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第四部
二十六話 理想と愛をなくした氷の国に 中①
「あの、お手洗いの場所って……」
枢機卿が戻るまでしばらくかかりそうだったので、俺は一人で部屋から出て、廊下にいた神官に声をかけた。ざっと案内してもらい、このフロアの部屋の位置関係をなんとなく把握する。
神官にお礼を言ってから廊下を少し歩いてみる。石造りの城の中は床も壁も大理石でツヤツヤしていて、足音がよく響いた。
「……──」
不意に、何か聞こえた気がして足を止めた。
薄暗い廊下の先、曲がり角に向かって別の方向から誰かが歩いてくる。カツンカツンという靴の音が次第に大きくなった。
「……ラ、どこにいる?」
囁くような声がした。小さいけれど、高く澄んだよく通る声だ。
そう思った瞬間、視界の先に人が現れた。
真っ白なロングドレスに真珠色のケープを羽織った女性が、ドレスの裾を翻してこちらを見た。
雪のように白い髪と、漣のように輝く金色の瞳。腰よりも長く伸びた髪は風もないのにふわりと靡いて揺れる。
大きな金色の目が、俺を見た。その目が大きく見開かれる。
「……何故ここにいる」
「え?」
思いがけない言葉が聞こえて、聞き間違いかと思った。
見た目は二十代後半くらいだろうか。
全体的に色素が薄く、精巧に作られた人形のように美しく整った容貌をしている。
立ち止まって俺を凝視している女性を観察したが、記憶の中に同じ顔は浮かばない。もしかしてライネルの知り合いか?
「一体どうなっている……」
そう呟いた彼女は訝しげな顔で俺を見つめ、パッと踵を返した。そして脇目も振らずに来た道を戻って駆けていく。
「えっ!? あの、ちょっと!」
そんな意味ありげなことを言われたら、めちゃくちゃ気になるんですが?!
女性を追って走る。突き当たった廊下を急いで曲がるが、その先にはもう誰もいなかった。
「なんなんだ? 何か変なこと言ってたけど……」
足を止めてキョロキョロして、再び廊下を進んでみる。途中、大きな両開きの扉があった。金色の花で装飾された白い木目の扉はぴったりと閉まっていて、勝手に開けて中に入るのは躊躇われる。
さっきの人はこの先に行ったんだろうか。誰だったんだろう。
不思議に思いながら深追いはせず、一度応接間に戻った。
隣の部屋を覗いて、ヒューイが変わらずに眠っていることを確認した後、ソファでうつらうつらしているライネルに近づいた。毛布を被って身体が温まったのか、ルシアの顔色はだいぶよくなっている。
「ん……? なんだ。どうした」
「あ、起こしてごめん」
俺の気配で目を覚ましたライネルに、さっきの女性のことを聞いてみた。向かいのソファに腰掛けて説明してみたが、ライネルはぼやっとした表情で首を横に振った。
「ナミアに知り合いなんかいない」
「でも、明らかにこの顔に反応してたと思うんだけど。旅の途中で知り合った人が、実はナミア出身の人だったとか」
「いや。白い髪に金の目なんて記憶にない」
眠そうな顔ながらきっぱりと否定されて、俺も引き下がった。
確かに、あんなに目立つ容姿をしていたら、一度でも会えば記憶に残るだろう。
知り合いじゃないなら、あの女性は何故ライネルの顔を見て驚いたんだ?
