悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

文字の大きさ
349 / 354
第四部

五十九話 呪われた王女は終末を語りて 中②

 ◇


 テレビの向こうは暗闇だった。
 建物の中なのか外なのかもわからない。地面ではない硬い床があって、俺は闇の中に立っている。
 遠くに白い光がぼんやりと浮かんでいた。
 それ以外は何もない。真っ暗な視界の先に、ぼうっとした小さな光だけが見える。
 ここはどこだろう。
 ほんとに女神様がいる場所なんだろうか。

「こっちだよ、あらた」

 下からチロルの声が聞こえた。
 足下を見るとチロルは俺を見上げてふらんと尾を振り、たたたっと駆け出していく。遠くに見えるあの白い光に向かっているようだ。
 外への出口?
 どこか別の場所に繋がっているんだろうか。行く先はわからないけど、俺は足を踏み出してチロルを追いかけた。女神様に会ってグウェンを助けてもらわないと。

 白い光が近づいてくる。
 よくよく見ると、その光は出口ではなかった。何か物体が発する光だ。
 目を凝らすと、一台のデスクがあった。オフィスにあるような硬そうな事務机と、その上に大きな銀縁のモニターが乗っている。
 白々と見えていたのは、暗闇の中でモニターの画面が放つ光だった。
 デスクの前には人が座っている。
 背中を向けて座る人の髪は、黒くて長い。
 ほんの数メートルまで近づいたとき、キャスターのついたオフィスチェアがくるりと回って、その人が俺を振り返った。

「ああよかった。ちゃんと辿り着いてくれて」

 俺を見て小さく笑みを浮かべたのは女性で、見た目は明らかにOLだった。
 OLって死語なんだろうか。会社に勤めてますという風貌の、三十代中頃くらいか、痩せた女の人。
 真っ暗な空間で画面の明かりに照らされた顔はいたって普通の日本人だ。
 まさかこの人が女神様なんだろうか。
 ファンタジーの世界でありがちな、ブロンドで色白な絶世の美女という感じでもないし、超常的なオーラも醸してない。発光もしてない。サイズも普通だ。
 紺色のジャケットを着たパンツスーツは仕事ができそうなキャリアウーマンに見えるけど、どちらにしろ神様っぽくはない。黄泉の川で会った大聖女のサリア様の方がよほど女神っぽかった。

「えっと……」

 俺が戸惑っていたら、チロルが俺の足先で足を止めて言った。

「女神様だよ」
「やっぱり?」

 相づちを打って女性を眺める。
 この空間にはこの人以外いないから、おのずとそうだろうとは思った。

「私はこの世界の創造主なの」
「へ、へぇ……」

 リアクションに迷って曖昧な反応になってしまった。
 よろしくお願いしますとか言えばいいのか?
 いつもお世話になっております?
 女性の外見に引っ張られて、前世に影響された定型文しかでてこない。
 俺が想像と違う、という顔をしていたら創造主だという女神様はくすりと笑った。

「創造主っていうと大袈裟な感じがするわね。私はシナリオライターよ。あのゲームを作った会社の」
「シナリオライター!?」

 今度はまともに驚いた。
 シナリオライターだって? なるほど、そういうことなら確かに創造主だ。

「いや、でもそんなことが……? あなたはどう見ても人間、ですよね?」

 シナリオライターがなんでこんな非現実的な空間にいるんだ、と訝しむと、彼女はあっさりと答えた。

「もうとっくに死んでるの」
「死んでる?!」

 ぎょっとして女神様を凝視する。
 俺に頷いて、女神様は伏し目になって自分の膝を見つめ、片手を胸に置いた。

「だから私が選ばれたのよ。この世界の責任を取るために」

 そう言った女神様は立ち上がり、デスクの端から小さなリモコンを手に取ってボタンを押した。
 ピッと軽い音がして、頭上がパッと明るくなる。
 急に視界が広くなって瞬きすると、暗闇から一瞬のうちに景色が切り替わり、ピンクとブルーのパステルカラーに染まったオーロラが上空に漂い、光沢のある純白の床が無限に続く異空間になった。女神様の前からデスクとモニターが消える。

「節電しててごめんなさいね。あまりメモリを食うなって言われてるから、普段は省エネしてるの」
「しょ、省エネ……?」
「そのうち天使が雰囲気出すために空に現れると思うから、手を振ってあげて」
「え?」
「デフォルトの設定から変えてないの。女神に会える場所っていう雰囲気を一応醸しておくようになってて」

