悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第四部

三十一話 理想と愛を失くした氷の国に 後③

 風向きが悪くなってきたので、話を逸らすことにした。
 二人の視線から逃れ、顔を横に向けると立ったまま俺達の会話を聞いているシスト司教と目が合う。
 にこっと微笑んでくれた司教に救いを見出し、何食わぬ顔で話の流れを仕切り直す。

「司教はちなみに、入れ替わりの術と宝剣については……?」
「騎士団長様から、禁術によって以前悪魔召喚を試みた犯人と、ルシアさんの身体が入れ替わっているとは聞きました。その人物が宝剣を盗み、ナミアに潜伏しているのですね。レイナルド様まで入れ替わっているとは驚きましたが……」

 その前提を理解してくれているなら安心だ。
 俺は頷いて、一同を見回してから改めて今後すべきことを確認した。

「とにかく、ノアを捕まえよう。宝剣も取り返して、俺達の入れ替りを元に戻す」

 現状、それが最優先事項だろうな。
 それから、ヌイ・グノーシュとかいう一族についても調べてみる。できれば聖杯会議のことも。禁術と悪魔召喚のことがもう少しわかるかもしれない。

「ああ、そうだ。シスト司教、さっきの王女様にはまた会えますか?」
「エリザヴェータ王女殿下ですか?」

 シスト司教の問いに頷く。

「何か色々気になることを言っていたので、話をしたくて」

 天馬のことといい、洗脳されてた神官といい、かなり気になるだろう。絶対重要人物だ。
 
「わかりました。エリザヴェータ様は普段神殿の奥の間から出てこられないので、お会いできるように確認してみます」
「王女様は魔法が使えますよね?」
「はい。非常に珍しい、白属性の魔力をお持ちの方です」
「白……? ってことは、癒やしの魔法に特化してるのか……」

 魔力持ちで白と断言される人なんて初めて聞いたな。
 昔習ったことが薄らと思い出される。グウェンは攻撃力特化の黒だと、ルウェインと話したことがあったような。グウェンの場合は癒し以外の魔法はすべからく使えてしまうから、あまり意識していなかったけど、魔力持ちで白ということは、攻撃魔法には向いていない。光の精霊力に近い力のはずだ。
 白属性のことはよく知らない。でも痛みがないというわけではないよな。王女様はやけに冷静だったけど。
 俺が思案する前でシスト司教が話を続ける。

「エリザヴェータ様は幼い頃から莫大な魔力をお持ちでしたので、たびたび魔力暴走を起こされて日常生活にも支障がある状態でした。なので特殊な結界が施された部屋で過ごされることが多いのです」
「魔力暴走……」

 聞いたことのある話だと思った。
 隣に座るグウェンを見ると、同じ視線の高さで彼が黙って俺を見返してくる。
 一年前まで、グウェンも魔力暴走で苦しんでいた。
 同じ境遇だと知ると、王女様のことが人事に思えなくなってくる。

「エリザヴェータ様は、お父上である以前の教皇が退位された頃から、少し精神的に不安定になられたようです。時々私達にも要領を得ないことを言われたりされたりしますから……」
「そうですか。気になったんですけど、ナミアに施されてる結界って、王女様が維持しているんですか?」

 そんなこと言ってたよな、と思いつつ聞くと、シスト司教は首肯する。

「はい、エリザヴェータ様です。もともと聖針せいしんつかさは教皇聖下か、教皇一族の血を引く魔力の強い者が担ってきましたので」
「聖針の司……?」
「ああ、すみません。結界を維持する役目を担う者を、我が国ではそう呼ぶのです。王女殿下の魔力量は、歴代随一と言われております。前教皇が崩御されたときに、エリザヴェータ様のご意思により聖針の司となることが決まりました」

 結界を維持するのにどの程度の力を必要とするのかはわからないが、アシュラフといい、エリザヴェータ王女といい、この世界の王族って若い頃から苦労してるよな……
 歳は俺達とそう変わらないように見えたから、仲良くなれれば茶飲み友達くらいにはなれるだろうか。

 というか、もしや俺、エリザヴェータ王女様の魔力を吸い上げることができるのか……?

 ふと思い浮かんだ疑問を頭の中で噛み砕いていたら、枢機卿の従者が訪ねてきた。
 夕食を持ってきてもいいか、という伺いにありがたく甘えることにして、一度話し合いを終了させる。
 ここでシスト司教が離席した。

「私は先にエリザヴェータ様の様子を見て参ります。それから、今夜泊まる部屋を確認してきますね」
「ありがとうございます、お願いします」

 扉に向かいかけた司教はくるりと振り返り、俺を見た。

「そういえばこちら、お渡ししておきましょうか」

 彼が神官服から取り出したのは、青い水の入った小瓶である。
 ──浄化水だな。
 見慣れた俺は特にリアクションしなかったが、ライネルは不思議そうな顔をした。

「要ります!!!!」

 食いつかんばかりにソファを立ったのはルシアで、機敏な動きでシスト司教に駆けより、ほとんど飛びつく勢いで小瓶を手に取った。元聖女のルシアはこれが何なのかわかっているらしい。

 そうだな。
 俺も心の中で深く頷く。
 ルシアにとって最も恐るべき風呂トイレ問題が、これで解決する。

「ありがとうございます、司教さま!」

 震える声でお礼を言ったルシアは、神の化身にでも会ったような表情で司教を見つめている。
 それをライネルが不審な顔で見つめていた。

「……なるほど、君の後輩にも飲ませよう」

 隣でグウェンがそう呟くので、俺は首を傾げた。

「俺は別に気にしないけど……司教にもう一本もらうか?」

 ルシアに最敬礼で見送られるシスト司教の背中を見つめながら聞いてみると、グウェンは首を横に振った。

「持っているから、問題ない」
「……そうか」

 それ以外、俺は何も言わないぞ。
 なんで浄化水を持ち歩いてるんだ、なんてそんな破廉恥なこと聞かないんだから。
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