悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第四部

二十二話 どうもこうもない、絶望だ 後②

 
「不法入国者だろう。入国証は所持しているのか」

 圧のある声で問いかけられて、ヒューイと顔を見合わせる。
 誰だ? と思ったが、明らかに騎士っぽい服を着ているから、ナミアの騎士だろうか。
 携帯している剣の装飾や服についた徽章を観察すると、花の模様があしらわれている。プリムラだったか? 丸い花びらの形に見覚えがある。多分、教会のモチーフにも使われている花だ。
 とすると、やはり彼らはナミアの騎士だろう。
 そう推測していたら、俺が背負っていたルシアに気づいた一人が、「女もいる」と口に出した。
 その声で騎士達が一斉に俺の背中を見て、口々に「本当だ」と声を揃えた。

「これはどういうことだ」
「二人と聞いていたが、三人いるな」
「一人は我らが国の民ということか」
「いや、そのようには見えない」

 話し合っている男達の言う内容に、俺も首を傾げた。
 妙な言い方をするな。まるで俺達が領土内に紛れ込んだことを誰かから聞いたみたいな。……まさかノアが?
 聖杯会議という組織のマークを頭に思い浮かべる。黒幕がナミアの中枢と繋がりがあるかもって憶測が本当だったんだろうか。
 疑惑を抱いたとき、俺達をじろじろ見ていた一人の騎士が指差してきた。

「おい、そのマントは呪われた一族のものではないか?」
「え?」
「確かに、この漆黒のマントはヌイ・グノーシュの証」
「なんだと? 何故我らが聖なる国にそのような者達が?」
「汚らわしい」

 途端にざわざわし始めた騎士達を見て、俺はまた首を捻る。
 呪われた一族?
 この反応を見ると、騎士達は嫌悪してるみたいだ。とすると、やっぱりノアとは関わりがない?
 ちょっと混乱してしまい、自分達の身分を明かすのが遅くなった。その間にどんどん話が進んでいく。

「不法入国者が三名もいるとは、由々しき事態だ」
「国境の警備は何をしているのか」
「おお女神よ……この罪深い者達を即刻捕らえましょう」

 そう言って、一人は何故か祈り初めた。
 その隣にいる別の騎士達は不審な顔で、俺達の足跡を後方まで目で追っている。

「どこから入り込んだのだ? そして我らが女神に祝福された地で何をしていたのか」
「見たところ、ひ弱な女と男を連れたただの若者だが」
「しかしその髪色、明らかに我らが国の者ではない」
「あの、ちょっと待ってください。俺達――」
「話は牢屋で聞こう。不法入国者達よ」
「……なんでこの人達、さっきからいちいち芝居口調なんだ……?」

 どうでもいいけどちょっと気になってしまい、つい口から呟きが漏れてしまった。
 俺の横でヒューイが下を向いている。地味にツボに入ったらしい。

「あの、ちょっと待ってください。俺達怪しい者ではないので――」
「不法入国者は、即刻懲役刑となる」
「安心なされよ。我らが国は女神に愛された土地。一生この地で働くことは誉れあること」
「魔物からも災禍からも守られた地で、死ぬまで女神と我ら祝福された民に尽くしたまえ」
「ちょ?! ちょ、ちょっと待って!! すみません、俺達デルトフィアの公爵家の者です!!」

 勝手に進んでいく話の流れが不穏すぎて、俺はそう叫んでストップをかけた。
 途端に、その場は静まりかえる。

「デルトフィアの公爵家……? それを証すものはあるのか」
「あります、これです!」

 俺はライネルを一度下ろし、上着のポケットを探った。
 自分が入れている場所になかったから一瞬戸惑ったが、「シャツのポケット」とライネルに言われて、そこから黒い懐中時計を取り出した。
 
「お前も出せ。上着の内ポケットだ」

 そうヒューイに言って、俺の家の懐中時計も出させる。
 デルトフィアの公爵家の家紋が入った時計を見せると、騎士達は不審な顔をしながらも勢いを少し弱めた。

「では、何故そのマントを着ているのか」
「これはこの先にある廃村で、見つけたんです。手違いでここまで転移してきてしまって、あまりに寒かったので」
「見つけた? 無断でくすねたということか」
「それは窃盗ではないのか?」
「なんと、不法入国だけでなく、泥棒まで働いたと」
「やはり拘束して──」
「すみません、じゃあ返します! 今すぐ返しますね!」

 また話が懲役刑に戻りそうになったので、俺は大声で謝ってその場でマントを脱いだ。

「待て皆の者。この者達がマントを持ち出したということより、その謎の廃村の存在の方が問題なのではないか」

 一人の騎士が腕を組んで口を挟んでくる。至極まともなコメントだ。
 他の騎士達もその言葉に深く頷いた。

「確かにそうだ。この先に村があると……? そんな話に覚えはない」
「まさかその村に、あの呪われた一族が……?」
「しかしそんなはずはあるまい。奴らは何年も前に根絶やしにされたはず」

 男達の話を聞いて、俺はやっぱりさっきのがヌイ一族の村だったのか? と思案した。村には人気はなかったが、ノアは館に出入りして怪しい術を錬成していたし。
 根絶やしにされたって言ってるから、ノアはその生き残りで……

「皆、森の上を見よ。煙が上がっている」

 その声で俺は空を見上げた。
 騎士達も顔を上げ、俺達が来た方角に煙が立ち昇っているのを見つける。
 火事から時間が経ったからほとんど燃焼したと思うけど、まだ微かに黒い煙が漂っていた。

