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小学校最後の年、事件が起こった。
高学年の頃には、それはますますはっきりと見えるようになり、微妙な色の違い、濃さの違いからその人がどんな感情を持っているのかほとんど正確にわかるようになっていた。だんだんと、色んな感情が入り乱れるのを見続けるのは苦痛でしかなくなっていった。
周囲の子供は皆子供らしく感情の起伏が激しく、色も明るさも濃い靄が教室中に充満する。
前を向いていると視界に入る人の感情に酔って気分が悪くなるから、だんだん周りを見ないように俯いていることが多くなった。
そんなふうだからクラスではかなり浮いてしまい、以前は遠巻きにしているだけだった周りがだんだんと陰湿な空気を持つようになるのを敏感に察知していた。
「お前さぁ、いつも下向いてて暗いよ? クラスの空気悪くなんじゃん、やめてくんない?」
ある日の放課後、クラスの男子生徒数人に倫人は机の周りを取り囲まれた。陰鬱な気配を感じて顔を上げると、クラスの他の生徒は教室の隅から倫人達を遠巻きにしていた。
「てかさぁ、お前呪うとか言われてるけど普通に考えてそんなこと出来るわけなくね?」
リーダー格の男子生徒がにやにやしながら言うと、周りの生徒もそれに同調して笑う。
倫人が目の前のクラスメイトを見つめると、彼と彼の周りの生徒の周囲に灰色や茶色のドロドロした色が澱んで見えた。
「友達もいないのに毎日学校来てて意味あんの?」
「お前見てるとこっちまで暗くなるからほんとやめてほしいんだけど」
纏わり付くような声に気分が悪くなる。
「なんとか言えよ。シカトしてんな」
リーダー格の生徒が倫人を睨んで言う。倫人は吐き気を覚えながら、相手の目をじっと見つめた。目があって、相手は一瞬たじろいだ。
「……てよ」
「は?」
「やめてよ。俺のこと気に入らないなら構わなければいいだろ」
決して大きな声ではなかったが、そう言うと周りの生徒は驚いて黙った。
いつもはほとんど声を出さず、誰とも会話もしない倫人がはっきり自分の意思を口にしたことで驚いたらしい。毅然と顔を上げたら、周りの空気が一気に張り詰めた。
黙ったクラスメイトの様子を一瞥して、倫人は小さくため息をつくと机の上の鞄を手に取る。
「もういいなら、帰るね」
倫人が鞄を手に持ったとき、目の前の子供がハッとして目を怒らせた。
「はぁ? 調子乗ってんじゃねぇよ! 俺らのこと馬鹿にしてんのか!? ふざけんな!」
叫びながらその子供は掴みかかってきて、倫人に向かって拳を振り上げた。
「っ!」
掴まれた瞬間、声にならない悲鳴を上げた。
──なにこれっ、気持ち悪いっ
男子生徒が倫人に触れた瞬間、怒涛のように激しい感情の波が倫人の頭に流れ込んできた。
──ムカつく、憎い、憎い、憎い、憎い……!!
おびただしい量の濁った感情が頭の中に入ってきて、倫人の脳を揺らして響き渡る。呆然とした倫人は殴られたことにも気付かなかった。
糸が切れたように膝をついて床に倒れた倫人を見て、遠巻きにしていた生徒が悲鳴を上げた。
「お前ムカつくんだよ!!」
殴った生徒の声が遠くに聞こえたが、それどころではなかった。床に倒れたまま、頭の中に響き続ける憎悪の感情に呑まれて、頭を抱えて苦痛に耐えた。
気持ちが悪い。息が苦しい。
──どうして?
