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第二話
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ユキと月影が花冠を編んでいた頃、桃源郷に客人が訪れていました。大勢の人間の男です。
ただ人間達は武器を携えており、どうにも穏やかな雰囲気ではありません。
「女たちを返せこの忌々しい龍め!」
「人の肉の味を覚えた獣を生かしておくわけにはいかない!」
「今日こそは罪を償ってもらうぞ!!」
気色ばんだ人間達が口々に怒鳴ります。どうやら生贄被害に遭った里の者が、桃源郷まで押しかけてきたようです。
直々に応対した紅は、溜息交じりに煙管の煙を吐き出しました。
「あのさぁ、な~にを勘違いしてっか知らねぇけど、俺は生まれてこの方人間を喰った事なんか一度もねぇよ? まぁ確かに? 人間の可愛い女の子をナンパした事はありますが? でもそれだけだ。みーんな優しくおもてなししてちゃんとお家に帰してます~」
まともに取り合うのもバカバカしいといった態度が、男達の神経を逆撫でします。頭に来た様子の一人が、「龍がそんなに偉いのか!」と騒ぎ立て、刀を振り上げ猛進してきました。しかし紅が鋭く息を吹きかけると、刹那それは高熱の炎となり、刀身はたちまち溶けて原型を失ってしまいました。
「龍がそんなに偉いのかって? あぁ偉いさ。テメェらみたいに根も葉もない噂を鵜呑みにして、自分の頭で考えようともしねぇクソガキ共の何倍生きてると思ってんだ」
さらに蛇の舌のように、口元から細長く炎がチラつきます。人間はその光景に一瞬怯みはしましたが、引く様子はありません。距離を測りつつじりじりと紅の周囲を取り囲み、おのおの武器をぐっと握りしめます。
「なぁオイ、テメェらは俺が人間を喰う所をその目で見たのか?」
「見られるわけがないだろう! お前はいつも生贄を寄越させて、住処に連れ去って喰っちまうんだ!」
「俺が生贄を連れ去る所を見たのか?」
「お前がいつも儀式だとのたまって人払いをさせているんだろう!」
「そもそも俺が生贄を要求した声を聴いたか?」
「ええい煩い煩い煩い!! この期に及んで聞き苦しいぞ!! どれだけの女達がお前に捧げられたと思ってるんだ!! お前がどう言い訳しようが、村人は実際に妻や娘を失ったんだ!! 弁明の余地などない!!」
興奮した男達は何を言っても聞く耳を持ちません。今にも飛び掛かってきそうな彼らをぐるりと目線でなぞってから、紅は寂しそうに瞑目しました。
「……そうか。嘆かわしいねぇ。人間ってぇのは、もっと話が通じる動物だったんだがなぁ……」
男達が一斉に武器を振りかざしました。その瞬間、周囲にごうと青白い炎が燃え上がります。
「俺ァ身の程知らずなお行儀ワリィ生き物が嫌いでねぇ!! 龍の縄張りを荒らすそれ相応の覚悟はあるンだろうなぁ!?」
紅の様子が豹変しました。髪が炎のようにたなびいて、瞳孔はぎらりと細く収縮し、牙を剥き出しにした口からは怒気交じりの黒煙が漏れています。紅から噴き出すエネルギー……龍気とでも呼べばいいのでしょうか。それが空気を伝わって、ビリビリと人間達の肌を刺します。
怒った龍に対して、人間が何をしようと焼け石に水でした。
どんなに武器を振り下ろした所で、体表に浮かび上がる甲殻に弾かれ、鱗に覆われた手のひらで受け止められ、炎に溶かされてしまいます。傷一つつけられず、炎の檻で引くにも引けず、脆弱な人間は恐怖と熱に身を焦がすのみ。誰も紅に太刀打ち出来ぬ圧倒的劣勢に思えました。
しかしその状況は、思わぬ形で幕切れを迎えます。
「ッ!?」
突如として辺りを覆っていた膨大な龍気が消え失せ、紅は鎮火したかのようにその場に崩れ落ちました。全身の力が入りません。炎を吐ける気もしません。まるで得体の知れない何かに、体はおろか内臓まで縛り付けられている感覚です。いっとう違和感のある手首に視線を送ると、そこには赤い麻縄が引っかかっていました。とはいえ拘束されているわけではありません。ただ緩く縄をかけられているだけ。それなのに、怨念のような霊力が体の自由を奪っているのです。
