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第四部
二十五話 理想と愛を失くした氷の国に 前③
枢機卿の頭髪は別に薄くないので、ただの悪口である。
怒りに任せて胸ぐら掴むには距離がある。仕方なく薄い笑みを張り付けて枢機卿を見下ろした。
「あの、よろしいですか? 兄とレイナルド卿は恋愛結婚なので」
「いやいや、取り繕わずとも結構。きっと王女殿下も事情を汲んでくださるだろう。安心してほしい」
「……はい?」
ナミアの権力者を前に今度こそキレそうになる。
本当に頭髪むしってやろうかと拳を握りしめたら、腕に漲る筋肉の張りが明らかに通常時と違った。そういえばライネルの身体だったな。
この太い腕で枢機卿を羽交締めにしたら、勢い余ってジャーマンスープレックス決めちゃいそう。頭髪どころかやんごとなき頭が床にめり込む。それはマズイ。冷静になろう。
「ちょっと、すみません」
俺は深呼吸するためにライネルの方に歩み寄った。
気配がないと思ったら、ライネルは長いソファの端っこに座って、まるで他人のふりで会話に加わらず存在感を消している。
「なぁ、聞いてた? 今の話」
ひそひそ声で話しかけると、ライネルはちょっと眉を寄せて顎を引いた。
「ああ。まぁ」
「俺の言葉おかしくないよな? 標準語のはずなのに噛み合わないんだけど。話の途中で何故か祈るし、どう対処したらいいんだ?」
「知らねーよ。こっちの話聞いてねーんだろ。ああいう奴らは脳内で別の会話が進んでるから、通じねー奴に何言ったって無駄だ」
ルシアの可愛い顔を台無しにして、ライネルはぼそぼそと呟く。
むしろ気味悪そうに枢機卿とその背後に控えている神官達を見ているから、結構正しいことを言ってるな、と思った。
確かに、訂正し続けても話が通じそうもない。スルーしよう。俺に結婚相手がいるという最も重要な点は覚えてもらったから、あとは俺の人柄をどう想像してもらおうと支障ないしな。
そう割り切って、寝落ちているヒューイの隣に戻った。
「失礼しました。私達は宝剣を盗んだ犯人を探してここまで来たのですが、知らないうちにナミア教皇国に入ってしまい、魔法が使えなくなってしまいました。デルトフィアの者と連絡を取りたいのですが、お力をお借りしてもいいでしょうか」
従者と何か話していたマルティオ枢機卿が俺を振り返り、少し考え込んだ。
「宝剣を盗んだ者がこの国に? そのような者が我らの国にいるとは思えないが、他国から紛れ込んでいるということだろうか」
「はい。犯人はデルトフィアから逃亡し、山中の国境からナミア教皇国に入りました」
「なんと……そういえば、ヌイの残党がいるかもしれないと、先ほどキリトスからも報告があったな」
枢機卿は深刻な顔で頷いた。
「デルトフィアに連絡を取りたいということなら、協力しよう。彼の地には今ちょうどこちらの使者が滞在している」
「ありがとうございます」
デルトフィアにいるのはシスト司教だ。俺の求婚の件で数日は滞在すると言っていたから、まだいるはず。シスト司教からグウェンか皇太子殿下に話が通るだろう。助かった。
「レイナルド卿はどうやらだいぶお疲れの様子。デルトフィアに連絡を取る間、この部屋で休むといい。続きの部屋に簡易的な寝台もあるので、使ってもらって構わない」
「本当ですか、助かります」
「それから、何か暖かい飲み物と軽食を用意させよう」
結婚うんぬんの話をスルーして、事実だけを淡々と述べるようにしたら会話がスムーズになった。
ついでに服のことを相談したら、着替えまで用意してくれた。ちょっと思い込みが激しいけど、枢機卿は多分いい人だ。心の中でハゲって罵ったことを反省した。
用意されたのは神官服ではなく、白いシャツに灰色のズボンという普通の服だった。でも上に羽織るものは丈の長い白いガウンだったから、一見すると聖職者っぽい。
寝ているヒューイを隣の部屋に担いでいって、寝台に転がす。俺の身体だし、問題ないだろうと判断して俺が着替えさせた。
側から見たらライネルが俺を脱がせてるっていう、ちょっと疑問を抱くシーンだけど、ヒューイを叩き起こして着替えさせても後でグウェンに知られたら怒られそうだし。
俺も手早く着替えて応接室に戻ると、ライネルはソファで膝に着替えを乗せたまま固まっていた。
女性用の着替えを渡されたものの、まぁ、無理だよな。俺も無理だよ。
「ライネル、寒くない?」
「……ルシアに何する気だ」
声をかけたら、着替えをぎゅっと抱きしめて俺を睨んでくる。ちょっと目を潤ませるんじゃない。
ルシアの顔で、そんな変質者を見るような目で俺を見ないで。
「心配しただけだって。顔色悪いから」
「仕方ないだろう。俺だって何とかしたいが……」
そう言って顔を赤らめるライネル。
お前のそういうところは、素直でかわいいと思うよ。
結局俺とライネルではどうすることもできなかったので、ルシアには毛布をかぶってもらいソファで丸まっていてもらうことにした。
