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第四部
二十七話 理想と愛を失くした氷の国に 中②
ライネルと二人で廊下に出て、さっき引き返してきた扉の前まで戻る。豪華な装飾が施された真鍮の取っ手に手をかけた。
「この扉、向こうに通路があるんじゃないかと思うんだ」
「開くのか?」
「やってみよう」
ライネルの疑問に俺も首を捻りつつ、ノブを回してみる。
施錠はされていなかった。
白い木目の分厚い扉は音を立てて開き、向こう側にピカピカに磨き上げられた真っ白な大理石の床と、ガラスの丸窓から差し込むオレンジ色の陽に照らされた通路が現れた。
先を見据えると、奥に人影が見える。
「誰かいる」
神官か? 勝手に歩き回るなって怒られるかも。
引き返すかと身構えたとき、違和感に気づいた。
「……鏡?」
「鏡だな」
ライネルが軽く息をついた。俺も肩の力を抜く。
突き当たりの壁に大きな鏡が嵌め込まれている。誰かいると思ったのは、鏡に映る自分達だった。
気を取り直して歩き出すと、通路の途中で右手に緩やかな階段が現れる。
白い絨毯が敷かれた幅の広い階段は、進むにつれて扇形にすぼまり、上りきった先にまた扉があった。城の外壁で見たような、動物や植物の彫刻が細やかに施された重厚な木の扉だ。
「なんだろう。立派な扉」
「開いてるのか?」
さすがに施錠されているだろうと思ったが、階段を上り近づいてみる。
すると扉は僅かに開いていた。中に人の気配があって、微かな話し声が耳に届く。
「誰かいるみたいだけど……」
勝手に入るわけにはいかないよな。
と思ったとき、中から大声が響いた。女性の、緊張を孕んだ高い声。
切迫したような声音だったから、思い切って扉を押し開いた。
「……わ」
突然、目の前に広大な空間が現れて、一瞬ここが城の中だということを忘れた。
「すげえ」
隣でライネルも思わずといった調子で呟く。
騎士達がここを城ではなく神殿と形容していた意味がわかった。視界に広がったのは、今まで俺が目にした中で一番壮麗な意匠の聖堂だ。
仰け反って見上げるほど高い天井には、青空と天馬がフレスコ画で描かれて、壁のところどころに空いた天窓からオレンジ色の光が差し込んでいる。
真っ白な壁一面、ここにも動植物の彫刻が彫られていた。太い石柱は青みのある漆喰大理石だろう。天井に真っ直ぐに伸び、凍った湖面のようにつるりとした床には椅子や敷物はない。広さはちょっとしたオペラホールだろうか。入り口から奥の祭壇までは結構距離がある。
植物の蔓が巻きついたような凝った意匠の銀色の祭壇に、さっきの白いドレスの女性が走り寄っていた。こちらに背を向けているが、印象的な白髪だから間違いない。
「……それに触るな!」
女性の鋭い声が響いた。
ライネルと顔を見合わせて祭壇を見ると、そこにはもう一人いた。神官服を来た若い男性が祭壇の陰から姿を現し、銀色の脚に手をかけてよじ登ろうとしている。
祭壇の一番上には、金色の盃が据えられていた。
盃……?
その言葉にふっと思い出すものがある。もしかしてあれがナミアの聖杯か?