「ははっ……はははははははははっ!! あははははははっ!! 効いた!! ほんとに効いたぞっ!!」
カタカタと震える手で縄尻を握る男が、狂ったような高笑いを上げます。すぐさま人間達は紅を抑え込み、その奇妙な縄で後ろ手に縛り上げました。
「これは各地から神官を集めて霊力を注ぎ込んだ特別な縄だ!! 邪龍を捉えるためだけに作った神聖な縄なんだよ!! どうだ動けないだろ!? バカにしていた人間に一杯食わされた気分はどうだ!?」
一人が声高に語りながら紅の腹を蹴り上げました。普段は人間の脚力などなんとも思わないはずなのに、今は内臓がつぶれる程の衝撃となって襲い掛かります。胃の中身をひっくり返して咳き込む紅に、愉悦を孕んだ笑い声が爆発しました。
「身の程知らずなお行儀の悪い生き物が嫌いだと!? ただの角の生えたトカゲがよくも偉そうな口をきけたもんだなぁ! 獣を集めて徒党を組んで、お山の大将は楽しかったか!? おら何とか言ってみろよ龍神様よぉ!!」
何も出来なくなったと分かった途端、人間達は嬉々としてその身をいたぶり始めました。無抵抗の紅を殴って蹴って、鬱憤を晴らすように暴言を投げかけます。ですがそんな扱いを受けてもなお、紅は指先一つ満足に動かせませんでした。ただぐっと歯を食いしばって耐えるしかありません。
「おいおい過ぎた無礼は良くないぞ。相手は一応桃源郷の長だ」
ややあって、遠巻きに見ていた一人が皆を宥めます。とはいえせせら笑うような声色から、その言葉が本心でないのは明白でした。
「それに……」
蹲る紅に歩み寄った男は、髪を引っ張り無理矢理顔を晒し上げました。
「若い女の血肉を喰らっていただけあって、大人しくさせておけば実にお美しい。殴り殺すだけじゃあ勿体ないとは思わないか?」
今しがた見せた獰猛な姿から一変。力を奪われ弱弱しく呼吸を繰り返す龍の姿の、なんと哀れな事でしょう。痛みに顰められる眉も、唇を濡らす血の赤すらも扇情的です。強い獲物を捕らえてやったのだという原始的な高揚感に加えて、龍族の浮世離れした凄艶な容姿が、男達のまた別の意味での興奮を誘いました。
「折角だからそうだなぁ。コイツの贄となった女達の苦しみを、そのまま味わわせてやるとしようじゃないか」
ただ人間達は武器を携えており、どうにも穏やかな雰囲気ではありません。
「女たちを返せこの忌々しい龍め!」
「人の肉の味を覚えた獣を生かしておくわけにはいかない!」
「今日こそは罪を償ってもらうぞ!!」
気色ばんだ人間達が口々に怒鳴ります。どうやら生贄被害に遭った里の者が、桃源郷まで押しかけてきたようです。
直々に応対した紅は、溜息交じりに煙管の煙を吐き出しました。
「あのさぁ、な~にを勘違いしてっか知らねぇけど、俺は生まれてこの方人間を喰った事なんか一度もねぇよ? まぁ確かに? 人間の可愛い女の子をナンパした事はありますが? でもそれだけだ。みーんな優しくおもてなししてちゃんとお家に帰してます~」
まともに取り合うのもバカバカしいといった態度が、男達の神経を逆撫でします。頭に来た様子の一人が、「龍がそんなに偉いのか!」と騒ぎ立て、刀を振り上げ猛進してきました。しかし紅が鋭く息を吹きかけると、刹那それは高熱の炎となり、刀身はたちまち溶けて原型を失ってしまいました。
「龍がそんなに偉いのかって? あぁ偉いさ。テメェらみたいに根も葉もない噂を鵜呑みにして、自分の頭で考えようともしねぇクソガキ共の何倍生きてると思ってんだ」
さらに蛇の舌のように、口元から細長く炎がチラつきます。人間はその光景に一瞬怯みはしましたが、引く様子はありません。距離を測りつつじりじりと紅の周囲を取り囲み、おのおの武器をぐっと握りしめます。
「なぁオイ、テメェらは俺が人間を喰う所をその目で見たのか?」
「見られるわけがないだろう! お前はいつも生贄を寄越させて、住処に連れ去って喰っちまうんだ!」
「俺が生贄を連れ去る所を見たのか?」
「お前がいつも儀式だとのたまって人払いをさせているんだろう!」
「そもそも俺が生贄を要求した声を聴いたか?」
「ええい煩い煩い煩い!! この期に及んで聞き苦しいぞ!! どれだけの女達がお前に捧げられたと思ってるんだ!! お前がどう言い訳しようが、村人は実際に妻や娘を失ったんだ!! 弁明の余地などない!!」
