291 / 354
第四部
一話 黎明、さわやかな風を待つ 前
ぼんやりと夢から覚めて、目を開けた。
薄らと汗ばむくらいの暑さで、身体が重たい。
どんな夢を見ていたのか覚えていない。けれど、なんとなく夢見が悪かった。
所在ない気持ちで横を向いたら、すぐ傍に端正な男前の寝顔がある。目を閉じていても明らかな形のいい目元と、男らしい眉。無防備な顔は少しあどけなく見えて、普段の仏頂面を見慣れた身からすると野生動物の隠された寝顔を覗き見るようで微笑ましく感じる。
一年で伸びた彼の艶のある黒髪は、もう一つにまとめられるくらい長くなった。
なんだか重たいと思っていたら、グウェンが俺の上半身に両腕を巻きつけて抱え込んでいたからだった。寝ているくせに、がっちりした腕の力がいつも通りで、ほっとして笑う。
毎回思うけど、俺に下敷きにされてる腕は痛くないのか?
俺がグウェンに腕まくらしたら、絶対朝まで保たないと思うんだけど。痺れるだろ。どう考えても。
鍛え方が違うのか?
いや、そんなわけない。絶対俺が寝てる間に魔法でちょっと浮かせてるんだろ。
「違う」
「ほわっ」
急に目を開けたグウェンが訂正してきたから、びくっとして変な声が出た。
「起きてたのか?」
「君の独り言が聞こえて目が覚めた」
「あ、今の声に出てた? 起こしてごめん」
「問題ない」
「……えっと、マジで腕痛くないの?」
「君を抱きしめていると、痛いとか痛くないとかいう感覚は消える」
「……そうか。ありがとう」
真顔で言われたら、俺はそれ以外の言葉を返せねーよ。
グウェンの愛が俺の理解を軽く超越しているのは今に始まったことではないので、痛くないならまぁいいかという気持ちで欠伸して、グウェンの胸に擦り寄った。
「はぁ……あったかい……」
「北領の冬は南領より寒い。もっと部屋の温度を上げた方がいいか」
「ううん、ちょうどいいよ。くっついてればあったかいから」
最近めっきり寒くなってきた。グウェンの屋敷は一階に大きな暖炉と、それぞれの部屋に暖房用の魔石があってちゃんと暖かい。寝るときは暖炉の火を落とすから少し寒いけど、一緒にベッドに入ったらそれも気にならない。
身体を横向きに変えたら、足元から「グル」という声が聞こえた。
少し頭を持ち上げて足元を確認する。ベルだった。分厚い上掛けの上から俺の足に頭を乗せて寝ていたらしく、俺が身動きして位置がずれたのか、寝たままもぞもぞ手足を動かしてまた俺の足の上に頭を乗せてくる。
「クフゥ」
満足げな声を出してまた寝息を立て始めたベルを見て、この上なく癒された。
そういえば昨日はベルも一緒にこっちに来たんだった。寝る前にブラッシングしたときは床のラグとクッションにいたけど、夜中にベッドに移動してきたのか、かわいい。銀色の被毛に覆われたふわふわのお腹がゆっくり上下するのを、しばし食い入るように見つめた。
「まだ早いよな……二度寝するか」
窓の外に目を向けると、まだ夜明け前なのか空は薄暗い。雲一つなく群青に色づく空が、遠くの方だけ薄らと白んでいる。
「今日はやっつけないといけない案件があるし、ちゃんと英気を養って休んでおこう」
「君の気が進まないなら、今日は私だけで話をするが」
「何言ってんだよ。二人のことなんだから、俺も当然一緒にいくよ」
即答して言い返すと、グウェンは目を細めて頷いた。
◇
二人で二度寝して、心地いいぬくもりに微睡んでいたら日が昇った。
ベルを起こしてから朝食を食べて、着替えて向かったのはフォンフリーゼ公爵邸の本邸である。
今日俺達が片付けることとは、グウェンの父親であるフォンフリーゼ公爵に結婚式の招待状を渡すというミッションだ。
考えただけで上手くいかない結末が垣間見えるが、公爵はグウェンの肉親だし、渡さないわけにはいかないだろう。
招魂祭でプロポーズされてからグウェンと正式に婚約して、諸々の手続きや準備が整ったので、一週間後に晴れて結婚することになった。
トントン拍子とはまさにこのこと。
俺達付き合い始めてからまだ一年経ってないのに、スピードゴールインすぎないか?
