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第一部
番外編 ルネ・マリオールの失恋 中②
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彼がぶつぶつ文句を言っているのを、まぁどちらでもいいけど。という心境で横目で眺めながら顔の横にほつれた髪をかき上げた。指先に耳につけたイヤリングが触れる。
彼は冷静になったらだんだん自分が先程グウェンドルフ様への愛を綴ったことが恥ずかしくなってきたのか、夜の闇でもわかるほど顔を赤らめて手で額を押さえていた。「さっき俺もの凄く恥ずかしいこと言ったよな、あれ本人目の前にしたらとてもじゃないけど言えないやつだぞ……」とまだぶつぶつ呟いている。
赤の他人に言えてなんで本人に言えないのよ。
グウェンドルフ様にも言ってあげればいいのに。
私はすかした気持ちで思いながら、いつまでも彼と一緒にいるのも気まずくなってきて館の方へ足を踏み出す。
「もう中に戻るわ」
私がそう言うと、彼は現実に戻ってきて頷いた。
「ホールの入り口まで送るよ」
と彼が帽子を被り直して私の横について来る。こんな姿でも一応エスコートしようとしてくれているらしい。本当によくわからない男だ。
一緒に四阿から建物の中に戻ろうと歩き始め、噴水の前に差しかかった。
一応彼の言い分を信じてみると、彼がしたくもないこんなおかしな格好で何故パーティーに顔を出したのか、私は不思議に思った。そしてホールで彼がラケイン卿に何かを渡していたことを思い出す。
「あなた、ラケイン卿にさっき何か」
「おい!!」
私がそう言いかけた時、噴水の向こうから一人の男が険しい顔で走ってきた。
あれは、私がこの前振った、とある伯爵家の三男のダメ男。帝国中に顔が広い実家の力を傘に着た、少し顔が良いだけの自己中心的で自信家の、女を自分のアクセサリーとしか考えていないクソ男。
その男が私に向かって荒々しく近付いてくる。
隣にいた彼は少し驚いた様子で、この男が私を探しに来たのかと思ったのか、帽子を深く被り直すと足を止めて少し離れた。
クソ男も彼に気付いたけれど、夜の闇の中では背の高い地味な衣装の女としか思わなかったのかすぐに興味を失ってまた私を睨みつけてくる。
「お前、なんで今日俺のエスコートでパーティーに出席しなかった! ちゃんと事前に言付けを送っただろう!」
その言葉に私は呆れて眉を寄せた。
「なんで私があなたにエスコートされなきゃいけないのよ。この前言ったでしょう。私はあなたと親密になるつもりはないの」
「なんだと? 俺がせっかく気を利かせてやったのに、その態度はなんだよ! お前の歳で相手がいない奴なんてそうそういないんだぞ。一人でパーティーに来るなんて恥ずかしいと思わないのか?」
確かに私にはまだ正式な婚約者はいない。
言われたことが本当でも、だからといってこの男を選ぶことだけは絶対にあり得ない。
私は腕を組んで首を傾けた。
「私は侯爵家の人間よ。格下のあなたを相手にしなくても、縁談なんて山のように来るの。わざわざあなたみたいな傲慢で、独りよがりな、大して能力もないくせに態度だけ大きい男を相手にするはずないじゃない」
そう冷たく告げたら、ダメ男は眉間に縦皺を寄せた。そして激昂して足を踏み鳴らす。
「お前なんか騎士団長にもライネル卿にも相手にされてねぇだろ! 身の程知らずなのはお前だろ! 勘違い女!」
そう言われて、私は少しだけ衝撃を受けた。
ライネルのことはどうだっていいが、グウェンドルフ様に相手にされていないことくらい、私が一番よくわかっている。
ついさっき失恋したばかりなのに、その傷を抉るようなことを言い放たれて一瞬クソ男の勢いに呑まれた。
「可愛げのねー女! 男に口出しすんじゃねーよ」
隙をついてクソ男が何か唱えた。私の後ろにあった噴水からザブリと水が飛び出す。
次の瞬間、スカートに巻き付いた水の束が私を噴水に引き摺り込んだ。
「きゃっ」
バシャン、
という音がして、気が付いたら私は噴水に落ちていた。大して深さはないが、尻餅をついた腰の上まで冷たい水に浸かって茫然とする。
クソ男は、そういえば水の加護持ちか。大して能力が高くないからと油断していた。私の属性は火だから水とは相性が悪い。
本当に、今日はなんて最悪な日なの。
失恋して、その上噴水に落とされるなんて。
