悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第四部

十九話 どうもこうもない、絶望だ 中①

 暗闇の中一人で捕まっていたのはさすがに堪えたのか、疲れた顔をしたライネルは真っ先に階段を上がって地下室から出て行く。暗い廊下で肩を回し、大きく深呼吸していた。
 
「それで、見守り石って何?」

 剣を回収してくると言って隣の扉に向かうライネルを眺めながら、俺はヒューイに聞いてみる。
 ライネルが入った部屋の中には、壁際に本棚があった。薄暗くて並んだ本の背表紙までは見えない。どんな本が置いてあるのか気になるけど、一通り確認してから確かめよう。
 廊下の端に、さっきは気づかなかった燭台があった。ヒューイがマッチで蝋燭に火をつけて、俺を振り返る。

「見守り石は、位置を教える魔道具です。羅針盤と石が対になっていて、起動させると石の方角を針が指し示すんですよ」

 その説明を聞いて、俺はなるほどと頷いた。
 ライネルはルシアの鞄に入っている見守り石を目印にして、ここまで追ってきたということか。
 剣を手に廊下に戻ったライネルに聞く。

「なぁ、それはもちろん、ルシアは承知してるんだよな?」
「え? ああ……まぁ……」
「おい」

 嘘だな。
 わかりやすく斜め上を見ているライネルを半目で睨む。
 女の子を相手に、本人が知らないところで石を仕込むなんて有罪じゃないか?
 ストーカー手前の現行犯で逮捕した方がいい気がしてきた。言っとくけど、グウェンだって付き合う前にそんなことはやらなかったぞ。

「義兄上は承知している。問題ない」
「あるだろ」

 思わずツッコミを入れた。デルトフィアに戻ったらルシアに告げ口してやる。
 あと腹立つからお前がグウェンの口癖を使うな。


 ◇

 現状確認のため、取り急ぎ今いる館の中を確かめることにした。
 地下室に繋がっていた部屋から順番に扉を開けて、中を確認していく。ついでに盗まれた宝剣の事情がわかっていないライネルに、大まかな経緯を説明した。
 ところどころに置いてあるランプや燭台に火を灯しながら進む。廊下にはランプに足すためのオイルが入った容器もあった。

「やっぱり、誰かこの館を使ってるみたいだな」
「ですね。今のところ怪しい部屋はないですけど」

 どの部屋も埃っぽくて生活感はない。家具やベッドが置かれている部屋もあったが、掴み取れるほど埃が積もっていて、板材もかなり痛んでいる。
 部屋の数が多いので、三人で手分けして進んだ。

「先輩、これ見てください」

 その声で廊下にいた俺はヒューイを探す。近くの部屋にいたヒューイが俺を呼び、壁を指差した。

「あれです」

 家具のない狭い部屋だった。俺も中に入り、目線の上までランプを持ち上げて翳してみる。壁一面に五芒星が描かれていた。

「うわ。決定的なものがあったな」
「ここがヌイ・グノーシュの隠れ家なんでしょうか。廃村に見えましたけど……」

 ヒューイの隣に立って壁を眺めた。薄暗いし、俺が持ってるランプも大した明るさじゃないから全体はよく見えない。でも秋に幽霊屋敷の離れで見つけたものとよく似ていると思う。

「これ、どこかに繋がる転移魔法陣じゃないよな……」
「とりあえず、誰かが来ないように壊しておきます?」
「壊すって、どうやって」
「えーと、外の雪を集めてきて、ぶっ掛けて洗い流してみるとか?」

 ヒューイの言葉に腕を組む。確かに、直接触るのは絶対避けた方がいいだろう。それなら物理的に壊すしかないよな。魔法も使えないし。
 やるだけやってみるか、と口を開きかけたとき、

「おい! こっち来い!」

 というライネルの大声が響いた。
 一度廊下に出てキョロキョロする。俺とヒューイが魔法陣を眺めている間にどんどん先に進んでいたライネルが、奥の扉の前で俺達を呼んでいる。

「何かあったのか?」
「明らかに怪しい部屋がある。見てみろ」

 そう言われて魔法陣が描かれた部屋からは一度離れ、ライネルの方に向かった。
 外から覗くと、がらんとしたそこそこ広い部屋だった。ここも窓を塞がれていて真っ暗だ。でも部屋の中心はぼんやりと赤く光っている。
 何か大きなものが置いてあるな、と俺がランプを持つ手を掲げて部屋の中を照らしたら、ぼうっと浮かび上がったのは大きな水瓶みずがめだった。
 
