悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

文字の大きさ
88 / 343
第二部

三十四話 色異なる六人の乙女の話 後③

しおりを挟む
 思わず何もない床で躓いた。
 慌てて卵を両手で抱えて体勢を立て直す。

「は?! え? どういう??」

 売られた??
 あの騎士に?

 驚愕してリリアンの顔を見ると、彼女は発言している内容には全くそぐわないおっとりした顔で首を傾げた。

「私にも何が何だか……ある日突然」

 リリアンがそこまで言ったとき、「こちらです」というマスルールの声に会話が遮られた。

 彼女の話は猛烈に気になるが、皆が足を止めてマスルールの方を見ているので俺も前方に意識を向ける。
 
 広間から長い通路を歩いた気がしたが、気がつくとロの字型になった回廊に行き当たっていた。中庭はそこまで広くない気がするが、真ん中に人が十人くらい入れそうな白い円柱が立っている。その円柱は高くそびえて、見上げると遥か上空で白銀に輝く円盤のようなものに繋がっているように見えた。回廊の中庭にはその円柱以外には何もない。ただ明るい日差しが剥き出しの土の上に降り注ぎ、白い円柱に反射した光が眩しかった。
 あの円盤は、昨日の夜王宮に向かう途中で宮殿の上空に見えた謎の構造物だよな。まさか、あれが鈴園なのか。

「皆さんこちらに」

 マスルールが回廊から降りて円柱の側に向かう。
 五人と一緒にぞろぞろついて行きながら、俺はまた嫌な予感を覚えた。

「これは、初代皇帝が残した遺産です。我が国が誇る文化財であり、これ自体が巨大な魔道具になっています。ここからお入りください」

 彼が円柱の壁に手をつくと、何の継ぎ目もない円柱の壁が人が一人通れるくらいの大きさで丸く開いた。中も真っ白で外からはよく分からないが、中にはドーム型にくり抜かれたような空間があるように見える。
 マスルールが先に中に入り、候補者達を促した。 
 俺は何となく不穏な感じを抱きつつも、ここで俺だけが渋ってもどうしようもないと円柱の中に足を踏み入れた。
 中はやはり逆さにしたお椀型のような空間が広がっていて、俺たち六人とマスルールが入ってもまだ少しゆとりがある。なんだか、エレベーターのような雰囲気を感じた。

「それでは、イラムに向かいます」

 マスルールがまた壁に触れると、入り口は音もなく閉じた。一瞬暗くなるが、すぐに壁が発光したように白く光り、ドームの中はお互いの顔がはっきりわかるくらい明るくなった。表情が変わらないロレンナ以外は皆不思議そうな顔で周りを見回している。
 振動は全くないが、一瞬気圧が変わるような感覚がある。

 そう、まさしくエレベーターのような。

 つまり、上に向かっているということか。
 恐らくあの巨大な平たい円盤に。
 察するに、あれがイラムと呼ばれる場所なんだろう。
 それは大丈夫なのか。簡単には地上に戻れないところに連れて行かれてるってことにならないか、これ。

 それに気がついて今更背中に冷たい汗が流れた。

「あの、そのイラムって誰でも入れる場所なんですか」

 そんなはずはないだろうと思いながら、俺は近くに立っていたマスルールの仏頂面を見上げた。

「イラム自体には、皇族の血を引いている者が一緒にいれば誰でも行き来することができます」

 さも簡単なことのように言ったが、それはほとんどの人は入れないと言ってることと同義だと思うんだが。そして今円柱を動かしたマスルールは、まさか皇族の関係者だったのか。

「皇族って、マスルールさんも?」
「私は皇位を継承した前皇帝の兄の実子です。アシュラフ皇帝とは従兄弟にあたります」
「え?!」

 この人、アシュラフ皇帝の従兄弟だったのか?!

 ぎょっとして彼を上から下まで眺めてしまった。ルシアもリリアンも驚いている。そう言われてみれば似てるような気がしなくも……いや、体格も顔も違いすぎてわからん。
 そして今始めに言った一文だけで色々と混み合った事情を察してしまうんだが、その辺りはどのくらいまで突っ込んで聞いていいんだろうか。なんで前皇帝の兄が皇位を継承してないのかとか、色々疑問が生まれる。
 ちょっと待てよ。ということは、マスルールには皇族の呪いがかかっているのか? それとももう既に子供がいて呪いを回避しているということか。いや、父親が皇位を継承していないということは、彼には呪いが引き継がれていないのか。事情が複雑でよく分からない。
 眼鏡の奥の彼の目は変わらず冷徹だ。
 結婚しているのかとか、子供がいるのかなんて顔を見ただけでは判断出来ない。

「イラムは二層になっており、一層目は皇族が住む寝殿になっておりますが、その上にある二層目の鈴園は六女典礼の間しかその扉は開きません。今向かっているのはまず一層目の皇族の居住地です」