俺もグウェンも今まで婚約者もいなければ、結婚するかどうかも怪しいと周囲から思われていたのに、交際スタートで一年経たずに結婚だ。
体感としては色んなことがありすぎたせいでもう五年くらい一緒にいる感覚なのだけど、冷静に思い出すとグウェンと再会したのはちょうど一年前くらいだったな。
「まさか俺よりもお前の方が先に結婚するとは思わなかったよ」
と婚約者と順調に交際を続けている兄さんが感心していた。
「本当よねぇ。それにグウェンドルフ様の方がこちらに来てくださるなんて、嬉しいわ」
「我が家は安泰だ」
結婚の報告をしたら、俺の両親は諸手をあげて歓迎してくれた。
入籍と結婚式の日取りが決まってから、母さんは毎日鼻歌を歌っていてご機嫌である。いずれ俺はウィルとベルを連れてこの家から出ていくと思っていたらしく、グウェンの方が婿としてうちに来ると決まってからずっとにこにこしている。父さんも同様だ。
もっとも、父さんと兄さんの場合は純粋に家族を大切に思って安心すると同時に、グウェンが南領に来ることによるエリス公爵領の利潤の方にも目が行っていると思う。
「まず最初は、我が直属騎士団の編成について団長に意見を聞こう。魔物や海獣から獲れる資源の活用についても──」
「父さん、グウェンドルフ卿にうちの魔術学院の特任講師を引き受けてもらえないかな。そろそろ魔力持ちの教授が高齢で、だいぶヨボついてきてるよ」
「おお、それはいい……!」
「あのさ、グウェンも忙しいから。あいつが断らないからって、余計な仕事押し付けないでね」
二人がこそこそ話し合っているところに通りかかったから釘を刺しておいたが、俺と目が合ってへらへらしていた兄さんは怪しい。
何か頼まれても絶対に軽く頷いたりするな、とグウェンに強く言い聞かせようと思う。
薄らと汗ばむくらいの暑さで、身体が重たい。
どんな夢を見ていたのか覚えていない。けれど、なんとなく夢見が悪かった。
所在ない気持ちで横を向いたら、すぐ傍に端正な男前の寝顔がある。目を閉じていても明らかな形のいい目元と、男らしい眉。無防備な顔は少しあどけなく見えて、普段の仏頂面を見慣れた身からすると野生動物の隠された寝顔を覗き見るようで微笑ましく感じる。
一年で伸びた彼の艶のある黒髪は、もう一つにまとめられるくらい長くなった。
なんだか重たいと思っていたら、グウェンが俺の上半身に両腕を巻きつけて抱え込んでいたからだった。寝ているくせに、がっちりした腕の力がいつも通りで、ほっとして笑う。
毎回思うけど、俺に下敷きにされてる腕は痛くないのか?
俺がグウェンに腕まくらしたら、絶対朝まで保たないと思うんだけど。痺れるだろ。どう考えても。
鍛え方が違うのか?
