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俺が真っ白い空間にいた話

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「ん……」


 気がつくと俺は真っ白い空間の中に居た。
本当に何もない、だだっ広い空間にぽつんと俺だけがいる。
辺りを見回すが、誰もいない。


「夢?」


 ──夢ではありません。


 どこからか女の声が聞こえてきた。
再度辺りを見回すがやはり誰もいない。


 ──ここは転移空間です。


「転移、空間?」

 
 
 ──貴方は創造神様のモニターに選ばれました。


「え?」


 創造神? モニター?
 聞きなれない言葉に戸惑っている俺のことはお構いなしに、どこかから聞こえてくる声は矢継ぎ早に言葉を紡いでいく。


 ──お好きな転移先と、受けたい祝福、取得したいスキルとお選びください。



 転移先? 受けたい祝福? スキルって。
まるで



 ──選択が終わりましたら、そちらの椅子に腰掛けて瞼を閉じてください。


「椅子?」


 コタン、と音がしたと思うと同時に、先程まで何もなかったところに椅子が現れた。
何の変哲もない、ただのパイプ椅子。


 ──それでは、ご武運を。


「え? ちょっ……!」



 先程まで聞こえていた声はもうどこからも聞こえてこない。


「なあ!」


 俺の声だけが虚しく響く。


「なんなんだ……一体……」


 呆然としていた俺の目の前に、突如タブレットのようなものが出現した。


「え」


 タブレットが光り、液晶画面に『転移先』『祝福』『スキル』という文字が出てきて、青白く光りはじめた。


「何なんだよ……」


 まさか、本当に異世界転移フラグ?
少し前に話していた親友への投げかけをおもいだす。


  ──なあ、もし異世界に転生したらどうする?



「異世界……」


 恐る恐る、目の前の液晶画面にふれる。
転移先、と表示されている文字に触れると、ポップアップウィンドウが出てきて、文字──というよりはまるでゲームのタイトルのような文面──の羅列が目に飛び込んできた。
それらも全て青白く光っている。

 試しに、一番上に表示されている『明かされる海の都の謎と奇跡』という文面に触れてみた。
すると再びどこからかあの声が聞こえてきてきた。                


 ──広大な海に沈み行く世界で過ごしていただきます。 街のあちこちには水が溢れ、湿地帯や水源、が広がっています。 大地の精霊をみつけ、沈み行く世界を立て直してください。


 「へえ」

 
 沈み行く世界、か。
 タイトルからしてゲームのようだと思いはしていたが、世界観もゲームそのものだな、と妙に関心してしまう。

 そして文脈から、大地の精霊をみつけだしたらクリアーになり、現実世界に帰還する流れだろうか?

 ということは、『明かされる海の都の謎と奇跡』の下にある『イリスの恋煩い』。
これはタイトルからしてイリスという人の恋煩いを治すゲームだったりするのだろう。


 そんなことを考えながら『イリスの恋煩い』というタイトルに触れる。


 ──お金持ちの子息のみが通う事ができる、全寮制の学園にある日、季節外れの転入生がやってきます。 もじゃもじゃ頭に厚底眼鏡。 一見不潔な見た目をしている転入生ですが、実は絶世の美少年。 彼の容姿は目立ち過ぎるのと、男性同士の恋愛が横行しているこの学園では彼の安全が保証できない為、彼の叔父でもある理事長が彼をそんな姿に変装させたのです。 しかし、好奇心旺盛で良く言えば天真爛漫な彼は変装の甲斐無く、次々とトラブルをひき起こしながら、学園のイケメン達を虜に「ちょっと待て」


 俺の声に反応してか、マシンガントークを繰り出していた声が止まる。


 「いやいやいや……」

 
 中学時代によく絡んできた女子生徒の顔が脳裏に過る。

 このシチュエーションは聞き覚えしかない。
顔を合わすたび、何度も何度も向こうから一方的に熱く語られてきたのだ。
忘れられるはずがない。

 
 「これもしかして、王道展開とかいうビーエルものか……?」


 ──はい! そうです! 正確には王道展開ではなく非王道展開寄りになるのですけど。 それでえーと、どこまで話したでしょうか。 あ、そうそう。 虜にしていく彼に巻き込まれる主人公、イリスくんの恋を実らせてください。