……俺の幻覚じゃないよな。
さっきの出来事を思い返しながら、無意識に右耳を触った。ピアスの感触がなくて一瞬ハッとしたが、ピアスは俺の身体につけたままだと思い出す。ライネルの耳にはピアスホールが開いてないし、ヒューイを着替えさせたときに付け替えたりせずそのままにしたんだった。
どちらにしろ、ナミアの中では通信石は使えないから、グウェンとは連絡が取れない。
「明日までにデルトフィアと連絡がつかなかったら、なんとか帰る方法を見つけるか……」
また毛布にくるまって船を漕ぎ始めたルシアの顔を眺めながら、これからどうするか考える。
グウェンが助けに来るまで、大人しく待っているべきだろうか。きっとその方がいいんだろう。勝手にうろうろしていたらまた厄介な事件に巻き込まれて、後で怒られる。ここにはライネルとヒューイがいるから俺は一人じゃない。一人で取り残されてるわけじゃないから、待つのだって我慢できる。
そう思ったが、『時間がない』と言ったサエラ婆さんのセリフがふと頭に浮かんだ。
時間がない、という忠告は何を意味しているんだろう。がむしゃらに突き進めということではないと思うけど……
宝剣は盗られたままだし、ノアが悪魔を召喚しようとしているなら早く捕まえなきゃいけない。
廃村にあった館は焼けてしまったが、手がかりが残っていないか探してみるべきだろうか。
それとも、せっかくナミアの中心部にいるんだから、この国の上層部のことを調べた方がいいか?
バレンダール公爵がロケットに残した聖杯会議のマークは、きっと黒幕と関係がある。ヒューイの説明では、さっきの枢機卿は聖杯会議のメンバーだったな。
「ライネル、俺ちょっと城の中調べてくる」
もう少しこの城を調査してみよう。外に出るんじゃなくて、城の中なら大丈夫だ、多分。
そう思って立ち上がったら、ライネルは目をぱちっと開いて俺を見上げた。
「……俺も行く」
「えっ? ルシアの身体疲れてるんだろ」
「あんたを一人で行かせて、またどっかに転移されでもしたら厄介だ。それ俺の身体なんだからな」
ライネルは毛布を置いて、白いガウンを羽織った。肩が少し窮屈そうだが、ないよりは暖かそうだ。
なんだかんだ言いつつも心配してくれているんだろうか。
もしかして、ちょっとは俺に懐いてきたのか?
少し見ない間に、ライネルは成長したなと思う。初対面の頃より角が取れて、いい感じになってきた。クソガキ卒業まであと少しか……
見た目はグウェンにちょっと似てるから、俺は自分でも気づかないうちに多分ライネルに対する評価が甘くなっている。最初はあれだったけど、まぁ、手がかかる子ほど可愛いとも言うし。
だんだん攻略対象者らしくなってきたじゃないか。この調子でルシアの好感度を上げろよ。と俺はわけ知り顔で歩き出し、ライネルをともなって部屋から出た。
枢機卿が戻るまでしばらくかかりそうだったので、俺は一人で部屋から出て、廊下にいた神官に声をかけた。ざっと案内してもらい、このフロアの部屋の位置関係をなんとなく把握する。
神官にお礼を言ってから廊下を少し歩いてみる。石造りの城の中は床も壁も大理石でツヤツヤしていて、足音がよく響いた。
「……──」
不意に、何か聞こえた気がして足を止めた。
薄暗い廊下の先、曲がり角に向かって別の方向から誰かが歩いてくる。カツンカツンという靴の音が次第に大きくなった。
「……ラ、どこにいる?」
囁くような声がした。小さいけれど、高く澄んだよく通る声だ。
そう思った瞬間、視界の先に人が現れた。
真っ白なロングドレスに真珠色のケープを羽織った女性が、ドレスの裾を翻してこちらを見た。
雪のように白い髪と、漣のように輝く金色の瞳。腰よりも長く伸びた髪は風もないのにふわりと靡いて揺れる。
大きな金色の目が、俺を見た。その目が大きく見開かれる。
「……何故ここにいる」
「え?」
思いがけない言葉が聞こえて、聞き間違いかと思った。
見た目は二十代後半くらいだろうか。
全体的に色素が薄く、精巧に作られた人形のように美しく整った容貌をしている。
立ち止まって俺を凝視している女性を観察したが、記憶の中に同じ顔は浮かばない。もしかしてライネルの知り合いか?
「一体どうなっている……」
そう呟いた彼女は訝しげな顔で俺を見つめ、パッと踵を返した。そして脇目も振らずに来た道を戻って駆けていく。
「えっ!? あの、ちょっと!」
そんな意味ありげなことを言われたら、めちゃくちゃ気になるんですが?!