散々な気持ちで目に涙が滲む。
「うぐっ」
その時篭った声が聞こえて私は顔を上げた。
そうしたらクソ男が空に浮いていて、首を押さえてもがいていた。
その下には帽子を地面に落とした彼が、冷たい表情で間抜け面をしている男を見上げている。
彼は不機嫌そうに腕を組んでいた。
「てめえ、女の子に何してんだよクズ。振られたんなら尻尾巻いてさっさと消えろよストーカー野郎。せっかく気分が持ち直してたのに最悪じゃねーか。彼女に謝れ」
「くそっ、何なんだお前?! うぐっ」
一見女性に見える彼から低い男の声で罵られて、クソ男が混乱している。
彼に対抗しようとまた何か唱えた。
私の浸かっている噴水の水が束になって浮かび上がり、彼に向かって飛び出していく。
彼はちらりとその水を見ると片手を前に出して結界を張り、いとも簡単にその攻撃を防いでしまった。
水がパシャンと結界に弾かれるのを見て、私は唖然とする。
結界を張ることが出来るのは、光属性の精霊力がある者だけと言われている。
彼は一体何者なのか。私は噴水の中に座り込んだまま、改めて彼の立ち姿を見つめた。
「いいから謝れよ。クソ男」
彼は冷酷な目で空中に浮いたままの男を見上げた。
「ぐっ、う、」
絞められているのか、首を押さえたクソ男はしばらく抵抗した後、「くそっ」と小さく声を漏らした。
「悪かったよ!」
と吐き捨てた男を彼は無表情に見ると、軽く指を振った。
その途端にクソ男は凄い速さで遠目に見える庭の植え込みに突っ込んでいった。間抜けな男の悲鳴と、藪を折るバキバキという音が聞こえた。
ふん、と鼻を鳴らした彼は私の方を振り返る。
「君ね、こういう男に本当のことを言ったらダメだよ。いちいち相手にしてたら余計つけあがるんだから」
そう言って私を見た彼を、私は噴水の中から見上げて、彼と吹っ飛ばされたダメ男を交互に見た。男は四角く整えられた植え込みに頭から突っ込んでピクピクしていた。
「でも、そういう裏表がなくて気の強い性格は、嫌いじゃないな」
と笑って、彼は噴水に落ちた私に手を差し出す。
「ごめんね、帽子のせいでよく見えなかったんだ。反応が遅れて」
私が手を出すと、彼は強い力で私の腕を引いた。噴水から私を引っ張り出す時に、水を吸ったスカートが重くて私が体勢を崩したら、腰に手を回して支えてくれる。それが思いの外力強い腕だったので、私はどきりとしてしまった。
彼は冷静になったらだんだん自分が先程グウェンドルフ様への愛を綴ったことが恥ずかしくなってきたのか、夜の闇でもわかるほど顔を赤らめて手で額を押さえていた。「さっき俺もの凄く恥ずかしいこと言ったよな、あれ本人目の前にしたらとてもじゃないけど言えないやつだぞ……」とまだぶつぶつ呟いている。
赤の他人に言えてなんで本人に言えないのよ。
グウェンドルフ様にも言ってあげればいいのに。
私はすかした気持ちで思いながら、いつまでも彼と一緒にいるのも気まずくなってきて館の方へ足を踏み出す。
「もう中に戻るわ」
私がそう言うと、彼は現実に戻ってきて頷いた。
「ホールの入り口まで送るよ」
と彼が帽子を被り直して私の横について来る。こんな姿でも一応エスコートしようとしてくれているらしい。本当によくわからない男だ。
一緒に四阿から建物の中に戻ろうと歩き始め、噴水の前に差しかかった。
一応彼の言い分を信じてみると、彼がしたくもないこんなおかしな格好で何故パーティーに顔を出したのか、私は不思議に思った。そしてホールで彼がラケイン卿に何かを渡していたことを思い出す。
「あなた、ラケイン卿にさっき何か」
「おい!!」
私がそう言いかけた時、噴水の向こうから一人の男が険しい顔で走ってきた。
あれは、私がこの前振った、とある伯爵家の三男のダメ男。帝国中に顔が広い実家の力を傘に着た、少し顔が良いだけの自己中心的で自信家の、女を自分のアクセサリーとしか考えていないクソ男。
その男が私に向かって荒々しく近付いてくる。
隣にいた彼は少し驚いた様子で、この男が私を探しに来たのかと思ったのか、帽子を深く被り直すと足を止めて少し離れた。
クソ男も彼に気付いたけれど、夜の闇の中では背の高い地味な衣装の女としか思わなかったのかすぐに興味を失ってまた私を睨みつけてくる。
「お前、なんで今日俺のエスコートでパーティーに出席しなかった! ちゃんと事前に言付けを送っただろう!」
その言葉に私は呆れて眉を寄せた。