かめ?」

 瓶の中が赤く発光している。中はよく見えない。
 瓶が置いてある床には、赤黒い魔法陣が描かれているのがわかる。
 見た限り、他には何もない。静まりかえって人気もないことを確認して、俺は恐る恐る部屋に入り、その瓶に近づいてみた。魔法陣がなんなのかわからないが、めちゃくちゃ怪しい。

「先輩、気をつけてくださいよ」

 ヒューイとライネルも俺の後についてきた。
 瓶を覗こうとした俺の後ろから、ヒューイが怯えた声を出す。
 
「中に人の死体とか入ってないですよね……?」

 それを聞いた俺はぴたっと動きを止めて、一歩後退した。素早くライネルを振り返る。

「ライネル、中確認して」
「なんで」
「怖いだろ。急にバラバラ死体とか入ってたらどうする? 俺は無理だ。お前が適任。それに俺に何かあったらグウェンがめっちゃ怒る」
「……俺だって得体の知れないものの中なんて見たくねーよ」
「お前のこと頼りになるって、ルシアに会ったらすごい褒めといてやるから。ついでに見守り石のことも黙っててやる」

 捲し立てたらライネルは無言になり、仕方なさそうに前に出た。確認してくれるらしい。
 俺の周り、損得勘定がはっきりしてる奴らばっかりで助かるよ。
 ライネルが慎重な動作で瓶の中を覗いた。俺とヒューイは距離を取り、固唾を呑んで見守る。
 最初はさっと中を見て首を引いたライネルは、「ん?」と首を傾げて再び中を覗いた。

「何だこれ。ただの……水か?」
「水?」

 水なの?
 きょとんとした俺はランプをヒューイに預けて瓶に近づく。ライネルの隣から中を覗くと、瓶の中は赤く光っていたが、満たされているのは水のような液体だ。
 え? マジでただの水瓶なの?
 よくよく目を凝らすと、瓶の底に大人の拳くらいの魔石が見えた。赤く発光しているのはその石が原因のようだ。

「えっと……水? 血とかじゃないように見えるな」
「濁ってないから、血ではないだろ」
「俺にも見せてください。ほんとだ、透明ですね。でもあの魔石、明らかにヤバそうですけど」

 ヒューイも俺の横から顔を出してくる。
 魔石は赤く発光していて、何かの術が起動しているのか、準備の段階なのかわからないが、普通ではないことは見て取れる。

「どうする? 無闇に手を出さない方がいいよな」

 なんとなく、生き物の心臓みたいに見えないこともない。ゆらゆらと明滅する赤い光が石の内側から滲み出していて気味が悪かった。

「ここで何してるの」
「っえ?!」

 突然、背後から声が聞こえてぎょっとした。勢いよく振り向くと、紫色の髪の女の子が部屋の入り口に立っている。

「ルシア!」

 思わず叫んだのはライネルだ。
 ルシアが鋭い目をしてこちらを見ている。
 可憐な顔立ちは最後に会ったときから変わっていない。けれど長い髪は無造作にくくられていて、前髪はぼさぼさだ。ブラウスと上着は身体に合っているが、茶色のズボンはだぼっとして見える。
 元来の容姿が百点満点なので、薄汚れていても文句なくかわいい。しかし今中に入っているのはノアだということが問題だ。
 不愉快そうな顔で俺達を睥睨しているノアは、俺と目が合うとちらりと口端を上げた。

「へえ……ここに辿り着くなんて、レイナルド様ってやっぱり運はいいんだね」
「よくねぇよ」

 ついツッコミを入れた。条件反射だ。最近トラブル続きで神経質だから。
 俺の食い気味のセリフにノアは変な顔をしたが、視線をずらしてライネルを見た。

「この人を追ってきたの? 魔法が使えないと思って油断してたな。それならさっさと生け贄にして使っちゃえばよかった」

 早く殺しておくんだったなと呟いたノアに、俺は眉を寄せる。

「ノア、目的はなんなんだ? この前のことといい、今度は宝剣を盗んで何をしようとしてる? まさか本気で悪魔を召喚しようとしてるわけじゃないよな」
「もちろん、召喚するんだよ」

 あっさりと頷くノアに目を見開いた。

「本気か……? 何のために? 悪魔が地上に出て暴れたら、デルトフィアだけじゃなくて大陸中の国に危険が及ぶ。当然自分達も危ないってわかってんのか?」
「そんなの、使役すればいいんだよ。悪魔を飼い慣らせば、この世界の人間はもう誰も僕らに逆らえない」

 ノアは不適な笑みを浮かべて目を細める。
 悪魔を操れると信じて疑わないその表情を見て、俺はますます眉間に皺を寄せた。
 本当にそんなことが可能だと思っているのか? 悪魔を使役するなんて、そんな荒唐無稽なことが……?

