悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第四部

二話 黎明、さわやかな風を待つ 中

 一週間後の結婚式は、なんと教会でちゃんと挙げることになった。
 最初は男同士ということもあるし、堅苦しいのはキャラじゃないしということで、やるならうちの家の庭でホームパーティかな、と思っていた。
 それなのにどこから聞きつけたのか、ある日ルロイ神官長から手紙が届いたのだ。
 曰く、王都の教会を貸すからきちんとした式をやりなさい、と。

『貴方は、女神様に光の誓約を立てていますよね? 結婚して伴侶を定めるなら女神様に申し立てる必要があるでしょう』

 なんか色々書いてあったけど、要約するとつまりそういうことらしい。

 光の誓約をしたのは俺だけど俺じゃない。
 女神様に報告するなんて庭でだってできるじゃないか。わざわざ教会本部で神官長達に見守られながら結婚式やるなんて、そんな、めんど……そんなこと恐れ多いです。

 と、遠回しに嫌である旨返事をした。
 すると次に来た返事はリビエール上級神官からだった。

『貴方もグウェンドルフ卿も公爵家の人間でしょう。近衛騎士団長が結婚するのに教会で式を挙げないなんて、帝国として顔が立ちませんからやりなさい。
 それはそうと、ベル様も出席されるのですよね。
 お座りになる専用クッションをご用意しますので、ちゃんとお連れください。できることなら当日ベル様のお髪を整えさせてください』

 明らかに、最初が建前で、最後が本音だろう。
 下手したら俺とグウェンよりも目立つ装飾でベルのスペースが飾り立てられそうだと思った。でもそれならそれで、ちょっと見たい。
 
 そうこうしているうちにどこから話が漏れたのか、第二王子のオズワルドが「俺も出るよ~」と言い出して、オズとマスルールを通して伝わったのか、アシュラフも「私も当然出席します」と招待状を要求してきた。
 他国の皇帝が来るとなったら、うちの庭でパーティの片手間にやりますとは言えない。仕方ないので教会本部を借りて、式はそこで挙げることにした。
 その後のパーティも今のところ教会の庭を借りる予定だけど、本当に俺に貸していいのか? 多分めちゃくちゃになるぞ。みんなが騒ぐというよりは、何か不測の事態が起こるという意味で。

 考えていたら不安になってくる。
 頼むから式が終わるまでは平穏でありますように……

 と願いつつ、俺とグウェンは結婚式の準備を進めている。
 招待状を用意して、手渡せる人には直接渡して回ったところだ。後回しにしていたフォンフリーゼ公爵のところにはマーサを通して渡すことも考えたが、黄泉の川で話したレティシアさんの顔が浮かんだので、直接行ってみることにした。

 フォンフリーゼ公爵の出席は、俺は重要視していない。
 来てくれたらいいなと思うが、来たら来たで雰囲気が重くなるし、グウェンも緊張するだろうからどちらとも言えないよな。
 教会本部で挙式することになってしまったから、公爵としては建前上来ざるを得ないかもしれないが。


 ◇


 初めて訪れたフォンフリーゼ公爵家の本邸では、公爵の執務室に入るのを待つ間、お茶も出なかった。

 ……はあ?

 おいおい。
 少なくともグウェンは公爵家の長男だぞ。
 この家の使用人教育はどうなってるんだ? とキレそうになったがこらえた。
 今日の目的は結婚の報告と招待状を渡すことだし、ここでブチギレたら完遂できない。

 フォンフリーゼ公爵家の人間は、親族も使用人も昔からグウェンに冷たいし、意地悪だと聞いている。
 マーサに聞いたところによると、レティシアさんが亡くなった魔力暴走の惨事を知っている者は怯えているか、グウェンを冷遇する公爵に媚を売って冷たいかのどちらかだという。
 それでも以前よりは、使用人達の目はいくらか冷静になってきたらしい。
 跡取りとして期待されていた弟のライネルが、好きな女の子を追いかけストーカーして出奔したからである。
 もしやグウェンが後継者に? という憶測でも働いているのか、屋敷を歩いているとこちらをうかがうような視線を感じることは確かだ。

 でも俺達を応接間に案内した古参の執事らしき奴、お前はダメだ。
 茶を出す手配もせずに、聞こえるようにため息吐きながら部屋から出ていった。公爵に話すこと話したら、帰りにどつくからな。

