悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第四部

二十話 どうもこうもない、絶望だ 中②

 赤い光に巻かれたと思った途端、ぐるんと心臓が裏返るような、気持ち悪さを覚えた。
 目眩を覚えて、身体の感覚が一瞬なくなる。
 背中に感じていたヒューイの重さがふっと軽くなったと思った。

「……っ」

 目蓋に感じる光が収まって詰めていた息を吐いた瞬間、違和感に気づく。
 倒れていたはずの自分の身体が勝手に起きている。膝をついてしゃがんでいる体勢になっているが、いつの間に身体を起こしたんだ?
 そう思った瞬間、「うわ!!」と叫ぶルシアの声がした。
 目を開けて、そこでまた違和感を覚えた。

「ちょっ……何だよこれ!?」

 そう叫んだのは目の前にいたルシアだ。自分の両手を何度もひっくり返して、自分の声に驚いたように喉に手を当てている。
 慌てふためくその様を見て、困惑した。

「えっ……マジ?」

 そう聞き慣れたような声が聞こえて、横を向いた。
 ヒューイと、俺がいる。

 ――は????
 
 いや待って。
 俺がいるんだけど。
 ヒューイに下敷きにされてる俺が。

「こういうパターンすか………。相変わらず先輩の引き、えぐいっすね」

 そう呟いている俺を見て、俺は自分自身を見下ろした。
 見慣れない黒い服。
 なんか急に身体に厚みがある。
 俺ってこんなにムキムキだったっけ。そんなわけないよな。
 嫌な予感を覚えつつ、後ろで縛られている髪を掴んで毛先を顔の前に引っ張ると、青い。

 ………ライネルになってる。

 ぽかんとして、しばし思考が停止した。

 え?
 ライネルになってる??

 あまりの急展開に状況を忘れた。

「チッ、余計なことを」

 ヒューイが舌打ちして素早く立ち上がり、駆け出しながら床に落ちていた羊皮紙を拾った。上着に手を入れようとして、苦々しい顔で「クソ」と呟く。
 そのまま奥に走っていったから、それを見てようやく俺は我に返った。

「待て! ノア!」

 出した声が自分のものじゃないから一瞬ぎょっとした。
 しかしすぐに頭を切り替えてヒューイの背中を見据える。
 あれがノアだろう。
 ルシアの身体からヒューイに入れ替わったノアが走り去るのを追おうとして、立ち上がる。

「うわ」

 いつもと目線の高さが違ってふらついた。がたいが違うとこうも感覚が変わるものなのか。重心が違うというのか、身体が重いような気がして戸惑ってしまう。
 それでも自分の意思で身体が動くことを確認してから、すぐにノアを追った。
 重いと思ったが、走り出してみると軽やかに足が前に出るからまた驚いた。戸惑うことだらけだが、今は気にしている場合じゃない。

「ライネルとヒューイも早く!」

 俺の声で、後ろの二人もついてくる気配がする。
 ヒューイの姿をしているノアは一目散に走っていき、途中でオイルの入った容器を蹴倒した。廊下のランプをわしづかみ、それを床に投げ捨てる。
 それが床に落ちた途端、ゴオッと燃え上がった。

「っ、」

 出口に向かって逃走したノアを追い、目の前の火の壁に突っ込む。
 まだそこまで燃焼していない。突き抜ければ大丈夫なはずだ。
 一瞬熱さを感じたが、無事火の上を通り抜けて足を止め、後ろに向かって叫ぶ。

「二人とも早く!!」
「もーなんなんですかぁ」
「ちょっと待て! これルシアの身体だぞ!?」
「火傷させたらお前が責任取れ!」
  
 ライネルの声にやけくそで応え、自分が着ていた上着をランプに向かって投げた。
 一瞬火の勢いが弱まったところでルシアが通り抜け、続いて俺の身体に入ったヒューイもこちら側に抜けてきた。ライネルはすばやくルシアの全身を確認して、身体から火の粉を落とす。

「行くぞ! とにかく外に出よう」

 出口を塞がれて火をつけられたらヤバい。
 ノアを追って再び走り出したが、案の定目の前にまた火の壁が現れた。さっきよりも大きな炎の渦が、狭い廊下をこちら側に向かって流れてくる。

「うわ、最悪」
「先輩、こっち」

 ヒューイが腕を引っ張ってきて、近くの扉を開いて中に逃げ込んだ。部屋の中は壁際に机と椅子が置いてあるだけのがらんとした空間だった。
 板で目張りされているが、幸いなことに窓がある。
 ライネルが一目散に窓に走り、それを塞ぐ板に手を伸ばしたが、自分の手を見て我に返ったのか俺を振り返った。

「あんたがやれ! 早く!」

 そう言われて壁際に走り、椅子の背もたれを掴む。勢いよく持ち上げると、片手で難なく上がる椅子に内心驚く。窓に駆け寄って振りかぶり、窓を塞ぐ板に椅子を打ち付けた。
 ベキッと鈍い音がして、椅子の脚が折れる。板の真ん中に亀裂が入った。

「蹴破れ!!」

 間髪容れずに叫ぶ声を聞いて、マジ? と思いながら、記憶の中にあるグウェンの戦闘シーンを思い浮かべて足を振り上げた。
 バキッという音と共に足が板を貫通して、上手い具合に板が三分の二ほど外に吹き飛ぶ。
 途端に薄暗い部屋に日差しが差し込んだ。外は裏庭に面しているのか、開けた空き地だ。

「蹴破っちゃった……」
「出るぞ! 早く行け!」

 俺が自分の荒技に軽くときめいていたら、ライネルに足を蹴られた。

「あ、ごめんごめん」
「元子爵令嬢が蹴り入れてるの迫力ありますね」

 ヒューイが俺の声で気の抜けたことを呟いたが、俺は慌てて窓枠に足をかけると先に外に飛び出した。続いて俺の身体を動かしているヒューイが慎重に窓枠に足をかけて乗り越えてくる。

「先輩の足、グキッとかなりそうで怖いっすね」
「お前が言うなよ。ちゃんと運動してるっての」

 地面に足を着いたヒューイが窓から離れたとき、部屋の入り口からゴオッと音を立てて炎が追いかけてきた。

「ルシアを出せ!」

 焦った顔のライネルが俺に向かって両手を差し出してくる。
 ルシアの身体をちゃんと保護しようとしてるライネル、頭の切り替えすげーな。
 感心しながら俺は窓の外から手を伸ばしてルシアの両脇に差し入れ、自分の胸に抱き上げるようにしてその身体を持ち上げた。
 俺の本体だったら無理なのに、難なくできるんだよ。すごいよな……
 首にぎゅっと腕を回してくるルシアの身体を抱き上げて部屋から外に出す。途端に炎の勢いが強くなってすぐ窓まで迫ってきたから、そのまま裏庭まで走った。

「置いてかないでくださいよー」
「ヒューイも早く!」

 傍目から見たらライネルがルシアを抱き上げているように見えるから何も問題はないが、中身は俺とライネルだ。
 その事実はなるべく考えないようにして、建物から離れた安全な場所まで退避した。
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