ブループリントシンデレラ

ばりお

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真っ白な俺のままで

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 とはいえやっぱり、翌日学校に行くのは、少し怖かった。
『ユキ君て、真っ白でオバケみたいでコワイから嫌い』
 頭の中にずっとこびりついている言葉と、胃の辺りがぎゅっとこわばる感覚が、条件反射で襲って来る。だけどもう今までとは違う。俺はもう、本当に大事な事が何なのか分かってる。
 この自分で生きる事を、俺が決めるんだ。
『お前は真っ白で綺麗だよ』
 選択を後押しするように、昨日の奇跡みたいな経験と、紅さんの優しい言葉が呼び起こされた。
(大丈夫)
 今年初めて、お父さんがくれたあのコートに袖を通す。自然と背筋がしゃんとして、勇気が湧いてきた。鏡の前に立つと、見慣れない俺が立っている。でも、前よりずっと、このコートが様になっているような気がした。
(大丈夫)
 もう一度そう呟いて、自分に向けて微笑んだ。
 お母さんがくれた色を、紅さんが見つけてくれた俺を、コソコソ隠すのはもうやめよう。
 俺はこの色が好きだ。自分の見た目がお気に入りだ。誰に何を言われても、お気に入りなんだ。だから
 
 深呼吸して
 胸を張って
 真っ直ぐ前を見て
 俺自身を生きるんだ。
 
 
「……あの……もしかして、ユキ君?」
 席に着くと、女子の一人が困惑した様子で声をかけてきた。教室に入るまでにも、色んな場所からの視線とひそひそ話の気配は感じていた。
「あ……うん。イメチェンしちゃった~……」
 正直手のひらに変な汗はかいていたけど、なるべく平静を装って、軽い調子で返事を返す。するとそれを皮切りに、どう声をかけようか迷っていた様子の他の子達も机の周りに集まってきた。
「どうしたのその髪!? 切ったの!? っていうか染めたの!?」
「え、っと……実は……こっちが地毛の色で、今まで染めてたんだ」
「ええっ!? 何で!? こんな綺麗な髪何で隠してたの!?」
「地毛がこれってズルくない!?」
「すっごく似合ってるよ~~~!!」
 そんな事ないよ。
 だって白くて変だし。
 褒められるのが落ち着かなくて、一瞬、馴染みのある言葉が反射的に口をついて出そうになった。だけどそこでふと、紅さんの姿が頭を過る。
(紅さんなら、こういう時……)
 どうするんだろう。そう考えたら、すぐに答えは出た。
「……嬉しい。ありがとう」
 素直な気持ちをそのまま出して、自信満々の笑顔なんかはとても出来なかったけど、精一杯はにかみながらそう言った。そしたら女の子達が息を吞んで、目をキラキラさせたのが分かった。その瞬間、胸の奥にポッと火が灯った。魂が震えた気がした。
(女の子を、もっともっとときめかせてみたい)
 こころの中で、小さな声が聞こえて、ハッとした。あまりに小さくてすぐに搔き消えそうだったけど、それを慌てて掬い上げてあげる。
 紅さんに会えればそれでいいと思ってた。
 別にアイドルになりたいわけじゃないしって思ってた。
 でも俺、本当は
「ユキ君、絶対そっちの方がいいよ……!!」
 アイドル、やりたかったんだ……。
 やりたかったから、でも出来ないと思い込んでたから、思う存分やれてる紅さんに、あんなにも嫉妬してたんだ。
 自分の本当の気持ちに気付いてビックリした。だけどそれを噛み締める暇もなく、一人の女の子に手を取られて新たなビックリが重なった。
「ねぇユキ君、一緒に写真撮ろ!」
「えっ、何で!?」
「いいから! イメチェン記念!」
「あっいいな~ズルい! あたしも~!」
「ねぇねぇ皆、ユキ君が一緒に写真撮ってくれるってさ!」
「えっ、えっ!? ちょ……!」
 あまりの事態に、顔がユデダコみたいに赤くなっていく。スマホを持った子にそれをからかわれて、さらに前を向けなくなる。可愛い、可愛い、って言われた気がしたけど、そんなのもはや右から左だった。
 どうしようどうしようどうしよう。なんか柔らかくていい匂いする。っていうか距離近すぎる。これっ、手、変な所に当たっちゃったらどうしよおぉ……!!
 確かに女の子をときめかせてみたいとは思ったさ。でもこんなのあまりに急すぎる! 神様聞いてる!? 今の俺にはまだ無理だから!!
 
