悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第四部

一話 黎明、さわやかな風を待つ 前

 ぼんやりと夢から覚めて、目を開けた。
 薄らと汗ばむくらいの暑さで、身体が重たい。
 どんな夢を見ていたのか覚えていない。けれど、なんとなく夢見が悪かった。
 所在ない気持ちで横を向いたら、すぐ傍に端正な男前の寝顔がある。目を閉じていても明らかな形のいい目元と、男らしい眉。無防備な顔は少しあどけなく見えて、普段の仏頂面を見慣れた身からすると野生動物の隠された寝顔を覗き見るようで微笑ましく感じる。
 一年で伸びた彼の艶のある黒髪は、もう一つにまとめられるくらい長くなった。
 なんだか重たいと思っていたら、グウェンが俺の上半身に両腕を巻きつけて抱え込んでいたからだった。寝ているくせに、がっちりした腕の力がいつも通りで、ほっとして笑う。

 毎回思うけど、俺に下敷きにされてる腕は痛くないのか?
 俺がグウェンに腕まくらしたら、絶対朝まで保たないと思うんだけど。痺れるだろ。どう考えても。
 鍛え方が違うのか?
 いや、そんなわけない。絶対俺が寝てる間に魔法でちょっと浮かせてるんだろ。

「違う」
「ほわっ」

 急に目を開けたグウェンが訂正してきたから、びくっとして変な声が出た。

「起きてたのか?」
「君の独り言が聞こえて目が覚めた」
「あ、今の声に出てた? 起こしてごめん」
「問題ない」
「……えっと、マジで腕痛くないの?」
「君を抱きしめていると、痛いとか痛くないとかいう感覚は消える」
「……そうか。ありがとう」

 真顔で言われたら、俺はそれ以外の言葉を返せねーよ。
 グウェンの愛が俺の理解を軽く超越しているのは今に始まったことではないので、痛くないならまぁいいかという気持ちで欠伸して、グウェンの胸に擦り寄った。

「はぁ……あったかい……」
「北領の冬は南領より寒い。もっと部屋の温度を上げた方がいいか」
「ううん、ちょうどいいよ。くっついてればあったかいから」
 
 最近めっきり寒くなってきた。グウェンの屋敷は一階に大きな暖炉と、それぞれの部屋に暖房用の魔石があってちゃんと暖かい。寝るときは暖炉の火を落とすから少し寒いけど、一緒にベッドに入ったらそれも気にならない。
 身体を横向きに変えたら、足元から「グル」という声が聞こえた。
 少し頭を持ち上げて足元を確認する。ベルだった。分厚い上掛けの上から俺の足に頭を乗せて寝ていたらしく、俺が身動きして位置がずれたのか、寝たままもぞもぞ手足を動かしてまた俺の足の上に頭を乗せてくる。

「クフゥ」

 満足げな声を出してまた寝息を立て始めたベルを見て、この上なく癒された。
 そういえば昨日はベルも一緒にこっちに来たんだった。寝る前にブラッシングしたときは床のラグとクッションにいたけど、夜中にベッドに移動してきたのか、かわいい。銀色の被毛に覆われたふわふわのお腹がゆっくり上下するのを、しばし食い入るように見つめた。

「まだ早いよな……二度寝するか」

 窓の外に目を向けると、まだ夜明け前なのか空は薄暗い。雲一つなく群青に色づく空が、遠くの方だけ薄らと白んでいる。
 
「今日はやっつけないといけない案件があるし、ちゃんと英気を養って休んでおこう」
「君の気が進まないなら、今日は私だけで話をするが」
「何言ってんだよ。二人のことなんだから、俺も当然一緒にいくよ」

 即答して言い返すと、グウェンは目を細めて頷いた。




 
 二人で二度寝して、心地いいぬくもりに微睡んでいたら日が昇った。
 ベルを起こしてから朝食を食べて、着替えて向かったのはフォンフリーゼ公爵邸の本邸である。
 今日俺達が片付けることとは、グウェンの父親であるフォンフリーゼ公爵に結婚式の招待状を渡すというミッションだ。
 考えただけで上手くいかない結末が垣間見えるが、公爵はグウェンの肉親だし、渡さないわけにはいかないだろう。

 招魂祭でプロポーズされてからグウェンと正式に婚約して、諸々の手続きや準備が整ったので、一週間後に晴れて結婚することになった。
 トントン拍子とはまさにこのこと。
 俺達付き合い始めてからまだ一年経ってないのに、スピードゴールインすぎないか?
 俺もグウェンも今まで婚約者もいなければ、結婚するかどうかも怪しいと周囲から思われていたのに、交際スタートで一年経たずに結婚だ。
 体感としては色んなことがありすぎたせいでもう五年くらい一緒にいる感覚なのだけど、冷静に思い出すとグウェンと再会したのはちょうど一年前くらいだったな。

「まさか俺よりもお前の方が先に結婚するとは思わなかったよ」

 と婚約者と順調に交際を続けている兄さんが感心していた。

「本当よねぇ。それにグウェンドルフ様の方がこちらに来てくださるなんて、嬉しいわ」
「我が家は安泰だ」

 結婚の報告をしたら、俺の両親は諸手をあげて歓迎してくれた。
 入籍と結婚式の日取りが決まってから、母さんは毎日鼻歌を歌っていてご機嫌である。いずれ俺はウィルとベルを連れてこの家から出ていくと思っていたらしく、グウェンの方が婿としてうちに来ると決まってからずっとにこにこしている。父さんも同様だ。
 もっとも、父さんと兄さんの場合は純粋に家族を大切に思って安心すると同時に、グウェンが南領に来ることによるエリス公爵領の利潤の方にも目が行っていると思う。

「まず最初は、我が直属騎士団の編成について団長に意見を聞こう。魔物や海獣から獲れる資源の活用についても──」
「父さん、グウェンドルフ卿にうちの魔術学院の特任講師を引き受けてもらえないかな。そろそろ魔力持ちの教授が高齢で、だいぶヨボついてきてるよ」
「おお、それはいい……!」
「あのさ、グウェンも忙しいから。あいつが断らないからって、余計な仕事押し付けないでね」

 二人がこそこそ話し合っているところに通りかかったから釘を刺しておいたが、俺と目が合ってへらへらしていた兄さんは怪しい。
 何か頼まれても絶対に軽く頷いたりするな、とグウェンに強く言い聞かせようと思う。
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