悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第四部

二十一話 どうもこうもない、絶望だ 後①

 館と煙から十分離れたところでルシアの身体を下ろすと、ライネルは全身に異常がないかチェックしていた。ちょっと愛を感じてしまった。ほんとにルシアのこと好きなんだな。

「えっと……なんかごめんなライネル。ルシアの身体を抱っこしちゃって」
「まぁ……緊急事態だし、触ってるのは俺の身体だし。まぁ、いい」

 そう答えてルシアの身体を確認した後、自分の方も気になるのか俺の姿をじろじろ見てきた。体感ではライネルには特に怪我はないし、牢屋に入ってたから服が薄汚れてるだけだ。
 俺も俺の身体が気になるので横にいるヒューイを見る。火の中を通ったけど、服の裾がちょっと焦げただけで問題なさそうだった。火傷もしてないし、耳についてるピアスもちゃんとある。

「……ノアは逃げたか」

 玄関からとっくに外に出ただろう。
 黒煙を上げて燃える館は、もう半分以上が燃焼してしまっている。

「証拠隠滅される前に火を止めたいけど、魔法が使えないならどうすることもできないもんな……」
「ですね。今から中に戻るのは危険です」
「あいつ、入れ替わりの術の魔法陣持って逃げたよな」

 ライネルの言葉に俺も眉間を押さえながら頷いた。
 もう一枚あった羊皮紙は、別の術だったのかな。ライネルが掴んでいたから入れ替わった直後は俺が持っていたはずだけど、そっちは混乱の中で置いてきてしまった。

「持ってったな。つまり、あれが入れ替わりの術の魔法陣だったんだろ。あれを奪って破棄しないと、この術は解除されないってことか……?」
「まさかこうなるとは思いませんでしたね。あの瓶の中にあった魔石の力を吸い上げて、術が暴発したんだと思いますけど」
「うん、厄介なことになった……ルシアの身体は帰ってきたけど……」

 そう呟いて、ちらりとライネルを見る。
 取り戻そうとしていたルシアは帰ってきたし、とりあえず一安心かなと一瞬だけ思ったが、そんなわけない。
 自分の身体の中にライネルが入ってるなんて知ったら、ルシアは発狂するんじゃないか。
 そもそも、俺達のこの有り様をグウェンが知ったらどうなる。あいつ、最初にミスったヒューイを締め殺すんじゃないか。
 ……いや、大丈夫だ。
 ヒューイは今俺の身体に入ってるもんな、ラッキーなことに。なんだこの状況ややこしいな……

「このままだとグウェンに抱きつけない……」

 ぼそりと不満を呟いたら、俺の声を拾ったライネルが「別に……」と言いかけた後、「まぁ、そうだな」と頷いた。なんとも言えない顔をしている。
 たとえ兄弟だとしてもなんかこう、絵面的にゴツい男と男の抱擁シーンになるもんな。

「とにかく、このままじゃまずいからノアを追おう。……いや待てよ。先にデルトフィアに帰った方がいいか?」
「この館はどうします? 燃え落ちるまで待ちますか? 何か手がかりが残りますかね」
「うーん……ここまで燃えてると、すぐに掘り返すのは無理だろうな。ナミアの地理もわからないし、やっぱり一度国境まで戻ろう。ライネル、国境までの道は覚えてるか?」
「ああ」

 頷くライネルにほっとする。
 グウェンとルシアも今頃俺達を追うために動いているとは思うが、とにかくナミアの外に出ればピアスの通信石が使える。グウェンに連絡さえ取れれば、きっと合流できるだろう。
 そう話して森の中に作られた小さな村から出ることにした。館の周りに隣接した建物はないし、すぐに延焼して山火事になることはないと思う。火事が広がったとして、魔法が使えない俺達では火を消すこともできないしな。幸い雪が積もっているから大丈夫だろう。
 人気のない村の建物を一応見回って、人がいないことを確認した。
 ついでに入り口が開いている家に入らせてもらって、申し訳ないと思いつつ外出用のローブを探した。
 さっき上着を投げ捨てたせいで寒いし、ルシアと俺の身体もひ弱だ。雪の中に出ていくにはローブかマントがいる。

「これどうですか? ちょっとほこりっぽいけど、ないよりマシかと」

 雪で屋根が潰れかけた家の中で、ヒューイが黒いマントを見つけてきた。
 かなり埃を被っていたが、使えそうだったのでありがたく拝借させてもらう。さっきノアが燃やした館と違って、明らかに家の中は荒廃手前という感じだったので、もう人は住んでいないだろう。外に出てマントの埃を払い、羽織ってみるとちゃんと温かかった。





「ここってナミア教皇国の国境からは近いのか?」

 雪が積もった森の中を歩き出して、ライネルに聞く。
 魔法が使えないから、とにかく歩くしかない。飛び上がって全体の地形を確認できないのが不便だ。

「そこまで遠くはないはずだ。フォンフリーゼ公爵領の北部にある山脈を越えて、ナミアの国境に入って少し進んだ森だ」
「そっか。じゃあそんなに時間かからずに国外に出られるな」

