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試衛館と歳三
☆大名の差し料
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山南が試衛館に帰って来たのは、その日の午後だった。妙に機嫌が良い。何時もの事だが、最初は平助が声を掛けた。
「山南さん、良い女が居ました?」
山南は、二重の意味で驚いている。まずは質問の意味が解らない。次に、平助が鼻に紙を詰めていた。顔色も悪い。
「藤堂くん、どうしたんだい?」
山南が真顔になる。すると、総司が口を挟んだ。
「平助がやわなんです。僕がやり過ぎた訳じゃありません」
犯人が白状してしまう。山南は過剰な稽古を嫌う。
「沖田くん、怪我をさせる様な稽古は慎んで欲しいな。皆んな大事の前の身だから」
山南が諭すと、総司は大人しくなる。勇の次に慕われている人物には逆らえない。
「そんな事より吉原遊廓の話、どんな様子でした」
平助が興奮した犬みたいに質問する。彼は容姿が良いので、これが無ければもっと生娘にモテる筈だった。
「山南さん、狡いですよ。今度はわいも連れて行ってくださいよ。金は無いけど」
原田左之助が平助の話に乗る。
山南は笑い出した。
「原田くん、もっと良い所へ案内するよ。先ずは近藤さんと話がしたい。土方くん、ご一緒に」
山南は、勇と歳三に簡単に話すと、今度は三人で周助の元を訪れる。
「何だって、道場を休むのか」
周助は、勇に驚いて聞き返す。
「はい、山南さんが名誉ある役目への応募をしてくれたので、選ばれれば京に行きたいと思います。詳しくは彼から説明があります」
勇に代わって山南が話す。
「清河八郎と言う志士をご存知でしょうか」
山南の言葉に、その場の全員が首を振る。
「尊皇攘夷の志を持ち、西国の雄藩のみならず、幕府内にも人望のある男です。この男が働きかけ、広く尽忠報国の士を集め、京に上る将軍様を警護する浪士組を結成する事になったのです。募集は身分を問わずで、試衛館を上げて参加する事をお勧めします」
山南の説明の間、勇は四角い顔を綻ばせている。京都で武士としての活躍を期待しているのだろう。京では各地から集まった不逞浪士が暗躍し、奉行所でも取り締まれない無法地帯になっていると聞く。義侠心の強い勇は、幕府の為に役に立ちたいと思っていた。
さて周助は「そんな名誉あるお役目ならば」と、道場を閉めて参加する事を許可した。
今度は試衛館の門下生を集めて説明する。
山南は色々と詳しく解説するが、要は将軍警護の兵として京に行く事を全員が理解した。
「行きます!」
平助が真っ先に返事をする。
「僕は近藤先生の行く所なら何処へでも従います」
総司が言う。
「わいもお供します」
左之助が言う。
「京で坂東武者の意地を見せられますな」
永倉新八も同意する。
「二月に出発ですと一緒には行けませんが、必ず合流します」
斎藤一も参加の意思を示した。
源さんは不在だが参加するものと考えられていた。
「これで全員が参加だな。喜ばしい事だ」
勇が皆の賛成を喜ぶ。だが、歳三ははっきり意思表示をしていない。しないままに話が進む。
結局、こうなると前祝いとなり、夕食から引き続き宴に入る。酒を呑んで騒ぎ出す。
そんな中、歳三はつねが気になって台所まで追いかけた。彼女が何時になく浮かない顔をしているのを見逃さなかったからだ。
つねは、土間に降りて竈の前で泣いていた。
歳三には、その気持ちが解っていた。
「つねさん、心配しなくても大丈夫です。京で戦をする訳じゃない。将軍様の露払いとして行くだけです。まぁ、伊勢参りと変わりませんよ。刀を抜く機会も無いでしょう。それに、近藤さんは俺が命懸けで守ります」
つねは振り向くと作り笑顔で誤魔化した。ただ、歳三の言葉で不安は和らいでいた。
「主人をどうか宜しくお願いします」
「ええ、しっかり支えます」
実際の所、本当に旅に行く位の気持ちでいる。
「山南さん、良い女が居ました?」
山南は、二重の意味で驚いている。まずは質問の意味が解らない。次に、平助が鼻に紙を詰めていた。顔色も悪い。
「藤堂くん、どうしたんだい?」
山南が真顔になる。すると、総司が口を挟んだ。
「平助がやわなんです。僕がやり過ぎた訳じゃありません」
犯人が白状してしまう。山南は過剰な稽古を嫌う。
「沖田くん、怪我をさせる様な稽古は慎んで欲しいな。皆んな大事の前の身だから」
山南が諭すと、総司は大人しくなる。勇の次に慕われている人物には逆らえない。
「そんな事より吉原遊廓の話、どんな様子でした」
平助が興奮した犬みたいに質問する。彼は容姿が良いので、これが無ければもっと生娘にモテる筈だった。
「山南さん、狡いですよ。今度はわいも連れて行ってくださいよ。金は無いけど」
原田左之助が平助の話に乗る。
山南は笑い出した。
「原田くん、もっと良い所へ案内するよ。先ずは近藤さんと話がしたい。土方くん、ご一緒に」
山南は、勇と歳三に簡単に話すと、今度は三人で周助の元を訪れる。
「何だって、道場を休むのか」
周助は、勇に驚いて聞き返す。
「はい、山南さんが名誉ある役目への応募をしてくれたので、選ばれれば京に行きたいと思います。詳しくは彼から説明があります」
勇に代わって山南が話す。
「清河八郎と言う志士をご存知でしょうか」
山南の言葉に、その場の全員が首を振る。
「尊皇攘夷の志を持ち、西国の雄藩のみならず、幕府内にも人望のある男です。この男が働きかけ、広く尽忠報国の士を集め、京に上る将軍様を警護する浪士組を結成する事になったのです。募集は身分を問わずで、試衛館を上げて参加する事をお勧めします」
山南の説明の間、勇は四角い顔を綻ばせている。京都で武士としての活躍を期待しているのだろう。京では各地から集まった不逞浪士が暗躍し、奉行所でも取り締まれない無法地帯になっていると聞く。義侠心の強い勇は、幕府の為に役に立ちたいと思っていた。
さて周助は「そんな名誉あるお役目ならば」と、道場を閉めて参加する事を許可した。
今度は試衛館の門下生を集めて説明する。
山南は色々と詳しく解説するが、要は将軍警護の兵として京に行く事を全員が理解した。
「行きます!」
平助が真っ先に返事をする。
「僕は近藤先生の行く所なら何処へでも従います」
総司が言う。
「わいもお供します」
左之助が言う。
「京で坂東武者の意地を見せられますな」
永倉新八も同意する。
「二月に出発ですと一緒には行けませんが、必ず合流します」
斎藤一も参加の意思を示した。
源さんは不在だが参加するものと考えられていた。
「これで全員が参加だな。喜ばしい事だ」
勇が皆の賛成を喜ぶ。だが、歳三ははっきり意思表示をしていない。しないままに話が進む。
結局、こうなると前祝いとなり、夕食から引き続き宴に入る。酒を呑んで騒ぎ出す。
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つねは、土間に降りて竈の前で泣いていた。
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「つねさん、心配しなくても大丈夫です。京で戦をする訳じゃない。将軍様の露払いとして行くだけです。まぁ、伊勢参りと変わりませんよ。刀を抜く機会も無いでしょう。それに、近藤さんは俺が命懸けで守ります」
つねは振り向くと作り笑顔で誤魔化した。ただ、歳三の言葉で不安は和らいでいた。
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実際の所、本当に旅に行く位の気持ちでいる。
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