「なんだかわからないけど、行ってみよう」
危機迫る雰囲気なので、とりあえず祭壇に駆け寄った。俺達の足音に気づいた女性が振り返って口を開きかけたが、その前に祭壇を上っていた神官が大声で喚いた。
「ナミア教皇国に栄光を!!」
そう叫んで聖杯に触れようと腕を伸ばす。
すかさず女性が手を突き出して、男性に向かって魔法を放った。
おそらく風の魔法だったが、それは神官の男性を弾き飛ばして床に落とした。彼が背中から大理石の床に打ち付けられたのと同時に、女性も力が抜けたように床に座り込む。
「大丈夫ですか?!」
そこで俺達が傍に駆けつけると、膝をついていた女性は顔を上げた。
金色の瞳と目が合う。
女性は俺をじっと見つめ、それからライネルにも視線を動かした。
「何故ここにいる……? まだその時ではないだろう」
「え?」
さっきと同じことを言われた気がして、首を捻った。
女性はひどく真剣な眼差しで俺を見据えていた。
「すぐにデルトフィアに戻れ。じきに目覚めてしまう」
明るい金色の目は、落ち着いた理性を宿しているように見える。翳り始めた陽の光を反射して、その虹彩が鋭く光った。
「なんで俺達がデルトフィアの人間だと知ってるんですか?」
名乗ってないし、知り合いでもないらしい。ここでデルトフィアに戻れと言う意味がわからない。
確かにライネルもルシアもこの国の人の見た目とは違うかもしれないが、それでも今の言葉には違和感がある。
眉を寄せた俺の顔を見て、女性は何か別のものを見つめるような目になった。
「この時期に現れるのは初めてだ。これはもしや転機なのか……?」
小さな呟きがその口から漏れたとき、女性の背後に何かが飛んできた。
「うっ……」
女性が身を強張らせて前屈みになる。腹を押さえて呻く声を聞いて、一瞬何が起こったのかわからなかった。
「王女殿下、あなたは我らの国に必要ない」
感情のない声が響く。
床に倒れた神官の男性が立ち上がっており、少し離れたところから女性を睨んでいた。
床に膝をついたままだった彼女の脇腹に細いナイフが突き刺さっている。さっき何かが飛んできたと思ったのは、神官がナイフを投げたのだとわかった。
「ちょっ……」
突然の急展開。慌てて女性の傍に膝をついた。
今、この男は王女殿下って言ったな。王女殿下という言葉が指し示すことは一つだろう。もしやエリザヴェータ王女なのか。この女性が。
「お前何してんだ?!」
「ライネル、誰か呼んでこい!」
ライネルが神官に向かっていこうとしたので、俺はそれを制した。
ライネルは今ルシアの身体だ。問題なく動けるとしても、乱闘になったら危ない。それにこの人が王女様なら、状況的にすぐ枢機卿か神官達を呼んできた方がいい。
俺の意図を理解したライネルはすぐさま方向転換して、聖堂の入り口に走っていった。
神官はライネルを追わず、ギラギラした目で女性を見つめている。こっちに歩み寄りながら、今度は服の中から金色の鞘に収まった短刀を取り出した。
「ちょっと、落ち着いて! 一体何がどうなってるかわからないですけど、一旦冷静になってください!」
女性の傍で神官に向かって大声を出すが、男性はどこかぼんやりした表情で俺の言葉が聞こえていないように見える。それなのに目だけは血走っていて女性の姿を捉えていた。
「無駄だ。おそらく洗脳されている」
小さな呟きが聞こえて女性の顔を見ると、彼女は眉を寄せて脇腹からナイフを引き抜いた。
「あっ急に抜いたら……」
「大丈夫だ。治癒する」
血が溢れた患部に自ら手を翳して、女性は治癒魔法を使った。みるみるうちに傷口が塞がり、瞬時に回復するのを見て俺は感嘆する。王女様はすごい力を持っていると聞いていたが事実らしい。
鞘を投げ捨て短刀を手に歩み寄ってくる神官に対峙して、彼女は立ち上がった。
「ある程度意識が残っているようだな、都合がいい。今日こそお前達の指導者の名前を教えてもらおう」
険しい目をした女性は、刺されたことをもう忘れたかのように泰然としている。
「神官を引き入れるなんて大したものだ。聖堂まで入り込んでくるのも初めてだな。そんなに私が邪魔か?」
「……我らの祝福された地を軽んじるあなたは、ナミアに必要ない」
ぼんやりとした声で告げられる言葉を聞いて、女性は目を眇める。
「軽んじる? そんな事実はない。私が死んだら、誰がナミアの結界を維持するのか考えたことがあるのか」
「あの方なら、結界などなくとも魔物を全て制御できる」
「……興味深いな。それは詳しく教えてほしい」
俺もです。
横から口を出しそうになったが、堪えて二人の会話を見守った。
最初からクライマックス感がある。謎の神官に王女様が襲われているという場面に遭遇してしまった。
二対一という状態だが神官は臆することなく俺達に近づいてきた。正気の定まらない顔で、短刀を振り回しながら突進してくる。
