夜が明けるまで

遠間千早

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 夜になって、岩場の多い浜辺に、車から花火を出してきて集まった。
 もうすっかり日が暮れて暗くなっているが、少し離れたところにある外灯と月明かりのおかげで周囲はそれなりに見渡せる。
 汗や砂を落とすのを兼ねて近くの大型銭湯で食事まで済ませてきたので、服も着替えてさっぱりした。倫人はたくさんの人が集まるところは苦手なので、シャワールームだけを使ってすませた。

 大きな岩の上に腰掛けて足をぶらぶらさせながら、章吾がススキ花火を持ってぼんやりしている。昼間はしゃぎ過ぎて疲れてきたらしい。

「綺麗だねー」
「拓海火貸せ」
「はいよ」

 スパーク系の手持ち花火がぱちぱちと燃えるのを見ていた拓海に、横から手を出した凌が自分の花火に火を貰う。
 倫人は外で花火をするのも初めてだったので、花火のセットを物珍しそうに見渡しながらどれを選ぶべきか迷っていた。

「嵐どれにする?」

 適当に選んで花火に火をつけていた嵐が次を取りに来て、倫人はしゃがんだまま見上げて聞く。

「なんでもいい。どんどんやれよ。あっという間になくなるぞ」
「うん。色々あるから迷っちゃって」
「これは?色変のススキ」
「じゃあそれにする」

 嵐ががさがさ袋を漁って指差した花火をもらった。

「火つけてやるよ」
「ありがと」

 点火棒をカチッと付けて嵐が花火の先端に近付ける。火がついてからしばらくして黄色の火花が勢いよく散った。

「綺麗……」

 花火は少し経つと火花の色が黄色から赤に変わる。

「それ面白いだろ。俺も火つける」
「うん」

 同じ花火をすっと差し出してきた嵐に、自分の花火から火を分けた。鮮やかに火花が散って、二つ並んだススキ花火は時間差で色が変わってとても綺麗だった。
 倫人がちらっと隣を見ると、花火の光に照らされた嵐の顔がいつもと少し違って見えて、少し陰になった目元にどきりとした。

「外でやる花火って初めてだけど、凄い綺麗だね。大きいのはまだちょっと怖いけど」
「花火なんて俺もかなり久しぶりだな。昔家族でやったきりだ」
「そうなんだ」

 穏やかに聞こえる海の音と浜辺の雰囲気のせいか、火花を見ながら静かに言葉を繋いでいく。

「海で泳ぐのは初めてだったし、凄く楽しかった。みんな揃って遊べてよかったなって」

 言ってしまってから、なんだか最後の感想みたいになってしまったなと倫人は心の中でしまったと思う。

「みさきが楽しかったならよかった。また来ようぜ」

 嵐が特に気にする様子もなく話を続けたのでほっとした。

「うん。また、来たいな」
「拓海か章吾がまたわーわー言い出すだろ。夏休みもまだ一ヶ月あるから最後の週で羽鳥を動かしてもいいし。また夜どっかで集まって涼んでもいいしな」
「うん……そうだね」

 でも明日からの約束はもうできない。
 そう思って鼻の奥がつんとした時、ちょうど花火が終わった。次の花火を選ぶ振りをして、しゃがんで嵐から顔を背けた。

「おい凌!ふざけんなあっちでやれ!」

 大袈裟な章吾の声が聞こえて岩場の方を見ると、凌が章吾の足元に向かってねずみ花火をつけようとしていた。

「誰もいないとこでやってもつまんねぇだろ」
「知るかよ!お前さては昼のこと根に持ってんだろ!」
「は?何が?」

 ぎゃーっ!という声が聞こえたかと思うと章吾の足元でねずみ花火が跳ねた。それを凌がにやにやしながら眺めている。

「凌ようやく元気になってきたね」
「ほんとだね」

 拓海がやれやれといった調子で言って、倫人はそれに苦笑いで頷いておいた。
 そのうち凌が花火に火をつけた状態で章吾を追い回し始めて、拓海も悪ノリして追従する。倫人と嵐はそれを見つつもマイペースに花火を消化して、なんだかんだでいつものような賑やかな雰囲気になってきた。

「よーしじゃあつけるよー!」

 拓海が言って、少し離れた場所にセットした噴水花火に火をつけた。
 導火線についた火が筒の中に消えて、少し経ってからシューっという音を立てて火花が噴水状に噴出する。

「すごい。綺麗……」

 色々な色に変わりながら高く噴き出る火花に驚いて、倫人は思わず声を漏らした。拓海が間隔を空けて並べた噴射型の花火に次々と火をつけて、順番に花火が夜の空気に散っていく。