心にぽっかりとそんな言葉が溢れた。
「お前たち何をやってるんだ!」
駆けつけて来た担任の声を遠くに聞きながら、倫人は意識を手放した。
その事件の後、クラスの中では更に孤立した。
意識を失って倒れたことが抑止力になり、それ以上の暴力的なイジメには発展しなかったが、明らかに関わってはいけない相手と認識されたようだった。
それ以来、倫人がポツンとクラスの片隅にたたずんでいると、まるで腫れ物を触るかのように緊張感を孕んだ空気が流れる。
触られると、相手の感情を受け取ってしまう。
倫人はそれに気がついた。
今までは母親以外と接触がなく、道で人とぶつかる程度なら無意識の感情は強くない。
クラスメイトからはっきりと強い憎しみの感情を向けられて、あの時触れられたらそれが倫人の中に入ってきた。まさしく、入ってきたという感覚に近かった。暴力的なまでに、強い感情だった。頭に響き続けるそれに、数日間気分が悪いままだった。
──怖い。
また人に触られたら、同じように倒れてしまうのではないか。そう思うと底知れない恐怖が湧き上がる。
どうしてこんな力があるんだろう。
こんな変な力、欲しくなかった。
そう思う自分とは裏腹に、成長と共にそれを感じ取る力はどんどん増してくる。
そして周りが見えるようになると、感じる孤独もより強くなった。
──僕は一人ぼっちだ。
誰かに側にいてほしいのに、誰かが近くにいるのは怖い。
出口の見えない不安の中で、倫人はクラスに馴染むことも、友達を作ることも諦めた。
高学年の頃には、それはますますはっきりと見えるようになり、微妙な色の違い、濃さの違いからその人がどんな感情を持っているのかほとんど正確にわかるようになっていた。だんだんと、色んな感情が入り乱れるのを見続けるのは苦痛でしかなくなっていった。
周囲の子供は皆子供らしく感情の起伏が激しく、色も明るさも濃い靄が教室中に充満する。
前を向いていると視界に入る人の感情に酔って気分が悪くなるから、だんだん周りを見ないように俯いていることが多くなった。
そんなふうだからクラスではかなり浮いてしまい、以前は遠巻きにしているだけだった周りがだんだんと陰湿な空気を持つようになるのを敏感に察知していた。
「お前さぁ、いつも下向いてて暗いよ? クラスの空気悪くなんじゃん、やめてくんない?」
ある日の放課後、クラスの男子生徒数人に倫人は机の周りを取り囲まれた。陰鬱な気配を感じて顔を上げると、クラスの他の生徒は教室の隅から倫人達を遠巻きにしていた。
「てかさぁ、お前呪うとか言われてるけど普通に考えてそんなこと出来るわけなくね?」
リーダー格の男子生徒がにやにやしながら言うと、周りの生徒もそれに同調して笑う。
倫人が目の前のクラスメイトを見つめると、彼と彼の周りの生徒の周囲に灰色や茶色のドロドロした色が澱んで見えた。
「友達もいないのに毎日学校来てて意味あんの?」
「お前見てるとこっちまで暗くなるからほんとやめてほしいんだけど」
纏わり付くような声に気分が悪くなる。
「なんとか言えよ。シカトしてんな」
リーダー格の生徒が倫人を睨んで言う。倫人は吐き気を覚えながら、相手の目をじっと見つめた。目があって、相手は一瞬たじろいだ。
「……てよ」
「は?」
「やめてよ。俺のこと気に入らないなら構わなければいいだろ」
決して大きな声ではなかったが、そう言うと周りの生徒は驚いて黙った。
いつもはほとんど声を出さず、誰とも会話もしない倫人がはっきり自分の意思を口にしたことで驚いたらしい。毅然と顔を上げたら、周りの空気が一気に張り詰めた。
黙ったクラスメイトの様子を一瞥して、倫人は小さくため息をつくと机の上の鞄を手に取る。
「もういいなら、帰るね」
倫人が鞄を手に持ったとき、目の前の子供がハッとして目を怒らせた。
「はぁ? 調子乗ってんじゃねぇよ! 俺らのこと馬鹿にしてんのか!? ふざけんな!」
叫びながらその子供は掴みかかってきて、倫人に向かって拳を振り上げた。
「っ!」
掴まれた瞬間、声にならない悲鳴を上げた。
──なにこれっ、気持ち悪いっ
男子生徒が倫人に触れた瞬間、怒涛のように激しい感情の波が倫人の頭に流れ込んできた。
──ムカつく、憎い、憎い、憎い、憎い……!!
おびただしい量の濁った感情が頭の中に入ってきて、倫人の脳を揺らして響き渡る。呆然とした倫人は殴られたことにも気付かなかった。
糸が切れたように膝をついて床に倒れた倫人を見て、遠巻きにしていた生徒が悲鳴を上げた。
「お前ムカつくんだよ!!」
殴った生徒の声が遠くに聞こえたが、それどころではなかった。床に倒れたまま、頭の中に響き続ける憎悪の感情に呑まれて、頭を抱えて苦痛に耐えた。
気持ちが悪い。息が苦しい。
──どうして?
心にぽっかりとそんな言葉が溢れた。
「お前たち何をやってるんだ!」
駆けつけて来た担任の声を遠くに聞きながら、倫人は意識を手放した。
その事件の後、クラスの中では更に孤立した。
意識を失って倒れたことが抑止力になり、それ以上の暴力的なイジメには発展しなかったが、明らかに関わってはいけない相手と認識されたようだった。
それ以来、倫人がポツンとクラスの片隅にたたずんでいると、まるで腫れ物を触るかのように緊張感を孕んだ空気が流れる。
触られると、相手の感情を受け取ってしまう。
倫人はそれに気がついた。
今までは母親以外と接触がなく、道で人とぶつかる程度なら無意識の感情は強くない。
クラスメイトからはっきりと強い憎しみの感情を向けられて、あの時触れられたらそれが倫人の中に入ってきた。まさしく、入ってきたという感覚に近かった。暴力的なまでに、強い感情だった。頭に響き続けるそれに、数日間気分が悪いままだった。
──怖い。
また人に触られたら、同じように倒れてしまうのではないか。そう思うと底知れない恐怖が湧き上がる。
どうしてこんな力があるんだろう。
こんな変な力、欲しくなかった。
そう思う自分とは裏腹に、成長と共にそれを感じ取る力はどんどん増してくる。
そして周りが見えるようになると、感じる孤独もより強くなった。
──僕は一人ぼっちだ。
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出口の見えない不安の中で、倫人はクラスに馴染むことも、友達を作ることも諦めた。
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