「ナミア教皇国に栄光を!!」
またさっきと同じ言葉を叫び、女性に襲いかかってきた。
「離れていろ」
俺にそう言った女性はさっと身を翻し、神官に向かって手を突き出した。
また風の魔法を使って今度は神官の手を狙ったが、それよりも前にやみくもに振り回された短刀が彼女の腕を掠める。パッと血が飛び散った。
俺は神官の背後に回り込み、タイミングを計って後ろ襟を掴んだ。少し不安があったが、ライネルの身体は問題なく滑らかに動き、神官を床に引き倒す。
「うぐっ」
と、神官が低い声を漏らす。
俺は床に押さえ込むつもりで体重をかけた。
「待て、捕まえてはダメだ」
女性が慌てた口調で言ったので、瞬きして見上げる。
「拘束されたとわかった瞬間、この者たちは自害する」
「え?」
予想外の言葉に腕の力が緩む。
バッと腕を振り回した神官が俺を押し退けて、素早く立ち上がって聖堂の奥に走った。
「あっ、待て!」
「追うぞ、こっちだ」
女性が冷静な声で囁き、神官を追って駆け出す。その声につられて俺も後を追った。
この人の話し方に既視感があると思ったら、ちょっとソフィアに似てるなと思った。王女様という一般的なふわふわしたイメージとは違う。どちらかというと、氷のようなひんやりした印象を受ける女性だ。
わけがわからないまま、逃げる神官を追ってステンドグラスのある壁まで走った。祭壇に登るのはもう諦めたのか、神官は迷わずに壁際の階段に向かい、猛烈な勢いで上っていく。
西陽が混ざったようなぼやけた光がステンドグラスから聖堂に降り注いでいて、眩しかった。
巨大なステンドグラスは壁の上部を覆っている。内側から見ると、白い大きな花が綻ぶ様子を模しているように見えた。プリムラの花か。
巨大な造形を見てそう思い出した。騎士達の剣にもこの花の紋章が刻まれていた。
「まずいな、外に出る気か」
神官を追って俺達も狭くて急な階段を駆け上った。
前を走る女性から低い声が聞こえて、階段の先を見上げると、壁の縁に沿って二階席のような空間が造られていた。そこを後ろに抜けると小さな扉があり、神官は扉を開け放って外に飛び出していく。
「この扉、向こうに通路があるんじゃないかと思うんだ」
「開くのか?」
「やってみよう」
ライネルの疑問に俺も首を捻りつつ、ノブを回してみる。
施錠はされていなかった。
白い木目の分厚い扉は音を立てて開き、向こう側にピカピカに磨き上げられた真っ白な大理石の床と、ガラスの丸窓から差し込むオレンジ色の陽に照らされた通路が現れた。
先を見据えると、奥に人影が見える。
「誰かいる」
神官か? 勝手に歩き回るなって怒られるかも。
引き返すかと身構えたとき、違和感に気づいた。
「……鏡?」
「鏡だな」
ライネルが軽く息をついた。俺も肩の力を抜く。
突き当たりの壁に大きな鏡が嵌め込まれている。誰かいると思ったのは、鏡に映る自分達だった。
気を取り直して歩き出すと、通路の途中で右手に緩やかな階段が現れる。
白い絨毯が敷かれた幅の広い階段は、進むにつれて扇形にすぼまり、上りきった先にまた扉があった。城の外壁で見たような、動物や植物の彫刻が細やかに施された重厚な木の扉だ。
「なんだろう。立派な扉」
「開いてるのか?」
さすがに施錠されているだろうと思ったが、階段を上り近づいてみる。
すると扉は僅かに開いていた。中に人の気配があって、微かな話し声が耳に届く。
「誰かいるみたいだけど……」
勝手に入るわけにはいかないよな。
と思ったとき、中から大声が響いた。女性の、緊張を孕んだ高い声。
切迫したような声音だったから、思い切って扉を押し開いた。
「……わ」
突然、目の前に広大な空間が現れて、一瞬ここが城の中だということを忘れた。
「すげえ」
隣でライネルも思わずといった調子で呟く。
騎士達がここを城ではなく神殿と形容していた意味がわかった。視界に広がったのは、今まで俺が目にした中で一番壮麗な意匠の聖堂だ。
仰け反って見上げるほど高い天井には、青空と天馬がフレスコ画で描かれて、壁のところどころに空いた天窓からオレンジ色の光が差し込んでいる。
真っ白な壁一面、ここにも動植物の彫刻が彫られていた。太い石柱は青みのある漆喰大理石だろう。天井に真っ直ぐに伸び、凍った湖面のようにつるりとした床には椅子や敷物はない。広さはちょっとしたオペラホールだろうか。入り口から奥の祭壇までは結構距離がある。
植物の蔓が巻きついたような凝った意匠の銀色の祭壇に、さっきの白いドレスの女性が走り寄っていた。こちらに背を向けているが、印象的な白髪だから間違いない。
「……それに触るな!」
女性の鋭い声が響いた。
ライネルと顔を見合わせて祭壇を見ると、そこにはもう一人いた。神官服を来た若い男性が祭壇の陰から姿を現し、銀色の脚に手をかけてよじ登ろうとしている。
祭壇の一番上には、金色の盃が据えられていた。
盃……?