いや、そんなわけない。絶対俺が寝てる間に魔法でちょっと浮かせてるんだろ。
「違う」
「ほわっ」
急に目を開けたグウェンが訂正してきたから、びくっとして変な声が出た。
「起きてたのか?」
「君の独り言が聞こえて目が覚めた」
「あ、今の声に出てた? 起こしてごめん」
「問題ない」
「……えっと、マジで腕痛くないの?」
「君を抱きしめていると、痛いとか痛くないとかいう感覚は消える」
「……そうか。ありがとう」
真顔で言われたら、俺はそれ以外の言葉を返せねーよ。
グウェンの愛が俺の理解を軽く超越しているのは今に始まったことではないので、痛くないならまぁいいかという気持ちで欠伸して、グウェンの胸に擦り寄った。
「はぁ……あったかい……」
「北領の冬は南領より寒い。もっと部屋の温度を上げた方がいいか」
「ううん、ちょうどいいよ。くっついてればあったかいから」
最近めっきり寒くなってきた。グウェンの屋敷は一階に大きな暖炉と、それぞれの部屋に暖房用の魔石があってちゃんと暖かい。寝るときは暖炉の火を落とすから少し寒いけど、一緒にベッドに入ったらそれも気にならない。
身体を横向きに変えたら、足元から「グル」という声が聞こえた。
少し頭を持ち上げて足元を確認する。ベルだった。分厚い上掛けの上から俺の足に頭を乗せて寝ていたらしく、俺が身動きして位置がずれたのか、寝たままもぞもぞ手足を動かしてまた俺の足の上に頭を乗せてくる。
「クフゥ」
満足げな声を出してまた寝息を立て始めたベルを見て、この上なく癒された。
そういえば昨日はベルも一緒にこっちに来たんだった。寝る前にブラッシングしたときは床のラグとクッションにいたけど、夜中にベッドに移動してきたのか、かわいい。銀色の被毛に覆われたふわふわのお腹がゆっくり上下するのを、しばし食い入るように見つめた。
「まだ早いよな……二度寝するか」
窓の外に目を向けると、まだ夜明け前なのか空は薄暗い。雲一つなく群青に色づく空が、遠くの方だけ薄らと白んでいる。
「今日はやっつけないといけない案件があるし、ちゃんと英気を養って休んでおこう」
「君の気が進まないなら、今日は私だけで話をするが」
「何言ってんだよ。二人のことなんだから、俺も当然一緒にいくよ」
即答して言い返すと、グウェンは目を細めて頷いた。
◇
二人で二度寝して、心地いいぬくもりに微睡んでいたら日が昇った。
ベルを起こしてから朝食を食べて、着替えて向かったのはフォンフリーゼ公爵邸の本邸である。
今日俺達が片付けることとは、グウェンの父親であるフォンフリーゼ公爵に結婚式の招待状を渡すというミッションだ。
考えただけで上手くいかない結末が垣間見えるが、公爵はグウェンの肉親だし、渡さないわけにはいかないだろう。
招魂祭でプロポーズされてからグウェンと正式に婚約して、諸々の手続きや準備が整ったので、一週間後に晴れて結婚することになった。
トントン拍子とはまさにこのこと。
俺達付き合い始めてからまだ一年経ってないのに、スピードゴールインすぎないか?
俺もグウェンも今まで婚約者もいなければ、結婚するかどうかも怪しいと周囲から思われていたのに、交際スタートで一年経たずに結婚だ。
体感としては色んなことがありすぎたせいでもう五年くらい一緒にいる感覚なのだけど、冷静に思い出すとグウェンと再会したのはちょうど一年前くらいだったな。
「まさか俺よりもお前の方が先に結婚するとは思わなかったよ」
と婚約者と順調に交際を続けている兄さんが感心していた。
「本当よねぇ。それにグウェンドルフ様の方がこちらに来てくださるなんて、嬉しいわ」
「我が家は安泰だ」
結婚の報告をしたら、俺の両親は諸手をあげて歓迎してくれた。
入籍と結婚式の日取りが決まってから、母さんは毎日鼻歌を歌っていてご機嫌である。いずれ俺はウィルとベルを連れてこの家から出ていくと思っていたらしく、グウェンの方が婿としてうちに来ると決まってからずっとにこにこしている。父さんも同様だ。
もっとも、父さんと兄さんの場合は純粋に家族を大切に思って安心すると同時に、グウェンが南領に来ることによるエリス公爵領の利潤の方にも目が行っていると思う。
「まず最初は、我が直属騎士団の編成について団長に意見を聞こう。魔物や海獣から獲れる資源の活用についても──」
「父さん、グウェンドルフ卿にうちの魔術学院の特任講師を引き受けてもらえないかな。そろそろ魔力持ちの教授が高齢で、だいぶヨボついてきてるよ」
「おお、それはいい……!」
「あのさ、グウェンも忙しいから。あいつが断らないからって、余計な仕事押し付けないでね」
二人がこそこそ話し合っているところに通りかかったから釘を刺しておいたが、俺と目が合ってへらへらしていた兄さんは怪しい。
何か頼まれても絶対に軽く頷いたりするな、とグウェンに強く言い聞かせようと思う。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました!
えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。
※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです!
※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
* ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も
『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!
表紙は、Pexelsさまより、Abdalrahman Zenoさまによる写真をお借りしました。ありがとうございます!
文章にはAIを使用しておりません。校正も自力です!(笑)
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?
水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。
断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。
しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。
これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
表紙は自作です(笑)
もっちもっちとセゥスです!(笑)
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。