ブループリントシンデレラ

ばりお

文字の大きさ
9 / 11

ただいま

しおりを挟む
 夢だったのかな。やっと静かになった帰りのタクシーの中で、呆けた頭のまま考える。今日起きた事全てが非現実的すぎて、一人になった今現在改めて振り返ってみると、狐につままれたとしか思えなかった。
 でも嘘みたいだけど、スマホのカメラロールには、さっきの衣装姿の俺と紅さんが並んだ写真が残されている。紅さんは衣装も何も着ていないのに、めかし込んでいる俺よりもずっと存在感があって、美しくて、様になって格好いい。この写真は、絶対一生の宝物になるだろう。ふふ。嬉しくなって頬が緩んだ。
(……まぁ……夢なら夢でいっか)
 もし今日一日の出来事全てが、神様が気まぐれに見せてくれた夢か幻だったとしても。
 例えこの写真が一晩寝たら消えていたとしても。
 明日からも結局、何も変わらず今まで通りの日常が続くとしても。
 俺はもう、大丈夫な気がする。
「はい、着きましたよ~」
「ありがとうございます」
 運転手さんにお金を渡して車を降りた。玄関前に立つと、リビングの方から、オレンジ色の優しい明かりが漏れ出しているのが分かった。きっとお母さんが、いつも通り晩御飯を作って帰りを待ってくれているんだろう。結果がどうあれ、優しく迎え入れる準備をしてくれているんだと思う。
 ドアノブに手をかけると、冷えた金属が指先を痺れさせた。それにビックリしたのを理由にして、一旦手を引いた。髪を触る。下を向く。もう一度ドアノブに手をかけて、また引っ込める。恥ずかしいような、気まずいような、何とも言い難い気持ちだ。
(どう説明しよう)
 この髪の事も、紅さんの事も、オーディションに合格した事も。濃厚すぎる一日のせいで、色んな情報が頭の中でこんがらがっている。とても説明なんて出来そうにない。
(……いいや、うまく説明出来なくても)
 結局そうとしか結論付けられなかった。
 はあっ。白い息を大きく吐き出す。意を決して、玄関の扉開いた。
 途端、ふわりと美味しそうな匂いが鼻孔を擽った。いつも学校から帰ってきたら香る匂いだ。優しい匂い。ホッとする匂い。いつもは当たり前のそれが、今日はなんだかすごく心に沁みた。非現実に翻弄されきった心に安堵感が広がっていった。
 ありがたいなぁと思った。
 ただいまの挨拶をするまでもなく、物音で帰宅に気付いたらしい。すぐにぱたぱたと足音が聞こえ、お母さんが玄関に顔を覗かせた。
「ユキ、おかえ……り……」
 笑顔で出迎えてくれたその表情が、みるみると驚きに変化していくのが分かった。
「……ただいま……」
「……ど……どうしたのその髪っ……!?」
 ぎこちなく愛想笑いを浮かべてただいまの挨拶をすると、お母さんが目を潤ませながら近づいてくる。
「えっと」
「うん」
「俺もまだ、よく分かってないんだけど」
「うん」
「紅さんに会って……オーディション合格して……その後ヘアサロンに連れてかれて……んと……とにかく色々あって……こうなった」
「……合格したの!?」
「うん……なんか、たぶん、したっぽい……。あっ、これ、見て」
 スマホを取り出して、さっきの写真を画面に映す。
「紅さんが、衣装着せてくれて、一緒に撮ってくれたの」
「……!!」
 画面と俺の顔を何度か見比べたお母さんは、その後感極まった様子で、思いっきり、俺を抱きしめてきた。
「……お母さんね、ユキの肌も目も、勿論髪の色も自慢だった。凄く綺麗だから。でもユキがそのせいで苦しんでるんだったら……そんな風に産んじゃってごめんって。普通の子と同じように産んであげられなくてごめんって。お母さんのせいでごめんって、ずっと思ってた」
 薄々は勘づいていた。俺が髪を染める度に、お母さんの心も傷つけてるんだろうなって。
 そして俺も、当てつけがましい思いがこれっぽっちも無かったと言えばウソになる。何でこんな風に産んだんだよって。お母さんのせいだって。心のどこかで思ってた。……最低な息子だと思う。
「でも……でも……お母さんやっぱり、ユキのその髪の色、大好きだよ。今の写真見て思ったの。その見た目で生まれて来たユキにしか出せない輝きが絶対にあるんだって。だから誇りに思って欲しい。ユキの色は綺麗だよ!」
 前まで聞こうともせず突っぱねていた言葉が、じんと体の中に広がっていった。思えばずっと、ずっとずっと、お母さんは俺のありのままを認めて、諦めずに同じ事を言い続けてくれていた。その愛情を受け取っていなかったのは、他でもない俺自身だ。
 今なら分かる。お母さんのせいじゃない。
「……今日、紅さんと会って分かったんだ。俺、今までずっと、誰かに甘えて逃げてただけなんだって。……俺もね、本当は……自分の肌も、髪も、目も、凄く大好きだった。お気に入りだった。でもだからこそ、人からからかわれて悲しくなった。ただそれはお母さんのせいじゃない。俺が自分を認める強さが無かっただけ。自分よりも、他の誰かを人生の基準にしちゃってただけ。ただそれだけなんだ」
 そう言って顔を上げる。目の前には、くしゃくしゃに泣いたお母さんの顔があった。
「お母さんがくれたこの色のおかげで、紅さんに見つけて貰えた」
 今度は俺が、お母さんの背中に手を回した。今まで守ってくれてありがとう。もう大丈夫。これからは自分で決めるよ。俺自身の足で立つよ。もう、誰のせいにもしないから。
「ありがとう」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...