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第四部
五十九話 呪われた王女は終末を語りて 中②
◇
テレビの向こうは暗闇だった。
建物の中なのか外なのかもわからない。地面ではない硬い床があって、俺は闇の中に立っている。
遠くに白い光がぼんやりと浮かんでいた。
それ以外は何もない。真っ暗な視界の先に、ぼうっとした小さな光だけが見える。
ここはどこだろう。
ほんとに女神様がいる場所なんだろうか。
「こっちだよ、あらた」
下からチロルの声が聞こえた。
足下を見るとチロルは俺を見上げてふらんと尾を振り、たたたっと駆け出していく。遠くに見えるあの白い光に向かっているようだ。
外への出口?
どこか別の場所に繋がっているんだろうか。行く先はわからないけど、俺は足を踏み出してチロルを追いかけた。女神様に会ってグウェンを助けてもらわないと。
白い光が近づいてくる。
よくよく見ると、その光は出口ではなかった。何か物体が発する光だ。
目を凝らすと、一台のデスクがあった。オフィスにあるような硬そうな事務机と、その上に大きな銀縁のモニターが乗っている。
白々と見えていたのは、暗闇の中でモニターの画面が放つ光だった。
デスクの前には人が座っている。
背中を向けて座る人の髪は、黒くて長い。
ほんの数メートルまで近づいたとき、キャスターのついたオフィスチェアがくるりと回って、その人が俺を振り返った。
「ああよかった。ちゃんと辿り着いてくれて」
俺を見て小さく笑みを浮かべたのは女性で、見た目は明らかにOLだった。
OLって死語なんだろうか。会社に勤めてますという風貌の、三十代中頃くらいか、痩せた女の人。
真っ暗な空間で画面の明かりに照らされた顔はいたって普通の日本人だ。
まさかこの人が女神様なんだろうか。
ファンタジーの世界でありがちな、ブロンドで色白な絶世の美女という感じでもないし、超常的なオーラも醸してない。発光もしてない。サイズも普通だ。
紺色のジャケットを着たパンツスーツは仕事ができそうなキャリアウーマンに見えるけど、どちらにしろ神様っぽくはない。黄泉の川で会った大聖女のサリア様の方がよほど女神っぽかった。
「えっと……」
俺が戸惑っていたら、チロルが俺の足先で足を止めて言った。
「女神様だよ」
「やっぱり?」
相づちを打って女性を眺める。
この空間にはこの人以外いないから、おのずとそうだろうとは思った。
「私はこの世界の創造主なの」
「へ、へぇ……」
リアクションに迷って曖昧な反応になってしまった。
よろしくお願いしますとか言えばいいのか?
いつもお世話になっております?
女性の外見に引っ張られて、前世に影響された定型文しかでてこない。
俺が想像と違う、という顔をしていたら創造主だという女神様はくすりと笑った。
「創造主っていうと大袈裟な感じがするわね。私はシナリオライターよ。あのゲームを作った会社の」
「シナリオライター!?」
今度はまともに驚いた。
シナリオライターだって? なるほど、そういうことなら確かに創造主だ。
「いや、でもそんなことが……? あなたはどう見ても人間、ですよね?」
シナリオライターがなんでこんな非現実的な空間にいるんだ、と訝しむと、彼女はあっさりと答えた。
「もうとっくに死んでるの」
「死んでる?!」
ぎょっとして女神様を凝視する。
俺に頷いて、女神様は伏し目になって自分の膝を見つめ、片手を胸に置いた。
「だから私が選ばれたのよ。この世界の責任を取るために」
そう言った女神様は立ち上がり、デスクの端から小さなリモコンを手に取ってボタンを押した。
ピッと軽い音がして、頭上がパッと明るくなる。
急に視界が広くなって瞬きすると、暗闇から一瞬のうちに景色が切り替わり、ピンクとブルーのパステルカラーに染まったオーロラが上空に漂い、光沢のある純白の床が無限に続く異空間になった。女神様の前からデスクとモニターが消える。
「節電しててごめんなさいね。あまりメモリを食うなって言われてるから、普段は省エネしてるの」
「しょ、省エネ……?」
「そのうち天使が雰囲気出すために空に現れると思うから、手を振ってあげて」
「え?」
「デフォルトの設定から変えてないの。女神に会える場所っていう雰囲気を一応醸しておくようになってて」
女神様が話す途中で、突然背後からもふっとした何かが現れた。
「うわっ」
「あ、大丈夫。椅子なの」
飛び退くと、巨大なリスの尾のような白い毛の塊がごろんごろんとローリングして女神様に近づいた。巻き込まれそうになったチロルが慌てて俺の身体をよじ登り、肩の上に飛び乗ってくる。