「おお、本当だ。まさか本当にあの闇の一族が……?」
「女神よ、悪しき者達から我らが祝福された土地をお守りください」
「何が焼けているのだ? 山火事になったら森の動物達が危ないのではないか」
「なんと、女神に守られた地で無垢な動物が命を落とすなど……」
「あの、すみません。火事になったのは館が一つだけです。もう燃え尽きてると思うので、大丈夫です」

 わあわあ言っているので、横から一言告げてみた。
 そろそろ俺の話聞いてくれないかな、と思って騎士達を眺めると、彼らはまた俺に視線を戻して顔を顰めている。

「不審な村で、火事の現場にいたのは何故だ?」
「そうだ、ますます怪しい。他国から忍び込み、我らが祝福された地で悪事を働こうとしているのではないか。即刻捕らえよう」
「呪われた一族の村を訪れていた怪しいデルトフィア人達よ。やはり刑務所に向かうしかないようだ」
「他国の公爵家の者であれ、所詮我らが祝福された地の民とは異なる人間である」
「然り。では拘束──」
「なんでだよ?!」

 思わずツッコミを入れた。
 さっきから聞いてれば、どうやらまともなことを言う奴が一人はいるのに、他の四人の合いの手がめちゃくちゃなせいで全然話を聞いてもらえない。
 そんでちょいちょい出てくるこの選民思考なんなの? ちょっと怖いんだけど。

「こいつら、何なんだ……気持ちわりぃ」

 さっきから何も話さないと思っていたら、ライネルもドン引きしていたらしい。
 幸いにも呟きは小さかったので、俺にしか聞こえなかったと思う。

「あの、わかりました。じゃあ、まず王宮に連れてってください。そこからデルトフィアの皇室に問い合わせてもらいますから」

 オズでも皇太子殿下でもいいから、連絡さえ取ってもらえれば身分は保障される。宝剣を探すための密命を受けていたとか、それらしく話を作ってくれるはずだ。

「王宮に? 我らが栄光の神殿にということか?」
「なんと図々しい。密入国者を尊き神殿に近づけるなど」
「教皇聖下に危険が及ぶだろう。断じて許されぬ」
「王女殿下の御身も危ない。怪しい者は麓の刑務所に」
「クソ……公爵家の人間だって言ってんだろ……」

 全然話が進まないじゃないか。唯一まともだった騎士は空を見上げて煙を見てるけど、スルーしてないで会話に加わってくれ。
 王族に会わせろって言ってるわけじゃないんだよ。
 と、思った俺はハッと閃いた。
 そうか、つまりこれなのか。
 最後の手段。このカードを使うしかない。

「あの、皆さん。俺……じゃなかった、こっちにいる方はレイナルド・リモナ卿と申しまして、デルトフィアのエリス公爵家の次男です。皆さんが守護していらっしゃるナミア教皇国の王女殿下から、今求婚されてる方なんですよ」

 はっきりした声で言い渡すと、騎士達だけじゃなくてライネルとヒューイもえっ? という顔で俺を見た。
 説明する時間がなかったからその件は正直忘れ去っていたが、こんなところでこのネタが役に立つとは思わなかったよな。

「王女殿下と……?」
「それは本当なのか?」
「まさか、デルトフィアの貴族と?」
「ああ、そういえば枢機卿から聞いていた。デルトフィアの公爵令息と縁談があると」

 空から俺に視線を戻したまともな人が、俺の横に立っているヒューイを眺めて頷いた。

「であれば、何故このようなところに?」
「だから、手違いで転移してきてしまっただけなんです。とにかく王宮に連れていってください。懐中時計は調べてもらって構いませんから」

 ヒューイが差し出した時計を受け取った騎士達はじろじろとそれを確認し、公爵家のわりに使っている金の質が悪いとか、デザインが洗練されていないとか、どうでもいいことをひとしきり話した後に、ようやく俺達がデルトフィアの公爵家の人間だと納得した。

「枢機卿に相談してみよう」
「致し方あるまい。逃げ出さぬよう、王都までは連れていく必要がある」
「怪しい素振りを見せたら即刻牢屋に入れればよい」
「わかったな、デルトフィアの者達よ」
「わかったから、早くして……」

 こうして俺達はナミア教皇国の王宮まで、護送という名の連行をされたのであった。
 まあね、ナミアに来たと気づいた時点で勘づいてたよ。すぐに帰れるわけないなって。

 でも、俺達の結婚式……

 騎士達に転移魔法で連れられながら俺は嘆息した。
 ライネルを見つけたところまではまだ一抹の希望を抱いていた。が、知らん国の王宮に向かうという展開になった今、悟った。
 またこのパターン。
 わかってるよ。そこに今以上の厄介事が待ち受けてるんだろ。そしてそれを解決するまで、どうせデルトフィアには帰れないんだ。

 まぁ、実際のところ明日までにデルトフィアに戻ったとして、俺はライネルの中に入っているんだがその場合結婚式はどうなるんだ? という現実もある。
 ノアの術が解けないかぎり、グウェンとライネルが並んで式を挙げるという、帝国史上始まって以来の迷走イベントになってしまうだろう。
 が、とりあえず既成事実だけでも成立させることを優先した方がいいんじゃないか。と別の俺が囁いている。
 それかヒューイのケツを叩いてグウェンと二人で式を挙げさせる……?
 いやそれは俺が嫌だ。
 グウェンも嫌だろうし、絶対やめよう。誰も幸せにならない。

 明日中にノアをとっ捕まえて、入れ替わりの術を解く。

 それしかない。
 しかしそんなことが可能だろうか。今のこの、混沌とし始めた事件の只中にあって。
 観念しなさい、と誰かに諭されているような気持ちで、俺はついに諦めのため息を吐いた。
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