 女神様が話す途中で、突然背後からもふっとした何かが現れた。

「うわっ」
「あ、大丈夫。椅子なの」

 飛び退くと、巨大なリスの尾のような白い毛の塊がごろんごろんとローリングして女神様に近づいた。巻き込まれそうになったチロルが慌てて俺の身体をよじ登り、肩の上に飛び乗ってくる。
 女神様はパンツスーツ姿のままそれに腰掛けて、俺を隣に呼んだ。

「このソファもデフォルトなの。転生する人ってモフモフが好きだから、とりあえず物体には毛を生やしとけばいいってなってるみたいで」
「女神界って結構適当なんですね……」

 そんなにぶっちゃけて大丈夫なのか、と思いながら俺は女神様の隣に腰掛けた。
 もふっと腰全体が埋まるソファ(?)は生きてるみたいに柔らかくて温かいので、ちょっと逆に気になるとは思ったがツッコミは我慢した。

「僕は女神様以外の神様に見つかったらいけないから、隠れてるね」

 肩に乗っていたチロルはそう言って、俺のシャツのポケットの中に滑り込んだ。

「そうね、その方がいいわ。別の魂だと勘違いされると厄介だから」

 女神様も真面目な顔で頷いたから、俺はポケットを見下ろして首を傾げる。

「そうなの?」
「うん。それに久しぶりに動き回って疲れちゃった。少し休むね。あらたは女神様に聞きたいことをちゃんと聞いて」
「わかった」

 くるんと身体を丸めたチロルはそれきり大人しくなったので、俺はチロルが寝ているだけだと確かめてから女神様に向き直った。

「あまり時間もないから早速話しましょう。今、どこも手が足りなくて」

 そう言って女神様は話し始める。

「不思議に思っているだろうから、まずこの世界の話から簡単にね。少し長くなるけど聞いて。私達のいるこの時空には、作られた物語の数だけ世界がある。それがまず、私がここに呼ばれて最初に言われたことよ」
「物語の数だけ、世界がある……?」
「そう。地球から見たらパラレルワールドって言えばいいのかしら。どんなに短い物語でも、誰の目にも触れなかったとしても、物語が創造されたときに世界が始まるの。想像の世界っていうのはそういうものなのよ。創られた瞬間から、そこで生きる人々の命が始まる。ここには地球で生まれた物語の数だけ別々の世界がある」

 多分、前世の俺だったら女神様の話を突拍子もない空想だと思っただろう。
 でも俺は現に転生しているし、ゲームの世界に入り込んでいるんだから、否定する材料が何もない。
 むしろ地球の誰かから生まれたパラレルワールドだと言われるなら、すんなり納得だった。
 女神様は膝の上で手を組んで、話を続けた。

「私はこの世界の女神に選ばれた。女神代理っていうべきかしら。今は異世界の物語が増えすぎて、世界を構築して管理する女神が足りないみたいなのよね。私は、死んでから魂を引っこ抜かれて、この世界の女神代理になった。私が開発サイドのシナリオライターで、ゲームの物語が途中のまま死んじゃったから」

 さっきの話に戻ったので、俺は女神様の横顔を見つめて注意深く口を開いた。

「途中のまま死んだ……それって続編の?」
「そうよ。続編の制作について、ディレクターと折り合いがつかなかったの。それで一度、私の作ったシナリオは途中でボツになった。書き直そうとしているところで、私は過労で倒れて、心不全を起こして呆気なく死んじゃった。シナリオライターが急死したなんて外聞が悪いでしょう。だから続編は出なかったの」
「……途中で制作中止になったのはそのせいだったんですね」

 女神様がこくりと頷く。

「でも私が生み出した世界は、それ自体が命を持っている。シナリオがなくなっても、そこに住む人々の生活は続いていく。この世界は、神様達が途中で投げ出したのよ。私が最後まで書けなかったせいで、ルシアが幸せになれないから」
「ルシアが?」
ルシア主人公が寿命まで幸せに生きないと、ハッピーエンドと見なされないの。ハッピーエンドにならなければ、ルシアを生かすためにやり直さなければならない。じゃないとあの世界が生まれた根底が崩れてしまうから。それはどの物語でもそう。想像されたエンディングに辿り着かなければダメなの。世界を構築する神様達の中で、そう決まってるらしいのよ。だから何度でも巻き戻る。私はこの世界をハッピーエンドにするために、今まで何度もシミュレーションしている。でも、何度やり直しても、ルシアは寿命を迎える前に死んでしまう」
感想 541

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も 『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です! 表紙は、Pexelsさまより、Abdalrahman Zenoさまによる写真をお借りしました。ありがとうございます! 文章にはAIを使用しておりません。校正も自力です!(笑)

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。   ※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました! えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。   ※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです! ※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? 表紙は自作です(笑) もっちもっちとセゥスです!(笑)

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)