女神様はパンツスーツ姿のままそれに腰掛けて、俺を隣に呼んだ。
「このソファもデフォルトなの。転生する人ってモフモフが好きだから、とりあえず物体には毛を生やしとけばいいってなってるみたいで」
「女神界って結構適当なんですね……」
そんなにぶっちゃけて大丈夫なのか、と思いながら俺は女神様の隣に腰掛けた。
もふっと腰全体が埋まるソファ(?)は生きてるみたいに柔らかくて温かいので、ちょっと逆に気になるとは思ったがツッコミは我慢した。
「僕は女神様以外の神様に見つかったらいけないから、隠れてるね」
肩に乗っていたチロルはそう言って、俺のシャツのポケットの中に滑り込んだ。
「そうね、その方がいいわ。別の魂だと勘違いされると厄介だから」
女神様も真面目な顔で頷いたから、俺はポケットを見下ろして首を傾げる。
「そうなの?」
「うん。それに久しぶりに動き回って疲れちゃった。少し休むね。あらたは女神様に聞きたいことをちゃんと聞いて」
「わかった」
くるんと身体を丸めたチロルはそれきり大人しくなったので、俺はチロルが寝ているだけだと確かめてから女神様に向き直った。
「あまり時間もないから早速話しましょう。今、どこも手が足りなくて」
そう言って女神様は話し始める。
「不思議に思っているだろうから、まずこの世界の話から簡単にね。少し長くなるけど聞いて。私達のいるこの時空には、作られた物語の数だけ世界がある。それがまず、私がここに呼ばれて最初に言われたことよ」
「物語の数だけ、世界がある……?」
「そう。地球から見たらパラレルワールドって言えばいいのかしら。どんなに短い物語でも、誰の目にも触れなかったとしても、物語が創造されたときに世界が始まるの。想像の世界っていうのはそういうものなのよ。創られた瞬間から、そこで生きる人々の命が始まる。ここには地球で生まれた物語の数だけ別々の世界がある」
多分、前世の俺だったら女神様の話を突拍子もない空想だと思っただろう。
でも俺は現に転生しているし、ゲームの世界に入り込んでいるんだから、否定する材料が何もない。
むしろ地球の誰かから生まれたパラレルワールドだと言われるなら、すんなり納得だった。
女神様は膝の上で手を組んで、話を続けた。
「私はこの世界の女神に選ばれた。女神代理っていうべきかしら。今は異世界の物語が増えすぎて、世界を構築して管理する女神が足りないみたいなのよね。私は、死んでから魂を引っこ抜かれて、この世界の女神代理になった。私が開発サイドのシナリオライターで、ゲームの物語が途中のまま死んじゃったから」
さっきの話に戻ったので、俺は女神様の横顔を見つめて注意深く口を開いた。
「途中のまま死んだ……それって続編の?」
「そうよ。続編の制作について、ディレクターと折り合いがつかなかったの。それで一度、私の作ったシナリオは途中でボツになった。書き直そうとしているところで、私は過労で倒れて、心不全を起こして呆気なく死んじゃった。シナリオライターが急死したなんて外聞が悪いでしょう。だから続編は出なかったの」
「……途中で制作中止になったのはそのせいだったんですね」
女神様がこくりと頷く。
「でも私が生み出した世界は、それ自体が命を持っている。シナリオがなくなっても、そこに住む人々の生活は続いていく。この世界は、神様達が途中で投げ出したのよ。私が最後まで書けなかったせいで、ルシアが幸せになれないから」
「ルシアが?」
「ルシアが寿命まで幸せに生きないと、ハッピーエンドと見なされないの。ハッピーエンドにならなければ、ルシアを生かすためにやり直さなければならない。じゃないとあの世界が生まれた根底が崩れてしまうから。それはどの物語でもそう。想像されたエンディングに辿り着かなければダメなの。世界を構築する神様達の中で、そう決まってるらしいのよ。だから何度でも巻き戻る。私はこの世界をハッピーエンドにするために、今まで何度もシミュレーションしている。でも、何度やり直しても、ルシアは寿命を迎える前に死んでしまう」
テレビの向こうは暗闇だった。
建物の中なのか外なのかもわからない。地面ではない硬い床があって、俺は闇の中に立っている。
遠くに白い光がぼんやりと浮かんでいた。
それ以外は何もない。真っ暗な視界の先に、ぼうっとした小さな光だけが見える。
ここはどこだろう。
ほんとに女神様がいる場所なんだろうか。
「こっちだよ、あらた」
下からチロルの声が聞こえた。
足下を見るとチロルは俺を見上げてふらんと尾を振り、たたたっと駆け出していく。遠くに見えるあの白い光に向かっているようだ。
外への出口?