その言葉にふっと思い出すものがある。もしかしてあれがナミアの聖杯か?
「なんだかわからないけど、行ってみよう」
危機迫る雰囲気なので、とりあえず祭壇に駆け寄った。俺達の足音に気づいた女性が振り返って口を開きかけたが、その前に祭壇を上っていた神官が大声で喚いた。
「ナミア教皇国に栄光を!!」
そう叫んで聖杯に触れようと腕を伸ばす。
すかさず女性が手を突き出して、男性に向かって魔法を放った。
おそらく風の魔法だったが、それは神官の男性を弾き飛ばして床に落とした。彼が背中から大理石の床に打ち付けられたのと同時に、女性も力が抜けたように床に座り込む。
「大丈夫ですか?!」
そこで俺達が傍に駆けつけると、膝をついていた女性は顔を上げた。
金色の瞳と目が合う。
女性は俺をじっと見つめ、それからライネルにも視線を動かした。
「何故ここにいる……? まだその時ではないだろう」
「え?」
さっきと同じことを言われた気がして、首を捻った。
女性はひどく真剣な眼差しで俺を見据えていた。
「すぐにデルトフィアに戻れ。じきに目覚めてしまう」
明るい金色の目は、落ち着いた理性を宿しているように見える。翳り始めた陽の光を反射して、その虹彩が鋭く光った。
「なんで俺達がデルトフィアの人間だと知ってるんですか?」
名乗ってないし、知り合いでもないらしい。ここでデルトフィアに戻れと言う意味がわからない。
確かにライネルもルシアもこの国の人の見た目とは違うかもしれないが、それでも今の言葉には違和感がある。
眉を寄せた俺の顔を見て、女性は何か別のものを見つめるような目になった。
「この時期に現れるのは初めてだ。これはもしや転機なのか……?」
小さな呟きがその口から漏れたとき、女性の背後に何かが飛んできた。
「うっ……」
女性が身を強張らせて前屈みになる。腹を押さえて呻く声を聞いて、一瞬何が起こったのかわからなかった。
「王女殿下、あなたは我らの国に必要ない」
感情のない声が響く。
床に倒れた神官の男性が立ち上がっており、少し離れたところから女性を睨んでいた。
床に膝をついたままだった彼女の脇腹に細いナイフが突き刺さっている。さっき何かが飛んできたと思ったのは、神官がナイフを投げたのだとわかった。
「ちょっ……」
突然の急展開。慌てて女性の傍に膝をついた。
今、この男は王女殿下って言ったな。王女殿下という言葉が指し示すことは一つだろう。もしやエリザヴェータ王女なのか。この女性が。
「お前何してんだ?!」
「ライネル、誰か呼んでこい!」
ライネルが神官に向かっていこうとしたので、俺はそれを制した。
ライネルは今ルシアの身体だ。問題なく動けるとしても、乱闘になったら危ない。それにこの人が王女様なら、状況的にすぐ枢機卿か神官達を呼んできた方がいい。
俺の意図を理解したライネルはすぐさま方向転換して、聖堂の入り口に走っていった。
神官はライネルを追わず、ギラギラした目で女性を見つめている。こっちに歩み寄りながら、今度は服の中から金色の鞘に収まった短刀を取り出した。
「ちょっと、落ち着いて! 一体何がどうなってるかわからないですけど、一旦冷静になってください!」
女性の傍で神官に向かって大声を出すが、男性はどこかぼんやりした表情で俺の言葉が聞こえていないように見える。それなのに目だけは血走っていて女性の姿を捉えていた。
「無駄だ。おそらく洗脳されている」
小さな呟きが聞こえて女性の顔を見ると、彼女は眉を寄せて脇腹からナイフを引き抜いた。
「あっ急に抜いたら……」
「大丈夫だ。治癒する」