 俺は内心イライラしていたが、取り繕って表情には出さず、じきに呼ばれてフォンフリーゼ公爵の執務室に入った。

「来週の招待状です」

 グウェンが封筒を公爵の執務机の上に置く。
 その白い封筒を無表情で見ている公爵と、同じく無表情で立っているグウェンは何も話さない。無言の時間が訪れたので、俺は横から口を挟んだ。

「最初はうちの庭で身内だけでやるつもりだったんですけど、偉い人が何人か来ることになっちゃったので、教会本部で挙げます。こちらへの連絡が遅くなってすみません。都合がつくなら式だけでも出てください」
「……用はそれだけか」
「はい」

 頷くと、公爵はまた黙る。
 少し待ったが、招待状を見下ろしたまま特にコメントもないので、早々に引き上げようと決めた。
 来るか来ないかは任せればいい。無駄な説得とかしない。

「じゃ、俺達これで失礼します」

 グウェンの袖を引いて部屋から出ようと歩き出したら、そのとき公爵が顔を上げた。

「当日の衣装は執事に手配済みだろうな」
「え? ……ああ、グウェンの衣装はこっちで準備してるので、フォンフリーゼ公爵家の方に関わってもらわなくて結構です。閣下は閣下のお支度だけしてください。それはこっちでは関与してないので。でもグウェンのものはうちで用意します。そちらにお任せして、もし当日丈が足りないなんてことになったら不愉快なので」
「……丈?」

 俺のセリフに公爵が訝しむ顔をしたので、イラッとした。この人本当にグウェンに関心がないんだな。
 いつぞやの、叡智の塔の入学式の日のグウェンの姿を思い出して、つい声を荒げてしまう。

「覚えてないんですか? 査問会のとき、俺の話ちゃんと聞いてました? グウェンが叡智の塔で着てたローブのことですよ。短かったってやつ」
「レイナルド、それはもういい。私はむしろ、あの出来事に感謝している」

 横からグウェンに嗜められて、少し冷静になった。

「……お前は本当に優しい奴だよな。過去のことを根に持たないのはグウェンの美徳だと思うけど、お前がぞんざいに扱われんのは俺が許せない」

 むすっとした顔で呟いたら、グウェンはふ、と目元を緩めた。

「私は君以外の瑣末なことに関心がないだけだ」
「待て。公爵家の中に、一族を侮る使用人がいるということか」

 俺達の話を聞いていた公爵が今更口を挟んできたので、俺はまた苛立って横目で睨んだ。

「はあ?」

 思わず険のある声が漏れる。
 一族を侮る??
 こいつ何言ってんだ?
 使用人がグウェンを舐めてんのは、てめぇの振る舞いのせいだろ。

「公爵閣下、あんたこの期に及んで知らなかったなんて言わせねぇけど。この家の使用人達がグウェンに冷たく当たってることなんか、ライネルでも知ってたぞ」

 もはや丁寧な口調はどこかに消え失せたが、怒りで取り繕おうと思う気持ちがなくなったので気にしない。

「無関心なのはあんたの勝手だけどな、本邸の中の秩序を保つのは貴族の力量だ。こいつの着るものにわざと細工したり、久しぶりに顔を見せても茶も出さないなんて、他人が知ったら公爵家の品位を疑われる。次に同じことをされたら俺は絶対に許さない。親戚になるからには、エリス公爵家の者としてそれだけは言っておく」

 公爵が眉間に皺を寄せて黙ったのを、俺は冷たく見つめた。
 やっぱり和気藹々とした空気になんてならなかったな。
 でも執事に対する文句も言えたし、すっきりした。
 俺は使用人が茶を出さないことに怒ってるんじゃない。
 彼らが出さなくても構わないし、どうせグウェンは何も言わないと、そうたかを括っているのが気に入らないんだ。

「それじゃ公爵、貴族の体面を保つ必要があると思うなら、来週いらしてください」

 これ以上話していたらもっと辛辣な文句が出る気がするので退散しようと思ったが、こっちを見ている公爵の顔が不機嫌そうだったので、その顔はなんだよ、と反感が湧いた。
 グウェンの袖を引っ張って、去り際にふんと鼻を鳴らす。