どこか別の場所に繋がっているんだろうか。行く先はわからないけど、俺は足を踏み出してチロルを追いかけた。女神様に会ってグウェンを助けてもらわないと。
白い光が近づいてくる。
よくよく見ると、その光は出口ではなかった。何か物体が発する光だ。
目を凝らすと、一台のデスクがあった。オフィスにあるような硬そうな事務机と、その上に大きな銀縁のモニターが乗っている。
白々と見えていたのは、暗闇の中でモニターの画面が放つ光だった。
デスクの前には人が座っている。
背中を向けて座る人の髪は、黒くて長い。
ほんの数メートルまで近づいたとき、キャスターのついたオフィスチェアがくるりと回って、その人が俺を振り返った。
「ああよかった。ちゃんと辿り着いてくれて」
俺を見て小さく笑みを浮かべたのは女性で、見た目は明らかにOLだった。
OLって死語なんだろうか。会社に勤めてますという風貌の、三十代中頃くらいか、痩せた女の人。
真っ暗な空間で画面の明かりに照らされた顔はいたって普通の日本人だ。
まさかこの人が女神様なんだろうか。
ファンタジーの世界でありがちな、ブロンドで色白な絶世の美女という感じでもないし、超常的なオーラも醸してない。発光もしてない。サイズも普通だ。
紺色のジャケットを着たパンツスーツは仕事ができそうなキャリアウーマンに見えるけど、どちらにしろ神様っぽくはない。黄泉の川で会った大聖女のサリア様の方がよほど女神っぽかった。
「えっと……」
俺が戸惑っていたら、チロルが俺の足先で足を止めて言った。
「女神様だよ」
「やっぱり?」
相づちを打って女性を眺める。
この空間にはこの人以外いないから、おのずとそうだろうとは思った。
「私はこの世界の創造主なの」
「へ、へぇ……」
リアクションに迷って曖昧な反応になってしまった。
よろしくお願いしますとか言えばいいのか?
いつもお世話になっております?
女性の外見に引っ張られて、前世に影響された定型文しかでてこない。
俺が想像と違う、という顔をしていたら創造主だという女神様はくすりと笑った。
「創造主っていうと大袈裟な感じがするわね。私はシナリオライターよ。あのゲームを作った会社の」
「シナリオライター!?」
今度はまともに驚いた。
シナリオライターだって? なるほど、そういうことなら確かに創造主だ。
「いや、でもそんなことが……? あなたはどう見ても人間、ですよね?」
シナリオライターがなんでこんな非現実的な空間にいるんだ、と訝しむと、彼女はあっさりと答えた。
「もうとっくに死んでるの」
「死んでる?!」
ぎょっとして女神様を凝視する。
俺に頷いて、女神様は伏し目になって自分の膝を見つめ、片手を胸に置いた。
「だから私が選ばれたのよ。この世界の責任を取るために」
そう言った女神様は立ち上がり、デスクの端から小さなリモコンを手に取ってボタンを押した。
ピッと軽い音がして、頭上がパッと明るくなる。
急に視界が広くなって瞬きすると、暗闇から一瞬のうちに景色が切り替わり、ピンクとブルーのパステルカラーに染まったオーロラが上空に漂い、光沢のある純白の床が無限に続く異空間になった。女神様の前からデスクとモニターが消える。
「節電しててごめんなさいね。あまりメモリを食うなって言われてるから、普段は省エネしてるの」
「しょ、省エネ……?」
「そのうち天使が雰囲気出すために空に現れると思うから、手を振ってあげて」
「え?」
「デフォルトの設定から変えてないの。女神に会える場所っていう雰囲気を一応醸しておくようになってて」
女神様が話す途中で、突然背後からもふっとした何かが現れた。
「うわっ」
「あ、大丈夫。椅子なの」
飛び退くと、巨大なリスの尾のような白い毛の塊がごろんごろんとローリングして女神様に近づいた。巻き込まれそうになったチロルが慌てて俺の身体をよじ登り、肩の上に飛び乗ってくる。
女神様はパンツスーツ姿のままそれに腰掛けて、俺を隣に呼んだ。
「このソファもデフォルトなの。転生する人ってモフモフが好きだから、とりあえず物体には毛を生やしとけばいいってなってるみたいで」