血が溢れた患部に自ら手を翳して、女性は治癒魔法を使った。みるみるうちに傷口が塞がり、瞬時に回復するのを見て俺は感嘆する。王女様はすごい力を持っていると聞いていたが事実らしい。
鞘を投げ捨て短刀を手に歩み寄ってくる神官に対峙して、彼女は立ち上がった。
「ある程度意識が残っているようだな、都合がいい。今日こそお前達の指導者の名前を教えてもらおう」
険しい目をした女性は、刺されたことをもう忘れたかのように泰然としている。
「神官を引き入れるなんて大したものだ。聖堂まで入り込んでくるのも初めてだな。そんなに私が邪魔か?」
「……我らの祝福された地を軽んじるあなたは、ナミアに必要ない」
ぼんやりとした声で告げられる言葉を聞いて、女性は目を眇める。
「軽んじる? そんな事実はない。私が死んだら、誰がナミアの結界を維持するのか考えたことがあるのか」
「あの方なら、結界などなくとも魔物を全て制御できる」
「……興味深いな。それは詳しく教えてほしい」
俺もです。
横から口を出しそうになったが、堪えて二人の会話を見守った。
最初からクライマックス感がある。謎の神官に王女様が襲われているという場面に遭遇してしまった。
二対一という状態だが神官は臆することなく俺達に近づいてきた。正気の定まらない顔で、短刀を振り回しながら突進してくる。
「ナミア教皇国に栄光を!!」
またさっきと同じ言葉を叫び、女性に襲いかかってきた。
「離れていろ」
俺にそう言った女性はさっと身を翻し、神官に向かって手を突き出した。
また風の魔法を使って今度は神官の手を狙ったが、それよりも前にやみくもに振り回された短刀が彼女の腕を掠める。パッと血が飛び散った。
俺は神官の背後に回り込み、タイミングを計って後ろ襟を掴んだ。少し不安があったが、ライネルの身体は問題なく滑らかに動き、神官を床に引き倒す。
「うぐっ」
と、神官が低い声を漏らす。
俺は床に押さえ込むつもりで体重をかけた。
「待て、捕まえてはダメだ」
女性が慌てた口調で言ったので、瞬きして見上げる。
「拘束されたとわかった瞬間、この者たちは自害する」
「え?」
予想外の言葉に腕の力が緩む。
バッと腕を振り回した神官が俺を押し退けて、素早く立ち上がって聖堂の奥に走った。
「あっ、待て!」
「追うぞ、こっちだ」
女性が冷静な声で囁き、神官を追って駆け出す。その声につられて俺も後を追った。
この人の話し方に既視感があると思ったら、ちょっとソフィアに似てるなと思った。王女様という一般的なふわふわしたイメージとは違う。どちらかというと、氷のようなひんやりした印象を受ける女性だ。
わけがわからないまま、逃げる神官を追ってステンドグラスのある壁まで走った。祭壇に登るのはもう諦めたのか、神官は迷わずに壁際の階段に向かい、猛烈な勢いで上っていく。
西陽が混ざったようなぼやけた光がステンドグラスから聖堂に降り注いでいて、眩しかった。
巨大なステンドグラスは壁の上部を覆っている。内側から見ると、白い大きな花が綻ぶ様子を模しているように見えた。プリムラの花か。
巨大な造形を見てそう思い出した。騎士達の剣にもこの花の紋章が刻まれていた。
「まずいな、外に出る気か」
神官を追って俺達も狭くて急な階段を駆け上った。
前を走る女性から低い声が聞こえて、階段の先を見上げると、壁の縁に沿って二階席のような空間が造られていた。そこを後ろに抜けると小さな扉があり、神官は扉を開け放って外に飛び出していく。
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