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飛竜と海竜は惹かれ合う

第二十四話 抗う者たち 前

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 いなくなるのは許さないと言った男に自分は頷いた。
 逃げなくてはならない。
 でも身体が動かない。

 祖父が口を開くのを見上げながら緊迫した恐怖を感じたとき、突然真上から強烈なプレッシャーを感じ、獰猛な唸り声が空に響いた。

「何だ?!」

 祖父が異変を感じて怒鳴る。
 状況を把握する前に、荒波が打ち付けるような勢いでデッキに何か巨大なものが振り下ろされたような衝撃が走った。船を砕くような轟音と共に砂埃が舞い上がる。
 驚愕した祖父と叔父の姿が見えなくなり、大きく揺れたデッキの端からバランスを崩して空に転がり落ちそうになった。
 麻痺の残る身体で翼を出せるかと緊張したとき、リアンの身体を誰かが掬い上げた。
 力強い腕に引き寄せられて、がっちりと抱き上げられた拍子に香ったのは潮の匂いだった。
 目を見開いて自分を腕に抱えた相手を見上げる。

「オーベル?」
「あんたはやっぱり無茶してんな」

 リアンを見下ろすヴァルハルトが不機嫌そうに眉を顰めていて、呆気に取られた。

「お前、何を」

 今、空から何か降ってきたと思ったのは、ヴァルハルトだったのか。
 慌てて周りを見ると、何か巨大な長いものに叩き壊されたように、デッキは完全に真ん中で割れていた。下の層にまでめり込んでいる。
 その跡を見て、海竜の尾か、と気づいた。
 飛竜に翼があるように、海竜には長い尾がある。泳ぐ以外に普段は使わないらしいが、おそらく空から尾を振り下ろしたのだろう。

「チッ。やっぱり海の中じゃねぇと大した威力が出ねぇな」

 ヴァルハルトが睨む先に、割れたデッキの向こうで祖父と叔父がふらつきながら膝をついて身を起こすのが見える。
 さっき竜の唸り声が聞こえたような気がしたのは気のせいではなかったらしい。海竜の咬断を使ったのか、祖父と叔父は傷だらけだった。
 海竜の咬断と呼ばれる海竜の秘技は、海の中で敵を粉砕する力技だ。ただし、海の中でないと威力は落ちるらしい。

 抱き上げられたまま、リアンはまだ呆然としてヴァルハルトを見上げていた。

「どうやってここに」
「どうやってって、俺は飛べねぇんだから飛行機だよ」

 リアンを見下ろした男の顔をまじまじと見た。
 飛行機……?
 海軍がもつ小型の偵察機のことか。その程度の馬力で燕のスピードと高度に追いつくことができるのか。

 そう困惑していると、燕の側に滑空してくる飛行機があった。

「あれは、空軍の哨戒機?」

 それは難なく近づいてきて、着機のために空中艦艇の甲板の方に向かっていった。ちらりと見えた操縦席の中に気づいて目を見開いた。

「ローレン?」
「あんたの副官は、もうずいぶん前からうちに来てずっとあんたを探してた」

 そう説明されて更に驚いた。
 つまり、ローレンが海蛇に乗りつけた哨戒機でここまで来たということか。

「あんたは来るなって言ったが、俺は端から行くって決めてたから勝手に来た」
「勝手にってお前……海は」
「そんなのお袋と爺さんがいれば十分だろう。あんたは飛竜二人を相手にするっつーのに、一人で行かせられるか。予定より遅れたけど許せよ」

 あっけらかんと言い放った男にぽかんとしながら、リアンはまだあまり力が入らない手でヴァルハルトの服の裾をそっと掴んだ。思わず首元に擦り寄ってしまいたくなる。この男の顔を見ただけで、胸に込み上げるこの安堵は、何なのか。
 言葉にならない淡やかな思いを誤魔化すように、眉間に力を入れた。

「それなら昨日のやり取りは何だったんだ」
「あの雰囲気で押し問答するつもりなかったんだっつの。でもあんたはやっぱり身内に手を上げねぇからやられっぱなしだし。クソ、こんなことなら一緒に来るんだったな」

 顔と軍服のあちこちに擦り傷が付いているリアンを見下ろして舌打ちしたヴァルハルトは、ちらと前方を見て横に跳んだ。
 乾いた金属音がして、ハッとして顔を向けると銃を構えた祖父が眉間に青筋を立ててこちらを凝視していた。

「リアンから手を離せ。薄汚い海竜の小僧が」

 祖父の声に鼻を鳴らしたヴァルハルトは、リアンを抱き上げたままこれ見よがしにリアンの額に唇を落としてきた。

「テメェが海に落としたんだろ。もう俺のもんだ」
「小僧!!」

 激昂した祖父が続け様に銃を発砲する。
 拳銃程度なら恐れることはないのか、デッキの残骸の上を駆け抜けてヴァルハルトが身軽に弾を躱していく。
 挑発するにしても、今の言いようはどういう意味だと目を白黒させたまま、リアンは祖父の銃口からヴァルハルトの胸部を隠すように目の前の首に腕を回した。

「リアン!!」

 祖父の怒りの声が聞こえる。その叱責に対抗するようにもっと強くしがみついた。

「リアン! 戻れ!」

 弾が切れたのか発砲が止み、ヴァルハルトが足を止めたので顔を上げて祖父を振り向いた。
 目を血走らせて憤怒している祖父の顔を見て息を飲んだ。海竜のことをそれほど嫌悪していたのかと驚きながら、恐ろしい顔で戻れと凄まれて無意識にヴァルハルトの服をぎゅっと握ってしまった。即座にリアンを抱き上げる腕に力が入り、しっかり抱え直される。

「リアン!」

 それを見た祖父が更に怒る。
 祖父の目が大きく開き、瞳孔が縦に開いた。

「ヤバいな。咆哮か。一回甲板に逃げるか」

 小さく呟いたヴァルハルトがちらりとデッキの下に視線を投げた。さっき咬断を使ったから咆哮に対抗するほどの力が残っていないらしい。リアンも打とうと思えば咆哮を打てるだろうが、力が入らない身体では祖父のパワーに押し負けるかもしれない。
 しかしもう咆哮が放たれる。やるしかない。
 そう思った直後、背後から風が吹いた。

 ヴァルハルトとリアンの後ろから、何か透明の膜が現れたと思った瞬間、祖父の咆哮が轟いた。
 ビリビリと空気を伝う衝撃を目の前の何かが妨げる。

「何だ?」

 ヴァルハルトが驚いてリアンを強く抱きしめた。
 何かが咆哮の衝撃波を防いでいる。

 防いでいる?

 そんなことはありえない。

 異常な状況にリアンも驚愕していると、後ろから聞き馴染みのある声が響いた。

「やれやれ、遅くなってすまないな」

 その声にヴァルハルトが素早く振り向く。
 崩れたデッキの端に身軽に降り立ったのは長い白髪を靡かせたウミガラスの船長だった。
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