「ノア、君は誰の命令で動いてるんだ?」

 秋の事件のときも、ノアは「あの方」と言っていた。背後に誰かがいるのは間違いない。今も僕らという言い方をした。
 ここで黒幕のことを明かしてくれれば話は早いと思ったが、さすがにそんな下手は踏んでくれない。ノアはあざ笑うだけで答えなかった。

「ライネル、行くぞ!」

 小声で囁いた。
 話していても埒が明かない。捕らえてから尋問しよう。魔法は使えないから、実力行使でとっ捕まえて抵抗を封じる。
 素早く反応したライネルがノアに向かって駆け出した。さすがの運動神経で瞬く間にノアに接近し、手を伸ばす。

「ルシアの身体を返せ!」

 ノアは慌てることなく口角を上げ、ベルトに挟んでいたナイフをするりと引き抜いた。

「この身体に傷がついてもいいの?」
「っ」

 ルシアの顔の前にナイフを掲げられて、ライネルが怯んだ。動きが鈍ったのを見て、今度はノアがナイフを振りかぶって切りかかる。

「ライネル!」

 勢いよく振り下ろされるナイフを、ライネルは剣を納めたまま鞘で弾いた。
 ルシアに当たってしまうのが怖いんだろう。険しい顔をしたライネルがノアの攻撃を受けながら下がっていく。
 一方で俺はノアの背後から接近した。交戦している二人の後ろに近づいて、タイミングを計った。
 ノアが腕を振り上げナイフを翳した瞬間、俺は床を蹴った。
 背中に回り込んで取り押さえようとしたそのとき、ノアが突然ライネルに向かってナイフを投げつけた。
 くるりと俺を振り返り、こちらに手を伸ばしてくる。
 薄く笑みを浮かべたノアを見て、急ブレーキをかけた。もしかしたら転移の魔法陣を持っていて、またどこかに連れていかれるかもしれない。
 慌ててノアの腕を避けると、部屋の隅から微かに風を切るような音がした。

「えっ?」

 ゴッというこもった音と共に、突然室内に突風が吹いた。

「うわっ?!」

 強い風に煽られて思わず体勢を崩す。
 何だ? ノアの禁術か?
 焦ってノアから距離を取ったが、薄暗い視界の先ではノアも風に巻かれてたたらを踏んでいた。
 違和感を覚えた直後、風でランプの火が消えた。
 
「……しまったっ」

 暗闇でノアの声が聞こえて、俺の視線の先を白っぽいものが掠めていく。
 ぼやっとした赤い光だけを頼りに目を凝らすと、天井に舞い上がった何かがひらひらと落ちてくるのがわかった。

「……あれは」

 羊皮紙だ。
 二枚の羊皮紙が舞っている。
 暗闇に慣れてきた目に血文字で描かれた魔法陣が見えた。
 何の術の魔法陣かわからないが、ノアが血相を変えてその羊皮紙を追っているから、ピンとくる。

「ライネル、それを取れ!! 入れ替わりの術かも!」

 違ったとしてもおそらく重要なものだ。ノアの手に渡る前に拾うべきだ。
 俺も羊皮紙を追い、部屋の真ん中に走った。ライネルも同時に走り出していて、先に床に落ちた一枚を手に掴んだ。舌打ちしたノアがもう片方の羊皮紙を追う。
 俺は後ろからノアの身体に飛びついて、羽交い締めにした。

「離せ!」
「ヒューイ!! 取れ!!」

 俺達がもみ合っている間に羊皮紙はひらひらと下に落ち、慌てて駆け寄ったヒューイが掴む前に、それは水瓶の中に落ちた。

「あっ」

 声を上げたのは、誰だったかわからない。
 羊皮紙が瓶に沈む。
 ボコッと大きな音を立てた水が、次の瞬間激しく波打ってザバッと一気に噴き出した。

「クソ!」

 悪態をついたノアに強く突き飛ばされる。
 水瓶はバキバキッという鈍い音を立てて粉々に割れた。破片が飛沫と共に辺りに飛び散って、俺達の上に降り注ぐ。

「うわっ」
「先輩、危ない!」

 ヒューイに飛びつかれ、二人で折り重なって床に倒れた。
 かばってくれたヒューイの陰から、宙に浮いた羊皮紙が燃えるように真っ赤に明滅するのが見えた。
 強烈な閃光が辺りを照らし、目を開けていられなくなる。赤い光に全身を包まれた。
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