女性を追って走る。突き当たった廊下を急いで曲がるが、その先にはもう誰もいなかった。
「なんなんだ? 何か変なこと言ってたけど……」
足を止めてキョロキョロして、再び廊下を進んでみる。途中、大きな両開きの扉があった。金色の花で装飾された白い木目の扉はぴったりと閉まっていて、勝手に開けて中に入るのは躊躇われる。
さっきの人はこの先に行ったんだろうか。誰だったんだろう。
不思議に思いながら深追いはせず、一度応接間に戻った。
隣の部屋を覗いて、ヒューイが変わらずに眠っていることを確認した後、ソファでうつらうつらしているライネルに近づいた。毛布を被って身体が温まったのか、ルシアの顔色はだいぶよくなっている。
「ん……? なんだ。どうした」
「あ、起こしてごめん」
俺の気配で目を覚ましたライネルに、さっきの女性のことを聞いてみた。向かいのソファに腰掛けて説明してみたが、ライネルはぼやっとした表情で首を横に振った。
「ナミアに知り合いなんかいない」
「でも、明らかにこの顔に反応してたと思うんだけど。旅の途中で知り合った人が、実はナミア出身の人だったとか」
「いや。白い髪に金の目なんて記憶にない」
眠そうな顔ながらきっぱりと否定されて、俺も引き下がった。
確かに、あんなに目立つ容姿をしていたら、一度でも会えば記憶に残るだろう。
知り合いじゃないなら、あの女性は何故ライネルの顔を見て驚いたんだ?
……俺の幻覚じゃないよな。
さっきの出来事を思い返しながら、無意識に右耳を触った。ピアスの感触がなくて一瞬ハッとしたが、ピアスは俺の身体につけたままだと思い出す。ライネルの耳にはピアスホールが開いてないし、ヒューイを着替えさせたときに付け替えたりせずそのままにしたんだった。
どちらにしろ、ナミアの中では通信石は使えないから、グウェンとは連絡が取れない。
「明日までにデルトフィアと連絡がつかなかったら、なんとか帰る方法を見つけるか……」
また毛布にくるまって船を漕ぎ始めたルシアの顔を眺めながら、これからどうするか考える。
グウェンが助けに来るまで、大人しく待っているべきだろうか。きっとその方がいいんだろう。勝手にうろうろしていたらまた厄介な事件に巻き込まれて、後で怒られる。ここにはライネルとヒューイがいるから俺は一人じゃない。一人で取り残されてるわけじゃないから、待つのだって我慢できる。
そう思ったが、『時間がない』と言ったサエラ婆さんのセリフがふと頭に浮かんだ。
時間がない、という忠告は何を意味しているんだろう。がむしゃらに突き進めということではないと思うけど……
宝剣は盗られたままだし、ノアが悪魔を召喚しようとしているなら早く捕まえなきゃいけない。
廃村にあった館は焼けてしまったが、手がかりが残っていないか探してみるべきだろうか。
それとも、せっかくナミアの中心部にいるんだから、この国の上層部のことを調べた方がいいか?
バレンダール公爵がロケットに残した聖杯会議のマークは、きっと黒幕と関係がある。ヒューイの説明では、さっきの枢機卿は聖杯会議のメンバーだったな。
「ライネル、俺ちょっと城の中調べてくる」
もう少しこの城を調査してみよう。外に出るんじゃなくて、城の中なら大丈夫だ、多分。
そう思って立ち上がったら、ライネルは目をぱちっと開いて俺を見上げた。
「……俺も行く」
「えっ? ルシアの身体疲れてるんだろ」
「あんたを一人で行かせて、またどっかに転移されでもしたら厄介だ。それ俺の身体なんだからな」
ライネルは毛布を置いて、白いガウンを羽織った。肩が少し窮屈そうだが、ないよりは暖かそうだ。
なんだかんだ言いつつも心配してくれているんだろうか。
もしかして、ちょっとは俺に懐いてきたのか?
少し見ない間に、ライネルは成長したなと思う。初対面の頃より角が取れて、いい感じになってきた。クソガキ卒業まであと少しか……
見た目はグウェンにちょっと似てるから、俺は自分でも気づかないうちに多分ライネルに対する評価が甘くなっている。最初はあれだったけど、まぁ、手がかかる子ほど可愛いとも言うし。
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