シャム猫は、ダルタニャンのヒントで気が付いた。
「ああ、あの田舎者か」
 ダルタニャンは、そのまま喧嘩を売る気だった。
「あの時の復讐をさせてもらうぞ」
 サーベルを抜く。
「ふん、また地面に倒れたいのか?」
 シャム猫もサーベルを抜いた。手下の雑種もサーベルを抜く。その時、雑種の頭をプランシェが後ろから殴って気絶させる。プランシェは棍棒を持っていた。
「良くやったプランシェ。もう一匹も頼むぞ」
 プランシェが、雑種を引き受ける。
 ダルタニャンは、シャム猫と決闘していた。

 サーベルの攻防は、目まぐるしく変わる。互いに手練れの剣士だった。シャム猫は短剣を抜き、左手で構えた。ダルタニャンのサーベルを短剣で受けてから突きを入れる。ダルタニャンは、左右のコンビネーションに翻弄される。
「畜生、上手く踏み込めん」
 ダルタニャンは、焦っていた。何度か左手で受けて、革製の手袋をサーベルで裂かれた。どうにも相性が悪い。 
 そこで、タオルを取り出す。洗濯場での戦闘で、濡れた布の有効性に着目していた。水は、皮袋の中に入っている。敵と間合いを取り、タオルを濡らした。

「何だ、汚い顔でも拭くのか?」
 ダルタニャンは、シャム猫の言葉に怒った。
「ニャにぃ、お前の黒い顔を拭いてやる」
 ダルタニャンは、濡れタオルでシャム猫のサーベルを絡め取り、短剣を跳ね上げた。そのまま踏み込み、相手の肩、足、脇を突き通す。刺す度に、「これは、ポルトスの分、これは、アラミスの分、これは、アトスの分」と叫ぶ。シャム猫は、出血して倒れた。

 ダルタニャンは、気絶したシャム猫の懐を探る。ポケットの中に、お目当ての書類を発見した。書面には、通行を許可する文言と、リシュリュー枢機卿のサインが有る。
「これで出航できるぞ」
 ダルタニャンは、検問を通り、船の手配をする。シャム猫の名前はワルド子爵なので、ダルタニャンは改名した。
 ダルタニャンとプランシェは、ドーバー海峡を渡り、イギリスの地を踏んだ。そして、ロンドンを目指し、バッキンガム公爵の邸へ辿り着いた。
 ダルタニャンは、「洗濯場の友が訪ねて来た」と、門番に取り次ぎを頼む。バッキンガムは、このキイワードに反応した。ブリティッシュショートヘアのバッキンガムが、ダルタニャンが待つ控えの間に現れる。

「どうしたのだ、洗濯場の友よ。名は何だっけ?」
 バッキンガムは、悪戯っぽい顔で訊ねる。
「ダルタニャンでございます。王妃様よりお手紙を預かって参りました」
 ダルタニャンは、羊皮紙を差し出す。王妃の手紙は、ダルタニャンのポケットに長い間入って居たにも関わらず、香水の匂いがした。バッキンガムは、うっとりするように残り香を楽しんでから、蝋付を解き、手紙を読む。
「ふむふむ、あのダイヤの首飾りは、盗まれた物なのか」
「首飾りをお持ちなのですか?」
「ああ、ミレディからプレゼントされた。危うく不倫を自ら暴露する間抜けになる所だったよ。怖い雌猫だな」
「それで、ミレディは何処に居ます? 放って置くと、枢機卿へ報告されてしまいます」
「義理の兄のウインター伯爵の所だと思う。すぐに使いを出そう」
 バッキンガムは、召使いにダイヤの首飾りを持って来させた。ダルタニャンは、螺鈿の小箱を受け取る。中身を確認し、すぐに出立しようとした。
「おいおいダルタニャンくん、君はせっかちだなぁ。ミレディの消息はいいのかい?」
「それは公爵にお任せしようかと思っていました。私は先を急ぎますので」
 ダルタニャンは、部屋を飛び出しそうだった。
「いや、だから待てって。すぐに駅馬の手配をする。名馬を四頭乗り継いで帰れるようにしよう。その馬は、君へのお礼だ」
 ダルタニャンは、再びフランスへ戻る。帰りは、飛ぶ様に走る名馬を乗り継いでパリへ着いた。

 さて、王妃の誕生日を祝う舞踏会が華々しく行われ、王国中の貴族が集まった。その日は二月二十二日だと言う事もあり、猫には嬉しい日だった。
 ダルタニャンは、厚いカーテンの奥に控えていた。宴ではしゃぐ嬌声が響く。音楽が鳴り、ダンスも披露されているだろう。ダルタニャンは、ビロードのカーテンを見ながら妄想していた。
 その時、カーテンの間からレディの手が差し出された。王族ブルーの毛並みから、王妃様だと見当をつける。
 ダルタニャンは、その手に口づけをした。王妃の手が引っ込むと、ダルタニャンの手に何かが残っていた。見ると、ダイヤの指輪が有った。
 王妃と公爵のスキャンダルを防いだ報酬は、馬四頭とダイヤの指輪になった。



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