「なんで私があなたにエスコートされなきゃいけないのよ。この前言ったでしょう。私はあなたと親密になるつもりはないの」
「なんだと? 俺がせっかく気を利かせてやったのに、その態度はなんだよ! お前の歳で相手がいない奴なんてそうそういないんだぞ。一人でパーティーに来るなんて恥ずかしいと思わないのか?」
確かに私にはまだ正式な婚約者はいない。
言われたことが本当でも、だからといってこの男を選ぶことだけは絶対にあり得ない。
私は腕を組んで首を傾けた。
「私は侯爵家の人間よ。格下のあなたを相手にしなくても、縁談なんて山のように来るの。わざわざあなたみたいな傲慢で、独りよがりな、大して能力もないくせに態度だけ大きい男を相手にするはずないじゃない」
そう冷たく告げたら、ダメ男は眉間に縦皺を寄せた。そして激昂して足を踏み鳴らす。
「お前なんか騎士団長にもライネル卿にも相手にされてねぇだろ! 身の程知らずなのはお前だろ! 勘違い女!」
そう言われて、私は少しだけ衝撃を受けた。
ライネルのことはどうだっていいが、グウェンドルフ様に相手にされていないことくらい、私が一番よくわかっている。
ついさっき失恋したばかりなのに、その傷を抉るようなことを言い放たれて一瞬クソ男の勢いに呑まれた。
「可愛げのねー女! 男に口出しすんじゃねーよ」
隙をついてクソ男が何か唱えた。私の後ろにあった噴水からザブリと水が飛び出す。
次の瞬間、スカートに巻き付いた水の束が私を噴水に引き摺り込んだ。
「きゃっ」
バシャン、
という音がして、気が付いたら私は噴水に落ちていた。大して深さはないが、尻餅をついた腰の上まで冷たい水に浸かって茫然とする。
クソ男は、そういえば水の加護持ちか。大して能力が高くないからと油断していた。私の属性は火だから水とは相性が悪い。
本当に、今日はなんて最悪な日なの。
失恋して、その上噴水に落とされるなんて。
散々な気持ちで目に涙が滲む。
「うぐっ」
その時篭った声が聞こえて私は顔を上げた。
そうしたらクソ男が空に浮いていて、首を押さえてもがいていた。
その下には帽子を地面に落とした彼が、冷たい表情で間抜け面をしている男を見上げている。
彼は不機嫌そうに腕を組んでいた。
「てめえ、女の子に何してんだよクズ。振られたんなら尻尾巻いてさっさと消えろよストーカー野郎。せっかく気分が持ち直してたのに最悪じゃねーか。彼女に謝れ」
「くそっ、何なんだお前?! うぐっ」
一見女性に見える彼から低い男の声で罵られて、クソ男が混乱している。
彼に対抗しようとまた何か唱えた。
私の浸かっている噴水の水が束になって浮かび上がり、彼に向かって飛び出していく。
彼はちらりとその水を見ると片手を前に出して結界を張り、いとも簡単にその攻撃を防いでしまった。
水がパシャンと結界に弾かれるのを見て、私は唖然とする。
結界を張ることが出来るのは、光属性の精霊力がある者だけと言われている。
彼は一体何者なのか。私は噴水の中に座り込んだまま、改めて彼の立ち姿を見つめた。
「いいから謝れよ。クソ男」
彼は冷酷な目で空中に浮いたままの男を見上げた。
「ぐっ、う、」
絞められているのか、首を押さえたクソ男はしばらく抵抗した後、「くそっ」と小さく声を漏らした。
「悪かったよ!」
と吐き捨てた男を彼は無表情に見ると、軽く指を振った。
その途端にクソ男は凄い速さで遠目に見える庭の植え込みに突っ込んでいった。間抜けな男の悲鳴と、藪を折るバキバキという音が聞こえた。
ふん、と鼻を鳴らした彼は私の方を振り返る。
「君ね、こういう男に本当のことを言ったらダメだよ。いちいち相手にしてたら余計つけあがるんだから」
そう言って私を見た彼を、私は噴水の中から見上げて、彼と吹っ飛ばされたダメ男を交互に見た。男は四角く整えられた植え込みに頭から突っ込んでピクピクしていた。
「でも、そういう裏表がなくて気の強い性格は、嫌いじゃないな」
と笑って、彼は噴水に落ちた私に手を差し出す。
「ごめんね、帽子のせいでよく見えなかったんだ。反応が遅れて」
私が手を出すと、彼は強い力で私の腕を引いた。噴水から私を引っ張り出す時に、水を吸ったスカートが重くて私が体勢を崩したら、腰に手を回して支えてくれる。それが思いの外力強い腕だったので、私はどきりとしてしまった。
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