幕末博徒伝

雨川 海(旧 つくね)

文字の大きさ
3 / 13
竹尾安五郎

◯安五郎 三

しおりを挟む
 暫くすると、勝堂が思いついた。
「そうだ、いいヤツが居るよ。うちの女郎に入れあげている半端な渡世人がいたよ」
 安五郎は、あまり気乗りしない様子で言う。
「おいおい、そんなのに任せるのかよ」
「駄目で元々さ、兄弟」
「まぁ、そうだな」
 安五郎は納得する。
「それで、そいつは何て名だい?」
「追分参五郎と言う流れ者さ。一月前から家に草鞋を脱いでいるんだが、妙に金回りの良いヤツで、毎日のように女郎屋に通ってやがる。馴染みは一人で、節と言う女さ。まぁ、稼ぎ頭の上玉だがな」
 安五郎は、勝堂の説明を聞いて、段取りを考えた。早速、参五郎が呼ばれる事になる。

「親分さん、おいらに用ですって?」
 追分参五郎は、様子の良い男だった。色白の優男で、江戸や京、大阪と言った華やかな場所でモテそうな役者顔をしている。関八州の荒くれ者が跋扈する土地に似合わない感じがした。当然、女にはウケるが、男には嫌われる。勝堂も安五郎も、参五郎を好きになれなかった。

「参五郎さん、あんたを漢と見込んで頼みがあるんだ」
 勝堂は、改まって言う。参五郎は警戒した。甲州の大親分ともあろう者が、一介の渡世人に丁寧な言葉を使う。必ず裏があると予想できた。

「上州の前田栄五郎の所に、清水寿郎長と言う渡世人が草鞋を脱いでいる。この寿郎長は、清水湊で一家を構える天神一家の親分を斬り殺した凶状持ちだ。こいつを何とかして欲しい」
 勝堂の頼みは、予想通りろくでもない内容だった。
 参五郎は、苦い顔をする。
「おいら一人で行くんですかい?」
 当然、不満に思う。参五郎は寿郎長に恨みなどないから、いくら一宿一飯の恩とはいえ、命のやり取りは御免こうむりたい。

「参五郎さん、あんたの働き次第で、節の借金を帳消しにしてもいいんだぜ」
 参五郎は、勝堂の提案に心が揺れた。
「本当ですかい?」
 勝堂は、参五郎の問いに胸を張って答える。
「おれも甲州じゃ名が売れた漢よ。嘘偽りは無いぜ」
 参五郎は、勝堂の提案を検討していた。節は、何処かの誰かにしろ、人が死んだ金で自由になりたいとは思わないだろうし、参五郎も訳もなく命を取る行為は気乗りしない。

「勝堂親分、節は自分で身請けします。殺しの方は他を当たってくんなさい」
 参五郎が頭を下げると、竹尾安五郎が口を挟む。
「そうかい、お前の愛しい女がどうなってもいいのかい? なぁ、勝堂よ。女にいっぺんに借金を返して貰ったらどうだ?」
 勝堂は、兄貴分の言葉の意味を解りかねていた。怪訝な顔をしていると、安五郎は話を続けた。
「節と言う女郎を、寝かさずに働かせるのさ。客をどんどん取って、観音様が擦り切れるまで使わせろ。一発五十文でやらせれば、店の前はお祭り騒ぎの行列ができて、商売繁盛だろう。おれも島帰りだから、そうとう溜まっているぜ。参五郎、お前が身請けする頃には、使い物にならないごみ屑かもな」
 勝堂は、安五郎に説明されて合点がいく。話を合わせた。
「そうだな、使い潰しちまおう」
 参五郎は、勝堂が本当にそんな無茶な真似をするとは思っていなかったが、万が一でも可能性があるので、悩んでしまう。そこへ、追い打ちが来た。
「おい、参五郎、おれは本気だぞ」
 勝堂の一言で、参五郎は降参した。
「分かりましたよ親分さん。清水寿郎長の命を取ってきますよ」

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...