 ほっとして俺は雪の中を進む。
 ライネルはもともと旅の装備だったからか、靴も歩きやすいし、とにかく足が長い。雪が積もっていてもあまり苦労せずに進める。
 その一方で、ルシアの身体のライネルと、俺の身体を動かしているヒューイは大変そうだった。
 
「おい、あんた、ルシアの足が凍傷になったらまずい。背負って歩け」

 そこまで進まないうちに、早々にライネルが音を上げた。
 確かにルシアの足は膝から下が完全に雪に埋もれているから、心配になる気持ちはわかる。

「仕方ないなあ」

 俺はライネルの前にしゃがんで、乗っかってくるのに合わせて立ち上がった。
 背中に女の子を背負ってもそこまで苦じゃないから、なんとなく妬ましい気持ちになる。

「先輩、俺は?」
「ヒューイは仕方ないよ。頑張ってついてきて」
「えーそんなぁ。俺が先輩の足をしもやけにしても、団長にちゃんと説明してくださいよぅ」
「それはするけど……安全は保証できない」
「なんで?! 怖いんですけど?!」

 大声を上げたヒューイをちらりと振り返り、俺は情けない顔をしている自分の表情を見る。そこでふと気がついた。

「そういや、それぞれの身体で魔法が使えるのかどうか、国境を超えたら試してみるか。使えるなら、案外治癒魔法がいけるかも」

 俺の身体の中にはベルの癒しの力が残ってるかもしれない。
 そう呟いたら足元を見ていたヒューイが顔を上げた。

「ルシア嬢の話では、精霊力は魂と結びついているんじゃないかって見解でしたね」
「うん。その線でいくと、俺とルシア……ややこしいな。精霊師は試してみても使えないって結果になるかもな。でも俺が入ってるのはライネルだから、ワンチャンあるかも」

 ライネルは魔力持ちで、魔力は自然を介さずに身の内に湧く力だ。俺はグウェンの魔力を吸い取って使うのに慣れてるし、案外できるかも。

「あんたに魔力が使えるのか?」

 背中からルシアの声がする。
 なんでもいいけど、ルシアの声なのにその口調って、声しか聞こえないからすごい違和感。背中に乗ってる身体も間違いなく女の子だし。意識したら今さら照れてきた。俺童貞だからさ……

「うん。魔力を使うのは慣れてる」
「なんでだよ。あんた精霊師だろ」
「俺は定期的にグウェンの魔力をもらってるから」
「は?」

 ああ、これ、人には言ってなかった。つい口から漏れてしまった。
 
「グウェンの魔力が暴走するとき、俺が吸い出してる。なんでできるのかはよくわからないから聞くな」
「はあ……? そういや、あんた前に兄貴の屋敷に押しかけてきたときもそんなようなこと言ってたか……」
「初耳ですね。先輩の身体はそんなびっくり機能が搭載されてるんですか」
「あーうん。そうなんだよ。でも俺も細かいことはよくわかってないんだ。ただできるってだけで」

 ヒューイにもまだ言ってなかったな。
 そういえば何故できるのか、ということは深く考えたことがない。
 ベルのママのおかげでそういう体質になったんだと思ってたけど、そういえば黄泉の川で会ったとき、ベルのママは『あなたの身体にあったものを開いただけ』と言っていた。結局どういうことだったのか、あのときは忙しくてスルーしてたな。
 今度サエラ婆さんに聞いてみよう。

 と、考えた俺はそのときハッと思い至った。ポン、と手を打ちたいけどルシアの身体を背負っているのでできない。

 そうだ、ベルがいるじゃないか。

 ベルは俺の気配を追える。
 ナミアに来てしまったけど、多分ベルなら俺のところにグウェンを案内できる。もしこのままナミアの中で迷子になっても大丈夫だ。ちゃんと見つけてもらえるだろう。
 気が楽になって、俺はルシアの身体を背負い直して先を急いだ。
 
 ライネルに方向を確認しながら、もくもくと足を動かしていたが、そのうち日が傾き始めていることに気づく。

「うーん、まずいな……夜になる前に国境から出れるといいけど」

 国外に出られさえすれば、ピアスでグウェンに連絡できる。
 気温が下がり始めたのか、さっきからずっと吐く息が白い。俺はまだ大丈夫だけど、体力が尽きてヒューイが動けなくなったら困る。いくらライネルの身体でも、さすがに雪の中で二人抱えて歩く力はないだろう。
 そう考えて少し休憩をしようかと思案したとき、突然目の前がカッと光った。

「うわっ」
「今度は何だ?!」

 眩しい光に立ち止まって目を眇めたら、一瞬後に見覚えのない白い騎士服を着た厳つい男が五人、俺達を取り囲んでいた。

「止まれ、不審な者達」

 ……。
 またなんか出た……
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