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第四部
六十話 呪われた王女は終末を語りて 中③
やり直している、という言葉を聞いて、エリザヴェータ王女のことを思い出した。
彼女も同じようなことを言っていた。
悪魔を倒せずに、いつも巻き戻ると。
「エリザヴェータ王女が、同じようなことを言っていたんですけど……」
俺がそう口に出すと、女神様は困ったような顔になって、小さく嘆息した。
「世界の不具合なのよ。エラには可哀想なことをしてしまったわ。ナミアでのシナリオが不完全だったせいで、あるときやり直しをしたら、あの子は運悪く時間の隙間に入り込んでしまった。世界が滅びてリセットをかけても、エラだけが記憶をリセットされないまま回帰してしまっている」
「王女様は三年前に目覚めるって言ってましたが、それには何か理由があるんですか?」
「ルシアが叡智の塔に入学する日に戻るからよ。ゲームが始まる日に、あの子だけループしているの」
「……そういうことか」
エリザヴェータ王女にとっては、何故三年前に戻るのかが謎だっただろう。
しかしゲームのシナリオをリセットして、ルシアの物語が始まる日に回帰しているということなら納得できる。
「もともとのストーリーは、バレンダール公爵を追い詰めて、ルシア達は王宮の悪魔を倒す。そこで禁術を使う闇の一族の存在と真の黒幕が明らかになる、という話だったの」
続編だというゲームの話になったので、俺は思わず身を乗り出した。
「ナミアの設定と、エリザヴェータ達王族の設定も簡単に練ってあった。でもそれはディレクターに通らなかった。ナミアにまで話を広げると恋愛要素が薄くなるし、長すぎるって」
呟くように説明しながら、女神様は膝の上で組んだ手のひらを開いたり閉じたりした。
声のトーンが急に弱くなった。生きていた頃の葛藤をまだ消化しきれずにいるのかもしれない。
小さなため息の後に女神様は再び話し出す。
「バレンダール公爵とサリエル伯爵を悪役にして悪魔召喚を阻止する。そういうシナリオに変えてほしいと言われた。生きているうちに、サリエル伯爵の船の事件までは書き直していたわ。でも私は、すでにヌイ・グノーシスという存在を創造してしまった。だから私が死んでから、シナリオがなくなったこの世界ではノアと黒幕がひとりでに動き始めた。私が構想した設定とナミアの結界のせいで、悪魔が召喚されてしまったら、そこからルシアが生き延びる未来にはどうしても辿り着けない」
俺は頭の中で情報を整理してみる。
主人公はいつまでも幸せに暮らしました。
そういうハッピーエンドに辿り着けないと、ゲームの始まりからやり直す、ということか。
シナリオが最後まで書かれなかったせいで、俺達の世界は何度もやり直してるって?
「あの、じゃあ俺も自分が気づかないだけで何度もやり直してる……ってことですか?」
でも、エリザヴェータ王女は俺に会うのは初めてって言ってたよな。
どういうことなんだ、と思っていると女神様がきっぱり首を横に振った。
「あなたは今回初めてこの世界に生まれたの。何度やっても上手くいかないから、私は世界の外から助けを得ることを決断した」
「世界の外から……もしかして、転生者……とか?」
「ええ」
「つまり俺と、ルシアが?」
俺に顔を向けて、女神様は頷いた。
「そうよ。上手く進まない世界を転換するために、神様達にはよくある手法らしいわ。登場人物が生まれるときに、転生者の魂を持ってきて混ぜる。そして前世の記憶を強く呼び起こされる状況に陥ったとき、彼らは前世を思い出す。そうすると転生者達は前世の知識を使って物語をエンディングまで持っていってくれる」
それを聞いて、俺は思わずなるほどと感心した。
「シナリオを知っている人間がいたら探してきて、直接介入させるってことか」
シナリオを知ってたら言うことなし。知らなくても前世の知識を使ってなんとかなるかも、という理屈だ。確かにそれなら、エンディングに辿り着く確率は上がるだろう。