 
 突如として始まった写真撮影は、朝礼に来た先生の注意によって強制終了となるまで続いた。
 そして休み時間に隣のクラスからも女子が来て、しかも俺の事見に来たって言った時には、さすがに脳内回路がショートした。だってハヤト君ならまだしも、俺だよ? 何でわざわざ見にくるの? 一瞬「髪の色をからかいに来たのかな」って、ネガティブなクセが顔を覗かせたりもしたけど「前からユキ君の事、綺麗だなって思ってたの。その髪すっごく似合ってる!!」って。俺の頭の中とは正反対の想いを、少しだけ頬を染めながら伝えてくれた。
 正直に言う。嬉しかった。
 今日一日で、一生分なんじゃないかってくらいの褒め言葉を貰った気がする。
 綺麗だよ。カッコいい。素敵。羨ましい。その方がユキ君らしいよ。本物の王子様みたい。
 受け止めきれない程の言葉のシャワーを浴びるうち、分かってきた。あぁ俺は、自分で勝手に自分自身を、小さい頃に経験した悪夢の中にずっと閉じ込めていたんだなって。そして今日、このままの自分で登校するんだって決めた事で、優しい周りの人達のおかげで、怯え続けた夢の中から、ようやく自分を開放してあげられた気がした。
(勇気出して、良かった)
 紅さんに絶対会うって決めた時も、そのためにオーディションを受けるって決めた時も、今更歌や踊りを始めた時も、美容室で選択を迫られた時も、そして何も隠さない自分のままで学校に行くって決めた時も。
 少しずつの勇気を振り絞って、行動して、選択して、決断して。そうやって歩みを進めた先に待っていたのは、一番迎えに行ってあげたかった、泣きべそかいてる俺自身だった。
(もう大丈夫だよ)
 明るい色の髪を撫でると、ひとりでに顔が綻んだ。昨日から現実だとは思えない事ばかり起きている。でも一方で、掛け違えていたボタンがようやく本来の位置にハマったような感覚もある。嬉しいな。幸せだな。陽だまりのような気分を味わったまま一日を終えて、下校しようとした時の事だった。
 校門に背を預ける人影があった。
「……髪、似合ってんじゃん。カッコいいぜ」
 ハヤト君だ。
 また咄嗟に「そんな事ないよ」が出そうになった。だけど、謙遜をぐっと飲み込んで、「ありがとう」って笑った。そしたらハヤト君も、嬉しそうに笑ってくれた。
「文化祭の演劇で、主役決めた時の事だけどさ」
 そして突然始まる思い出話。
「俺に決まる流れが出来上がってた中で、ユキがいいと思うって意見が出たり、結構な数お前に投票されたり、学校っていう同調圧力が強い場所でそういう事が起きるって、実はスゲェ事だなって思ってた」
「え……う、うん?」
 言ってる意味がいまいち分からなくて、反応が鈍くなってしまう俺に、仕方ないなって感じの苦笑が向けられた。
「俺の言いたい事、伝わってる? それくらい、ユキは元からすげー魅力的だったんだよ」
「……ええっ!? それは、どうだろう……ちょっと違うと思うけど……」
「何。素直に受け取るのやめたの?」
「あ、う……そんなにすぐには、全部上手く出来ないよ……」
 ハヤト君は、また苦笑を一つ。
「あとお前、女子と結構仲いいだろ? ユキは単に友達だと思ってるのかもしれないけど、あれ皆、多かれ少なかれお前の事カッコいいと思ってんだぜ」
「へっ!? そうなの!? 誰もそんな事言わなかったよ!?」
「当たり前じゃん。そうじゃなかったら女子なんて寄り付かないだろ。でもお前が自信なさそうにしてるから、おおっぴらにしづらかっただけ。今は皆、ユキの事堂々と話題に出来て楽しそうに見える。あるべき物があるべき姿にやっとなってくれたって感じ。俺は俺なりにしんどかったんだぜ? 皆が心のどっかで、本物の王子様はユキなのになって思ってる中で王子様に祭り上げられて」
「ぁ……えと……ごめん?」
「何だよそれ。謝られたら逆に惨めじゃん」
 今度は可笑しそうに、ハヤト君が笑った。
「……噂で聞いたんだけどさ、ユキ、アイドルのオーディション受けたってマジ?」
 どこでバレたのか、誰が言い出したのか、そういう風の噂が流れている事は俺も知っていた。こくりと頷く。
「合格したんだろ?」
「えっ! 何で知ってるの!?」
 ただ、昨日の今日で、まだ誰にも言ってないはずの事を言い当てられた時にはさすがに驚いた。目を丸くする俺に対して、ハヤト君が悪戯っぽく笑った。
「やっぱり」
 ……まんまとカマをかけられた!!
「酷くない!?」
「いいじゃん。遅かれ早かれバレるんだし。早く有名になって自慢させてよ。あの水方ユキと同じクラスだったんだぜって」
 まだ事務所に所属するって口約束されただけだし。
 デビューできるかどうかも分からないし。
 出来たところで俺がそんなに有名になれるなんて思えない。
 だからまた一瞬「そんなの無理だよ」って、慌てて予防線を張りそうになった。
『テメェはこれから世界を魅了するアイドルになるんだよ!!』
 でもそこで、昨日紅さんが放った、呼吸を忘れる程の強烈なエネルギーを思い出す。
『決まりだな』
 そして、本当に未来すらあの場で決まってしまったような一言も。
「……うん」
 紅さんみたいな凄い人と違って、俺には先の事なんて分からない。ただ、このオーディションを受けるって決めたおかげで、紅さんが存在してくれていたおかげで、俺は変われた。自分の事を、前よりずっと好きになれた。それだけは確かだ。
 だったら、あの人が見ている世界を、試しに俺も信じてみよう。
「皆が自慢出来るくらい有名になるから、見てて」
 保身を捨てて、真正面から、目を逸らさずに宣言する。きっと紅さんが見ている未来の俺は、そうするだろうと思ったから。
 ハヤト君はちょっとだけ驚いた顔をしていた。でもすぐに優しく目を細め、歯を見せて笑った。
「応援してるぜ、王子様」
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