 なんだか頭が痛くなってきた。
この声の主も、腐女子だったりするのだろうか。


 『イリスの恋煩い』の次には『ウィッチ・ウォッチ』とある。


 おそらく五十音順なのであろう。
 『ウィッチ・ウォッチ』に触れると、魔女狩りでお金を稼いでいく旨の説明が聞こえてきた。
 世界観によって、色々と異なるらしい。

 一通り聞き終えた俺は、まず何を優先するかで悩んだ。
何らかの条件をクリアすると、現実世界に戻れそうなものと、全く戻れなさそうなもの。
そして大事なのは戦闘系なのか否か、だ。

 
 現実世界に戻りたくないわけではない。
今期は特にみているアニメはないが、来期にはずっと待ち望んでいたアニメ作品が控えている。

 親友だってきっと、突然消えた俺のことを心配しているだろうし……。


「現実世界に戻れそうな世界観どれだっけ」

 
 たしか一番最初のやつはそんな感じの説明だったなと考えていると、また新たにポップアップされる。


 ──現実世界に帰還できるルートがあるのはこれらの世界です。


「……へ、へえ」


 随分と便利なものだな、と思いながら、リストアップされたものを一から目を通す。


 想像通り、一番最初に載っていた『明かされる海の都の謎と奇跡』の文字も並んでいた。
そして、あの『イリスの恋煩い』も……。


「とりあえずまあ、『イリスの恋煩い』はスルーして」


 ──スルーしないでください、おすすめですよ。 なんといってもこの物語は涙あり萌え有りの「いえ結構」


 食い気味に断っておく。
気を取り直し、リストアップされたタイトルを読み上げていく。


「『明かされる海の都の謎と奇跡』『季節の輪』『黒い 陰謀アイディア』『三人のウィザード』『時の葉』『破壊王と青人草あおひとぐさ』『落第王子の存続』『災いの魔王・阿修羅』の八つが候補になるな」
 

 これらのタイトルに一つ一つ触れ、どんな世界観かをもう一度順々に確認していく。


 沈み行く世界をなんとかするべく、大地の精霊を探す冒険譚、『明かされる海の都の謎と奇跡』。
これは素直に面白そうではある。


 次。
一年を通して、季節感のない世界に四季を作り出す箱庭ゲーム、『季節の輪』。
四季を作り出すってどういうことだろうか。
漠然としすぎててよくわからない。
一旦保留。


 次はこれか。
皇帝陛下の暗殺を阻止する『黒い陰謀』。
暗殺阻止とか無理無理無理。
俺には荷が重過ぎる。
これは無いな。


 次、三人の伝説級魔法使いを探しに行く冒険譚、『三人のウィザード』。
これも面白そうではある。
こういう冒険系は好きなんだよな。


 その次は時を司ると言われる幻の木を育てる『時の葉』。
一番手間暇掛からなさそうなのがこれだが、正直地味過ぎる。
折角異世界転移という貴重な経験が出来るというのに、木を育たるのはなあ……気乗りしない。


 次、破壊王と呼ばれる悪魔の子を一国の王に仕立て上げていく『破壊王と青人草あおひとぐさ』。
悪魔の子を一国の王に仕立て上げられる自信なんか俺にはないので却下。


 続いては、全てにおいて落第点ばかりの王子の存続をかけた王子育成ゲーム、『落第王子の存続』。
王子育成と言われても、いまいち何をどうしたらいいのかピンとこないな。


 最後はこれ、災いを呼ぶと言われる魔王・阿修羅を倒しに行くRPG、『災いの魔王・阿修羅』。
面白そうではあるものの、下手すると死にかねない為、あまり気乗りしない。



 「となるとやっぱりコレとコレだな」


 『明かされる海の都の謎と奇跡』と『三人のウィザード』を見比べる。
どちらにしようか。



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