「私は最初、ルシアに転生者の女の子の魂を混ぜようと思った」
女神様は話を続ける。
「でも、不安だったの。転生者の魂を使えるのは一度だけ。それでもし途中で死んでしまったら、他の世界から無理やり引き抜いてきた魂は壊れてしまう。神様の中にはそれなら別の魂を使うだけって割り切る方もいるみたいだけど、私はそれを考えたら怖かった。だから、もう一人加えることにした」
「それが、俺?」
俺を見つめる女神様の黒い瞳が煌めいた。
日本人としては一般的なはずの瞳の色は、俺にはもう珍しい色に感じる。グウェンを思い出したら俺達の世界の日々が急に恋しくなって、胸の奥がぎゅっと締まったように感じた。
「レイナルドは、本来なら最初のシナリオで消える悪役。でもバレンダール公爵に最も近く、生まれ持った能力と地位も申し分ない。彼がゲームのシナリオを知れば、断罪を回避するために上手くルシアをサポートしてくれると思った。結果として、ルシアよりもあなたの方が活躍してくれたけど、いい誤算だった。ここまで本当によくやってくれたわ」
俺が見つめ返すと、女神様は淡い笑みを浮かべた。
「世界の移ろいに神は直接手出しできない。介入した瞬間、世界を守る繭が壊れて言の葉荒らしが流れ込んでしまうから」
「言の葉荒らし?」
「言の葉嵐ともいう、物語を喰べる虫よ。神の干渉によって自律性を失った世界は、言の葉荒らしが湧いて壊されてしまうの。だから私はあなたに直接手を貸すことができなかった」
「……でも、招魂祭のときは? サリア様が悪魔を封じてくれたけど……」
首を傾げた俺に、女神様は首を横に振る。
「あれは少しだけサリアにお告げを出しただけで、私が直接アシュタルトを退けたわけじゃない。あなた達が黄泉の川に行って、自分達の力でサリアを召喚したでしょう」
「そう、ですね……」
あれは大聖女様をあの世から降臨させるっていう力技だったけど、俺が犠牲になって光の誓約をしたから、女神様から直接力をもらったわけじゃないのか。
じゃあもしかしたら、今回もサリア様を呼べば助けてもらえたんだろうか。いや、だとしても俺は魔法を使えなかったし、相手は悪魔の意識じゃなくて本体だ。あれを倒すには俺の力だけでは無理だった。
「えっと、そしたら今のこの状況は大丈夫なんですか? 俺は女神様と話しちゃってますけど」
神の干渉に該当しない?
そう思ったが、女神様は「大丈夫よ」と頷いてソファのモフモフを撫でた。
「あなたが使ったのは予め設置しておいたアイテムだから。登場人物が女神に救いを求めることができる、隠しアイテムなの。私が自らあなたに接触したわけではない」
「……なんか複雑ですけど、セーフってことですかね」
「そう、ブラックに近いグレーよ」
「そんな法律の抜け穴すり抜けるみたいな……」
本当に大丈夫なやつなのかと、俺が微妙な顔をしていると、女神様がふ、と口を綻ばせて上を見上げた。
つられて顔を上げた俺は、そのとき薄いピンク色の粒子がふわふわ漂うオーロラの向こうに、子供の天使が三人連なって飛んでいるのを見つけた。
「天使……?」
さっき女神様が来るって言ってた気がするけど、ほんとに来た。
金色のベールを被っているのか、ひらひらと黄金色を靡かせながらくっついて飛んでくる天使達は異様に速かった。
端っこにいる天使がバインダーを持っていて、俺達を見つけてしゅーんと舞い降りてくる。
よく見たらひらひらしていたのはベールじゃなくて天使達の髪だった。金色の長い髪が絡まっていて、そのせいなのか三人でまとまって移動しているらしい。真ん中の天使が上手く翼を畳んで、両サイドの天使がバサバサ羽ばたいている。というか、真ん中の天使は寝ている。バインダーを持っていない天使が寝てる天使を小脇に抱えるようにして、三人は女神様の前に飛んできた。
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