 頭の中で様々な思考を巡らせているとマスルールが淡々とした口調でそう説明して、言い終わると同時にドームの壁に先ほどと同じ形の出口が出来た。イラムに着いたらしい。

 彼に先導されて円柱の外に出ると、そこは上にまだ別の階層があるとは思えないほど明るかった。見上げると確かに上に天井があることはわかるが、かなり高い。円盤の中は温室の中のような不思議な明るさがあった。
 俺たちが外に出たところは円形の白い大理石の広場になっていて、下の王宮と同じような尖塔のある白亜の宮殿が正面に見える。イラムの尖塔は金色ではなく鮮やかな緑色で塗られていた。
 澄んだ水の流れる細い水路が広場を囲うように流れていて、その水は宮殿の手前にある金色の装飾が施された噴水から四方に水路となって伸びて流れていた。
 宮殿とは反対側には芝のある庭園や果樹園があった。どういう仕組みかわからないが土が盛られているらしい。上空にあるとは思えないくらい本当に普通の王宮みたいだ。
 地上と違うのはこの厳粛な宮殿が鎮座している広大な円盤の縁に透明な壁があることで、よく見るとそれは透明度がかなり高い。陽の光が反射すると二重に光っているように見えるからもしかしたらただのガラスじゃなくて水晶なのかもしれない。イラムを囲む空の青さがはっきりと透けて見えるくらいの透明度だった。
 透明な壁に守られた円盤の中は風もない。太陽がこんなに近いから暑そうなのに、風もないのに涼しかった。どういう魔法なのか、不思議な場所だ。

 人の気配はほとんど感じなかった。
 白い円柱から外に出た途端、ルシアと双子の多分ライラの方が感嘆の声を漏らし、リリアンとライルは黙って目を見開いて上を見上げていた。ロレンナは相変わらず表情が変わらない。ただ静かに凪のような空気を纏って佇んでいる。
 俺も卵を抱えながら周囲を見回して口を半開きにした。デルトフィアの王宮も煌びやかだが、このイラムの雰囲気はまた、稀有な荘厳さがある。

 これは、また厄介な場所に入り込んでしまったんじゃないか、と俺は思った。

 どう考えても、こんな特殊なところ普通の人はまず入り込めないだろう。仮に俺に精霊力が戻ったとしても、手詰まりになる気がする。
 いや待てよ。そもそもなんで俺は魔力封じの首輪をしているんだったか。……そうだ、オズに付けられて、トビのせいで外し損ねたんだった。
 あの王子に会ったら、今度は絶対に首輪を外させるが、そもそも今夜彼に再会できるかどうかすら怪しくなってきた。

 俺がそんな不安を感じているのを知らないマスルールはさっさと歩き始め、広場を囲う水路にかかったアーチ状の橋を渡って宮殿の方へ向かって行く。

「こちらへ」

 と言って振り向きもせずに歩いて行く彼の後ろに皆でついて行った。

「マスルールさん、ここって転移魔法使えます?」

 大きな背中に近づいてダメ元で聞いてみると、ちらりと俺を振り返ったマスルールは足を止めずに答えた。

「不可能です。転移魔法は使えませんし、魔道具の類でも出入り出来ません。イラムに入るには先ほどの通路を使う以外に登る方法はありません」
「……ですよね」

 ほらな。詰んでる。

 王族の手助けなしに登って来られないんだぞ。
 逃げようって言ったって地上から来る方法も、俺たちが下へ降りる方法もないじゃないか。
 俺は卵を抱えて歩きながら、今日の夜に予定されていた逃亡計画が既に頓挫していることを悟った。

 両手を投げ出して今すぐ目の前の噴水にダイブしたい。

 誰か数時間前の俺に伝えてくれ。

 六女典礼だかなんだか知らないが、とにかく台座に乗せられる前になりふり構わずさっさとその広間から走って逃げろって。

しおりを挟む
感想 535

あなたにおすすめの小説

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

いらない子の悪役令息はラスボスになる前に消えます

日色
BL
「ぼく、あくやくれいそくだ」弟の誕生と同時に前世を思い出した七海は、悪役令息キルナ=フェルライトに転生していた。闇と水という典型的な悪役属性な上、肝心の魔力はほぼゼロに近い。雑魚キャラで死亡フラグ立ちまくりの中、なぜか第一王子に溺愛され!?

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

悪役令息の花図鑑

蓮条緋月
BL
公爵令息シュヴァリエ・アクナイトはある日、毒にあたり生死を彷徨い、唐突に前世を思い出す。自分がゲームの悪役令息に生まれ変わったことに気づいたシュヴァリエは思った。 「公爵家の力を使えば世界中の花を集めて押し花が作れる!」  押し花作りが中毒レベルで趣味だったシュヴァリエはゲームのストーリーなどお構いなしに好き勝手動くことに決め行動が一変。その変化に周囲がドン引きする中、学園で奇妙な事件が発生!現場に一輪の花が置かれていたことを知ったシュヴァリエはこれがゲームのストーリーであることを思い出す。花が関わっているという理由で事件を追うことにしたシュヴァリエは、ゲームの登場人物であり主人公の右腕となる隣国の留学生アウル・オルニスと行動を共にするのだが……? ※☆はR描写になります ※他サイトにて重複掲載あり  

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。