悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

文字の大きさ
324 / 354
第四部

三十四話 最も尊きものを退けよ 前①

 翌朝、俺達は再び応接間に集まった。
 幸い夜中に事件はなく、無事に朝を迎えた。俺は相変わらずライネルのままだけどぐっすり眠れたから全快だ。
 他の面々を見ると、グウェンと上級神官はいつも通り。俺の身体に入っているヒューイも少し疲れを引きずった顔をしているが、顔色は悪くない。
 問題なのはライネルだった。
 眠れませんでした、というのが目の下の濃い隈でありありとわかる。ルシアの可憐な顔が疲れたサラリーマンみたいにげっそりしていた。

「えっと……どうしたの? ルシアとライネルは、よく眠れた?」

 ライネルの隣にいるルシア(inノア)も眠そうにしている。
 俯いていたライネルがじろっと俺を睨んできた。

「あんたは図太そうだから、他人の身体でも呑気に寝られるんだろうな。俺は眠りたくても寝れなかった」

 俺はルシアなんだぞ、とテーブルに肘をつき頭を抱えるライネル。
 昨日は状況が差し迫っていたから落ち着く暇もなかったけど、時間が経って色々な壁にぶち当たり始めたらしい。

「おかしいな……展開的にはありがちなラブコメってかんじで美味しいだろと思ったんだけど」

 ──思ったより楽しそうじゃないな。
 好きな子の身体の中に入っちゃった! ドキッ! みたいな明るいラブコメを想定していたんだけど。

「レイナルド様、現実とフィクションは違うんですよ」

 真っ黒なコーヒーを啜っていたルシアが俺のコメントを聞いて口端を上げた。
 俺とグウェンを横目で見ながらニヒルな笑みを浮かべる。

「昨日の夜、私達の部屋がどんな空気だったと思いますか? 独房ですよ。パニック映画並みの緊張感。着替え一つするにもライネルが感覚がヤバい!目を塞げって騒ぐから、私はまるで自分が変質者になった気分で自分に目隠しして自分を着替えさせたんです」

 ルシアの目が笑っていない。
 俺は真面目な顔で話を聞いているグウェンを横目で見た。グウェンが何か言おうと口を開きかけたので、肩を掴んで首を横に振っておく。
 お前は何も言うな。

「ふぃくしょんとは……?」

 それでも小さい声で呟いたグウェンがちょっと可愛かったので、俺は「後で教えてやるよ」と小声で囁いた。フィクションも映画も説明しづらいから、物語みたいなものって言っておこう。

 こそこそしている俺達の横で、ルシアが目を閉じて沈痛な顔をする。

「浄化水をいただいていなかったら、私は発狂していました。シスト司教に感謝します」
「あ、うん。お風呂とか入らずに終わってよかったよね」
「うわぁあああ!! 俺は……俺はもうダメだ!!」

 突然ライネルがテーブルに突っ伏し、絶叫した。

「このままだと精神がもたない!!」

 ルシアじゃなくてライネルが発狂した。

「ライネル、大丈夫?」

 声をかけると、ギロッとこちらを睨んでくる。

「大丈夫なわけあるか!! そもそも俺はなんでルシアの身体に入ってるんだ!? なんで俺が!? クソ、ふざけんなよ!! レイナルド、お前のせいだ!」
「えっ俺……?」
「絶対そうだろ!! こんな厄介事に巻き込まれてお前が原因じゃないなんてことあるのか?!」

 おい、ひどい言いようじゃないか。
 何回も言ってるけど今回はヒューイのミスなんだからな。
 とんだ責任転嫁だと俺は周りを見回したが、誰もライネルに異を唱えないので、俺は心の中で一人ハンカチを噛んだ。
 むすっとしている俺を無視して、ライネルは頭を抱えたまま唸っている。

「俺のせいでルシアになにかあったら……ルシアの肌を傷つけたらと思うと痒いところもかけないし、下手に身動きできない。座ってるだけで余計な煩悩が沸いてきて一瞬たりとも気が抜けない。このままじゃ俺は衰弱死する。いや、ルシアが死ぬ。もうダメだ、誰か今すぐに睡眠薬持ってこい」

 全力だな。
 わぁわぁ言っているライネルの隣で、当のルシアは虚無顔になっている。
 予想外にも、ルシアよりもライネルの方がメンタルを損なってるようだ。でもよくよく聞いたら煩悩に襲われる己を律してますっていう男らしい感想だったからちょっと安心した。
 乙女ゲームの攻略対象者のくせに、なんでラブコメにならないんだ? って二人の未来に不安を覚えていたからね。

 確かに男同士で入れ替わってる俺とヒューイは呑気なもんだけど、ライネルの場合は女の子に入っちゃったからな。しかも相手がルシア。初心なライネルにはハードルが高い。意識しすぎて発狂し始めた。
 浄化水のおかげでトイレと風呂は入らずにやり過ごせたらしいが、着替えるだけでライネルの精神は限界だろう。
 監視するって言ってたルシアの方がライネルの気迫に疲弊してるし。
 でもまぁ、正直な奴じゃないか? 煩悩に抗おうとしてルシアを引かせてるから、ゴールインからはまた数歩遠ざかってる気がするけど。
 可哀想になってきたので、ライネルが寝不足で倒れる前にシスト司教から睡眠薬をもらおうと思った。