「やーすごいねー」
「これだけ一気にやると圧巻だな」
「すげーな!テンション上がるわ!!」
「もっと近付いていいぞ章吾」
「凌押すんじゃねぇ」
「ああ、悪い」
「振りじゃねぇよ!」

 横でまた戯れている凌と章吾に笑いながら、倫人は何故か無性に寂しい気持ちになった。

 今日が終わってしまう。

 三ヶ月とはいっても、みんなに会えなくなるのはとても寂しい。
 ようやく見つけた居心地のいい場所が側になくなるのが寂しくて、一旦考えてしまうともう笑えなくなりそうだった。そんな気持ちを無理やり押し込める。

「花火の最後といえば線香花火でしょ!!皆で勝負ね!」

 噴射花火が終わった後で、拓海が細長いビニール袋に入った線香花火を出してきた。

「勝負って?」
「火をつけると小さい玉が出来るから、一番長くそれを落とさずに持ってた奴が勝ちってやつだな」

 不思議そうな顔をした倫人に嵐が説明した。

「一回やってみるか。落ちやすいんだよ、だから揺らさずに、最後まで残ったら勝ちだ」
「ふうん?」

 六人で円形にしゃがんで、見本に嵐が一本取り出して火をつけた。細い花火の先に赤い火の玉が膨らんで、ぱちぱちと小さな火花が散る。

「わぁ、かわいい感じだね」
「揺らすと落ちやすい」
「最後に線香花火って醍醐味だよねー」
「俺苦手」
「まぁ章吾はそうだろうな」

 章吾の言葉に少し笑った嵐の手元が揺れて、火の玉がぽとっと落ちた。

「あ、落ちちゃった」
「ま、こんな感じだな。今のは失敗例」
「じゃあ皆一本持ってー」

 拓海が皆に花火を回して、点火棒を真ん中に差し出した。

「全員一気につけるからね!はい行くよー」

 男が集まって線香花火をするというシュールな絵だったが、皆大人しく拓海の指示に従って火をつけた。
 倫人の花火も、すぐに赤い火の玉ができてぱちぱちと火花が散り始める。

「風情があるねー」
「うん。綺麗」

 喋ると手元が揺れるので、自然に静かになった。それぞれの花火がぱちぱちと弾けて、その中から一つ落ち、二つ落ち、だんだんと暗くなっていく。

「あ、落ちた」

 倫人の花火も玉が落ちて、残念な気持ちになる。隣を見ると嵐のはまだ残っていて、倫人はぼんやりとそれを見ていた。

「あー終わった。残ったの誰?」
「嵐と羽鳥」

 二人が残ってみんなで見守ると、嵐の逆隣にいた羽鳥の花火が落ちた。

「ちっ負けたか」

 羽鳥が悔しそうに言って花火を離す。十以上も年上なのに、倫人達の遊びに付き合って集中している羽鳥が可愛く見えて、倫人は微笑んだ。
 すると羽鳥と目が合って、彼は倫人と目が合うと悔しそうな顔をすぐに引っ込めて澄ました顔をする。それにまた笑ってしまった。羽鳥も苦笑して、二人でくすくす笑っていると横から引っ張られた。
 横を見ると嵐がちょっとむくれた顔をしていて、頬をむにっと摘まれた。

「なに」
「なんでもねぇ。せっかく勝ったのに誰も褒めねえから」
「え?嵐ってそういうキャラだっけ?」

 拗ねた顔の嵐に思わず笑う。

「嵐の勝ちかー。なんか意外性なくてつまんないのー」
「なー。花火はまたやろーぜ!今月まだ休みだよな?」

 章吾の言葉に、倫人はどきりとしてなるべく表情に出さないように曖昧な顔をしておいた。

「章吾と凌はいいかもだけど、俺は後半から学校の用事で結構いないかもー」
「そういえば前から思ってたけど、拓海の学校の用事ってなんだよ」
「ん?生徒会の仕事」
「生徒会?!」

 拓海の発言に章吾はぎょっとした顔をする。倫人も声には出さなかったが驚いた。

「なに、拓海お前生徒会入ってんの?」
「そうだよー。俺生徒会長なんだから」
「はあ?!そのなりで?!」
「失礼だなーもー」

 拓海が頬を膨らませるのを驚いて眺める。
 生徒会長って金髪オッケーなんだ、と若干ズレた事を思ったが、拓海が時々忙しそうにしていたのはそれが理由だったのかと納得した。

「うちの学校はちょっと特殊なのー。俺とはと兄これでもお坊ちゃんだからさぁ」
「げぇ。金持ち学校かよ。やだやだ、俺公立で良かったー」
「家柄いい奴に役が回ってくるんだよねぇ。生徒会なんて面倒くさいだけだよ。高校ではやりたくないなー」

