幕末博徒伝

雨川 海(旧 つくね)

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竹尾安五郎

◯安五郎 一

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 祐天一家を壊滅に追い込もうと画策した竹尾安五郎は、逆に捕り方に捕縛される。義兄弟の黒駒勝堂は逃げ延びたが、大勢の子分が縄目を受けた。

「くっそ!」
 安五郎は、祐天善之助と、清水寿郎長を恨んだ。特に善之助は、偉そうに笑みを浮かべていた。
 とは言え、縛られた状態では何も出来ないし、悪態をついても負け犬の遠吠えでしかない。口をへの字にして黙っていた。



 安五郎は、石和奉行所へ連行される。痛めつけられるだけ損なので、万事神妙にしていた。今度は、衣服を浅葱色の法被と股引に変えられる。服装が変わるだけで、随分と惨めな気分になる。
 玉砂利を敷き詰めた庭先に茣蓙が敷かれていて、そこへ正座させられる。
 式台の奥の座敷に奉行がお出ましになり、安五郎を詰問した。安五郎は、やはり神妙に答える。腑が煮えくりかえっていた。

 吟味が終わると、牢へ移動する。八畳敷の部屋に、五人が入っていた。安五郎が六人目になる。

「甲州笛吹郡竹尾村の安五郎、入牢する」
 役人が牢を開け、安五郎は牢に入った。厠も牢内に在るので、妙な臭いがする。ちなみに、厠から牢外への脱出は不可能になっている。
 牢は床板が剥き出しだった。畳は八枚とも積み上げられていて、男が偉そうに寝そべっている。牢名主だった。牢名主は、億劫そうに安五郎を見たが、すぐに態度を変える。
「ああ、安五郎親分じゃないですか」
 牢名主は、慌てて畳から下りると、額を床に付けて土下座した。
「なんだお前、役人の口上を聞いていなかったのか? 奉行みたいに高い所でいい気になってるからだぞ」
「申し訳ございません。ぜひ、親分が畳の上へ」
「いや、高い所は嫌だね。畳は元に戻しな」
 安五郎の鶴の一声で、床板に畳が敷き詰められた。
 安五郎は、沙汰が下るまで牢で過ごす。彼は、食事も車座になって楽しく食べるのが好きだった。やはり、ただの暴れん坊なだけでは、一家の親分は務まらない。 
 その間、奉行所へ六つの村から安五郎への減刑の嘆願書が届き、沙汰が決まる。罪一等を減じ、伊豆新島に流罪となった。



 島に流された安五郎は、流人仲間の間でも頭角を現すようになる。
「安五郎さん、あんた、甲州では有名な博徒の親分さんなんだって?」
 安五郎は、若い流人に話しかけられた。安五郎は、幾つか在る流人小屋の中の一つの長になっていた。
「誰から聞いたんだ、亀」
 亀と呼ばれた若い衆は、亀吉と言う名前の無宿人だった。ちなみに、竹尾安五郎も流人となった時点で、宗門人別町から外れた無宿人になっていた。
「鶴ですよ」
 鶴の言葉に反応して、安五郎の目の前で食事をする若い衆が頭を下げる。彼の名前は鶴吉で、甲州の出身だった。
「まぁ、隠す事じゃねぇさ」
 安五郎は、苦笑いする。

 さて、島での生活は、居住区が中心になる。島には同心が居て、罪人たちを管理していた。
 罪人は、土木作業や漁の手伝いをさせられ、小屋に戻って一日が終わる。多少は島民との接点もあるので、中には島の娘と親しくなる者も居た。なので、ご赦免舟が刑期を終えた罪人を迎えに来ても、島に残る者も居た。

 竹尾安五郎の場合は、ご赦免舟が来る心配は、当分の間は無かった。彼の刑期は二十年あったからだった。既に四十を超えているので、当時の平均寿命を考えれば、もう生きて本土に戻る事はないと考えていいだろう。だが、安五郎は復讐に燃えていた。どうしても祐天善之助と清水寿郎長に意趣返しをしたかった。地引漁の網を引きながらも、その事だけを考えていた。それには、島抜けしかない。

「安五郎の兄い、知ってなさるかい」
 こんな質問をされても、返事のしようがない。
「何を聞いて来るかによるな」
「ちげぇねぇ」
 安五郎に話し掛けたのは、らっきょみたいな顔の鶴吉だった。
「いやさ、黒船の話だよ」
「ああ、異国のお化け船か」

 黒船は、外国から来た蒸気船だった。とてつもなく大きな船で、風の力だけでなく、蒸気機関の動力も使える。これが日本に頻繁に現れるようになった。もう、天地がひっくり返るような大騒ぎで、国を二分する騒動だった。尊王攘夷や佐幕派、開国派に外国船の打ち払いなど、これから激動の時代を迎える。
 とは言え、一介の博徒には関係ない事で、世間話の種に過ぎず、それ以下でも以上でも無かった。さて、鶴吉の話は続く。

「その黒船が、また来るらしいんだよ」
「へぇ、えらい騒ぎになるな」
「島からも見えるらしいぜ」
 安五郎は、鶴吉の情報を吟味していた。これは、千載一遇の機会かも知れない。異国船による混乱は、脱獄には有利に働く。しかも、鶴吉は地元の漁師の娘と懇意だった。

 安五郎と亀吉と鶴吉は、島抜けの計画を立てる。まずは、監視をどうするかだった。囚人小屋は、外から鍵が掛けられる。敷地には見張りが立ち、門番も居る。まずは、門以外から出る手筈を整える。これは、柵の一部を切り、出口を造った。この作業は、亀吉が担当する。亀吉は、元々が大工で、江戸で泥棒稼業をしていた。商家の普請に職人として紛れ込み、外から侵入する仕掛けを仕込むのを得意としていた。囚人小屋から出る仕掛けも、亀吉が担当する。大工道具は無いが、凧糸に硝子の粉を付けた道具を持っていた。それで、器用に木材を切る。
 同心の夜の巡回経路を把握し、鶴吉が漁師の娘を騙し、島から出る手筈を整える。準備は万端だった。

 夜、安五郎と亀吉と鶴吉は、収容所を脱走し、浜辺へ向かっていた。鶴吉は、漁師の娘と逢引きをする手筈になっていた。
 その後、娘を人質にして漁師に舟を出させ、島を脱出する。無事に伊豆の浜辺へ上陸した。

 安五郎たちは、すっかり安心し、油断していた。その隙に、娘と漁師は引き潮に乗って逃げ出す。二人は命拾いをした。一緒に居れば、殺されていただろう。それは、その後の兇行が物語っている。

 黒船騒ぎで韮山代官所が手薄な中、安五郎たちは農家を襲った。金が無い場合の対処法として、強盗以外の調達手段を彼らは知らない。その後も、服や銭、武器も強盗で調達する。清水湊まで何の障害もなく辿り着いた安五郎たちは、天神一家に草鞋を脱ぐ。安五郎と天神一家は、懇意の仲だった。

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