土方歳三の恋

雨川 海(旧 つくね)

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試衛館と歳三

☆試衛館の内弟子になる 三

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 歳三は、午前中に試衛館へ向かう。歳三の入門には、勇もつねも大歓迎だった。総司が先輩になってしまうが、今まで通りに呼び方は総司で良いだろう。
 離れでは勇の養父の天然理心流三代目、近藤周助が床に着いていた。

「布団の中から失礼するよ」
 周助は、小柄で頭髪の薄い人物だが、まだ還暦前には見えた。気さくな感じで話すが、声には迫力がある。暫く前から体調が悪く、離れから出られない生活が続く。身の回りの世話は、つねがしていた。

「日野石田村出身、土方歳三です」
 歳三が挨拶をすると、周助が応える。
「悪ガキが増えちまうな。あんたはしっかりしてそうだ。まぁ、道場を宜しく頼む」

 周助に挨拶を済ませた後、今度は道場へ向かう。相変わらずの面子が揃っていた。

「土方さん、やっぱり来ましたね。嬉しいなぁ」
 総司が喜んで近付いて来る。
「沖田先生、宜しくお願いします」
「嫌だなぁ、総司でいいですよ」
 やはり呼び方は総司で良いらしいので安心する。

 午前中は稽古に励み、午後も稽古に励む。後は掃除と炊事の手伝いで、それ以外は自由時間になる。
 歳三は、勇から道場の出納帳を見てくれと頼まれる。商家での奉公経験があるので得意だと思ったのだろう。今までは、勇とつねと源さんが持ち回りで付けていたと言う。

 歳三は、三人での共同作業と聞いて嫌な予感しかしなかった。帳付けが嫌いな者同士で押し付け合っている気がする。台所の脇に在る小部屋には、文机の上に算盤と出納帳が置いてある。恐る恐る算盤の珠を弾くが、恐ろしく動きが鈍い。もう、帳面の中身は恐怖でしかない。開けば案の定、暗号化されていて解読が困難だった。

「これを俺にどうしろと?」
 まず、支出と収入が分からない。月の区切りも分からない。こうなると、新しい帳面に書き出す方が早い。
「こりゃ、道場が貧乏な訳だ。いや、貧乏な事にも気付いてないのか?」
 実際、試衛館の運営は、勇の実家や日野の彦五郎など、武州多摩の豪農からの援助で成り立っていた。
 とは言え、全く返済しないのも問題だろう。歳三は、帳面を作り直し始める。途中、何度も算盤玉の動きに苛苛した。



 月日が経ち、季節は寒さを増していた。歳三は天然理心流の目録を取得する。免許皆伝までは行かないが、実力は充分だった。琴とも逢瀬を重ねていて、充実した日々を過ごしていた。
 そんなある日、藤堂平助が叫ぶ。

「雪ですよ、雪」
 試衛館の門下生が空を見上げた。
 歳三は、今日は重要な事が起きる予感がしていた。
「おもしろき、夜着の列や今朝の雪」一句詠んでみた。

 朝の支度を済ませ、試衛館の面々は道場に出た。出稽古には源さんが行っていて不在だった。それにもう一人、山南も不在だったが、昨日から私用で外出していた。

「山南さんは吉原で泊まりかなぁ。羨ましいなぁ」
 平助が切り返しをしながら話を振る。それに歳三が応えようとしたが、その前に総司が口を挟んだ。
「お前は白粉臭い女が良いのか」
 口を尖らせて言う。総司は吉原遊廓へ行った事がないので、年下の癖に経験済みの平助がこの話題を出す事を嫌った。
「白粉は良い匂いがしますよ。臭くなんかありません。沖田さんは知らないでしょうけど」
 平助は余計な事を言って、総司の怒りの火に油を注ぐ。

「平助、一本行くか?」
 総司の体から負の感情が溢れ出す。
「ご教授お願いします」
 一方、平助は能天気に返事をした。危険を察知しない所は才能と言える。

 歳三は、巻き添えを食う前に退散する。そして、門下生を見回す勇の元へ行った。

「面白い連中が集まっているな」
 勇は、歳三の言葉に頷く。
「ああ、腕も一流な上に人間も良い。何か機会があれば、この仲間で大きな働きが出来ると思っているんだよ」
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