 高校の話が拓海から出て、少しどきりとした。
 しかし拓海はそれ以上話す気はないようで、夏休みの予定に話題を戻した。

「今度は皆でプールも行こうねー。んで、涼しい所で夏を過ごそう」
「そうだな!まだまだ遊ぶぜ!」
「じゃ、そろそろ片付けして帰ろっか」

 拓海の言葉に腰を上げて、各々周囲のゴミを片付けて車に向かった。
 倫人は最後にちらりと海を振り返り、暗い中に黒く色付く海と海岸を目に焼き付ける。

 また来られるといいな。

 じっと見つめていると嵐が横から頭を撫でてきて、顔を上げると優しく目を細めて倫人を見下ろす黒い瞳と目が合った。

「また来ような」

 倫人の心の中を読んだような言葉を言われて、倫人は微笑んだ。

「うん」


◇◆◇


「じゃあみんなまたねー」
「おうまたなー」
「明日はそれぞれ予定あるらしいから、また今度ペリステリ集合ね」
「りょーかい」

 ペリステリの前まで羽鳥の運転する車で帰ってきた。外はもうすっかり暗くなっていて、倫人達の他に人影もない。拓海達は帰る方向が逆なので、ペリステリの前で別れる事になった。
 解散になったとき、倫人は背を向けて歩き出そうとした三人を呼び止めた。

「あ、みんな待って」

 倫人の声に章吾が振り向く。

「みさき?どうした?」

 きょとんとした三人の顔を見て我に返った。

 何を言うつもりなんだろう。
 今更、みんなに何も言えないのに。

 頭の中で、一瞬言ってしまおうかと思った衝動を抑え込んだ。出会ってから今日までの日々が思い出されて、明日から皆に会えないと思ったら急に胸が痛くなった。

 本当に、みんなに出会えてよかった。
 ありがとうなんて言葉じゃ足りないのに、うまく言葉にして伝えられない。

「あの、みんな、ありがとう。俺、花火も海も初めてで、今日すごい楽しかった」

 まとまらない思考から倫人の口をついて出たのはそんなありきたりな台詞だった。
 三人はそれぞれ頷いて、拓海が手をひらひら振って笑う。

「うん、俺たちも楽しかったよみさきちゃん。また行こうね」

 優しく笑った拓海が、本当に穏やかで優しい色を見せるので、倫人は少し泣きそうになった。

「俺、今年の夏が今までで一番楽しかった」

 無理矢理笑って言った倫人に拓海が微笑んだ。章吾が横から口を出してくる。

「というか、まだ夏休み終わってねぇからな!まだまだ遊ぶぞ!」
「そうだよみさきちゃん。またペリステリでね」

 拓海の言葉に、倫人はなんとか笑って頷いた。

「うん……またね」

 そこまでやっと言って手を振ると、拓海達も手を振って今度こそ背を向けて通りを歩いていった。
 拓海達を見送ってじっと後ろ姿を見つめる倫人の頭を、嵐がそっと撫でた。暖かい体温を感じて、それにまた心臓が痛くなる。
 その時ペリステリの前に停めたバンに寄りかかっていた羽鳥が「あ」という声をあげて嵐を呼んだ。

「嵐、ペリステリのカウンターに先輩に頼まれてた本置いたままだった。渡して欲しいから持って帰ってくんね?」
「本?カウンターに置いてあるのか?」
「おう。鍵これ」

 羽鳥がボトムのポケットから鍵を出して嵐に放り投げる。
 それをキャッチした嵐に「みさき君とここで待ってるからよろしくー」と飄々とした声で羽鳥は手を振った。
 嵐が顔を顰めて、「仕方ねぇなぁ」と言いながらビルに入っていった。それを見送って倫人が羽鳥に視線を戻すと、自分をじっと見つめる瞳と目が合って驚いた。

「羽鳥さん?」
「嵐のお父さんがね、俺の大学の時の先輩なんだ」
「そうなんですか」

 頷いてから、少し訝しむ。
 若すぎないだろうか。
 羽鳥の先輩という事は、羽鳥とあまり歳が離れていないということで、それで嵐の父親というのは少し無理があるような?
 困惑している倫人の顔を見て、羽鳥は「やっぱりあいつ何も言ってないのか」とため息をついた。
 それを聞いて、また少し心がざわつく。
 自分は嵐について知らないことばかりだ。

「俺から話す事でもないし、詳しくは嵐から聞いてね。まあ、そういう繋がりで、嵐とは昔から付き合いがあるんだよ。俺も拓海もね」
「そうだったんですね」

 だから、拓海は嵐の事情を知ってるのか。
 少しだけ腑に落ちた気持ちになっていると、羽鳥が少し真剣な表情で倫人を見た。

「それよりも、みさき君は、何かみんなに言いたい事があったんじゃないの?」
「えっ」

 羽鳥の言葉にびくっとして、目を見開いた。思わず羽鳥の色を凝視してしまう。
 確信というよりは寧ろ推測に近い色で、それも大半が倫人に対する心配だった。
 それを見て胸をつかれ、不躾に色を確認してしまった事を後悔した。