怒りに任せて胸ぐら掴むには距離がある。仕方なく薄い笑みを張り付けて枢機卿を見下ろした。
「あの、よろしいですか? 兄とレイナルド卿は恋愛結婚なので」
「いやいや、取り繕わずとも結構。きっと王女殿下も事情を汲んでくださるだろう。安心してほしい」
「……はい?」
ナミアの権力者を前に今度こそキレそうになる。
本当に頭髪むしってやろうかと拳を握りしめたら、腕に漲る筋肉の張りが明らかに通常時と違った。そういえばライネルの身体だったな。
この太い腕で枢機卿を羽交締めにしたら、勢い余ってジャーマンスープレックス決めちゃいそう。頭髪どころかやんごとなき頭が床にめり込む。それはマズイ。冷静になろう。
「ちょっと、すみません」
俺は深呼吸するためにライネルの方に歩み寄った。
気配がないと思ったら、ライネルは長いソファの端っこに座って、まるで他人のふりで会話に加わらず存在感を消している。
「なぁ、聞いてた? 今の話」
ひそひそ声で話しかけると、ライネルはちょっと眉を寄せて顎を引いた。
「ああ。まぁ」
「俺の言葉おかしくないよな? 標準語のはずなのに噛み合わないんだけど。話の途中で何故か祈るし、どう対処したらいいんだ?」
「知らねーよ。こっちの話聞いてねーんだろ。ああいう奴らは脳内で別の会話が進んでるから、通じねー奴に何言ったって無駄だ」
ルシアの可愛い顔を台無しにして、ライネルはぼそぼそと呟く。
むしろ気味悪そうに枢機卿とその背後に控えている神官達を見ているから、結構正しいことを言ってるな、と思った。
確かに、訂正し続けても話が通じそうもない。スルーしよう。俺に結婚相手がいるという最も重要な点は覚えてもらったから、あとは俺の人柄をどう想像してもらおうと支障ないしな。
そう割り切って、寝落ちているヒューイの隣に戻った。
「失礼しました。私達は宝剣を盗んだ犯人を探してここまで来たのですが、知らないうちにナミア教皇国に入ってしまい、魔法が使えなくなってしまいました。デルトフィアの者と連絡を取りたいのですが、お力をお借りしてもいいでしょうか」
従者と何か話していたマルティオ枢機卿が俺を振り返り、少し考え込んだ。
「宝剣を盗んだ者がこの国に? そのような者が我らの国にいるとは思えないが、他国から紛れ込んでいるということだろうか」
「はい。犯人はデルトフィアから逃亡し、山中の国境からナミア教皇国に入りました」
「なんと……そういえば、ヌイの残党がいるかもしれないと、先ほどキリトスからも報告があったな」
枢機卿は深刻な顔で頷いた。
「デルトフィアに連絡を取りたいということなら、協力しよう。彼の地には今ちょうどこちらの使者が滞在している」
「ありがとうございます」
デルトフィアにいるのはシスト司教だ。俺の求婚の件で数日は滞在すると言っていたから、まだいるはず。シスト司教からグウェンか皇太子殿下に話が通るだろう。助かった。
「レイナルド卿はどうやらだいぶお疲れの様子。デルトフィアに連絡を取る間、この部屋で休むといい。続きの部屋に簡易的な寝台もあるので、使ってもらって構わない」
「本当ですか、助かります」
「それから、何か暖かい飲み物と軽食を用意させよう」
結婚うんぬんの話をスルーして、事実だけを淡々と述べるようにしたら会話がスムーズになった。
ついでに服のことを相談したら、着替えまで用意してくれた。ちょっと思い込みが激しいけど、枢機卿は多分いい人だ。心の中でハゲって罵ったことを反省した。
用意されたのは神官服ではなく、白いシャツに灰色のズボンという普通の服だった。でも上に羽織るものは丈の長い白いガウンだったから、一見すると聖職者っぽい。
寝ているヒューイを隣の部屋に担いでいって、寝台に転がす。俺の身体だし、問題ないだろうと判断して俺が着替えさせた。
側から見たらライネルが俺を脱がせてるっていう、ちょっと疑問を抱くシーンだけど、ヒューイを叩き起こして着替えさせても後でグウェンに知られたら怒られそうだし。
俺も手早く着替えて応接室に戻ると、ライネルはソファで膝に着替えを乗せたまま固まっていた。
女性用の着替えを渡されたものの、まぁ、無理だよな。俺も無理だよ。
「ライネル、寒くない?」
「……ルシアに何する気だ」
声をかけたら、着替えをぎゅっと抱きしめて俺を睨んでくる。ちょっと目を潤ませるんじゃない。
ルシアの顔で、そんな変質者を見るような目で俺を見ないで。
「心配しただけだって。顔色悪いから」
「仕方ないだろう。俺だって何とかしたいが……」
そう言って顔を赤らめるライネル。
お前のそういうところは、素直でかわいいと思うよ。
結局俺とライネルではどうすることもできなかったので、ルシアには毛布をかぶってもらいソファで丸まっていてもらうことにした。
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