興奮した男達は何を言っても聞く耳を持ちません。今にも飛び掛かってきそうな彼らをぐるりと目線でなぞってから、紅は寂しそうに瞑目しました。
「……そうか。嘆かわしいねぇ。人間ってぇのは、もっと話が通じる動物だったんだがなぁ……」
男達が一斉に武器を振りかざしました。その瞬間、周囲にごうと青白い炎が燃え上がります。
「俺ァ身の程知らずなお行儀ワリィ生き物が嫌いでねぇ!! 龍の縄張りを荒らすそれ相応の覚悟はあるンだろうなぁ!?」
紅の様子が豹変しました。髪が炎のようにたなびいて、瞳孔はぎらりと細く収縮し、牙を剥き出しにした口からは怒気交じりの黒煙が漏れています。紅から噴き出すエネルギー……龍気とでも呼べばいいのでしょうか。それが空気を伝わって、ビリビリと人間達の肌を刺します。
怒った龍に対して、人間が何をしようと焼け石に水でした。
どんなに武器を振り下ろした所で、体表に浮かび上がる甲殻に弾かれ、鱗に覆われた手のひらで受け止められ、炎に溶かされてしまいます。傷一つつけられず、炎の檻で引くにも引けず、脆弱な人間は恐怖と熱に身を焦がすのみ。誰も紅に太刀打ち出来ぬ圧倒的劣勢に思えました。
しかしその状況は、思わぬ形で幕切れを迎えます。
「ッ!?」
突如として辺りを覆っていた膨大な龍気が消え失せ、紅は鎮火したかのようにその場に崩れ落ちました。全身の力が入りません。炎を吐ける気もしません。まるで得体の知れない何かに、体はおろか内臓まで縛り付けられている感覚です。いっとう違和感のある手首に視線を送ると、そこには赤い麻縄が引っかかっていました。とはいえ拘束されているわけではありません。ただ緩く縄をかけられているだけ。それなのに、怨念のような霊力が体の自由を奪っているのです。
「ははっ……はははははははははっ!! あははははははっ!! 効いた!! ほんとに効いたぞっ!!」
カタカタと震える手で縄尻を握る男が、狂ったような高笑いを上げます。すぐさま人間達は紅を抑え込み、その奇妙な縄で後ろ手に縛り上げました。
「これは各地から神官を集めて霊力を注ぎ込んだ特別な縄だ!! 邪龍を捉えるためだけに作った神聖な縄なんだよ!! どうだ動けないだろ!? バカにしていた人間に一杯食わされた気分はどうだ!?」
一人が声高に語りながら紅の腹を蹴り上げました。普段は人間の脚力などなんとも思わないはずなのに、今は内臓がつぶれる程の衝撃となって襲い掛かります。胃の中身をひっくり返して咳き込む紅に、愉悦を孕んだ笑い声が爆発しました。
「身の程知らずなお行儀の悪い生き物が嫌いだと!? ただの角の生えたトカゲがよくも偉そうな口をきけたもんだなぁ! 獣を集めて徒党を組んで、お山の大将は楽しかったか!? おら何とか言ってみろよ龍神様よぉ!!」
何も出来なくなったと分かった途端、人間達は嬉々としてその身をいたぶり始めました。無抵抗の紅を殴って蹴って、鬱憤を晴らすように暴言を投げかけます。ですがそんな扱いを受けてもなお、紅は指先一つ満足に動かせませんでした。ただぐっと歯を食いしばって耐えるしかありません。
「おいおい過ぎた無礼は良くないぞ。相手は一応桃源郷の長だ」
ややあって、遠巻きに見ていた一人が皆を宥めます。とはいえせせら笑うような声色から、その言葉が本心でないのは明白でした。
「それに……」
蹲る紅に歩み寄った男は、髪を引っ張り無理矢理顔を晒し上げました。
「若い女の血肉を喰らっていただけあって、大人しくさせておけば実にお美しい。殴り殺すだけじゃあ勿体ないとは思わないか?」
今しがた見せた獰猛な姿から一変。力を奪われ弱弱しく呼吸を繰り返す龍の姿の、なんと哀れな事でしょう。痛みに顰められる眉も、唇を濡らす血の赤すらも扇情的です。強い獲物を捕らえてやったのだという原始的な高揚感に加えて、龍族の浮世離れした凄艶な容姿が、男達のまた別の意味での興奮を誘いました。
「折角だからそうだなぁ。コイツの贄となった女達の苦しみを、そのまま味わわせてやるとしようじゃないか」
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