「少し、いつもと違うような雰囲気かなと思って……みさき君?」

 静かな表情のまま倫人を見ていた羽鳥は、倫人の顔が強張ったのを見て首を傾げた。

「何でも、ないんです」
「そう?」

 絞り出すように小さな声を出した倫人に、羽鳥は優しい声音を出した。
 何となく倫人が何か隠している事を察しているのか、それでも内容を聞こうとはせず穏やかな顔で見守ってくれる羽鳥に、泣きたいような気持ちになった。
 思わずずっと不安だった胸中を打ち明けてしまいたいような衝動にかられる。

「あの」
「ん?どうしたの」
「もし……」
「うん」
「もしも、俺がみんなに謝らなきゃいけないような事をしたとして、それで嫌われたとしたら……」

 言葉の途中で、倫人は目を伏せた。
 一度息を吐いて、倫人をじっと見守っている羽鳥をゆっくりと見上げて口を開いた。

「それでも、いつか、みんなが俺を許してくれて、また今日みたいに笑える日が来ると思いますか」

 それが一番胸につかえていたことだった。
 そう言うと、羽鳥は少し目を見開いた。それでも倫人の真剣さが伝わったのか、ふっと表情を緩めて笑ってくれる。

「うん。きっと大丈夫だよ。心配しなくても、みさき君が思っているよりもあいつらみさき君の事好きだから」

 羽鳥の穏やかな声を聞いて、じわりと涙腺が緩む。

「大丈夫。少しくらい心配かけても、みさき君の事情をきっとわかってくれるよ」
「……はい」

 そうだったらいい。

 俯いた倫人の頭に伸ばされた羽鳥の手を、倫人は避けなかった。そっと頭に触れた手から、羽鳥の優しさと心配の感情が伝わってきて、俯いた拍子に涙がこぼれそうになった。
 すると突然、背後から腕が回ってきて、抱え込まれるように後ろに引かれた。

「っ?!」

 ぐいっと引き寄せられた身体に一瞬驚いて、涙が引っ込んだ。気配のない相手は一人しかいないので、振り返らずとも腕の主はわかっている。

「嵐?」

 顔だけで振り向いて見上げると、眉を寄せた嵐が倫人と羽鳥を交互に見ていた。
 その不機嫌そうな顔を見て、羽鳥が倫人の頭を撫でていた手を引っ込めてにやにや笑う。

「みさき、何かあったか?」

 嵐がじっと倫人の顔を見下ろしてくる。
 さすが、鋭いなぁと思いながら、後ろから回された腕にそっと触れて、倫人は気取られないようにへらっと笑った。

「ううん。何もないよ」
「……ならいいけど。羽鳥、本あったから借りてくぞ」
「おう」

 羽鳥は倫人を離さないまま喋る嵐に頷いて、用事は済んだとばかりにバンの方に歩いていく。

「じゃあ、気を付けて帰れよ。俺ももう帰るから」
「あの!」

 羽鳥の背中に呼びかけた。
 羽鳥が足を止め、倫人を振り向く。

「羽鳥さん、ありがとうございました。すごく楽しかったです」
「うん」

 羽鳥は倫人と視線を合わせると、穏やかに微笑んだ。

「また連れてってあげるから、楽しみにしててね。それから、みさき君」
「はい」
「俺がさっき言ったこと、忘れないで」

 そう言って羽鳥は優しく目を細めた。
 その仕草が拓海に似ている気がして、初めて二人が従兄弟なんだと実感した。

「またね」

 綺麗に笑って手を振る羽鳥に、倫人は何度も頷いた。するとなんとなく嵐の腕の力が少し強くなった気がして、振り向いて嵐を見上げる。

「嵐もまたな。先輩によろしく」
「おう」

 不機嫌そうな嵐に軽く噴き出してから、羽鳥は手を振ってバンに乗り込むと去っていった。
 路上に嵐と二人で残されて、静かな道の雰囲気にしんみりしてしまう。

「俺達も行くか」
「うん」

 羽鳥が撫でた部分を撫で付けるように、嵐が倫人の髪を整えた。
 それから腕を離して歩き出す。
 倫人も遅れずについていった。少し距離を空けて、いつものように嵐の隣を歩く。
 じわじわと、明日からのことが頭にちらついた。記憶に焼き付けるように、一歩一歩隣を歩く存在を確かめるようにして、マンションまでの道を歩いた。
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