悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第二部

十八話 不精な若者の計略 前①

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 結局、酒場での情報収集は役に立ったのかと後で聞いたら、オズワルドは頷いていた。

「少なくとも、サーカス団は闇オークションとは無関係そうだということがわかったから。何かあったときにはそちらを警戒する必要がないって把握できて良かった」
「確かに、座長さん渋々って感じだったもんな」

 宿に引き返す途中にあった屋台で軽く食事をとってから、俺たちはまた宿屋の部屋に戻った。
 オズワルドは歩き出して少しするとまたあの乙女ゲー攻略キャラみたいな顔をし始めたが、俺が話しかけるとその気配が緩む。でも基本は他人に対してはあの皮を被っているらしい。「その方が慣れてて気持ちが楽だから。でも俺が調子に乗ってたら教えてね」とヘタレた顔で言われた。落差で風邪引くんだよ。その切り替えが普通に出来るのは、もしかして全部計算なんじゃないのか、と勘繰りたくなる。
 ちなみに屋台では新鮮な野菜や果物がたくさん乗ったスープカレーみたいな料理が出てきて美味しかった。デルトフィアには無い味だったから、今度うちの料理長に作れるか聞いてみよう。





「で、本気で俺は屋敷の内部に潜入することになるわけ?」

 夜になり、オズワルドに連れられて俺は本当にオークション会場となるサーカスのテントの奥にある屋敷に来てしまった。
 服は一度元のシャツとズボンにもう一度着替えていた。その方がいいからと言われて素直に従った。オズワルドの方は屋台で食事した帰りに適当に買った薄い生地の灰色の上着を上に羽織って、スカーフを巻いていた。元の顔に気品があるから確かにどこぞの貴族っぽい出立ちに見える。

「本気だよ。お願いだから、卵がすり替えられたりしないようにちゃんと見張ってて。ここで逃したらあの子の行方が追えなくなる」

 王子はそう言いながら屋敷の裏門を堂々とくぐると、迷うことなく進んでいき裏口に立っていた黒い執事服を着た男性に何やら話しかけている。
 俺は協力するとは言ったけど、内部に潜入するのはやりたくないなぁと思いながらのろのろと歩いてオズワルドに追いつくと、彼は入場の手続きを済ませてしまっていた。

 マジでやるんだろうか。
 従業員のふりして卵に近づくなんて無謀な計画を。

 通された屋敷の中は窓もほとんどなく薄暗い。点々とランプが置かれた廊下にはほとんど装飾や置き物もなく、通路の幅も狭かった。
 屋敷の造り自体はデルトフィアの貴族の館とそう変わらないように見える。でも壁に貼ってある陶器のタイルはターコイズみたいな色で細かな模様が描いてありランプに照らされると滲んだように光って美しかった。
 オズワルドは案内人の従業員について歩き、廊下の奥にある両開きの大きな扉の前に立った。俺も後から追いついて扉が開けられるのを眺める。
 会場の中は廊下とは違い、思っていたよりもずっと広かった。多分二百人くらいが座ってパーティーを開けるくらいの広さがある。俺たちがいる扉は部屋の中でも右側の壁の一番後ろにあたり、出入り口はこことは別にもう一つ反対側の壁にも両開きの扉がある。あとは会場の前方に造られた舞台の両端にそれぞれ奥の控え室に繋がっていると思われるやや大きめの片開きの扉が設えてあった。
 会場の中は魔道具でも使われているのかひんやりした冷気を感じて、灯りは舞台の方に集中して置かれており後方は薄暗い。舞台の前にオークションの参加者が座るゆったりした肘掛け椅子がたくさん並び、何人かの人がもう座っていた。参加者のスペースの中にはVIP席なのか分厚い絨毯に大きな長椅子が置かれたエリアもあるが、そこには誰もいない。
 まさかそこに座る訳じゃないよな、と思って俺は会場の中を眺めているオズワルドに小さな声で聞いてみた。

「オズはどこに座る予定?」
「俺? あそこだよ。真ん中から少し外れた方」

 そう言って王子が自分の数字が書かれたカードタイプのパドルを見せてきた。オークションのことはあまり詳しくはないが、多分競売に参加する時にそのカードを上げるんだろう。彼が持っているパドルは15と書かれている。その後指差したのは最前列から三列ほど後方の、やや隅によった位置にある肘掛け椅子だった。

「意外に地味な場所だな」
「どこぞの国から来た貴族っていう設定だからね。無事に終わればみんな俺のことを忘れるけど、最初から目立ちたくないから」

 なるほど。
 不死鳥の卵を競り落とすんだから、最終的には目立ってしまうことにはなると思うがそれまでは潜んでいるつもりなんだな。
 オズワルドは案内してくれた従業員にお礼を言って彼を玄関の方に返した後そのまま席には向かわずに対面にある扉まで歩いていく。