「えっと、早いとこノアを見つけて入れ替わりを解除しような」

 雑に話をまとめて、ライネルは窓際に立たせて遠くの空を見せておいた。山とか見たら落ち着くかなと思って。
 一度爆発してガスが抜けたのか、ライネルは大人しく虚空を見つめているので、その間にみんなでパンと果物の朝食を食べ終えた。
 するとちょうどいいタイミングで、マルティオ枢機卿がやってきた。

「昨夜はよく眠れただろうか」
「あ、はい。ありがとうございました」

 枢機卿は相変わらず俺の身体に入っているヒューイを代表者だと思っている。俺が目配せするとぼうっとしていた後輩は慌てて頷いた。

「教皇様が、レイナルド卿にお会いになりたいそうだ」
「え?」

 横で驚く俺を一瞥してから、枢機卿は再びヒューイに向き直る。

「盗まれたという宝剣について話を聞きたいと。今日は朝しか時間が取れないため、これから謁見に向かってもらいたい」
「は、はい」

 ヒューイが返事をして、俺もすかさず手を上げた。

「私はレイナルド卿の護衛騎士なので、付き添います」

 そんな事実はないが、ヒューイが下手なことを言ったらまずいので、一緒に行くしかない。

「彼は私の婚約者だ。私も行く」

 グウェンも当然のように口を出した。
 マルティオ枢機卿は俺達を見て若干渋い顔をしたが、帝国の騎士団長とその身内を無碍にはできないと思ったのか、一緒に謁見することを許可してくれた。
 展開が早いが助かる。
 ノアと宝剣の行方について、何でもいいから手がかりがほしい。

 枢機卿に案内されたのは、下の階にある謁見の間だった。
 広々とした部屋に、氷の結晶の図柄があしらわれた水色の絨毯が敷かれている。奥にあるゆったりとした肘掛け椅子に壮年の痩せた男性が座っていた。
 灰色の髪に、落ち着きのある砂色の目。白い神官服の上に、豪華な金糸の刺繍が入った光沢のあるガウンをきている。細い体躯でも威厳を感じるその人がナミア教皇国教皇、ウラジミル・マローズだった。
 ちなみにリビエール上級神官も教会の関係者ということで同席が許されたので一緒に来た。ライネルとルシアは応接間で待機。
 俺達は立ったまま、部屋の奥に座す教皇に対峙する。ヒューイとグウェンが並んで立ち、ライネルの姿の俺と上級神官は一歩下がって後ろに立った。
 順番に名前と身分を名乗った後、ウラジミル教皇がレイナルドの顔をしげしげと見つめてくる。

「ときに、レイナルド卿は本当にエリザヴェータと結婚する気はないだろうか? 二人でナミアの未来を支えてくれるならば大陸は安泰なのだが」

 開口一番がそれだったので、本題はこれか、と思った。多分宝剣の話をしたいと言ったのは建前で、本当に確認したいことはこっちなんだろう。

「あの、えっとですね……」
「言っておくが」

 どもったヒューイのすぐ横からグウェンが口を挟む。

「デルトフィアで貴国の司教には申し伝えてある。レイナルド卿は私の婚約者で、私達は帰国次第結婚する。彼は我が国にとって欠けてはならない要人であり、縁談はお断り申し上げる」

 教皇相手でも普段のテンションが全く変わらないグウェン。きっぱり言い放ってくれたので、俺は後ろでときめいていた。
 この緊張感のある空気の中でもぶれない態度。抜群の安定感で頼りになる。

「司教? ああ、フィオーリのことか。そういえば、帰ってきていたのだったか。司教からはまだ話を聞いていなかったな。長旅で身体が堪えたのかもしれない。後で詳しく聞いておこう」

 特別気分を害した様子もなく、教皇が表情を変えずに頷く。そこへリビエール上級神官が一歩前に進み出た。

「教皇聖下、この度の訪問について神官長のルロイより書状を預かっており、昨日枢機卿にお渡ししました」
「ああ、今朝マルティオから受け取った。やむを得ない事情があったのだろう。貴国の魔法士が国境を越えたことについては不問にする」
「ありがとうございます」

 上級神官が深々と頭を下げ、奏上を続けた。

「縁談に関しまして過分なお申し出をいただき光栄です。しかし、レイナルド卿はデルトフィアにおいて数少ない光属性を操る精霊師であり、宮廷魔法士でございます。封印結界を守護する立場としては、結界の守備のために必要な戦力であること、そのため国外への婿入りは難しく、どうか寛大なご判断をいただきますようにと、神官長より伝言をお預かりしております」

 そう言って、リビエール上級神官は懐からもう一通の書状を取り出した。
感想 541

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? 表紙は自作です(笑) もっちもっちとセゥスです!(笑)

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も 『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です! 表紙は、Pexelsさまより、Abdalrahman Zenoさまによる写真をお借りしました。ありがとうございます! 文章にはAIを使用しておりません。校正も自力です!(笑)

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。   ※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました! えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。   ※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです! ※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!