「女神界って結構適当なんですね……」
そんなにぶっちゃけて大丈夫なのか、と思いながら俺は女神様の隣に腰掛けた。
もふっと腰全体が埋まるソファ(?)は生きてるみたいに柔らかくて温かいので、ちょっと逆に気になるとは思ったがツッコミは我慢した。
「僕は女神様以外の神様に見つかったらいけないから、隠れてるね」
肩に乗っていたチロルはそう言って、俺のシャツのポケットの中に滑り込んだ。
「そうね、その方がいいわ。別の魂だと勘違いされると厄介だから」
女神様も真面目な顔で頷いたから、俺はポケットを見下ろして首を傾げる。
「そうなの?」
「うん。それに久しぶりに動き回って疲れちゃった。少し休むね。あらたは女神様に聞きたいことをちゃんと聞いて」
「わかった」
くるんと身体を丸めたチロルはそれきり大人しくなったので、俺はチロルが寝ているだけだと確かめてから女神様に向き直った。
「あまり時間もないから早速話しましょう。今、どこも手が足りなくて」
そう言って女神様は話し始める。
「不思議に思っているだろうから、まずこの世界の話から簡単にね。少し長くなるけど聞いて。私達のいるこの時空には、作られた物語の数だけ世界がある。それがまず、私がここに呼ばれて最初に言われたことよ」
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「そう。地球から見たらパラレルワールドって言えばいいのかしら。どんなに短い物語でも、誰の目にも触れなかったとしても、物語が創造されたときに世界が始まるの。想像の世界っていうのはそういうものなのよ。創られた瞬間から、そこで生きる人々の命が始まる。ここには地球で生まれた物語の数だけ別々の世界がある」
多分、前世の俺だったら女神様の話を突拍子もない空想だと思っただろう。
でも俺は現に転生しているし、ゲームの世界に入り込んでいるんだから、否定する材料が何もない。
むしろ地球の誰かから生まれたパラレルワールドだと言われるなら、すんなり納得だった。
女神様は膝の上で手を組んで、話を続けた。
「私はこの世界の女神に選ばれた。女神代理っていうべきかしら。今は異世界の物語が増えすぎて、世界を構築して管理する女神が足りないみたいなのよね。私は、死んでから魂を引っこ抜かれて、この世界の女神代理になった。私が開発サイドのシナリオライターで、ゲームの物語が途中のまま死んじゃったから」
さっきの話に戻ったので、俺は女神様の横顔を見つめて注意深く口を開いた。
「途中のまま死んだ……それって続編の?」
「そうよ。続編の制作について、ディレクターと折り合いがつかなかったの。それで一度、私の作ったシナリオは途中でボツになった。書き直そうとしているところで、私は過労で倒れて、心不全を起こして呆気なく死んじゃった。シナリオライターが急死したなんて外聞が悪いでしょう。だから続編は出なかったの」
「……途中で制作中止になったのはそのせいだったんですね」
女神様がこくりと頷く。
「でも私が生み出した世界は、それ自体が命を持っている。シナリオがなくなっても、そこに住む人々の生活は続いていく。この世界は、神様達が途中で投げ出したのよ。私が最後まで書けなかったせいで、ルシアが幸せになれないから」
「ルシアが?」
「ルシアが寿命まで幸せに生きないと、ハッピーエンドと見なされないの。ハッピーエンドにならなければ、ルシアを生かすためにやり直さなければならない。じゃないとあの世界が生まれた根底が崩れてしまうから。それはどの物語でもそう。想像されたエンディングに辿り着かなければダメなの。世界を構築する神様達の中で、そう決まってるらしいのよ。だから何度でも巻き戻る。私はこの世界をハッピーエンドにするために、今まで何度もシミュレーションしている。でも、何度やり直しても、ルシアは寿命を迎える前に死んでしまう」
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―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)