「どこに行くんだ?」
「一応屋敷の中を一通り見て回っておいた方がいいと思うんだけど。君のためにも」
「……ああ、うん。そうね」

 もうこのまましれっと隣に控えてればいいかなと思っていたから俺は内心で肩を落とし、オズワルドの後に続いてもう一つの出入り口の扉をくぐった。
 
 先ほど歩いて来た廊下よりは広く、こちらは壁に絵画や彫刻が置かれていた。多分俺たちが入ったのが裏門だから、こっち側が屋敷の表側なんだろう。それでも人気はなく薄暗いのに変わりはない。
 何人かの召使いのようなお仕着せを着た男性や女性が会場の方へお茶や酒のボトルを運んでいくのにすれ違った。みんな表情は固く、あまり楽しそうではない。俺たちが勝手に廊下を歩いていても気にも留めない。与えられた仕事以外のことに関心がないのかもしれない。何人かは首輪をしている人も見かけて、ちらっと見えただけだが確かに俺がしている魔力封じの首輪と形は似ていた。
 ちなみに俺はまだ魔力封じの首輪をしている。
 宿屋に帰ってからオズワルドに一度外させたが、ここに来る時にもう一度つけることになった。
 従業員に扮するなら首輪をしてた方が逆に安全だ、と言うオズワルドの意見に従った結果である。俺は魔法が使えた方がいざという時安心じゃないかと言ったのだが、奴隷や売り物と間違えられて隷属の首輪を嵌められたら大変なことになると心配したオズワルドに押し切られた。心配されて魔法を封じられるっていう謎の展開だったが、渋々王子の意見に従った。
 それよりも計画を見直した方が良かったんじゃないかと思うんだよな。時間がないからって勢いで来ちゃったわけだが。

「レイナルド、こっち」

 前を歩いていたオズワルドが何かに気付き、俺を廊下の脇にあった扉の側に手招きする。
 彼が開けた扉の中を覗き込むと、その中にはまた廊下があった。

「隠し通路か」
「結構分かりやすいからそんなに隠れてはないけど、もしかしたら舞台の後方に繋がっているかもしれないね」

 そう言ってオズワルドが迷いなく足を踏み出すから俺は驚いてその腕を掴んだ。

「ちょっ、勝手に入って大丈夫なやつ? 見つかったらヤバくないか」

 焦った声で引き止めると、彼は少し呆れた顔で俺を振り返る。

「レイナルド、俺の能力を思い出してよ。見つかったって記憶を消したらいいんだし、俺の顔なんて誰も覚えられないんだから問題ないよ」
「いや、そうかもしれないけど、だとしてもちょっと無謀じゃないか」

 この先に何があるのかわからないのに、何の躊躇いもなくよく進めるな。自分の性格に自信がないと言っておきながら、やることは大胆なのはなんでなんだよ。今まで他人から行動を矯正されていないせいで変に迷いがないのか。人の記憶に残らないからって、考え方が少しぶっ飛んでいる。
 時々俺が周りに言われる無鉄砲というワードが頭に浮かんだ。なるほど。みんなこういう気持ちで俺を見ているわけだ。
 俺は首輪も付けてるから慎重に進みたいが、王子は違う。彼からは不死鳥の卵を取り返すという一貫した強い意志を感じる。
 他人のふり見て我がふり直せってこのことか。勉強になるな。

 どんどん先に進んで行くオズワルドに仕方がないのでついて歩くと、不意に前から従業員なのか黒い背広を着た男性が歩いて来た。
 彼は俺たちに気付いて、眉を寄せる。

「お客さま、こちらはバックヤードに繋がりますので立ち入りは出来ません。会場にお戻りください」
「ああ、すみません。手洗いを探していたんですが」
「こちらです」

 オズワルドの言葉を信じたかどうかはわからないが、無表情でそう言った若い従業員は俺たちに引き返すように促して、元の廊下までいざなった。そのまま廊下を少し歩いて曲がり、狭くなった通路の奥を指差した。

「この奥が化粧室です。ご利用になったら会場にお戻りください。まもなく始まります」
「はい。ありがとうございます」

 オズワルドが笑顔でお礼を言ってから、俺たちに背を向けた従業員に指を向ける。
 その瞬間ビクッとその男性が固まり、周りを見回すように首を左右に振った。
 多分、俺が何回かやられたように身体の動きを封じられたんだろう。
 オズワルドは男性の前に回り、声も出せずに驚いているその顔を覗き込んだ。

「君は誰にも会わなかった。気がついたら体調不良で手洗いの中で倒れていたんだ。いいね」

 そう囁いた彼の瑠璃色の瞳が明るく輝いたように見えた。
 それから彼は「ごめんね」と言って固まったままの従業員の脇腹に右手で触れた。バリっと一瞬音がして、がくんと頭が揺れた男性の身体を正面から受け止めて支える。
 気を失った従業員を軽く肩に担ぐと、オズワルドはそのまま手洗いの方に向かって歩き始めた。

「ほら行こう。ちょうど良く従業員の服が手に入った。俺たちついてるね」
 
 何事もなかったかのように俺を振り返って嬉しそうに笑う第二王子。

 鮮やかな手並み。

 俺はちょっとだけ王子に感心すると同時に、彼のヘタレた本性とは裏腹に全く躊躇いのないその動きを見て内心で怯えた。
 うちの国の王子が刺客みたいな動きにこんな手馴れていていいんだろうか。仮にも王子だよな。デルトフィア皇家は一体どういう教育をしてるんだ?
 我が家ですごく良い子に育ったウィルを長年見守ってきた俺としては、陛下と皇太子殿下の情操教育が失敗だったんじゃないかと不敬なことを思わずにはいられないんだが。
 さっさと歩いて行く王子にため息をついてから、俺も彼を追いかけて手洗いに入った。
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