「当日、閣下の執事も連れてきてもらっていいですよ。彼にはうちの家人達が敬意を持って人と接する手本をお見せしますので」

 口から勝手に嫌味が出た。
 今日の俺の口の悪さは磨きがかかってるな。
 我ながら思うけど、一国の公爵相手にここまで言う奴、他にいる?
 ウィルやベルには見せられないよね、怖がられちゃう。
 最初はレティシアさんに頼まれてる手前、グウェンと公爵の仲をちょっとは取り持たないと、と思ってたはずなのに、俺が更なる亀裂を入れた感が否めない。

 ごめんな、グウェン。

 という目で隣を見たら、俺が気持ち反省しているのがわかったのか、グウェンは目元を緩めて軽く首を横に振った。それから彼は、むすっとした顔をしている公爵に顔を向ける。

「父上、彼との結婚を許してくださり感謝します。失礼します」

 穏やかな声でそう言ったグウェンに促されて、俺は部屋から出た。


 少しだけ歩いて、誰もいない通路の途中で立ち止まる。大きな窓には綺麗な模様のレースのカーテンがかかっていたが、ガラス越しに見える庭は殺風景だった。最低限の手入れがされているだけという感じの、植え込みと芝だけが広がる広大すぎる庭だ。

「ごめんな、グウェン。上手くいかなかった。もうちょっと温厚な感じでやれると思ったんだけど」
「大丈夫だ。気にしていない」

 今更もう少し言い方があったかもしれない、と肩を落とした俺の頭をグウェンが撫でてきた。
 優しい手つきに顔を上げると、彼はどこか物思いに浸るような目で俺を見つめていた。

「最近、時々考えている。父の態度も、理解できると」

 そう呟くように言ったグウェンは、俺の頭に触れたまま、俺から目を逸らして窓の外に視線を向けた。

「以前はわからなかった。父が私に対して冷たいことが、頭では理解できても心のどこかでは何故、と感じていたように思う」
「……今はわかるってこと?」
「わかる。君を愛するようになった今は。あの頃の父の気持ちが、痛いほどわかる」

 彼は俺を見た。
 黒い瞳に深く愛おしむような暖かさと、同じくらい強い切なさを浮かべて真っ直ぐに見つめてくる。
 そっと肩を抱き寄せられて、俺は自分からグウェンの腰に手を回した。
 
「グウェン」
「君を失ったら、私は正気ではいられない。君がいなくなることを考えるだけで、自分が死ぬよりも恐ろしい」
「俺はいなくなったりしないよ、大丈夫」
「君を失ったら、私はきっと父のようになるだろう。全てのことに何の意欲も沸かなくなるはずだ。君を失う原因となったあらゆるものを恨むと思う。だからもう、父のことを責める気持ちが起きない」
「……うん。そっか。グウェンが傷ついてないならいいんだ。でもさ、これだけは言わせてほしいんだけど、たとえグウェンが公爵と同じ立場になったとしても、お前はそうはならないと思うよ」

 そう言ったら、グウェンは俺を見て少しだけ目を見開いた。
 その黒い目をしっかりと見据えて、俺は微笑む。

「お前はそうはならない。だって、もしウィルやベルを助けるために俺が死んだとしても、お前はウィルもベルも傷つけたりしないだろう」
「……そんなことは、想像したくない」
「たとえばだよ。俺はそう確信してる。だからお前は公爵とは違う」

 たとえ話をしただけなのに、怯えるような目をしたグウェンに笑いかけて、少し伸び上がってキスをした。
 
 お前は絶対にそうはならない。
 ウィルのことも、ベルのことも、守ってくれるよ。
 俺にはわかる。

 だからグウェンを慰めるように優しく唇を重ねた。
 グウェンは自分の心の弱さを人に押しつけない。
 グウェンの周りにいるみんなも、ちゃんと彼を支えてくれるから大丈夫だ。
 それはグウェン自身がウィルやベル、俺の周りにいる友人達と、不器用ながらにちゃんと向き合ってきたからだよ。
 だから大丈夫だと言いたいけど、今それを言ってもグウェンの中にはまだ上手く響かないかな。
 触れただけの唇を離して、俺はグウェンの手を取った。

「帰ろ。招待状は渡せたし、来週の段取り、もう一回打ち合わせしようよ」

 励ますように手を握って足早に歩き始めたら、グウェンは静かに頷いて、俺の後についてきた。
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